23.
玄関に入り、そっと降ろされる。
「顔、よく見せてください」
クラウドに両頬を包まれ、至近距離から見つめられる。ヘタレなわたしはその目を見つめ返すことができない。
その後、一直線にリビングへ。
わたしを椅子に座らせると、ささっとキッチンへ行き水を持ってきてくれたクラウド。
ぱっと戻り、今度は濡らした手ぬぐいを持ってきてくれる。
至れり尽くせり。
しかしなんだろう、この勝手知ったる動きは...?
クラウド、うちに入るの初めてだよね?
ちなみに水が入っているのは、わたしが普段から使っているお気に入りのコップだ。
...解せぬ。
「怖かったですね」
言いながら、わたしの前に跪き、汚れた手を優しく拭ってくれる。
手はまだ震えていて使い物にならない。
「もう大丈夫です」
落ち着くように何度も繰り返してくれる。冷たくなった手を包んで温めてくれる。
「...あり、がと」
罪悪感と感謝がない混ぜになった涙は、なかなか止まらない。
「泣かないでください」
困ったように笑うと、今度は別の布を取り出した。両手で包んで少しすると、ホカホカ湯気が出始めた。
え。これは...
ホットタオル?
なんという魔力の無駄遣い。そして絶妙なコントロール。神がかっている。
わたしね、日本人時代、仕事が終わって帰宅して、電子レンジでタオルを蒸して顔に乗せるのが日課だったのよ。ほっとできる瞬間でさ...
これ、気持ちいいんですよ、と差し出すクラウドの両手ごとすぐさま受け取った。
おじぎする格好で、タオルを持つクラウドの手に額と目を当てる。
じんわり熱が広がって気持ちがいい。
これこれ、これなのよ。
しばらく温もりに浸った後。
あ、鼻水が出そう。
色気も何もないけれど、体の反応だから仕方ないよね。
ずびっと鼻をすすりながら顔を上げると、そこには当然、麗しいお顔のクラウドがいる。
照れるより自分の残念さがいたたまれなかった。
顔は酷いことになっているだろうし、鼻水まで垂らしている女だ。
だというのに、クラウドがこちらを見る目は慈愛に満ちている。
畳んだタオルで優しく鼻を拭われた。
節くれだった手が頬を包む。
涙で赤くなった目じりを親指がなでる。
やばいやばい。距離が近い。こちらを見る瞳が色を濃くしている気さえする。
クラウドに何かしらのスイッチが入っている。
「リディアさん、ぼくね」
「...?」
「もう我慢できないから言いますね」
謎の宣言後、優しく、でも強く抱き寄せられた。
「好きです」
たった一言。
その一言で、頭の中心がじん、と痺れるのが分かった。
体から力が抜ける。
ぶわりと溢れた香りに包まれて。
これは、この香りは―...
そして唐突に理解した。
...ああ。
そうか。そうだったんだ。
ごめん、クラウド。ごめんなさい。
「大好きです、リディアさん」
クラウドの声が震えている。
抱きしめられて、全身を果実の甘い匂いに包まれて、鈍感なわたしでもようやく気づいた。
この人はわたしの番だ。
この世でただ一人。
わたしだけのもの。
言葉にできない幸福感に、めまいがしそう。
「クラ...ウド」
「はい」
声が震えてしまう。
「クラウド...クラウド」
「はい。ここに居ますよ」
「ごめ...っ、気づかなくて」
「いいんです。大丈夫」
だって、そんな、大丈夫なわけがない。
申し訳なくて息が苦しい。
涙が勝手に溢れて止まらない。
「ぼくこそ、あなたが苦しんでるときに近くにいられなかった」
そんなことはない。
腕の中で必死に首を振る。
「どうしてもあなたとの未来が欲しかったから。今よりもずっと先の未来まで。欲張ったらリディアさんの所へ帰るのに時間がかかっちゃいました」
「...帰る?」
「うん。ただいま」
「...おかえりなさい?」
分からないまま言葉を返すと、クラウドは泣き笑いのような表情をしてわたしの肩に顔を埋めた。
やっと帰れた。
そう、つぶやいたのが聞こえた。




