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苺とブドウ  作者: 黒雪
26/31

26 王様をしなくても良い日




日々の努力が実を結び、あれほどギッタギタだった結界は一応仮修復を終え、また、ズッタズタだった空間の裂け目もそれなりに修復出来た。

今回、特に酷い被害を受けた地域を立ち入り禁止区域として、人を近づけないようにすれば、恐らく大丈夫だろう。




その日王様は、『結界と空間の亀裂の修復を物凄く頑張ったで賞』のご褒美として、超久々に休暇を取っていた。

王様になって以来なので、30年ぶりという事になる。

普段お仕事を放棄しまくっていた効果は絶大で、ここ暫くの奮闘振りを周囲の者達が絶賛し、しめしめここぞとばかりに『頑張ったのだから、三日ぐらい王様しなくて良い日をくれ!』とごねた結果、『では一日だけならば……』と、普通そこは絶対許可されそうもない要求がすんなり通ってしまった。


何でも取り敢えずは言ってみるもんだな〜、とのんびり考える王様。

このところお気に入りになっている、王宮の屋根の上。

今日もお日様が暖かい、とゴロゴロ寝転がりつつ、ぼーっと思う。


「さて。何をしようか。ううむ」


しかし、これといって何かをしたくてお休みを貰った訳でもない王様は、朝っぱらから既に暇を持て余していた。


「む!そういえば……」


はっと一瞬目を見開き。


「……む?何であったかな……」


思い出した事を一瞬で忘れ、またぼーっとする。


低血圧な王様に、朝から何かを難しく考えろ、と言うのが無理な話であった。




「…王様ー、朝ごはん持って来たよー、王様ーっ」


ぺちぺちぺちぺち……


なんだ、この音は。


「…おーうーさーまーっ」


ばちばちばちばち……


む、額が……痛い……?


「…あ、王様おはようー」


「む、……うむ?…………うむ……」


どうした訳か痛む額に手を当てて、むくりと体を起こす。

途端にセレネの嬉しそうな声。

なんだろう、と思うが、イマイチ意識が覚醒しない。


「…王様、はいどうぞー」

「……うむ」


何か、手渡された。

良い香りに誘われ、よく考えもせず、口に運ぶ。


「…王様、これもどうぞー」


「……うむ」


再び何かを渡された。

とくに気にせず、口に放り込む。


「…じゃあこれも、どうぞー」


流石に、何を手渡されているのか、ふと気になった。

のろのろと視線を手元に落とす。


「……せれね……私は、これは、好かん……」


相変わらずぼーっとしたままではあったが、一応抗議してみる。


セレネの前に広げられた数々のメニューを見る限り、王様の大嫌いなニンジンたっぷりスープを完食させられ、大嫌いな川魚の塩焼きを丸ごと食べさせられ、今また、嫌いなトマトのサラダを食べさせられようとしている所だった。

つまり王様は、お子様もビックリな偏食家と言う事なのだった。


「…王様、好き嫌いは駄目!」


真剣なセレネの顔と手元のサラダを交互に見て、暫し考え込む。


好き嫌い……というか……

これは嫌いなものばかりのような気が……


ぼーっと考え、しかし大きな期待をもって見つめるセレネの視線が痛すぎて、仕方なくパクリと一口、食べてみる。


「…王様えらい!王様すごい!さすが王様!」


そんな王様に、普段自分が言われている棒読み賛辞を送ってみるセレネ。

一応、ちゃんと『王様えらいなぁ』と思っているのだが、どのようにそれを伝えれば良いか解りかねたので、取り敢えず王様の真似をしたのだが。


「うむ。わたしは凄いぞ?」


あまり棒読み口調は気にならないらしく、王様は額面どおりにセレネの賛辞を受け取り、自慢気に胸を張った。

調子に乗って、結局トマトサラダも完食である。


あれ?もしかして王様は、あの棒読みの褒め言葉を、本心から言っている?

だから、何とも思わないの?


そう勘違いせずにはいられないほどの、間に受けっぷり。


「…王様、すごいー」


色んな意味で、凄いと思うセレネだった。




「むう……。無意識の状態で、えらく色々な物を食わされた気がする……」

「…王様いい子!」


漸く思考が定まってきた王様が、顎に手を当て考え込む。

その頭を、セレネが褒めつつポンポンした。


「うむ。私はいい子だぞ?」


思考が定まった割に、子供扱いも気にはならないらしい。


あれ?もしかして王様は、いつも私の頭をポンポンするけれど、特に子供扱いしているわけじゃない?

だから、怒らないの?


と、またもセレネは勘違いしそうになる。


「…王様、おとなー」


これがきっと大人ってものなんだな、と、勝手に解釈する事にした。




「そうだセレネ、今日はな、お前の家を見に行こうかと思うのだ」


一通り朝食を済ませた王様が、やや込み上げる吐き気をひた隠し、和やかな笑顔を装ってセレネに視線を寄越した。

随分と前に、『人をやって確認させる』などと言っておいて、その後のバタバタですっかり忘れていました、とは言えない。

都合良くも臨時の休みが取れたのだから、ここは休暇を利用して家を確認しがてらセレネと一緒にハイキングだ!ぐらいの軽い思いつきだったのだが。


「…王様、ありがとう」


王様の提案に衝撃を受けたかのように固まっていたセレネが、ややあってから、涙ぐんでそう言った。


「…忙しそうだったから、駄目かな、って、思ってて……嬉しいな」


えへ、とはにかむように笑うそれは、出会ってこのかた一度として見せた事の無かった完璧スマイルだった。

口をあんぐりと開け、しばし呆然とセレネを食い入るように見つめる王様。

セレネの完璧な笑顔はほんの一瞬で、既に眉間に皺を寄せて、呆然とする王様を怪訝そうに見ている。


「せ、せれっ、おま、お前、笑えるっ」

「…人の事を笑えるだなんて、失礼だわ」


動揺して上手く言葉にならないところを、思い切りセレネに誤解され、王様は激しく焦った。


「いやいやいや、違う、違うのだ!お前を笑えると言いたかったのではないっ。今のをもう一回。もう一回見せてはくれぬか!」

「…イヤよ。今のって……え、何?私、何か変だったのでしょう?」


ちがうちがう、と一生懸命否定する王様。

勘違いし、機嫌が悪くなるセレネ。


「一体何をしておいでなのだ……」


屋根の上からぎゃいぎゃい聞こえてくる王様とセレネの声を、必死に聞き耳を立てて聞こうとする宰相と使用人達。

無粋に覗き見などして王様の不興を買うのは怖いので、皆一様に廊下に並んでコソコソざわざわしている。

純粋に二人の親交度合いに気を揉む宰相を他所に、二人の仲をある意味的確に把握している使用人達が、『王様の嫌いなものフルコース、完食だそうだ!』とか、『さすがはセレネ様!』と大喜びしていた。


「ミゲレン様、そのようにご心配なさらずとも」

「あのお二人なら、大丈夫でございますよ」


やきもきしながら廊下を行ったり来たりと落ち着きのない宰相に、使用人達の暖かな言葉がかけられる。


「何がどのように大丈夫なのか、説明してみよ!」


あまりにも呑気すぎる!と怒りに任せて怒鳴り散らすと、


「あらまあ、そんな事」

「うふふ、説明だなんて」

「言える訳ありませんでしょう」


嫌ですわ、ミゲレン様〜っ、と使用人達が揃って失笑する。


なんなのだ、お前達、その余裕!

一人仲間外れにされ、自分だけが流行に乗り遅れて悔しい思いをする感覚を味わってしまう宰相であった。




足の下でそのような会話がなされている事を、王様は知らぬふりをして放置する。

少なくとも、今、下で様子を窺おうとこそこそ騒いでいる連中に、セレネの教育係に適任な者はおらんな、と思いながら。


「さあセレネ。では行くとしようか」


先程見た、あの奇跡の極上笑顔は見せて貰えなかったものの、なんとかセレネの機嫌は直す事が出来た。

立ち上がり、揚々と胸を張る王様を見上げ、セレネがウンウンと頷いた。


「…ちょっと、待っててね」


言って、屋根の上を這うように端まで移動して、そこから下を覗いたセレネが使用人達に手を振る。


「…お方付け、お願いしてもいいですかー?」

「勿論ですわ!早く王様とデートに行ってらっしゃいませ♪」

「お戻りは、何時になっても構いませんからね!」


使用人達の間では、今日と言う日が『王様とセレネのデート休暇』と、すっかり認識されてしまっているようだ。

息もぴったりのセレネと使用人達との掛け合いに、宰相は『何たる事!』とひっくり返り、王様は『やけに打ち解けたのだな』と少し不満顔であった。






「セレネ、王宮は楽しいか」


蛇となって背中にセレネを乗せ、森を悠々と進む王様が静かに尋ねた。


「…とても、楽しいわ」


かつて母と二人で暮らした日々がつまらなかったという訳ではないが、今まで経験した事の無いような出来事の連続も、とても刺激的で悪く無い。


セレネの答えに、そうか、と王様は呟いた。


「皆はセレネに優しいか」


また少しして、王様はセレネに尋ねた。


「…皆、とてもいい人ばかりよ」


これほど多くの人と接した経験の無いセレネだったが、王宮の者達はそんなセレネを気後れさせまいと、とても優しく接してくれる。

ただ、自分の言葉が凶器になりかねないと解ってからは、セレネの方から少し彼等と距離を置こうとしている。

優しい人達を傷つけてはならない、というセレネなりの配慮だった。


「…わたし、みんなが大好きだわ」


胸に手を当て色々と考えてみる。

誰かの事を嫌だな、と思うことは一度も無かった。

セレネの独り言のような言葉に、そうか、と王様の柔らかな声が答えた。




「なあセレネ。これからも王宮で暮らしてみてはどうだ。皆、お前を気に入っておるようだしな。良い考えだとは思わぬか?」


もうすぐ結界の境界へ辿り着く、という頃。

王様は何気ないふりを装い、この所ずっと考えていた事をセレネに言ってみた。

実はちょこっとドキドキである。

なんだかプロポーズでもしている気分になってしまうが、いやいやこれは純粋に夜間のルームシェア(そいね)を申し出ているだけなのだ、と自分を落ち着ける王様。


以前、『自分の家が心配だ、家を確認したい』と言われた時には然程深く考えていなかったが、その後よくよく考えてみれば、唯たんにセレネが家に帰りたいと言っていただけなのではないか、と気になった。

そうか、もう帰りたいと言うなら帰してやろうか、ぐらいの軽い気持ちでいたのは最初のうちだけだった。

ではセレネが戻ってしまったら、どうなるのだろうと考えて、どうにもそれ以上思考が発展しない事に気が付いた。

セレネが存在しない未来を思い描けないなど。

これはどうした事か、自分でも驚くべき変化だ。

今まであらゆる事に無関心だった自分が(スイーツを除く)、ことセレネに関してだけは無関心を通せない。

こんな貴重な存在は、そうそう居はしないだろう。

王様はセレネを、その他大勢とは明らかに違う存在として認めていたのだった。


「…王様、ありがとう」


あれやこれやと頭の中で色々と言い訳なぞしていると、小さく声がして、ぎゅうっと腕が首に巻きつく感覚がする。

ぴったりと頬を寄せているのだろう、首の後ろにほんのり広がる心地好い暖かさに、王様は目を細めていた。


「…でも、やめておくわ」


てっきり自分の申し出を受け入れたのだと思ったのも束の間、セレネの言葉に、王様は思わずくらくらとしそうになった。


「せれ、せれね、今っ、ありがとうと言っておいて、それは何だ!?」


ううむ、なんぞ声の調子がおかしいぞ。

自分の声かと驚くようなへにょ声に動揺しつつ、慌ててセレネを振り返った。


「…私はみんなと、違うな、って思うの。だから、やっぱり、一緒に居てはいけないかな、って思ったの」


ケロッとした様子で素直に思った事を言っているようだった。

王様は内心の動揺を隠すのに、割と必死になっていた。


「お前、何故そのような些細な事を……」

「…些細ではないと思うの。私、誰かを傷つけるの、怖いわ」


いや、お前、散々ミゲレンとか爺ども相手に、色々と……

と、かつてセレネの毒舌攻撃に散った家臣の顔を思い浮かべる。

ちなみに、初めからセレネに好奇心たっぷりで友好的だった使用人達や側仕えの者達は、その被害にはあっていない。


「お前は優しい。恐らく、そんな事にはならぬと思うぞ?」


王様の言葉に、そうかしら?と首をかしげている。

セレネは、単純に危険性と可能性について考えていたので、そこに優しさがどのように絡むのか、イマイチ解っていなかった。


「いますぐに決断しろとは言わぬ。もう少し、考えると良い」


という王様の言葉を適当に聞き流しつつ、『優しいと、何か凄い事が起きるのかしら』とセレネは考え込む。

必死の引き止め作戦があっさり聞き流されている事に、王様は気付かなかった。




意を決した申し入れを軽くいなされ密かに落ち込み、どうにかこうにか平静を装い、結論を先送りする事でなんとか立ち直り。


やがて、結界を目の前に一旦止まっ王様は、うーん、と伸びをした。


「む、セレネ。結界を越える。しっかり掴まっておれよ?」

「…はい!掴まりました!」


元気なセレネの返事に気を良くし、よしゆくぞ!と、張り切るのだった。




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