怪盗レイナ颯爽登場
都内某所の美術館。深夜の館内に、怪盗レイナは颯爽と現れた!
今日は怪盗レイナの初陣。誰もいない暗い回廊を駆け抜けるレイナは、格好良い衣装で身を包んでいる。マント、タキシード、シルクハット、ヴェネチアンマスクとブーツに至るまで真っ黒……じゃなくて”漆黒”の衣装だ。真っ白……じゃなくて、”純白”のシャツが衣装に映える。これに合わせるために髪も銀色に染めたんだ。もちろん、形だけじゃあ意味がない。何年もかけて作ってきた格好良いギミックは、衣装の至るところに仕込んである。まさに完璧、完全無欠。我ながら惚れ惚れしちゃうな。
そして、徹底的に練り上げた作戦。監視システムの微妙な死角と、警備員の巡回の周期はしっかり調べ上げてある。それと、最近やってきた新人警備員がサボりがちなことも。それのおかげで、悠々と展示室の中を歩き回れているわけだ。
透明な展示ケースの真ん中には、数十カラットもありそうな大きなピンクダイヤが置かれている。周囲の様子を確認してから、ガラスのカバーを軽く押してやる。小さな音を立てた後、案外にも簡単にケースが開いた。もちろん、無断での開封を察知するセンサーは既に切ってある。そうして私は、無事にピンクダイヤを掌に収めたのだった。
何事もなく白い手袋の上に転がっているピンクダイヤをじっと見つめる。真っ暗な深夜の美術館では、可視光はあまり役に立たない。だから、今はマスクに仕込んである赤外線カメラを通した視界が見えている。可視光でない、つまり人間が感知できる範囲の外の光を無理やり眺めている形であるため、今の視界では世界はモノクロみたいに見えている。今の手の上にあるのはピンクダイヤである筈だが、しかし、半透明の白黒にしか見えない。
ぼーっとしたまま一頻りピンクダイヤを眺めまわしてみてから、改めて周囲を見回した。……誰もいない。
「張り合いないなあ」
思わず呟いた。てっきり、無数の警官が警備する中をカッコよくパルクールで突破することになると思っていた。そして、やたら眩しいクソデカスポットライトに照らされる中、衣装に仕込んである小型グライダーで悠々と飛び去って見せるのだ。……一人で妄想して、妄想の中の自分がカッコ良すぎて震える。
それに比べてなんなんだ、現実のこのザマは!出てこい捜査一課、怪盗レイナはここに居るぞ!
「おっかしいなあ。予告状、もうちょい分かりやすい場所に置いとくべきだったかなあ?」
肩を落としたまま、私は帰路についた。帰り道も、監視カメラには邪魔を入れてあるから何も心配することはない。作戦Aのまま、女子トイレの奥の窓からそのまま帰れる。
「つまんないの!」
「本当にねー」
そんな相槌を貰って、コンマ一秒ラグがあって、反射的にバックステップが出た。2メートルくらい後ずさって、私は叫んだ。
「だっ……誰だ!」
私に相槌を返してくれた声の主は、ちょうど女子トイレから出てくるところだった。
「誰って……。私ですよー。警視庁から来ました、捜査三課の刑事、樫本楓ですよー……」
そう言って出てきた声の主は、私の足元に懐中電灯を向けた。
「あれ?警備員さんじゃ、ない……」
そして、私の顔を懐中電灯で照らした。眩しい。
警視庁?刑事?不味い、警察に見つかった!……しかし、それ以上に私の脳はフル回転していた。樫本楓という名前を、私は知っている。脳の中のファイルに片っ端から検索をかけて、すぐに樫本楓の名前はヒットした。
「楓……。楓なの?」
名前を呼ばれて、樫本楓は暫しフリーズしていた。懐中電灯の逆光で、その表情は全く見えない。
「むむ。私を知っている?……待ってね。……あれ?まさか、その声は……」
楓は、懐中電灯を消した。急に明かりがなくなるもんで、赤外線カメラを切っても目が順応するのに時間がかかって、やっぱり何も見えない。
「玲奈なの?高校のときの。……なんでこんなところで……そんな恰好してんの?」
目が暗闇に慣れてきて、ようやく楓の顔を視認できた。やっぱり、私が知っている樫本楓だ。窓から差し込む月明かりの乱反射が、淡い茶髪を照らしていた。昔よりちょっとだけ髪が短くなって、でも優しそうな目元は何も変わっていない。
「……あっ。えっと、ちょっと待って!」
私は、慌ててポーズをキメる。練りに練った、私が考える一番カッコいいポーズ。
「予告状の通り、ピンクダイヤを盗みにやって来た。怪盗レイナ……参上!」
これは、キマった。ふふ。……この静寂、さては恐れ戦いて言葉が出てこないのだな?チラ、と楓の顔を覗いてみた。……あれ?
楓はというと、ポカンと口を開けたままで私を見つめていた。その目元は、感嘆というか、心配しているソレだった。
「ヨコクジョウ……?っていうのは、よく分からないけど。……えっと、カッコイイね!うん、すごくかっこいい!……あのさ、いいトコ知ってるから、一緒に行こう?大丈夫、私が付いてるから!うん!」
「……すんな」
「うん?」
「バカにすんなぁぁあ!」
舐められてる。完ッ全に舐められてる。「いいトコ」って、絶対に病院ってイミじゃん!頭がおかしい奴って思ってるんだ!
それに、警察なのに予告状を把握してない?やっぱり読まれてなかったってこと?許せない!あのハゲ館長、予告状を読まずに捨てやがったんだ!せっかく机の上に置いておいたのに!
「樫本楓!お前だけでも名前を覚えておけ!私は怪盗レイナ、世界を股に掛ける大怪盗!私を捕まえられるもんなら捕まえてみるんだな、バーカ!」
「ちょっと、どこ行くの!?待って、不法侵入で現行犯逮捕!ちょっ……足速すぎ!」
私は半分泣きそうになりながら、女子トイレの窓から脱出する作戦Aを諦めることにした。作戦Bを用意しておいて良かった。屋根の上からグライダーで飛び去る作戦。なぜか、警察官は楓一人だけだし、大きなスポットライトもないけど。
そうして、不本意な格好ではあったが、怪盗レイナの最初の事件は無事に幕を下ろしたのであった。レイナが飛び去ったあとの美術館には、残された楓の声だけが響いて、消えていった。
女女の関係性を書く趣味があるのは事実なんですが、色恋を明示する気もないし、女女に限定して話を作る気もありません。その辺りはご了承いただいた上で読み進めて頂く方が良いのじゃないかと愚考しております。




