正体見たり?
「あいつ……。いつもいつも、迷惑ばかり掛けやがって……!」
もう春だというのに、暑苦しそうなトレンチコートを着ている女。田沼伊織は不機嫌な様子で、ぶつくさ言いながら歩き回っていた。
歩き疲れたのか、伊織は人気のない公園のベンチに腰を下ろす。ベンチの端には口の開いている鞄が置きっぱなしになっていて、中にはスポーティな感じのブラジャーが覗いていた。
「なんだこれ、不用心な奴も居るもんだな。最寄りの交番どこだっけな」
伊織は、スマートフォンを取り出す。開いたのは、メッセージアプリの樫本楓との会話履歴。『怪盗レイナ探してくる』『いおりんも見つけたら教えて』というメッセージが残っている。それに対して、伊織は『ツチノコ感覚かよ』と返しているが、既読だけ付いて楓の返答はない。
警察という組織はなかなか自由度のないもので、楓のように好き勝手に動き回るのが毎度許されるわけがない。それで、伊織が楓を連れ帰るために出てきたのだった。だが、ツチノコ探しでもするような抽象的なメッセージしか手掛かりはない。あちこち歩き回ってきたが、伊織は何も情報を得られないままだった。
「ツチノコ探す奴の気心が知れないよ、実在する人間だって見つけられないんだから」
呟いて、伊織はスマートフォンの画面から顔を上げる。
「……ん?」
木陰で何かが動いていた。黒い影。伊織は思わず身構える。
そっとベンチから立ち上がり、音を立てないようにその影に近付いていく。幸いなことに、その影は伊織の存在に気付いていないようだった。もう一本の木の陰に隠れ、そっと黒い影のほうを覗き込んだ。
そこに蠢いていた黒い影。黒いスーツ、黒いマント、黒いシルクハット。その影は衣装を着ている途中であるようで、ガチャガチャとマントの首元を弄っている。そこまで確認して、伊織は思わずスマートフォンのメッセージアプリを開いていた。震える手で打ち込む。
『怪盗レイナ』『見つけた』
それを送信した瞬間だった。楓のメッセージが一瞬で飛んできた。
『どこ?!!!!!!!?!!』
問題なのは、その通知音だった。ピコン、という音がやたらと大きく響いた。これは、ほんの数メートルしか離れていないレイナにも聞こえてしまったようだった。
マントを翻して振り向いたレイナと、伊織は目が合った。しかし、このレイナはまだマスクを付けていなかった。マスクを付けていないことに気付いたレイナが慌ててマスクで顔を隠すが、しかし、伊織はしかとその目にマスクの下の素顔を見た。伊織は思わず漏らした。
「かなたん……!?」
レイナ……いや、”かなたん”は、呼ばれてあからさまに顔を顰める。目を逸らして「やべ」とか呟いていた。
「かなたんの新曲聞いた?」
「ああ、詩華奏那?昨日のライブで新曲発表したんだっけ」
どこかで、そんな会話をしている者がいた。
ファミレスに居た楓は、一瞬スマホを落っことしそうになって、しかしすぐにメッセージを返した。
「レッ……レイナ!レイナ見つけたって!」
メッセージを送信しつつ、楓はテーブルに向かい合って座っている男に向かって言う。
「……なんだって?それは……いや、どうなんだ?」
銀髪の男。黒系の服を来ていて、サングラスで目元は見えない。
「朔弥くん、ごめん、私行かなきゃ!えっと……お代はこれで払っといて!」
楓はテーブルの上に一万円札を叩きつけた。
「いや、僕が払うよ。ちょっ、待ってくれ!……楓さん!」
朔弥が引き止めたが、楓は無視して行ってしまった。
「ああ……。本当に、元気な人だ!」




