なかよし大作戦
「おはよう」
三宅くんは、私より先に席についていた。挨拶をすると、しかし返答は帰ってこない。目も合わせないまま、俯いてもじもじして、「うん」だか「はい」だか判然としない音を発しただけだった。
頬杖をついてその横顔を眺めながら、作戦を考えてみる。たった一日だが、同じクラスで授業を受けていて、分かったことがある。彼は極めてシャイな人間であるらしいことだ。そんな彼と近付き、真意を聞き出すにはこちらからアタックをかけるほかない。しかし、私とて特別にコミュニケーション能力に長けている自信はない。そうだったら、一人で怪盗なんかやってない。困ったものだ。
しかし、三宅くんの横顔を見ていて分かったことが一つだけあった。この子、すごく可愛い。……いや、変な意味ではなくて。高校2年生であるはずなのに、第二次性徴の髭とかもないし、声もかなり高めである。女の子みたい。そういう意味で、可愛い。
実際、クラスの子たちからもそういう旨でいじられている様子が見受けられる。彼自身が他者との関わりに消極的である都合上、そのような場面を見ることも貴重であるようだが。
この日は体育の授業があった。一応男女は別で動いていたのだが、遠巻きに彼の姿は見える。男子はマラソンをさせられているようで、走順でない生徒たちがいくつかのグループにまとまって屯している。しかし、想像通り、三宅くんはどのグループにも属さないで、中くらいの大きさの集団の端の方で所在なさげに立ち尽くしていた。
意外だったのは、三宅くんの走力だった。悪口っぽいけど、てっきり足が遅くてすぐヘロヘロになっているもんだと思っていた。実際のところは、クラスで上から数えた方が早そうなほどに足が速い。あの女の子みたいな顔で、子犬みたいな不安そうな表情で、並走する男子たちをぶっちぎってゴールする。面白い光景だった。ちょっと見入ってしまったくらい。
結局、何もできないまま放課後になってしまった。まだ二日目で、クラスの子の興味はまだ私に向いているらしい。そのため昼休みは拘束されっぱなしで何もできず。本来の作戦の進捗が進まないまま、時間ばかりが過ぎていく。これじゃあ、ただ高校生活を謳歌しているだけじゃないか。
しかし、放課後はチャンスでもある。三宅くんが今日も尾行してくれたら、今度こそその尻尾を捕まえることができるかもしれない。そして、そのチャンスは訪れる。
荷物を整理するフリをして、教室から人が減るのを待つ。すると、思った通り。三宅くんはこちらに視線を向けないままで、しかし、不自然にバッグを弄って時間をつぶしていた。それで教室を出ると、少し時間を置いてから出てくる。
足音で付いてきているのを確認しつつ、階段を降りる。階段の手すりで視線が切れたところで、そのまま階段を降りるのではなく、陰に隠れてみた。すると、三宅くんは私が一階の昇降口に向かったと思ったのか、階段を降りていく様子が見えた。これで背後を取れる。
そっと後ろについて、私は声をかけた。
「三宅くん?」
凄まじく驚いた様子だったが、声を上げるとかはない。無言のまま数センチ飛び上がって、凄まじい速度でこちらを振り向く。それで勢い余ったのか転びそうになっていて、慌ててその手を引っ張る。
「すっ、すみません!」
三宅くんの第一声はこれだった。
「何の謝罪?ねえ、このまま帰るんなら途中まで一緒に行こうよ。みんな部活に行っちゃってさ。一人で帰るんじゃ寂しいからさ」
やはり私と目を合わせることはなく、挙動不審気味に目線を右往左往させている。そして、「はい」だか「うん」だか分からない返事をする。恐らく承諾の意。
「じゃ、行こっか」
手を引っ張ると、しかし、三宅くんが動かない。「?」と思って振り向くと、私の手に何かを訴えたいかのような視線を送っている。ああ、なるほど。私がそっと手を離すと、三宅くんはほっとしたようで私の斜め後ろについてくる。可愛い子だ。
さて、二人で話すタイミングを作ったは良いものの、どうやって話を聞き出すか。この辺は楓が得意そうなもんだけど、残念ながら私はそういう技術は持っていない。
「三宅くん、運動神経良い方みたいだけど、何かやってるの?」
「あ……いえ、特には」
「じゃあ、生まれつき運動神経いいんだ。トレーニングとかしたら凄そう!」
「あ、いや、そういうのはなんだか大変そうで……」
「えー、勿体ない。私ね、小さい頃はすごく運動神経悪くて。結構頑張ったんだけど、あまり良くならなくてさ」
前半は本当のこと。小さい頃の私はかなり鈍くさかった。それはもう、血も滲むような訓練をして、怪盗レイナの運動神経が出来上がっている。そんな運動神経だが、女子高生としてそんな代物を見せつけるわけにもいかないので、体育の授業ではかなりセーブさせてもらった。
「三宅くんみたいに素材が良ければ、いくらでも伸ばせると思うんだけどなあ」
瞳を覗き込んでみる。ずっとちょっと不安そうな、女の子みたいな顔。
そう、三宅くんは本当に素材が良い。いや、女装とかそういう意味ではなく。昨日の尾行は、この私でも気付かなかった。へとへとに疲れていたのもあるけれど。彼の言うことが本当で、一切訓練を積まないままであるならば、あれは一種の才能だ。二代目でもないけど、怪盗の技術を簡単に受け継いでくれそうな感じがある。
「あの」
三宅くんの方から言葉を発した。珍しい。いや、まだ付き合いが浅くて珍しいもありふれているのも分からないけれど。
「怪盗レイナって、知ってますか?」
「知らない!」
反射的に返事が出た。これはマズい。それも、かなり。
「それなら……いいんですけど」
沈黙してしまう。私も、三宅くんも。
いや、まだ分からないじゃないか!怪盗レイナは今や日本全国に名を轟かせている大怪盗なんだぞ。そこに自信を持つんだ、私。三宅くんだって、そういう意味かもしれない。偶然怪盗レイナの名を知っていて、その話をしようとしているだけかも。……そうか?
「えっと、なんだっけ、怪盗……レイナ?かっこいい名前だね!」
最後の一言は要らなかった。絶対に怪しまれる!
「そうなんです、すごくかっこいいんです!」
三宅くんが返してくれたのは、思いがけない反応だった。だが、私が目を丸くしているのを見てすぐにシュンとなる。すみません、と小さく付け加えていた。
「その……怪盗レイナの、何が好きなの?」
優しく尋ねると、三宅くんは聞こえるか聞こえないかというくらいの小さな声で話してくれる。
「レイナは、レイナだけは、現実じゃないみたいで。現実とは思えないような怪盗が、実際に存在している。それだけで、なんだか……嬉しくて。だから、好きなんです」
「へぇ」
なんだか、耳が熱くなるのを感じる。三宅くんが私の正体に気付いているのかいないのか、そのことを意識しているのかいないのか、それは分からない。しかし、こうして直接にファンの言葉を聞くのは、どこかこそばゆい気持ちになる。
三宅くんはまたもや「すみません」と付け加えて、それから続ける。
「山田さんから、なんだか、レイナみたいなものを感じてしまって。すみません、変なこと言ってますね」
これを聞いて、私は立ち止まる。数歩進んでから、私に気付いた三宅くんも立ち止まる。
「その……私ね、」
「……はい」
しかし、私はその先を言うのは、やっぱりできなかった。三宅くんは困り顔で私を見つめていて、なんでしょう、と聞いてくれている。でも、やっぱり。今はやめとこう。
「ううん、なんでもない」




