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眠り猫は抱き枕を離さない  作者: しんら
25/30

24.

 

 好きな人が、番だった。


 その事実を受け止めきれない。


 というか、クラウドがわたしを...好き?


「すき...?」


「好きです」


 声に出すつもりのなかった疑問に即座に返答がある。


 あの、とか、え、とか。

 そんな間抜けな声しか出ない。

 おそらく顔が、信じられないほど赤いと思う。


「リディアさんが好きです。ずっと、好きでした」


「ずっと...?」


 クラウドと知り合ったのは、つい最近だ。

 その言葉に違和感を覚えて視線をあげると、少し困ったような眼差しとぶつかった。


「トカゲを拾ったことがあるでしょう?」



  * * *




「...」




 あのトカゲがクラウドだったとの告白を受け、冷や汗が背中を伝う。


 もしかしなくても、わたしの行動は誘拐になるのでは...?


 そんなつもりは全くなかった。

 けれど事実だけ見たら、10代の少年を家に連れ帰り軟禁していたことにならないか。


「あの...ご両親に、謝罪を」

「必要ないです」

「で、でも」

「家族のだれも気にしてませんから」

「そんなはず...」


 わたしは、かつてないほど狼狽えていた。

 だって一歩間違えたら犯罪者だ。

 しかも相手は獣だからと、かなり無防備に暮らしていた気がする...。


「むしろ謝るのは、ぼくの方ですよね。黙っていてごめんなさい」


 眉を下げてしゅんとされたら責めることなんてできない。


「そんなの、...言えるはずなかったもの」


 獣人が獣になるなんて、きっと誰も信じない。


 一緒にいた間、微塵も疑わなかった。

 でも確かに、と納得できる。

 あの子はクラウドだったんだな。

 優しくて賢くて甘え上手だったあの子。

 瞳の色も眼差しも、首を傾げる仕草も、クラウドと重なる部分がいくつもある。


 あれはもう5年ほど前だから、クラウドは13歳......気が遠くなる。


 やはり1度ご家族に平身低頭謝罪しなくては...と、ひとり深い思考に落ちていく。


 すると、腕の力を少し弛めて、クラウドがわたしの顔を覗き込んだ。


「もー、困った人だな」


 プクッと片頬を膨らますあなたの方が困っちゃうほどかわいいんですけど。


「もちろん家族には会って欲しいです。ぼくの大切な人だって、ようやく紹介できる」


「リディアさんが謝りたいっていうなら受け入れます。その上で、ぜんぶ許してあげます。ぼくがあなたに恋焦がれていた5年間、あなたがぼくに全然興味がなかったのも、存在すら認知されてなかったのも知ってます」


 ぎくり。


「でもこれからは、違うでしょう?」


 大好きですよね、ぼくのこと。


 と、首を傾げる。

 少し不安げなのがずるい。あざとい。

 心臓がドコドコうるさい。


「ぅ...はい」


「ぼくの方がずっとずっと好きですけどねっ」


 わたしの返事に、はしゃぐ姿が愛おしい。


 不思議とトカゲの姿と重なる。

 しっぽがビタンビタンしているのが見える気がする。幻覚すらかわいい。





 ちゅ。


「なっ...」


 不意に。

 瞼に、額に、鼻に、頬に、耳に、いくつもキスが降る。



「クラ...んっ」


「あの時は我慢してたんで」


 初めてのキスは戯れの延長で。

 軽く触れて離れていった唇を目で追う。

 恥ずかしさより何より、本能が優先した。


「...もう1回」


 今度は目が合って、クラウドの瞳がとろりと色を濃くして閉じられる。


 何度も繰り返し。唇を合わせた。





「ん...もう、おしまいっ」


「はぁ...かわいい」


 かわいいのはおまえだよっ。

 そんな蕩けた顔して...っ。


 息を整えながらきっと睨む。


「どうしてそんなにかわいいんですか」

「...それは、クラウドの方だから」

「いや、嬉しくないです」


 不満そうに目を伏せる。

 どうしよう。

 好きすぎる。


 この人がわたしの番なの?

 本当に?


「...かわいい。好き」


 本音がぽろりとこぼれる。


「...もう一回、言って」


 甘えるような声。

 色気がにじんで、なんかもう完敗です。


「好き。だいすき」


 好きすぎてどうしよう。

 もっと違う表現がないものか。

 好き、じゃ足りない。


「トカゲのときも好きだった」

「...あー、それは複雑です」


 別角度からの告白には微妙な顔。


「うちの子にしようって決めてた」

「え、ほんとに?」

「なのに居なくなっちゃって」


 思い出すと苦しくなる。

 仕事から家に帰るのが嬉しかった数ヶ月。

 言葉は通じなくても、互いに必要としてた。


「たくさん探した。お腹すいてないかな、けがしてないかなって」


 涙腺が緩む。というか、緩みっぱなしだ。


「ごめんなさい」


 しゅんと眉を下げる姿が愛おしい。


「...もうどこにも行かないでね」


 返事の代わりに、ぎゅっと腕の中に閉じ込められた。


 もう大丈夫。

 わたしからは二度と離れない。離れられない。


「あのジャケット...返さなくてもいい?」


 唐突に思い出して聞いてみる。


「いいですけど、気に入ったんですか?」

「...クラウドの匂いがするから。一緒だとよく眠れるの」


 毎晩抱きしめて眠っていることを告白した。


「返してください」

「え」

「今すぐ」

「ええ...」

「だってもう、ぼくがいるでしょう?洋服には負けませんから」


 まさかのジャケットに張り合っておられる。


「ていうか、もう、ずっと一緒ですし」


「ずっと...」


「返品不可です」



「あの頃みたいに一緒にいてくれる?」


 トカゲの彼に触れながら眠った。

 懐かしくて胸が締め付けられる。

 あの頃と同じ瞳でわたしを見つめてくれる。


「この先、ずーっとずーっと、ぼくを抱いて眠ってくださいね」


 それはなんて、甘美な誘惑だろう。

 起きるのが嫌になりそうだな。


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