独善主義者の悦楽
連絡を取れないのは不便なので、あくまでも単なる友人という意味で、朔弥と連絡先を交換した。その連絡先に奏那が復帰できそうな旨のメッセージを送ると、朔弥からは爆速でレスが返ってきた。人目につく場所は避けたいということで、結局私の家に集まることとなった。
インターホンが鳴って、ドアを開けると朔弥が立っている。白系の服で、もはや見慣れた胡散臭い笑顔を貼り付けている。
「やあ、久しぶり……でもないか。奏那も、おはよう」
私の後ろから顔を覗かせる奏那は、朔弥を警戒しているような目つきで睨んでいて、挨拶も返さない。
「今日は、少し長い話になる。……いいかな?」
「大丈夫だよ、楓は仕事に行ったし。暫く三人だけで話せる」
「なら良かった」
まず、奏那について。玲奈くんはもう気付いているだろうけど、奏那は元々は殺し屋だった。その道に進むことになった理由も色々あるんだろうけど……。それは、いずれ奏那本人に話してもらうべきだろう。
しかして、奏那には別の側面もあった。大人気タレント、椎名雅輝の実の娘という側面だ。僕は、ひょんなことから……奏那が、椎名雅輝の娘であることを突き止めた。そんな子が、殺し屋なんかで終わって良いとは、僕は思わなかった。だから、僕は奏那を雇うことにした。いずれ足を洗ってもらおうとね。
だが……。あれは酷い事故だった。残念ながら、僕は組織ってものの一員でしかなくてね。何の因果か、奏那には、実の父親、椎名将輝の殺害依頼が飛び込んでしまった。奏那は、実に良く働いてくれたよ。椎名将輝は、見事に処理されてしまった。
1年前、不倫が明るみに出た直後に行方不明となった椎名将輝。あれがまさに、奏那の仕事だったわけだ。派手な事件だったけど……玲奈くんも、きっと忘れていただろう?強がらなくていいさ、人間はそんなものだ。どんな派手な出来事も、誰も触れないまま時間が経てば忘れられる。そんなものさ。
兎も角、僕はその時に決めたよ。奏那には、殺しの仕事は今後一切受けさせないってね。まあ、タイミング的にも仕方ない頃合いだった。奏那の芸能活動が跳ね始めていて、殺しの仕事をやるには知名度が上がり過ぎていた。それで、僕は組織の抱える人員のリストから奏那を外した。
これは、奏那も初耳かもしれない。最近仕事がない、なんて思っていたのか知らないけど。それはその筈、君には金輪際裏の仕事は流れない。心配することはないさ、君は十分芸能界でやれてる。もう死ぬまで遊べるだけ稼げてるだろ?君より金持ちな知り合いは、僕だって数えるほどしかいないよ。
一方で、遡ること今から一ヵ月ほど前。僕は、怪盗レイナなる者の存在を知った。僕は彼女に希望を見たのさ。彼女はまさしくこの世に舞い降りた救済の偶像。彼女なら状況を変えてくれるんじゃないか。それで、奏那の元にレイナを仕向けたんだ。
「……とまあ、このくらいかな。結果は知っての通り、奏那は、少しばかり優秀すぎた。予備案として、僕は楓さんを通して状況への介入を試みたわけだけど……。結果的に、なんだか上手くまとまったようで良かったよ」
朔弥が私を見て鼻で笑った気がする。いちいちムカつく奴だ。
「一つ、思ったんだけど」
私は朔弥に尋ねる。
「奏那の気持ちは、考えてないわけ?話を聞いてると、奏那を芸能界に仕込んだのも、元の稼業から足を洗わせたのも、あなたの独善に見える。その過程で、どれくらい奏那の意思が介在して……もしくは、どれだけ真の目的が優先されていたの?」
「奏那に聞いてみてくれ。今はわりと満足しているようだったけど」
朔弥に話を振られて、私の横にくっついて話を聞いていた奏那は、ゆっくり顔を持ち上げた。それから、朔弥と私の顔を交互に見る。
奏那は19歳だそうだ。私よりスタイルが良いし大人びた顔立ちをしているものの、年齢は私の方が上。年上の女性と付き合う機会が少なかったといい、ここに来てからはずっと私にくっ付いて離れない。
今も私の手をぎゅっと握っていて、奏那が口を開くのと同時に、その手にかかる力が強くなる。
「私、よく分からなくなっちゃって」
小さな声で呟いた。朔弥は目を瞑って、奏那の声に傾聴している様子だった。
「私は、無数の人間を殺してきた。生きるためなら誰でも殺した。母さんや、父さんですら。私は、無数の命を奪ってきた。その人たちが持っていた、無数の夢を奪ってきた。そんな私が、アイドルなんてやっていて良いのかな。人に夢を、希望を届けるなんて。そんなの、私にはできないよ」
「いいや」
反射的に、私は声が出ていた。自分自身ちょっと驚いて、しかし、続ける。
「夢とか希望とか。そういうものを万人に届けることができたら、どれほど幸せだろうね。隣人愛といおうか、そういう博愛精神、ホスピタリティ。人間は常に、そういうものを求められる。でもね、そんなの土台無理な話なの。現実にはどうしたって反りの合わない人は居るものだし、誰かが喜ぶ時にどこかの誰かは悲しむかもしれない。そんなのどうしようもないじゃない。私は、ただ目の前にいる、今喜ばせたいと思う人が喜んでくれるなら、それでいいと思う。怪盗レイナが何かを盗めば、必ずどこかの誰かが損をする。でも、レイナを見た別の誰かが、そこに何かを感じてくれたら。それだけで私は良いの」
一息に言って、私は目を伏せた。こうでも思っていなきゃ、怪盗なんてやらない。普通に犯罪だもん。
「……そっか」
奏那が呟く。
「そんなのでいいんだ」
そう言って、私の腕に抱き着いた。
「難しく考えすぎなんだ、みんな。もっとシンプルな、独りよがりな在り方があっても良いじゃないか。私はそう思うよ」
言って、奏那の頭を撫でる。奏那は、満足そうに目を瞑って私の胸に顔を埋めていた。
よくわからん奴だな




