21.
「なんだぁ?今日はちょろちょろ蝙蝠がうろついてるなぁ」
蝙蝠というのは、ギルド職員に対する蔑称だ。
灰色蝙蝠。魔物の1種。臆病で洞窟の中から滅多に出ない生態。
一部の人からわたし達がそう呼ばれていることは知っている。安全な場所にいて何もしない卑怯者。
感謝してくれる人がいる一方、そう思う人もいるのだ。悲しいけれど。
何も聞かなかったことにして通り過ぎようとした。このくらいのことは日常的にあるし、反論しても平行線だろう。
「そう言うなよ。今やSランク様が所属するギルドだ」
「ああ...クラウド・ハリスな。ったく、運だけのSランカーが。冒険者のいい面汚しだ」
嘲る声にすっと頭が冷える。
今なんて言った?
「誰もやりたがらない依頼ばかり受ける変人だろ」
「パーティを組んでたのが竜王だったって話だ。ガキがたまたま人気のない依頼を選んで、竜王と一緒に達成しただけ。おこぼれで高ランクになれただけさ」
「けっ、強者の力を借りてのし上がるなんて冒険者の恥じだ。ああはなりたくないねぇ」
げらげらという笑い声が耳に障る。
昼間から酒に飲まれた酔っ払い。
3.4人で酒場の入口を占拠して、周りに聞かせるように話している。
服装や装備からして、冒険者なのだろう。
腕に自信はあっても、尊敬されないタイプだろうな。
危険度や難易度が高くても、誰かがやらなければいけないなら出来そうな自分がやる。
FランクはFランクの、SランクはSランクの仕事をする。
貴賎も優劣もない。上も下もない。
そう、クラウドは言った。
「なれませんよ」
わたしは真っ直ぐに男たちを見据えて言った。
声が震えないように。しっかり届くように。
「あ?」
男のひとりがわたしの姿を捉える。
「あなた達みたいな人が、クラウドのようになれる訳ない」
「...おいおい姉ちゃん。もういっぺん言ってみろよ」
酒場からのっそりと出てくる男。
立ち上がると予想以上にでかい。
これは...やばいかもしれない。
思ったけれど、怒りで口が止まらない。
「聞こえませんでした?あなたみたいなクズはどう転んだってクラウドみたいになれる訳がない、と言いました」
「はっ...いいねぇ。気の強い女だ」
酒のせいで少しふらつきながら、男が店から出てくる。わたしを見てニヤニヤ下卑た笑みを浮かべているのが本当に気持ちが悪い。
「蝙蝠風情が...俺に盾突くんじゃねぇよ」
太い腕がわたしの首を狙って伸びるのをただ見ていた。
怖かったけど、動いてたまるかと意地でも目をそらさず踏ん張った。
殴られるかもしれない。
酔っ払いに喧嘩をふっかけるなんて浅はかで愚かな行為だ。絶対にオススメしない。
けれど、クラウドを馬鹿にされるのは我慢ならなかった。
胸ぐらを掴まれる、と思ったとき。
ひゅっ、と空気を裂く音がした。
え、と思った一瞬。
男の手が視界から消えた。
瞬き後、男自身もその場から消えていた。
というか、ドゴンっという音とともに酒場の奥へ吹っ飛んだのだ。
だいぶ遅れて、わたしの髪がふわりと揺れた。
「...あいつ、今あなたに触りました?」
知っているはずの声は、ひどく冷たい。
まとう空気もどこか違う。肌がひりひりする。
あの、クラウド...?
目がいっちゃってるよ?
瞳孔が縦に割れちゃってるような気がするんだけど...?
ふるふるふる。
なんとか首を振ると、
彼は無言で酒場に入っていった。
吹っ飛んだ男とクラウドを見比べて、仲間の男たちが立ち上がり目を泳がせる。
体格は明らかに男たちの方が大きいのにその目は怯えていた。さっきまでの威勢が嘘のようだ。
蛇に睨まれた蛙って、こういうことか。
こちらに背を向けているクラウドの顔は見えない。
見えないが、男たちの顔が恐怖で引きつり、青ざめ、口をパクパクさせた挙句、喉をかきむしり、白目を剥いてバタバタバタ...と倒れた一連をわたしは目撃した。
その間、クラウドは指一本動かしていない。
...何をしたのかな。
足元に転がる男たちを一瞥して、奥へ吹っ飛んだ男の元へ向かうクラウド。男が動く様子はない。
慌てて出てきた店主と一言二言話した後、くるりとクラウドが振り返る。
少し身構えてしまったわたしは悪くないと思う。
殺伐とした気配を解いたクラウドは、くりくりと人懐っこい瞳でこちらを見た。
...見間違えだったのかな。
たたた、と駆け寄ってきて、わたしの顔を覗き込む。
「大丈夫ですよね?変なことされてませんよね」
いつものクラウドだ。
「クラウド?目が...」
橙色が、深い。
「ちょっとキレちゃいました」
へへ、って。
それで済むのか。
その人たち、泡吹いてますけど...




