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眠り猫は抱き枕を離さない  作者: しんら
15/30

14.(sideクラウド)

 

 甘えられている。



 リディアさんがとろんとした目でぼくを見る。

 いつもより砕けた口調と声で色々なことを話してくれる。

 舌っ足らずな話し方や仕草が彼女を普段より幼く見せる。



 ご両親のこと。

 子供の頃のこと。

 幼なじみさんのこと。

 実はうまく眠れないこと。

 仕事のこと。

 昔、トカゲを拾ったことがあること。



 楽しい話もあれば胸が苦しくなる話もあった。

 そのどれもがリディアさんの一部だと思うと愛おしくて手を伸ばす。

 ぺたんとなった猫耳に許された気がしてそっと頭をなでた。



 よく頑張りました。


 そんな思いを込めて。




 その手を取ってリディアさんが言う。



「...クラウドっていい匂い」



 そう言われた時のぼくの気持ちが分かるだろうか。


 それって、あれだよね。

 絶対あれだよね。

 香りを拾えない彼女が、ぼくの匂いにだけ反応してくれてると思っていいよね。


 つがいだって分かってなくても本能で。


 ぼくの手首に鼻を近ずけて視線をこちらに投げてくる。色気をにじませた上目遣いに撃沈した。






 そして現在、腕の中で無防備に眠る愛しい人。

 どうしてこうなったか。

 すべてはお酒のなせる技。


 グラス半分のお酒でリディアさんは酔った。

 それはもう可愛く酔った。

 幼なじみから人前での飲酒を禁止されているというのも納得だ。これは危ない。


 ぼくからもぜひ、強く言い聞かせよう。



 不意にリディアさんが身じろぎをした。

 きゅっと体を丸めてさらに身を寄せてくる。


 かっ...わい。


 無意識だろう。ぼくの首元の匂いをすんすんかいでいる。


 え、これ。いいよね?ぼくもいいよね?


 すーー...


「.....はぁ」


 変態でも犯罪スレスレでも構わない。


 甘い甘い、花の香り。

 ああ、もうやばい。

 頭が沸騰しそう。

 ちょっとなんかもう本能が爆発する寸前だ。


 ...落ち着け、クラウド。

 爺さんの顔を思い出せっ。




 ぼくの腕の中にすっぽり入る小さな体。

 こんな華奢な体で、ずっとひとり頑張ってきたんだな。


 大丈夫、大丈夫。もう心配いらないからね。

 これからはずっとあなたのそばにいるから。


 そんな思いを込めて彼女の頭に頬を寄せる。



「ん...クラ......ド」



 心臓がもたない。


 焦っちゃダメだと分かっていても、一刻も早く手に入れたい。





 その時、リディアさんの首元からしゃらりと何かがこぼれ落ちた。


 細い鎖の先のそれは――


「あ...」


 思わず声が漏れた。


 薄桃色の花びらのような形。

 半透明のそれはまるで硝子細工。


 でもぼくは知ってる。

 それは唯一の証。

 リディアさんがぼくのつがいである証明。

 色褪せずあなたへ向ける想いそのもの。



 竜人族は体のどこかにたった1枚、鱗を持って生まれる。

 それは、その時が来るまでは肌の色に馴染んでほとんど分からない。つがいに出会って初めて色が変わり、唯一、つがいのためだけに剥がれ落ちる。


 たった1人のための贈り物。祝福。加護。想いの証。


 鱗を剥がして帰ったぼくに家族の反応は三者三様だった。


 母さんは困った子ね、と笑っていた。

 姉さんは無言。呆れられた。

 父さんにはよくやった!と褒められたけどあまり嬉しくない。


 大切な鱗を、なにひとつ伝えることなく置いてきた。

 決意のつもりだったけど、考えが浅かったと今なら思う。


「トカゲの落し物なんて捨てられて終わり」と姉さんが言った。


 鱗の行方を知りたかったけど、悲しい結末だったらと考えると怖かった。



 でも。


「ずっと持っててくれたんだ...」


 鎖を通して肌身離さず。

 それが何なのかも知らないのに、拾ったトカゲの置き土産を大事にしてくれていた。


「...ありがとう」


 少しだけ泣いたのは内緒だ。

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