5 王様が譲った日
ああ、暖かい。
なんだかとても、フワフワする。
ああ、でも。
でも……
「…お腹が空いたわ」
のそっと体を起こした彼女は、些かも機嫌の悪さを隠そうとせずに呟いた。
そうして、ぼんやり項垂れて膝の上に置いた自分の手を見つめる。
そこで、ふと、自分がふかふかのベッドの上にいる事に気が付いた。
「………………?」
そのまま数分が経過し、ようやくある疑問が浮かぶ。
ここは何処?とか、何してるの自分?とか。
「なんだ、起きていたのか」
しかし、疑問をかき消す様な低音の美声が、彼女の思考を捕らえた。
ゆるゆる顔を上げて、声の主を探そうとして、その動きが止まる。
巨大な白蛇が、つぶらな紅い瞳で自分を見ていた。
その頭には、巨体に不釣合いな可愛らしくも美しい小さな王冠が、キラキラと輝きを放って圧倒的な存在感を醸している。
王冠にはピンクのリボンがついており、ずり落ち防止のためか、ぐるぐると3周ほど首に巻きつけた挙句に顎の下で丁寧にちょうちょ結びにしてあった。
「…ないわね」
たっぷり1分近く王様と見つめ合った後の、彼女の率直な感想である。
ちなみに、所要時間1分のうちの大半は、王様の頭上に輝く王冠をひたすら凝視する事に費やされていた。
まじまじ見つめられて、やっと出て来た言葉が否定形とは。
ちょっぴりびっくりした王様は、思わず口をクワっと開けたまま、目の前で無表情に自分を見ている娘を睨んでしまった。
いかんいかん、威嚇するつもりは無いのだった……と慌てるも、娘は少しも怯えたり動揺するような気配を見せない。
自分を見てもまるで動じない娘に、王様は再びびっくりした。
驚いてばかりもいられないので気を取り直し、娘が何者なのか等、聞いてみる事にしたのだが。
「お前は、な」
「…お腹が空いたわ」
「…………」
「…………」
二人は、絶妙なタイミングで同時に喋りだし、
「どうして森に」
「…お腹が空いたわ」
「…………」
「…………」
そして、同時に黙った。
「何ゆえあのように」
「…お腹が空いたわ」
「……………………」
「……………………」
もはや狙っているとしか思えないほど同時に口を開く二人。
しかも、一方はずっと同じ事しか言っていない。
王様は、もしやこやつ、寝起きの「…お腹が空いたわ」と、自分を凝視した後の「…ないわね」以外に話せる言葉が無いのでは?と思わず疑ってしまった。
こっそり部屋の外で見守る側仕えの面々が、必死で笑いを噛殺している。
暫し無言で見つめ合った後、王様は、はぁ、と態とらしく溜息をついて見せ、尻尾で床をピタピタ叩いた。
程無くして、娘の前に豪勢な料理がズラリと並んだ。
その日の事は、「あのごーいんぐまいうぇいな王様が珍しく譲った日」として、宮殿内の者達に長く語り継がれる事になるのである。




