霧中の追求
電話の呼び出し音。……3回、4回、5回……10回。詩華奏那は、諦めて電話を切った。大きめの舌打ち。
「あいつ……。こんなので逃げ切る気?舐めんなよ」
トイレの個室で悪態を吐く奏那のiPhoneに映るのは、「柏木朔弥」という連絡先。今朝から何度も連絡を取ろうと試みているが、全く繋がらない。あの手この手で朔弥への連絡を試みていた奏那だったが、気付けばトイレに入ってから一時間近く経ってしまっていることに気付く。奏那は小さく溜息を吐いて、パンツを引きずり上げた。
ライブの直後ということで、今日の奏那のスケジュールはフリー。であるにも関わらず、朝からずっと歩き回っている。大きめのバッグを抱えて。
昼間だから開いていないのにバーに行ってみたり、知る人ぞ知る回らない寿司屋に行ってみたり。そうして歩き回って、奏那はあちこちで質問をして回っていた。
「柏木朔弥って、来てない?」
しかし、誰に聞いてみても答えは否定の含意。どこも高級店なだけあって、当然まずは客の情報の保護を優先する。しかし、奏那が何度か質問を繰り返すだけで簡単に漏らしてくれる。そうして折れた者たちは、皆一様に奏那に対して怯えている様子であった。
兎も角、奏那はあちこちで脅迫……いや、善意での情報提供のお願いを繰り返してきたのだが、歩き回って数時間、しかし収穫はゼロ。歩き疲れた奏那は、人気の少ない路地裏の公園のベンチに腰を下ろした。
「本気で雲隠れするつもり?」
電話を掛けても繋がらないし、行きつけの店を回ってみても朔弥の行方を知る者はなし。不機嫌なのに任せて動き回っていた奏那だったが、疲れたというか、飽きてきた。
奏那は、ふと持ち歩いているバッグの中身を少し覗いてみた。黒い塊のようなものが中には入っていて、それとスポーティな下着の上下が一セット。
「案外コンパクトになるものなのね」
周りを見回して誰もいないことを確認し、それから黒い塊を手に取ってみる。色々な角度から眺めてみて、奏那は改めて感嘆の吐息を漏らした。だが、何の弾みか、突然その黒い塊が大きく展開してしまう。
「ひゃあ!ちがっ……待って待って待って!」
もちろん、無機物であるそれは都合よく奏那の言う通りになるわけもなく。地面には、展開したものが散らばってしまう。
「あちゃー」
地面に散らばるのは、黒いジャケット、黒いパンツに白いシャツ。黒い手袋、ブーツ、マント。それに、シルクハットとマスク。怪盗レイナの衣装だった。
慌てた奏那は散らばった衣装を拾い集め、丸く押し込もうとする。一度あのようにまとめることができたのだから、同じことをしたらもう一度元通りにまとめることは可能であるはずだ。だが、こういう作業は焦るとむしろ失敗するものだ。強い反発力を喰らって、衣装は再び奏那の腕の中から跳ね飛んで散らばってしまった。
無表情で地面に散らばるレイナの衣装を眺めていた奏那だったが、ふと何か閃いた様子で目を輝かせ、衣装をかき集めて公園の隅の木立ちの陰に向かった。そして徐に服を脱ぎ始める。




