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苺とブドウ  作者: 黒雪
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9 彼女の存在




「薬草を探していた、と言ったな。お前、薬師なのか」


しばし敗北感を味わった後、立ち直った王様がセレネを振り返った。

キリっと王様らしく、ちょっぴり芝居がかった大仰な見下ろし方に、セレネの瞳が再び嫌悪を示した。


王様なんだから、王様っぽく振舞っても良いではないか。


内心で訴えつつ、今はセレネの返答を待たねばならぬと、じっと待つ。

セレネは、うーん、といった様子で口元に手を当て、ひたすら上を向いたり下を向いたりしながら考えこんでいる。


「…私は薬師ではないわ」


その短い言葉をひねり出すのに、一体どれだけ時間をかければ……!


数日間の“目で会話”している最中もこんな風だったので、さすがに王様もある程度はセレネの長考には慣れていたつもりだった。

……つもりなだけだった。


セレネは熟考に熟考を重ねて最適な返答をしているだけなのだが、いかんせんどんな些細な事でも熟考しすぎる。

その為、あまりにも答えを導き出すのに時間がかかって、返答を待つ側としては、とてつもない忍耐を要求される。

王様が内心イラっとしていると、セレネは更にポツポツと言葉を続けた。


母が薬師だった事、母と二人、村の外れに住んでいた事。

母が最近亡くなって、今は自分が薬師の真似事をして生計を立てている事。

万能薬になる薬草を探し求めていたが、森で迷った事。

その薬草は、母だけが群生地を知っていて、自分は何も教えて貰っていない事。


「…かあさまは、森は危険だからお前は入ってはだめだって。いつも一人で出かけて、私は一度だって連れて行って貰った事はなかった」


母親に信頼されていないような気がして、嫌だった。


そんな呟きに、母を亡くした悲しみや、生前の母に自分がどう思われていたのか、それを知る事が出来なかったわだかまりが感じ取れるような気がした。

王様は、無言でセレネの頭をポンポンした。


「…そういう子供扱いが、私は嫌だった。と言っているのに……」


それまで、忘れた記憶を手繰るような語り方だったセレネが、口早に言いいながら、むっとした様子で王様の手をベチっと払いのけた。

落ち込んでいるのだろうと思って慰めるつもりで取った行動をあっさり拒絶されて、王様は再び小川のほとりでガックリと膝をついて項垂れた。


「…かあさまが昔言ってた通りに、森のなかを進んだはずなのに。もしかして、薬草はもう、枯れてしまったのかしら……?」


キョロキョロとあたりを見回して、セレネは不思議そうに呟いた。


「恐らくそれは、あの泉の側に生えている。トカの根が、欲しかったのだろう?」


再び立ち直った王様が、すぐそばの、小川の上流を遮る茂みを指差した。

トカの根、と聞いたセレネの瞳が心なし驚きに揺れている。

少し遅れて、小さくコクコクと頷くのを見て、やはりそうか、と王様は言った。




「これがトカだ。この森では、ここにしか生えておらぬ。セレネよ、お前の母君は、どうやってこれを知ったのだ」


背の低い木々に隠れるかのように、ひっそりと存在する小さな泉までセレネを誘い、トカの群生を実際に見せて、王様は問うた。


「…さあ?」


セレネは記憶を漁ってみたが、母とそれについて話した覚えは無かった。

全て何かの拍子にぽろりと零れた情報の断片を、セレネが繋ぎ合わせただけ。

どの辺りから森に入るのか、どの方角なのか、どれくらい歩けばいいのか、そんな、ばらばらの情報を必死に思い出し、繋ぎ合わせ。

だから、自分の脳内マップをセレネは疑いもせず森を突き進んだが、この辺りが目的の場所だったのかどうかも本当は怪しかった。


「セレネよ。お前は、常人であれば決して踏み入る事の出来ない場所に、自分がいる事を理解しているか?」


真っ直ぐセレネの瞳を覗き込み、王様は静かに訊ねる。


「此処は“結界”によって“閉じられた空間”だ。レプティリアン(爬虫類を祖に持つ種族)の王国領土全てが閉じられている。故に此の地は“結界”を構築した者の許可無く何者も出入りする事の叶わぬ地。余程の魔力を有する者ならば、或いは力ずくで立ち入る事も可能なのだろうが……」


それまで何処か砕けた態度をとっていた王様の瞳から、柔らかさが消えていた。

無表情な美しい顔立ちと低い声音は無機質で寒々しい印象さえ与えた。


「お前の母君は、一体何者だ。そして……お前も、何者なのだ」


相手を凍て殺すかのような冷たい眼差しを向けられて、セレネは激しく戸惑った。


トカの根を求めていると知った途端、王様の態度が硬化したような気がする。

もしかして、万能薬にもなるぐらいだし、母もその在り処を明かしてはくれなかった事や、この王様の態度の急変ぶりから察するに、トカの根とは、実はとんでもなく高価なものなのではないか!?

だから、独り占めしたいが為に、出所を知られてはマズかったのでは……!

このような場合、物語の中では“口封じ”と称する殺人が……


「あー、ちょっと待て。何かお前、思い違いをしていないか?」


物凄い眉間に皺をよせて、ううむ、と考え始めたセレネを見て、王様は目の前の娘が、早速見当違いな発想に行き着いた事を悟った。


「よいか、ここはな、とても強力な結界の中にあるのだ。お前はその外から来た。母君も、同じく外から入って、更に出て行った。しかも母君がそれを為したのは一度や二度ではないのだろう?」


言葉を切ってセレネの瞳を覗き込む。

確認の意を感じ取り、セレネは理解したとばかりにウンウン頷いた。


「無力な人間ならば、結界を抜ける前に普通は焼け死ぬ。潜り抜けたとしても灰も残らぬ程に焼かれる筈だ。だが、母君は無傷で戻って来た。そうだろう?」


そこでまた言葉を切ってセレネを見ると、セレネもまたウンウン頷いている。


「母君は、とんでもなく強力な妖魔か、精霊だったのではないのか?」


王様が、既に随分前から辿り着いていた結論を、直球でぶつけてみる。

セレネは、というと、珍しく口を開けたまま、ポカンとしている。


なんだその反応は。


まるで、予想だにしない可能性を突きつけられて対処しようがないと言った様子。

セレネ本人は、自分を人間だと思い込んでいる証拠ともいえた。

しばし呆けていたセレネだったが、腕を組んだかと思うと、猛烈に眉間に皺を寄せて何事か必死に考え始めた。


また、変な発想に行き着くなよ。

王様は、心の中でそう祈った。




「…妖魔や精霊だと、鳥とお話出来る?」


延々考え込んでいたセレネが、ふっと顔を上げて王様に訊ねた。


「…かあさま、色んな動物とも、お話してた。誰にも内緒って言ってた」


ずっとずっと昔、まだ小さかった頃の事だけど、と言いながら王様を見ている眼は、しかし王様をすり抜け、遠い過去を見ているようだった。


「…海に凄く長い時間潜っていられた。とうさまよりも、長く、長く。私には出来ないようないろんな事を、かあさまは何でもしてた」


それって、普通じゃないの?


王様に、至極真面目に問いかける。

何が普通で、何がそうでないのか、解らないの、とも。


人里から遠ざかるように村の外れで母と二人きり生きてきたセレネにとって、何が普通か、比べる対象が余りに少ない。

時折、母の作る薬を買い求めに村人がやって来たが、それでもやはり、比較出来る程にはセレネは他人と言うものを知らない。

狭い世界が全てで、いずれ自分が母と同じように大人になったら、さまざまな事が出来るようになるのだろうと、漠然とそう思っていた。

だから、特に母が特別とも、自分がどうなのか、とも考えずに生きてきた。


ただ、見た目はやたら幼いセレネだが、これでも20歳、立派に大人だった。

幼い頃、美しくてスタイル抜群の母に憧れ、いつかは自分も母のようになれるのだろうかと夢見ていたような時期は、とっくに過ぎていた。


私と母は、違うようだ。

それくらいは、解っていた。

年に数えるほどしか会わない村の人達や、彼等が連れて歩く子供達を長年見て来て、多少なりとも気付かされる。

その、自分との微妙な違い。


村人と、母と、自分は、それぞれに何かが違うのだろう。

そんな事ならば、うっすらと理解していたのだ。


「セレネ、お前……」


珍しく本気で慌てる王様の声が、何故かとても遠くに感じた。


「…私とかあさまは、何なのかしら。私にはなんにも教えてくれないまま、かあさまは死んでしまった」


透明な真珠のような大粒の涙が、はらはらとセレネの瞳から零れ落ちていた。


ずっと感じてきた、微妙な違和感の根源を強制的に暴かれた思いがした。

ずっと避けて来た事を、目の前に突きつけられたような思いがした。


─── なにひとつ自分に残してはくれなかったと、母を少しだけ恨んでしまった自分を、とてもとても嫌だと思った。




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