結局のところ
怪盗レイナは、予告の通りに水墨画の山水図を盗み出してみせた。しかも、時刻も予告どおり、20時ちょうどに。……いや、その実はよく分かっていない。山水図が盗み出されたその瞬間を見た者が居なかったからだ。少なくとも、表向きにはそういうことになっている。当日、その周辺にはいくらかの警官が配備されていた。しかし、その全員が山水図から目を離した状態にあったのだ。
怪盗レイナが現れるという情報はどこかから流出してしまったらしく、美術館の外には大量の野次馬が集まっていた。そして、19時55分。その野次馬の誰かが、怪盗レイナが現れたと主張したらしい。あとは大騒ぎである。レイナが予告した時間は20時丁度であり、それまでもう時間はなかった。ただでさえ10人もいないほどだった美術館の警備の警察官のほとんどは、野次馬の対応と、そこに現れたという怪盗レイナの捜索に飛び出した。
19時59分の段階で、山水図を確認していた警察官はたった一人。その警官も、トイレの方から聞こえた物音を調べるために離れたといい、戻ってきたとき、20時1分頃には山水図はなくなっていた。ガラスのケースには大きな穴が開けられ、そこから盗み出されたと見られる。もちろん、監視カメラにも何も映っていない。20時になる瞬間で、監視カメラの映像は止まっていた。
「今回は、レイナの勝ち?」
「……そういうことにしとく」
始末書やら何やら、楓はずっと忙しかったらしい。だから無理はしなくて良いと言ったのに、引っ越しの段ボールを開けるのとかは手伝いに来てくれた。そもそもここはお前の家じゃないって言ってるのに。そのせいで疲れたと文句を言って、ずっと私の膝枕の上で寝転んでる。勝手に動いて疲れたと言われても困る。そろそろ足がしびれてきた。
私は、東京郊外のショボいアパートから引っ越した。都内某所、タワマンというほどじゃないけど、駅前でアクセスが良い感じの大きめのマンションである。
どうやら、楓に引っ付かれたせいで、認めたくはないが、私は変わってしまったらしい。岬玲奈の生活も大事にしようと思ったのだ。岬玲奈を限界まで痛めつけて、それで怪盗レイナは生まれた。だけど、それで岬玲奈を殺してしまうのは、なんだか嫌だと思ったのだ。だから、私は岬玲奈にこのマンションをプレゼントすることにした。あなたは、どこまでも自分にストイックな怪盗レイナじゃない。ここでのんびり平和に生活していれば良い。そういう意味での、私から岬玲奈へのプレゼント。
言っておくが、岬玲奈が使っているお金は別に怪しいものじゃない。だって、変な手段でお金を稼ぐのは犯罪だろう?ダメだよ、犯罪なんて。普通に各種資産運用だけで増やした。脱税も何もしてない。この手の話をするたびに楓の目が怖いけど、本当に何もしていない。本当だってば。
「最初から本気出せば良かったのに」
楓が言う。確かに、ちょっと本気を出してみたらわりと上手く稼げたけど。
「なんか、嫌じゃん」
「どういうこと?」
「社会のキツさとか一切知らないで、資産運用だけでヌルく生きてる奴とか、キモくない?」
「私は、犯罪じゃないなら生きてるだけで偉いと思うよ」
そう言う楓の声はふわふわしている。本当に疲れているみたいだ。既に目は閉じていて、そろそろ寝落ちするだろう。
「生きてるだけじゃ……つまんないよ」
私は呟いたが、楓は静かに寝息を立てているばかりだった。やれやれ、ベッドに運ぶのが面倒だ。




