17.
クラウドに翻弄されている。
いや、クラウドは何も悪くない。
恋愛初心者のわたしが勝手に踊らされて、勝手に手玉に取られているだけだ。
「先輩」
「はい」
仕事の件で声をかけられたと思った。
「ちゃんと眠れてますか?」
だから振り返ったまま、ぽかんとしてしまった。
「ごはん、食べてます?」
再び心配そうに聞かれて、曖昧に笑う。
実はここ数日、体調があまり良くない。
押し込めていたものを吐き出してから、ガクッと体調に変化が出始めた。
気が緩んでしまったようで、心は楽になったけど体の方はガタガタだ。
でも、悪いことばかりじゃない。
以前よりは眠れているし、食事への苦手意識も薄らいできている...気もしないでもない。
あのジャケットもあるしね。
それでも時々、頭痛やめまいに悩まされている。長年の不摂生による弊害が一気に押し寄せている感じだ。
そして、クラウドは敏感にそれを察知する。
「頭痛ですか?」
「...少しだけだよ」
「食欲は?」
「...」
「一緒に休憩しましょ。なにか食べて、少し休みましょう」
クラウドは過保護だと思う。
甘やかされるのは慣れていない。
くすぐったくて気恥ずかしくて。
嬉しいのに、どうも素直に飛び込めない。
だって、後戻りできなくなる。
寄りかかって、頼って、安心する。
そんなふうに甘えたら、きっともう、ひとりには戻れない。
クラウドは、優しい毒だ。
分かっていても、恋するわたしに抗う術はない。
そんなこんなで、最近は心配性なクラウドと一緒に休憩することが多くなった。
ギルドの食堂で食べたり、気まぐれにわたしが二人分の軽食を持参したりする。
本日はサンドイッチを作ってみた。
中庭の木陰に広げて、のんびりランチだ。
何を作っても喜んで食べてくれるから、気負わず作れるようになった。
用意した量の半分も食べられなかったけれど、クラウドが食堂で温かいスープを貰ってきてくれて、飲んだら少し頭痛が和らいだ。
背中を木にあずけて、力を抜く。
大きく息を吸い込んで、吐く。
クラウドもすぐ隣で、同じようにリラックスして座っている。
ぽかぽかいい天気。昼寝には最適。
クラウドのそばにいると心地良い。
とくんとくんと動く自分の心臓の音を意識する。
利かないはずの鼻がときたま、果物のような甘い匂いを拾う。
幸せだな、と感じる。
「リディアさん」
名前を呼ばれると嬉しい。
「眠れない時は、いつでもぼくを呼んでくださいね」
穏やかで柔らかな声に癒される。
「...いつでも?」
「いつでもです」
欲しい言葉ばかりくれる。
「ひとりで泣かないでくださいね」
どんどん瞼が重くなる。
「...もう、離れませんから」
柔らかい声と安心する匂いがわたしを包んで、そっと眠りの淵に落とされた。
浅い眠りの中、夢を見た。
夢の中で、あの子に会った。
深い灰色の肌、背中の黄色いトゲトゲ、少しぽてっとしたお腹。ああ、あの子だ。
こっちにおいで。
のそのそと近づいてくる姿に自然と手を伸ばす。手のひらの上にぽすっと顎を乗せて、こちらを見上げるトカゲ。
ひんやりした肌。
夕焼け色の瞳。
顎下をなでると、気持ちよさそうに目を閉じた。
探したんだよ。
ずっと会いたかった。
お腹空いてない?
一緒に帰ろう?
ぱちりと目を開け、少し丸い鼻先を持ち上げ、ぐっと背伸びをして前足を手のひらに乗せてくる。
かわいい。
その小さな足を指でそっと包むと、
きゅっと握り返されたような気がした。
目が覚めて、無意識にトカゲの姿を探した。
いるはずがない。
その代わり、
「ふっ...」
クラウドと寄り添うように眠っていたらしい。
わたしの放り出した右手に、彼の左手が重なっていた。




