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眠り猫は抱き枕を離さない  作者: しんら
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side.とある同僚 2

 


 黒色が不吉なんて、誰が決めたんだろう。




「それ、いいね。好きな色」



 たった一言で、落ちた。


 何がなんだか分からないまま、落とされてしまった。

 嘘でもお世辞でも社交辞令でもなく、リディアは本気で言っていた。

 みんなが忌み嫌う、おれのこの目の色を好きだと。


 その時から、リディアの存在が特別になった。我ながらちょろいとは思うが、それくらい衝撃的だったんだ。

 親すら拒絶したこの姿を、軽くいいねと言った。


 稀有(けう)なその価値観が汚されないよう、歪まないよう、心から願った。決して触れることなく見守った。

 願ったとおり、リディアの個性的な価値観は揺るぎなく、今も変わらない。


 黒色は縁起が悪い。不吉だと忌避(きひ)される。

 それがこの国の常識。

 むかしむかし、から始まるおとぎ話に出てくる悪役は、必ず黒を連想させる。


 実際には、黒を身に宿して生まれてくる者は少ない。とても珍しい。

 黒髪黒目など滅多にいないし、だからこそ異端を崇拝する新興宗教の信徒からは熱狂的な支持を受けていると聞く。


 でも彼らは、地域によっては迫害される。



 おれの瞳は暗い紫色で、一見、黒に見える。そのせいもあって、幼い頃から髪やフードで顔を隠して生きてきた。


 偏見や差別を避けるためでもあったし、誘拐から身を守る意味もあった。

 どの世界にも変態はいて、黒色を収集する好事家(こうずか)に目をつけられたら終わりだ。


 王都や副都は寛容な人が多いけれど、無用な争いを避けるため、今もおれは瞳の色を変化させる魔道具を愛用中。その眼鏡をかけていれば安心だ。ていうか眼鏡が案外似合うから、気に入ってかけているっていうのもあるけど。


 気にしていないつもりだった。

 黒が不吉なんて迷信だ。


 そんな強がりを打ち砕いたのがリディアだった。肯定されて初めて、劣等感だらけだった自分を自覚した。でも、本人に自覚がないから礼も言えない。


 価値観や常識に囚われていたのはおれも同じで、あいつだけがひとり外側からこちらを見ていた。


 世界の常識を軽く飛び越えて、平然と立つ女。

 ちょっとかっこよすぎた。

 あまりにも平然としているから、聞いたことがある。


「おまえ、まさか知らないの?」

「なに?」

「...黒が好きって、さ」

「ああ。さすがに知ってるよ。黒は不吉の象徴で、忌み嫌う人が多いよね」

「...」

「でも、わたしは好きなの。見てると落ち着く」


 あっけらかんと言ってのけた。

 淡々とした熱のない言葉なのに、じんわり胸にしみて広がった。

 伝統や古い信仰を崇拝してる人からしたら、非常識で罰当たりだと思うだろう。

 でもリディアはきっと、だから何?どうしてそう思うの?と真っ向から聞き返すんだ。


 わたしは、わたし。


 そのしなやかな強さが眩しかった。


「嫌いなの?」


 ストレートに聞かれて、言葉に詰まった。


 嫌いだよ。

 この目に生まれて、いい事なんかひとつもなかった。売られた喧嘩は買ったし、あれこれうるさい奴は黙らせてきた。目の色なんかで人の価値が決まってたまるかと、いつも怒っていた気がする。


 だから、気が抜けてしまった。


「黒じゃないけど、いい色なのに」


 もはや笑えてきた。なんだよそれ。

 黒じゃなくて残念みたいな。

 どんな表情をしていいか分からない。


 変わらないで欲しいと思った。

 そのままでいて欲しい。


 自分の根幹を揺るがした存在に完敗して、薄汚れた自分が悪影響を及ぼしてしまうのが怖くて、臆病なおれは7年もこの気持ちをくすぶらせていた。


 おれの目の色を気にしない女もいた。好きだと言ってくれた人もいた。受け入れて、愛してくれた。


 でも、どうしてもリディアが好きだった。


 だからこそ祈った。

 おれみたいな碌でもない男に引っかかることなく、幸せになってほしいと。





* * *





 ...あのさ、逃げてもいいかな。

 クラウドの奴が、これみよがしに見せつけてくるんだけど。


「リディアさん、好きです」

「え...あ、うん」

「だから、あんなクズみたいな先輩と仲良くしないでください」

「...え?クズ?...ああ」


 おい。今こっち見たよな。


「クラウド、仮にも先輩だから、ね?」

「でも...」

「確かに、クズだとは思う」


 思ってたんだ。


「でもね、女の人を不幸にしたことはないんだよ」

「え?」

「あいつとお別れした後には、その女の人は必ず別の人と幸せになれるんだってさ」


 え、なにそれ?

 そんな都市伝説が生まれてるの?


 クラウドがちらりとこっちに視線をよこす。

 おれと目が合うと、ふっと笑う。

 あ、かわいくない。


「いつかクズ先輩も、幸せにしてくれる人と出会えるといいですね。ぼく達みたいに」

「...う、うん」

「幸せです?リディアさん」

「...ん」

「ぼくも幸せです。まだまだ足りないですけど」


 おれをダシにしてイチャつくのやめろや。



 あーあ。好きな男の言動に一喜一憂して。

 頬染めちゃって、かわいいねぇ。

 幸せそうに笑ってら。


 おれの恋は実らなかったけれど、たぶん報われたんだと思う。

 柔らかな雰囲気で寄り添うふたりを見て、そう思った。


 さすがに見てらんねぇから、王都に転属願でも出して出世でも目指すとするかな。

幸あれ。

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