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眠り猫は抱き枕を離さない  作者: しんら
18/30

17.

 

 クラウドに翻弄されている。


 いや、クラウドは何も悪くない。

 恋愛初心者のわたしが勝手に踊らされて、勝手に手玉に取られているだけだ。





「先輩」

「はい」


 仕事の件で声をかけられたと思った。


「ちゃんと眠れてますか?」


 だから振り返ったまま、ぽかんとしてしまった。


「ごはん、食べてます?」


 再び心配そうに聞かれて、曖昧に笑う。


 実はここ数日、体調があまり良くない。

 押し込めていたものを吐き出してから、ガクッと体調に変化が出始めた。

 気が緩んでしまったようで、心は楽になったけど体の方はガタガタだ。


 でも、悪いことばかりじゃない。

 以前よりは眠れているし、食事への苦手意識も薄らいできている...気もしないでもない。

 あのジャケットもあるしね。


 それでも時々、頭痛やめまいに悩まされている。長年の不摂生による弊害が一気に押し寄せている感じだ。


 そして、クラウドは敏感にそれを察知する。


「頭痛ですか?」

「...少しだけだよ」

「食欲は?」

「...」

「一緒に休憩しましょ。なにか食べて、少し休みましょう」


 クラウドは過保護だと思う。

 甘やかされるのは慣れていない。


 くすぐったくて気恥ずかしくて。

 嬉しいのに、どうも素直に飛び込めない。


 だって、後戻りできなくなる。

 寄りかかって、頼って、安心する。

 そんなふうに甘えたら、きっともう、ひとりには戻れない。


 クラウドは、優しい毒だ。


 分かっていても、恋するわたしに抗う術はない。





 そんなこんなで、最近は心配性なクラウドと一緒に休憩することが多くなった。


 ギルドの食堂で食べたり、気まぐれにわたしが二人分の軽食を持参したりする。


 本日はサンドイッチを作ってみた。

 中庭の木陰に広げて、のんびりランチだ。

 何を作っても喜んで食べてくれるから、気負わず作れるようになった。


 用意した量の半分も食べられなかったけれど、クラウドが食堂で温かいスープを貰ってきてくれて、飲んだら少し頭痛が和らいだ。


 背中を木にあずけて、力を抜く。

 大きく息を吸い込んで、吐く。

 クラウドもすぐ隣で、同じようにリラックスして座っている。


 ぽかぽかいい天気。昼寝には最適。


 クラウドのそばにいると心地良い。

 とくんとくんと動く自分の心臓の音を意識する。

 利かないはずの鼻がときたま、果物のような甘い匂いを拾う。


 幸せだな、と感じる。



「リディアさん」


 名前を呼ばれると嬉しい。


「眠れない時は、いつでもぼくを呼んでくださいね」


 穏やかで柔らかな声に癒される。


「...いつでも?」

「いつでもです」


 欲しい言葉ばかりくれる。


「ひとりで泣かないでくださいね」


 どんどん瞼が重くなる。


「...もう、離れませんから」


 柔らかい声と安心する匂いがわたしを包んで、そっと眠りの淵に落とされた。





 浅い眠りの中、夢を見た。

 夢の中で、あの子に会った。


 深い灰色の肌、背中の黄色いトゲトゲ、少しぽてっとしたお腹。ああ、あの子だ。


 こっちにおいで。


 のそのそと近づいてくる姿に自然と手を伸ばす。手のひらの上にぽすっと顎を乗せて、こちらを見上げるトカゲ。


 ひんやりした肌。

 夕焼け色の瞳。

 顎下をなでると、気持ちよさそうに目を閉じた。


 探したんだよ。

 ずっと会いたかった。

 お腹空いてない?

 一緒に帰ろう?


 ぱちりと目を開け、少し丸い鼻先を持ち上げ、ぐっと背伸びをして前足を手のひらに乗せてくる。


 かわいい。


 その小さな足を指でそっと包むと、

 きゅっと握り返されたような気がした。




 目が覚めて、無意識にトカゲの姿を探した。

 いるはずがない。


 その代わり、


「ふっ...」


 クラウドと寄り添うように眠っていたらしい。


 わたしの放り出した右手に、彼の左手が重なっていた。

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