27 帰還
「そうか、ここがシェリの言っておったマカサの岬か。随分とさっ…………、さびっ、さ、さ…………、さ、わやかな、場所だな」
一応人里近い事もあって、王様は人の姿になっている。
周囲をキョロキョロと見回し、あまり草木も生えず岩場だらけの風景にほうほう、と頷き。
うっかり『殺風景』と言いそうになり慌てて口を閉じ、続いて『寂しい』と言いかけてこれまたあたふたと誤魔化し、何とか『さ』で始まる『爽やか』という言葉を捻り出す事が出来てホッとする。
「…殺風景で、寂しい所でしょ?」
「………………う、む」
王様の先を行くセレネが、振り返る事無く言った。
まさか心を読まれたのか!?と思って慌てたが、セレネは特に怒っている風でもなく、スタスタと真っ直ぐに岩場を進んで行く。
独り言のようだったので、曖昧に返事をして王様も後をついて行く。
「…朝は海が綺麗で、お昼は鳥が沢山飛んで素敵で、夜はちょっと怖いの」
少しうきうきと歩く。
「…嵐の夜には、お家が吹き飛んでしまうのでは無……あら?」
遠く岩場の間に見えてきた小さな家を目指して歩くセレネの足が、次第に小走りになる。
「…え、あれ?あれ??」
時折躓き、転びそうになりながらも、目指す家の前まで来て。
「…やだそんな、……屋根……無くなってる」
呆然とセレネが呟いた。
少し遅れて王様もセレネの隣に立った。
それは家というより小屋、言ってみれば漁師小屋といった感じだろうか。
そりゃまあ、セレネの父親は生前素潜り漁で生計を立てていたと言うのだから、そこが家だというならば家なのだろう、と王様は納得する事にした。
セレネの言った通り、風で飛ばされたのかどうか真相は解らないが、その小屋の屋根は綺麗さっぱり無くなっていた。
ぐるりと周囲を見回すと、遥か遠くの岩場に、何やら屋根の残骸らしきものがバラバラと散らばっているのが見える。
「せれ……」
王様が声をかけようとすると、セレネは気付かずに小屋の戸を開けて急いで中へ飛び込んだ。
周囲を見回し、父親と母親の形見を探す。
王様はついて行かず、外でそれをじっと見ていた。
木切れやらいろいろと散らばる障害物を押し退けて、棚を探してゆく。
父の形見の短剣を見つけ、すぐ近くで母の形見の指輪も見つけた。
ほっと息をつき、それから棚に並ぶ数々の薬草を見つめて、ふと困った顔をした。
ぱっと振り返り、王様にどうしたら良いか相談しようと思った時だった。
王様の背後に迫る大きな影に、思わず大声を上げていた。
「おうさま、うしろ!!!」
ぱっと振り返り、何処か困ったような表情を浮かべたセレネが、俄かに顔色を失い、大きく目を見開いた。
直後大きなセレネの声がしたが、王様は振り返る事無く、すっと体を逸らした。
途端、どしーんっ、という衝撃音が響き渡った。
セレネの小屋が、メキメキという音を立てて歪んで行く。
旋風が王様の真横を通り抜けて、屋根の無い小屋にぶち当たったからである。
「いったたたたたっ、ああんもう、身のこなしの軽いお方、素敵っ♪」
一部ぶち壊した家の瓦礫の中から、巨大なカラスがもぞもぞと這い出てきた。
なにやら黄色い声を上げている。
「やっぱり縁があるから再会するのね!これはもう赤い糸!運命の赤い糸が二人を硬く結び付けて放さな〜い!とう!!」
瓦礫を振り落とし、大きなカラスが王様目掛けて飛び掛った。
「…王様!あぶ……」
あ、あぶな……あれ……?
と、目をゴシゴシ擦るセレネ。
じいっと見つめる先で、カラスがみるみる縮んで、あっと言う間にいつぞや森の中で見た少女へと姿を変えた。
王様に飛びつく寸前、さっと動いた王様によって少女はぺちりと払いのけられた。
どしゃーっっと王様の後ろへ叩き落とされた少女は、『ああ~ん、つれない〜♪』と言いながら土煙を上げて転がっていく。
「何が、はなさな〜い、だ。私に触れるでない」
少女を払い落とした手を、ぺ、ぺ、と振る。
ザザザと転がっていく少女を横目で見る王様は、今まで一度として見た事の無い、冷たい表情、冷たい瞳をしていた。
「…おうさ、」
「妹の明るい未来のためー!!」
王様、と呼びかけようとしたセレネの声を掻き消す怒声が響いた。
何処かで聞いたセリフだ、と面倒臭そうに顔を上げる王様。
「お前には消えてもらーう!!!」
声と同時に、光の矢が降り注ぐ。
「しまっ……」
王様の焦る声がした。
ぎゃ、と少女が悲鳴を上げ、カラスに変じて飛び立つ。
セレネはただ呆然と、空から降ってくる光の雨を見上げていた。
轟音を上げて、大地に、王様や青ざめるカラスに、屋根を失いカラスのタックルで半ば崩壊しかけた小屋に、そしてその小屋の中で呆然と突っ立っているセレネに、次々と光の矢が襲い掛かる。
咄嗟に手を広げた王様の視線の先、驚いたように王様を見るセレネがいた。
間に合ってくれ!
ただ一心にそれだけを願った。
空間を薙ぐ王様の強烈な魔力が、光の矢を吹き飛ばして行く。
けれども。
もう少しでセレネの元にも魔力が及ぶ、と思った時。
たった一筋の光が、セレネの胸を貫いた。
「セレネ!!!」
光る何かが、胸にぶつかって。
セレネは後方へと弾かれていた。
「…きゃ……っ」
大カラスや、今の不思議な光の雨のせいでとうとう破壊されてしまった小屋の大量の瓦礫の中に、小さく悲鳴を上げたセレネが突っ込む。
王様の酷く焦る声が聞こえた気がした。
瓦礫に埋もれて、暫く全身を襲う痛みに耐えていたが、少しするとその痛みが引いていく。
「…あ、あら……?」
ぎゅうっと瞑っていた目をそろりそろりと開けたセレネが、呆けたように呟いた。
一瞬、目の前が真っ暗になったような気がした。
今、セレネが。
あの小さな体が、光の矢を受けて、瓦礫の山に吹き飛ばされた。
「セレネ!!」
失ってしまったのか?
背筋を寒いものが伝い、無意識にその名を叫び、瓦礫のもとへ駆け出していた。
「セレネ!!!」
大声で呼び、瓦礫を掻き分け。
「…はぁぃ……」
取り乱す王様の耳に、微かな声が届いた。
ギクリとし、動きを止め、息を殺す。
「っせ、せれ、ね……っ?」
喉が詰まりそうになりながら、掠れた声で呼ぶ。
「……はぁい……けほっ」
「……!?」
小さいが、けれども確かな返事であった。
目を見開き、一瞬硬直したのち、王様は猛然と瓦礫を払いのけ始めた。
「妹のためにー!!!」
と、またも遥か上空で声がしたが、構っていられなかった。
瞬時に簡易結界を周囲に張り巡らせて、一心に瓦礫を取り除いて行く。
「…っけふっ」
咳き込む声が近い。
瓦礫の隙間に、白金の髪が見えた。
「…こほ、っけほっ」
その指先が見えた瞬間、急いで手を伸ばして、握り締め。
「…きゃあああああ!?」
セレネに直接結界をかけて周囲の瓦礫を吹き飛ばしていた。
「…王様、王様、苦しいよ?」
なんだこれは、言葉にならない。
セレネが生きていた。
しかも思いのほか元気そうだ。
あの心に沁みる声が、自分を呼んでいる。
吹き飛ばした瓦礫の中、びっくり仰天し、ちょこんとうずくまるセレネの姿を見て、何か王様の中でも吹き飛んでしまったらしい。
煤けて汚れてしまったセレネの顔を服の袖でゴシゴシ擦り、怪我は無いか、痛むところは無いかとひとしきり質問攻めにしたあと、もういてもたってもいられず、キョトンとするセレネをがばーっと抱き締めていた。
「家、を。お前の大事な、家を。……済まなかった」
抱き締めながら、王様は呆然と呟く。
セレネは、王様の腕の中、小さく首を横に振っていた。
「失ったかと。お前を」
小さな頭を抱え込むようにして、その髪に口付けて。
「本当に、良かった……」
柔らかな髪を指で梳きながらのそれは、心の底から零れた呟きだった。
「…王様、苦しい」
「馬鹿者。ここは黙って大人しくするものだ」
腕の中、抗議しながらもぞもぞするセレネに赤くなった頬を見られまいと、王様は殊更しっかりとセレネを抱き締めた。
「…あの、王様……ありがとう……」
少しの間身動ぎしていたセレネだったが、王様の言葉で大人しくなる。
小さな照れたようなセレネの声がして、王様は目を閉じ、ふっと笑みを浮かべた。
「あらやだあ!何時の間に貴方達、そんなとこまで進展してましたの!?」
「おっ、珍しい。ヨルムがおなごといちゃついとるぞ」
やぁね、貴方、無粋な事を言っちゃ駄目なのよ!?
なんだ、お前こそ。
という、良く知った声が唐突に聞こえた。
この状況、出来れば激しく気のせい、という事にしたかったのだが。
確認するまでも無い、この気配。
人の張った簡易結界に、いとも容易く入り込めるだけの力の持ち主、と言えばそうそう居はしない。
「やぁねもう、見てちょうだいな。クソヘビがあんなに顔を赤く」
「帰ってくるのが遅いぞ貴様ら!!」
余計な事を言うな!黙れ!失せろ!
そんな心の声を眼光に乗せて、ぎっと声の主を振り返った。
「や〜、すまんな!丁度いいから、新婚旅行を済ませてきた!」
わは、と照れ笑いを浮かべて頭を掻く大男と、そのぶっとい腕に巻きつく華奢な青尽くめの美女に、王様の凄まじく殺気を帯びた視線が向けられる。
「なんだお前、随分と感情的だな〜。なんだ、原因はその嬢ちゃん」
「ふざけてないで、さっさと城へ戻れ馬鹿!!!」
何故ここでお前達は戻ってきたりするのだ!
邪魔をするな、邪魔を!!
思わぬ邪魔に内心罵詈雑言の王様の腕の中から、ひょこりと顔を出したセレネが『あ、王妃様だぁ〜』と嬉しそうに手を振っている。
王様の目が語る心の叫びを理解してかしないでか、きゃっきゃとはしゃぐ迷惑夫婦がふと真面目な顔をした。
「ところでヨルム、あの猫とカラスは何だ。アイツら、例のアイツらだろ?何故こんな山から離れた所まで来ている」
「セレネは何故そのように汚れているのかしら?」
「……山からここまで態々出向いたその2匹が、色々やらかして、こうなっているのだ。すぐに見て理解しろ」
むっとしつつ、一呼吸置いて王様が答えた。
ふぅん。
と、視線を結界の外で暴れているネコとカラスに向ける大男。
ギクリ、と強張る青尽くしの美女。
「言っておくが、あの者達が山を離れているのは、そこの馬鹿女のせいだ。何とかしてくれ、貴様の嫁だろう、ちゃんと手綱を握って置け」
地を這うような低い声に、大男がぴくりと眉を跳ね上げた。
「馬鹿女とは許し難いな、だが」
「さ、さ〜て。ワタクシ先に王宮へ戻りますわね〜」
そーっと回れ右でその場を離れようとした美女の腕を、ぐぁし!と掴む大男。
「詳しく話を聞かせて貰うとしようか、シェリエ?」
「ひぃーっ、あああなた、顔が怖いですわっ!?」
踏ん張る美女の足元から土煙が上がるほど強引に引き寄せて、顔を寄せて囁いた。
その陰惨な笑顔から察するに、恐らく異界でも美女は色々とやらかして、大男は散々苦労して来たのだろう。
半泣きの美女が、ひぇーっと顔を青ざめさせてばたついた。
「兄ちゃん!あたしを殺す気だったんでしょ!!」
「いや、お前、あれはそのっ!ちょっと気が高ぶってコントロールミ、うわっ、なにするやめっうぎやあぁあぁぁ!?」
妹のために〜!とかのたまっていた大猫は、その後大カラスに盛大に突付き倒され、完全に王様ご一行の事を忘れていた。




