夢と現実の超越
詩華奏那。今、絶賛売り出し中の歌い手である。あまり芸能には詳しくないが、それでも彼女がすごいというのはよく聞く。地下アイドルをやっていたところを、その手の大物に気に入られて売り出し路線に乗せられた、という話がネットに転がっていた。事務所のオッサンと寝たらしいとか、急に売れ始めた陰で散々なことを言われているっぽい。最悪。
私だったら耐えられないなあ、と思いつつ、でも、世間からの注目を集めるのは怪盗レイナが目指すところでもある。その辺は素直に憧れる。アイドル路線、模索してみようかな。でも流石に犯罪者がアイドルは無理があるか。ネットで活動しようにも、怪盗レイナ名義でやったら即刻アカウントbanとかが関の山だろう。うーむ、難しいものだ。どうにも世間は犯罪者に向ける目が厳しい。犯罪者だから当たり前なのだが。
少し調べたが、やっぱり先日朔弥かもらった住所と間取りは、奏那の部屋のもので間違いないらしい。まあ、こんな調べれば分かるものに嘘をつく理由もない。普通は調べても分からないって?それはそうだ、芸能人の住所の流出なんて特大アクシデント、許されるわけなかろう。ただ、住所から住んでいる人間を調べる逆算なら案外やれるものだ。ただし、良い子は真似しないように。
それで、作戦を決行する日時も決めた。明後日、奏那はドームでライブをやる。その日だ。ライブの最中であれば確実に部屋は留守である。日が沈んでからライブ終わりの奏那が帰宅するまで、恐らく数時間の間。その時間で部屋に侵入し、朔弥の言っていた金というのを探して、盗んで帰る。単純なものだ。
一通りの調査が終わって、私は散歩がてら奏那の部屋のあるタマワンを見に来ていた。住宅地の中に突然立ち上がる、高層マンション。これの最上階に、ターゲットとなる部屋が位置している。周囲には比肩するほどの高さの建物はなく、とても目立って見える。
いいじゃないか、ターゲットとして。怪盗レイナの活躍の場にピッタリだ。
「散歩かい?」
知っている声が聞こえて、振り向く。柏木朔弥だった。
「何よ、ストーキングでもしてたの?」
「いいや、そんなことしてないさ。それは君が禁止した約束だろう?コソコソ付け狙わなくたって、君がこの辺りに来るのは分かってる。この辺は見晴らしがいいからね」
私は、付近の公園に居た。ここならタワマンがよく見えるからだ。確かに、ターゲットの場所が割れているならこの場所は割り出せるかもしれない。
「どうだい、作戦のほうは。つつがなく進められているかな?」
「おかげさまで。警視庁のときよりかは全然楽なもんだよ」
「そうか、それは良かった。実は、昨日もこの辺りを散策していたのだけどね。残念ながら会えなかったから、どうしたのかとね」
「昨日は……。楓が熱を出してたから」
隣でタワマンを眺めていた朔弥は、私の方に視線を落とした。
「それは……。大丈夫なのかい?」
「大丈夫、あいつ昔から体力だけはあるから。昨日の昼頃にはもうピンピンして仕事に行ってたよ」
「はは、流石だね。パワフルな人だ」
朔弥は嬉しそうに笑っていた。楓と朔弥の接点なんて美術館の夜の一回だけなのに、何を分かったような面をしているんだか。でも、楓にもしつこく聞かれたっけ。変な仮面の男は何者なんだ、と。適当に躱していたら、もう聞かれなくなったけど。変わった奴同士、何か共鳴するところがあるのだろうか。
「して、やはり作戦の遂行は明後日にするのかい?」
「それしかないじゃない、明確に留守になってそうな時間なんて」
「分からないじゃないか。何か思いもよらない方法があるんじゃないか、ってね」
私だって、そういう期待はしている。だが、そんなのがあれば苦労しないのだ。空を飛ぶにもグライダーで滑空するのが関の山だし、タネもない手品みたいな離れ業は物理的に不可能だ。だけど、怪盗レイナはそれでも夢を見せないといけない。可能である範囲で、限界まで物理的な制約に挑戦する。そしたら、いつか怪盗レイナは現実を越えて夢になれる。そう、私は信じている。




