尾行と情報と信頼
まだ心臓の悲鳴が止まらない。気持ちの悪い脂汗が垂れてくる。バレた。怪盗レイナであることが、バレた。なんなんだ、あの男は。警察?それにしては挙動不審だったけど。むしろ、怪盗レイナを崇拝する……信者?嫌だなあ、勝手に教祖に担ぎ上げられるのは。勝手に騒いでもらう分にはいいけど、巻き込まれるのは御免だ。
私は、近所のコンビニのトイレに駆け込んでいた。あの変な男は追いかけてくる様子はないので、一安心である。そういえば、朝から私を尾行していた気配はもうなくなった。結局、尾行していたのはあの男で良かったみたいだ。なぜ気付かれたんだろう。
あの尾行が始まったタイミングから察するに、恐らく楓が連れてきてしまったものだったんだろう。楓は警察のくせにそういうのに疎いからなあ。しかし、あの男の気配の消し方も見事なものだった。私でもなければ気付かなかっただろう。実際、楓の尾行を撒こうとしてウロウロしてなければ気付かなかった。その点では、あいつに感謝すべきか?
どちらにせよ、怪盗レイナの正体に気付き得るのは楓を介していないとあり得ない。レイナの姿を見せたことのある人間は楓だけだし、それ以外に指紋も残していなければ監視カメラも完璧に誤魔化せている。なんも手掛かり残ってないんですけど、と楓に文句を付けられたくらいである。ゲームじゃないんだ、いつだって事件解決のために手掛かりが散りばめられてるなんて思う勿れ。とにかく、帰ったら楓に訊いてみるか。
「たっだいま~!」
日が沈む頃、元気よく楓が帰宅……と言っていいのだろうか。そもそもここは私が一人暮らししている筈の部屋であり、楓の家ではない。それなのに、部屋の中には日に日に楓の私物が増えていく。今日も今日とて、寸胴鍋を抱えてきていた。突然ビーフオアチキンと問うメッセージを飛ばしてきたのは、ビーフシチューとチキンカレーみたいな意味だったのだろうか。であれば今夜はビーフシチューか。……じゃなくて。
私は、意を決して楓に問うた。
「楓、怪盗レイナの第一発見者があんたなのって、どれくらい知られてるの?」
「ほえ?なによ、急に」
「いや……その、尾行されてたから」
私が。
「えええ!なになに、そんなの早く言ってよ、怖いなあ。生活安全部の友達に相談してこようかな」
やっぱり、楓は尾行に全く気付いていなかったみたいだ。というか、直接担当部署に相談するというのは職権乱用的な意味で大丈夫なのだろうか。
「相談とかは多分……良くなくて。その人、怪盗レイナを探しているみたいなの。だから、楓を狙ったっぽい」
いくら楓が抜けてるったって、こんな言い方では怪しまれる。尾行に気付いたくらいならまだしも、その狙いになぜ気付いたのかという話だ。何か聞かれたらどう誤魔化そうか。それだけ考えていた。
「玲奈は大丈夫なの?」
「それは……。え?」
「その、ストーカーの人と直接会ったってことでしょ?玲奈は大丈夫だったの?」
楓は、真面目な顔で私の目を覗き込んでいた。
「私は……大丈夫。それよりも、怪盗レイナの話って、どれくらい広がってるの?」
大丈夫と言っても、楓は心配そうに私の目を見ていた。ただ、小さく息を吐いてから続けた。
「そうだねえ。基本的には、ごく一部の上司とか、あとは一緒に捜査してる子だけ。……いおりんも割としっかりしてると思うんだけどなあ」
「いお……りん?」
「ああ、私と一緒に動いてる子。田沼伊織っていうの。だからいおりん。その子くらいだよ、レイナのこと話したのは」
「そう。でも、その辺りから情報が漏れたとしか思えない。何にせよ、気を付けた方がいいよ」
「……ねえ」
「何?」
楓は、部屋の中を見回しながら言う。
「引っ越し、しない?」
唐突な提案だった。勝手に私の部屋に住みついてきて、そのうち私の部屋に楓が居る状況から、逆に楓の家に私が招かれる状況になるんじゃないかとは、ぼんやり考えていた。だけど、こうして提案されるとやっぱり驚いてしまう。
「いきなり。どういうこと?」
「だって、知らないうちに私、ストーキングされてたんでしょ?じゃあ、この部屋の住所も割れたってことじゃん。危ないよ」
それは確かに。しかし、引っ越すったって……。
「お金は私が出すからさ」
「いや、でも、それは流石に……」
「これは私のためでもある。玲奈の部屋は私の第二の家みたいなものなんだからさ。ここが使えないんじゃ不便でしょ?そうと決まれば早速行動!」




