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苺とブドウ  作者: 黒雪
29/31

29 白旗




先代の王が王妃を伴い30年ぶりに民のもとへ戻った事を祝い、王都でお祭りが開催される事になった。

王宮内では、ヨルムから王位を返還されたヴァハが、新王として政務を取り仕切っている。

何もかもが、平穏な以前と同じ日々に戻りつつある。




「ヴァハ、結局あの小さい王冠は何だったのだ」

「ああ、あれか」


政務の合間でも慣れたもので、ヴァハはヨルムと雑談を交わしている。


「シェリエがな、想いを告げた時に『これを私だと思え』と言って、俺に寄越したんだ。いや〜、嬉しかったねぇ。シェリエはいつだって、あのティアラを頭に飾っていたからな〜」


わはっ、と臆面もなく過去のいきさつを語って聞かせるヴァハ。

なんだ、結局のろ気かよ、と既に聞く気を失っているヨルム。


「アイツが失踪する前に喧嘩しただろう。そん時に、いきなり俺から奪い取って床に叩きつけるもんだから、びっくりしてさ。粉々になったティアラを拾ってたら、もうアイツどっかに消えちまってたんだよね〜。いや、参った参った」


何が参った参った、だ。

阿呆かお前、そこはティアラより先にシェリを何とかしろ、この馬鹿が。

と、思ったところで、どうせもう過去の話。

どうにもやり場の無い苛立ちに、ふとヨルムの顔に険しい笑みが浮かんだ。


「んでっ?お前はどうなのよ。俺らが居ない間に、これまたえらくベッピンな嬢ちゃんを連れてるし。俺は本っ当〜に、びっくらこいたんだけど?お前、あんな幼女趣味があったの?……やっぱ本当にコレ?」


真顔で、小指を立ててヨルムの目の前にひらひらさせる。


「ぬんぶぁ!」


ふと殺気を帯びた笑みを浮かべたヨルムによって、もぎ!と小指をあらぬ方向へ曲げられたヴァハが奇声を発した。

ふんと鼻で哂ったヨルムは、さっさと政務の間から出て行ってしまった。


「なんだよなぁ〜、あの態度。なんでもかんでも無関心のくせに、本当の事言われるとすぐ怒るのだけは変わってないよな」


しばし『指がおかしな方を向いとるぞー!』と転げまわっていたヴァハだったが、ふと出て行く幼馴染の背中を見送り、にやにやと嬉しそうな顔をした。




たしかこの時間はいつも、セレネは『能力コントロール法』とやらを、シェリに学んでいた筈だが……


ちら、とセレネの部屋を覗き、楽しそうに笑うシェリと、ほんのり頬を染めるセレネを見つけて和んでいたヨルムだが。


「さっ、次は、口紅の選び方ですわよ!心の準備はよろしくて?殿方は一様に、『ぽってりぷるぷる』がお好みですわ!」


貴様、何を教えているー!!

と、思わず拳を握り締めているのであった。


折角シェリが戻って、セレネの不安定な能力のコントロール方法が解るのか、と期待していたというのに。

どうも気のせいか、何回様子を見に来ても全然関係無い事をしている気がする。


『手料理で落とすなら先ずはコレ!』

『必ず一番になれる服選び!』

『こんな仕草でイチコロよ!』

『殿方は一様に、ぽってりぷるぷるがお好み!』


いやまて、どう考えてもおかしいぞ。

眉間に皺を寄せ、ううむ、と唸るヨルム。

通りすがりの使用人が、ぷっと吹き出したのにも気付かない。


そもそも、今頃何を言っているんだ、もっと早く気付けという話である。



「…王様!……じゃなかった……え、っと。ヨルム、さんっ」


戸口に突っ立ったまま、むむむと唸るヨルムに気付いて、セレネが嬉しそうな声を上げた。

近頃、少しだけ笑顔がすんなりと表情に表れるようになってきた。

駆け寄ってきたセレネの白金の髪を優しく梳いて王様がにっこり笑って見せると、セレネはまたシェリの元へ戻って行った。


「さん、は要らない。ヨルムでいい。ってか!?」

「……!ヴァハ、貴様……戻って仕事しろ」

「残念でしたー。今は、休憩時間ですー」


でれっとしまりのない笑顔を浮かべるヨルムの後ろから、にゅっと顔を出したのは、ヴァハ王だった。

慌ててむっとした表情を作るヨルムに、へらへらと笑ってべーっと舌を出す。


子供かキサマ、と、いらっとしているヨルムを押し退け、ずかずかっとセレネの部屋に踏み込んだヴァハ王が、


「おっ、嬢ちゃん今日も可愛いねぇ。ちゃんとお勉強しているかいっ」


と、満面の笑顔で言いながら、セレネの頭をポンポンした。


途端に、ほんわかしていたセレネの顔から笑みが消え、ざーっと青ざめる。

全身氷りついたように動かなくなった事に気付いて、シェリが慌ててヴァハの手を引っ叩いてセレネから引き離した。


「…っはー……」


ヴァハが数歩下がって離れると、大きく息をつき、がくーっと頭を垂れるセレネ。


「??」

「??」


男どもは、それを目を点にして見守っていた。


「あらまぁ、なんて事」


同じく目を点にしていたシェリだったが、何か思い当たる事があるらしく。

そ、とヴァハの手をひっつかみ、セレネによいしょ、と近付ける。

途端にびしっと引き攣るセレネの表情。

よいしょ、と遠ざける。

すーっと、安堵の表情に戻るセレネ。


「あらあらあら」

「なんだ?調子でも悪いのか?」


口元を扇子で隠し、うふふ、と楽しげに忍び笑いを漏らすシェリに気付かず、王様が慌ててセレネに近寄り額に手を置く。


「むう。熱は無いようだが、一体どうしたのだ」


尋ねるヨルムに、普段と変わらない様子のセレネが、さあ?と首を傾げている。


「やぁね、これだから男は。鈍感って一番困りますのよね」


一人訳知り顔のシェリだけが、うふふ、と嬉しそうに笑っていた。






それにしても。

セレネの『能力コントロールれっすん』は、ちゃんと上手くいくのか?

駄目だった場合、どうするつもりなのだ?


ヨルムはモフモフべっどに埋まるようにして寝転がり、一心に考える。


何回訊いても、『いいからいいから』と、そればかりだ。

いい加減心配になってきたぞ。


が、シェリからの助言はそれだけでは無く。

『いいです事?セレネには、ぶっかぶかのネグリジェを着せておきなさいね?伸縮性抜群の奴ね!伸びない奴や、ぴったりな物は却下ですわよ?』

ネグリジェと能力のコントロールと、何か重要な関係でもあるのだろうか。

どうも、あの女の考える事は良く解らん。


うとうとしかけた頭で、そんな事を思い。

ふと横を見て、くかーっと寝息を立てるセレネを見て。


まあ、概ね今日も、平和だったな。

と、目を閉じた。






「それで、ちゃんと嬢ちゃんのお勉強は進んでいるのか?」

「礼儀作法とか、それでしたらバッチリですわ!」


王の寝所をヨルムに譲り、王妃の間に入り浸りのヴァハ王が首を傾げる。


「それじゃコントロールは学べないだろう?」


夫の不思議そうな顔を見て、シェリはぷーっと噴出した。


「いやだわ、あなた。遠い日の出来事でしょうけど、もうお忘れなの?そのようなもの、学ばなくても、いずれ身につきますでしょ?……まあ、わたくしも、ずっと忘れていたのですけどね……」


酷く楽しそうな妻の話に聞き入っていたヴァハ王は、話を聞き終えて、おいおい……と顔を青ざめさせて呟いた。


「お前、それ、酷だなぁ。すっげぇ酷。俺には解る、ヨルムすげぇ可哀想」

「うふふふふ。あの男のうろたえる姿が、わたくし、見たいのですわ!」


すっげぇ哀れ!と騒ぐヴァハ王。

おほほほほほ!と高笑いする王妃。


レプティリアの夜はそうやって更けて行くのだった。






鳥達の声が、やけに耳に付く。

なんだか、いつもと感覚が違う。

どうやらそれで、眠りが浅くなっていたらしい。


…………なんだろうか。


珍しく早朝から目覚めたヨルムが、まだ覚醒しきっていないままに体を起こす。

ぼー、と何を見るでもなく、ぼんやりとし。


ふっと隣で眠るセレネに目を向けて、絶句した。

多分、人生で一番強烈に絶句した。

眠気など、初めから無かったかのように、ばちっと目が覚めた。


「な……、なんか大きくなっておらぬか…………?」


呆然と呟く王様の声が、寝所に静かに響き渡った。




隣で昨夜と変わらずくかーっと寝息を立てているのは、恐らくセレネなのだろう。

白金の柔らかそうな真っ直ぐの髪。

透けるように白い肌。

なにより、着ている物が昨夜と同じ。


ただし、七分袖だったはずの袖は、長めの半袖に。

膝下まであった丈が、何故かミニスカート状態に。

なにより、あれだけダボダボだった服が、今はぴっちぴち。


良く見ればその顔は随分と大人びて、可愛らしい、というより美しく見える。


「っな!?」


ざざ、と離れ、いやまて、しかし、とちょっと寄ってみる。

少しの間観察して、また、ざざ、と離れ。


「セレネ!?」


あまりにも驚いて、叫ぶ声が裏返っていた。


「…うぅ、なぁに……?」


王様の素っ頓狂な声に、セレネが起きてしまった。

目をゴシゴシして、うーっと伸びをして、そしてのっそり体を起こす。


いや、起きてもらったら、それはそれで困るのだ!

おたおたと挙動不審になっていると、漸くセレネの目がうっすら開いた。


「…おうさまー、おはようー」

「おー、お、おはよう……」


気のせいか、声もしっとりと美しい。


「…あ、おうさまは、違ったね。おはようーヨルムー」


ぽわーっとしたまま、えへ、と笑うその無邪気で愛くるしい事と言ったら。

ぴっちぴちのネグリジェから覗く、白く細い手足や、大きく開いた胸元の超絶せくしーさと言ったら。


「…ヨルムー、ヨルムー、大丈夫ー?」


不安そうに見上げられて、とうとうヨルムは白旗を揚げた。






「わたくしもすっかり忘れてましたけど、貴方達にも、急激な成長期ってございますでしょ?」


シェリがうきうきと話す内容はこうだった。


子供から大人へと成長する時期は勿論個々に違うが、決まってその時期に突入すると、著しい変化が現れる。

セレネなどの水妖の場合、特有の能力の暴走などがある。

まさしく能力が暴走して、セレネの能力は垂れ流し状態になっていたわけである。

恐らくセレネの母は、自分の寿命がその時期までは保つと思っていたのだろう。

だから何も告げなかったのだと思われる。

そして、問題はここから。

不安定な状態から、突如成長を始めると、水妖はあっと言う間に成人してしまう。

その速度は、およそ一晩といったところか。

子供形態が長いので、その変化は衝撃的だという。

成人してしまえば能力はまた安定し、自然とコントロール出来るようになる。

それより何より、歌声ならずその容姿で海の民を魅了した海妖である彼等のフェロモンたるや、それはもう筆舌に尽くし難く。


「恐らくヨルムはイチコロね♪」

「うわやべえ……ヨルム我慢出来るんかな……かわいそー」


物凄い嬉しそうに言う嫁を見て、友人の苦悩が手に取るように解るだけに、激しく同情するヴァハ王であった……




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