謎の転校生
白河台高校。そこそこの歴史とそれなりの進学実績のある、地元でわりと良い方の高校である。特別に有名な卒業生はおらず、何かの部活動において特別の強豪校というわけでもない。尖ったところも何もない、普通の高校。
この高校に、転校生がやってきた。
「こんにちは。えっと……山田椛です。よろしく……お願いします」
濃い黒髪に太いメガネ。地味な感じの女の子。
「それじゃあ、山田さんはあそこの、窓際の奥の空いてる席を使ってくれ」
チラリ、とクラスの子の顔を見回した。興味深そうにこちらを眺めているだけで、怪しんでいる素振りはまだ見えない。心の中でホッと息をついて、私は指示された席に向かった。
何を隠そう、山田椛は偽名。その正体は怪盗レイナなのである。柏木朔弥に身分偽装の手伝いを頼んで、てっきり教員として潜入すると思っていたが、提示されたのは転校生としての身分だった。高校の制服を最初に着たときは厳しい気がしていたけど、案外いけてるっぽい?わりとやれるんだな、私。
「よろしくね」
隣の席の子に軽く挨拶する。俯き加減の、シャイっぽい男の子。もじもじしていて、よろしくお願いします、とだけ返答する。
「えっと、名前って、聞いてもいい?」
「あっ、えっと、三宅樹です」
「三宅くん。これからよろしくね」
しかし、ずっとモゴモゴしていて、よろしくお願いします、しか聞き取れなかった。
高校の初日は、興味津々に集まってきた女子たちの相手をしているだけで終わってしまった。昼休みに色々と動く予定が総崩れである。しかし、こればかりは仕方ない。さっさとクラスの子たちが他の面白い話題を見つけてくれることを祈ろう。
久しぶりの学校生活で疲れ切って校門を出ると、少し離れた路上に黒いスポーツカーが止まっていた。朔弥の車だ。
近寄ると、窓を開けて朔弥の方から声を掛けてきた。ただでさえ存在自体が胡散臭いのに、輪をかけて胡散臭い感じのデザインのメガネを掛けている。思わず、あからさまに顔を顰めてしまう。
「おかえり、どうだった?お友達はできたかい?」
「友達なんか作る気ないし。若いパワーに当てられてわたしゃボロボロだよ」
そのまま車の後部座席に乗って横になる。朔弥の車の中はアロマか何か置いているのか、強い匂いがする。それと、どこかで聞いたようなクラシックが流れている。モーツァルトっぽい?
「それじゃ、おうちに送ってあげようか」
朔弥は静かに車を発進させた。車を動かしてすぐ、朔弥はこう尋ねてきた。
「友達を作る気ないって言ってたけど。尾行していた可愛い男の子は君の友達じゃないのかい?」
「尾行?ウソ、全然気付いてなかった」
思わず寝転んでいた上半身を持ち上げる。
「後ろを覗いてごらん。まだこっちを見てる」
言われて、シートの隙間から車の後方を覗き込んでみた。すると、確かに、街路樹の横に立ってこちらを眺めている少年がいた。あの顔は知っている。
「三宅くん……?」
「おや、やっぱり友達だった?」
「隣の席の子。まずいな、怪しまれちゃったのかな」
「もっと単純な理由ってことはないのかな」
「……というと?」
「ふふ、それは僕の口からは言えないな。是非とも彼自身と親睦を深めてから聞いてみてほしい」
朔弥が何を言おうとしているのか、私にはよく分からなかった。三宅くんはずっとこちらを見ていて、車が道を曲がって建物に視線が遮られるまで、私は目を逸らすことができなかった。




