自我不連続性の連続
「何にする?僕が奢るよ」
「いいよ、割り勘で」
私は、柏木朔弥と家の近所のファミレスに来ていた。平日だしランチ時よりも早い時間だしで、わりと空いている。
今朝、ぐっすり寝ていた私はうるさいインターホンに叩き起こされたのだった。ずっと鳴っているものだから、やたらしつこい来客だと思って玄関に出た。そしたら爽やかな笑顔を貼り付けた朔弥が立っていた。昨夜も言ったとおり、岬玲奈としては別に朔弥を拒むつもりはないので、それでここまでやって来たわけだ。
「良かったの?こんな場所で」
私は尋ねた。ここは空いているとはいえ、人の目がある。そんな場所では怪盗の話はできない。
「すまないね、初デートがこんなファミレスで」
「デッ……!?そういうことじゃなくて!」
「うんうん、分かってるさ、そういうのは。でも今日はこれでいいんだ。あくまでも岬玲奈との親睦を深めたいだけだからね。それに、いきなり個室に連れ込まれるよりかは君も安心できるだろ?」
やっぱりナンパか何かのつもりなんじゃないか。面白い話とか期待して損した。
「まあまあ、そう剣呑な顔するなって。僕だって、身の程は弁えているさ。君の本命は樫本楓さん、だろ?」
「んなわけあるかぁ!!」
思わず、テーブルを叩いて立ち上がった。朔弥は、目を丸くして私を見ている。その顔を見たら、血が上っていた頭が冷えてきて、だんだん周囲のどよめきが耳に入ってくる。冷静になった途端、店内の客たちが不思議そうに私を見ているのに気付いて、急に恥ずかしくなって、私は腰を下ろした。
呆れたように朔弥が零す。
「まあ、お熱いことで」
「……うるっさいなあ」
朔弥は小さく溜息を洩らし、尋ねる。
「それにしても、分からないものだよ。警視庁の刑事だろ?楓さんって。なぜそこまで君に拘るのか、君がなぜそんな楓さんを受け入れているのか……。話したくないならいいんだけど。知りたいな」
「……幼馴染だったんだ」
私が楓を見つけたのは、まだ未就学児のくらいだったと思う。楓に初めて声を掛けた時のことはよく覚えていて、なぜなら、楓が噛みついてきたからだ。物理的に。右手に残った歯型も、その痛みも、今でもよく覚えている。
あの頃の楓は、今とは全然違っていた。とことん他者を拒絶して、独りで痛みを抱え込む。ずっと部屋の隅で本を読んでいる子だった。同じ幼稚園だった楓のことは離れたところから見ていて、変な子だなあと思っていたような、そんな気がする。
結局、小中も同じ、高校も地元の平均的なところに通うことになる。大学進学を機に離れるまで、楓とはずっと一緒だった。でも、ずっと近しい間柄だったというわけでもない。それぞれで違う友達を作ってたり、部活動が違ったり、酷く喧嘩したり。腐れ縁とでも言おうか。なんだかんだで付かず離れずの関係が続いてしまっていた。
「……それで?」
「いや、これくらいだけど」
「もっと、昔の楓さんが今みたいになる過程とかさ」
「知らないよ、そんなの。気付いたらあんなんになってたの!」
ぶっきらぼうに言って、私は紅茶を一息に飲む。
「まあでも、人間そんなものなのかもね。自己同一性が連続的に時間という次元方向に自身を接続し、異なる断面の観測においては不連続に思われるものでも、そこには通底して定義された人間が存在する。……そうだろ?」
そう言う朔弥は、なんだか遠い目をしていた。黄昏れているような、噛み締めているような。なんだか分からないけど、こんなのでも色々あったのだろう。でなければこんなことしているわけがない。
「私にとっちゃあ、あんたの存在の方が不思議で堪らないよ。警察でもないなら、何の仕事をしてるのやら」
「ああ……なんだっけ、芸能関係?有り難いことに”美形”だからね」
「誤魔化してないでさ。私が話したんだから、あんたも教えてよ。何やってるの?」
「芸能関係って認識でいいよ。中間管理職ってところかな」
「……本当なの?」
「本当だよ。……ここだけの話、あの詩華奏那とも知り合いなんだ」
「それが本当なら、昨日の……あの仕事も、あんたがやりゃあいい話じゃないの?」
「チッチッチッ、距離が近いからこそ難しいものだってあるんだよ。……そうだ、これを渡しておくよ」
朔弥は、懐から四つ折りの紙を取り出して渡す。促されて紙を開いてみると、書かれているのは住所と、部屋の間取り。
「これって……」
聞こうとしたが、朔弥は口元に人差し指を当てるジェスチャーをしていた。黙って受け取れ、ということか。
別に聞かなくても分かる。たぶん、これは詩華奏那の住所だろう。ご丁寧に、中の間取りまで教えてくれたわけだ。そんな助け舟貰わなくても、自力で調べられるのに。まあ、おかげでだいぶ仕事が減ったのは確かだ。何事も、本番前の事前準備が一番時間がかかるものだ。
「別に、恩を売るつもりはないよ。貸し借りとかは気にしなくてもいい。そもそも、この仕事を持ち掛けたのは僕の方だしね」
私は朔弥の顔を睨むが、相変わらず掴みどころのない笑顔を貼り付けたままだった。何を考えているのやら、何を思っているのやら。よく分からない奴だ。




