25 王様と大猫と少女とセレネ
その光景は、あまり物事に動じる事のないセレネを、少なからず動揺させた。
楽しそうに王様にぶら下がる可愛らしい少女は、一体誰?
あ、目を開けたらそうでもなかった……
目が吊り上ってて、瞳も白目も全部真っ黒で、ちょっと怖いかも……
それから、あの、大きいのは……猫??
猫にしては、大きすぎるけど……ちょっとカワイイ!
肉球、すっごく大きくて、触り甲斐がありそう。
……っは!?もしかして、あの女の子は王様の隠し子!?
そして、隠しペット!!
これは、親子の感動の密会シーンというやつかしら!?
最近、使用人たちの心無い世間話や、悪意の篭った風評や、おかしな入れ知恵が半端無いせいか、まっさらなセレネは変な知識ばかりを身に着けていた。
今回も、使用人たちに吹き込まれた知識を総動員させた結果、あり得ない結論に達してしまったようである。
王様がこれを聞いたら、何故そうなるのだ、と泣いちゃう事間違いなしだろう。
そんな感じに、普通の人とは少し違う視点で動揺していたセレネだったが、割とすぐに立ち直ると、急いで木の陰に隠れた。
何で隠れてしまったのか自分でも良く解らなかったが、とてもあの雰囲気の中に出て行けそうに無いと思うと、このままでいいと思えた。
木の根元にしゃがみ込んで、何をするでも無く籠の中を覗く。
このところ毎日薬草を捜し歩いていたので、目新しい発見は無かった。
それでも、薬草の代わりに木の実を見つけたりして、それなりの収穫はある。
今日は薬草ではなく、幸運にも木苺を見つけたので籠が半分木苺で一杯になるくらい沢山摘んで来たのだった。
ちなみに、籠を一杯にしているもう半分は、色彩豊かな様々なキノコ。
決してセレネに殺意があってのキノコ採取ではない。
『わぁ、綺麗』と、たったそれだけの理由で、沢山集めただけである。
それらの、色とりどりな籠の中身をしばらく眺めてみて、綺麗だなぁ、とは思ったものの、何故だか心は晴れなかった。
いつもなら、真っ先に王様に『みてみて』と自慢げに見せに行く所なのだが。
今出て行ったら、邪魔になってしまうかな?
あの恐ろ可愛らしい女の子に、嫌がられないかな?
あの大きな猫が、ビックリして逃げたら困っちゃう?
王様も、私が居たら、困るのかな……
そんな考えが次々浮かんできて、今日の午後からの冒険の成果など、なんだかどうでも良くなってしまった。
王様に散々『ついてくるな』と言われたが、無理を通して同行させて貰った事も、今では少し後悔している。
王宮に残って王様抜きで誰かとお話をすると言う事に抵抗を感じての事だったが、こんな事ならば王宮に残り、部屋にでも閉じ篭っていれば良かったかもしれない。
そうすれば、会話中に迂闊な言葉で誰かを傷つける事も無い。
王様と離れる不安も手伝って、自分は随分と甘えた行動をとっていたのだと、今になって気が付いた。
セレネは、ちょっと情けないような苦しいような、心の奥底がむずむずとする、ほんのりと痛い不思議な感覚を味わっていた。
「……おいお前。これの兄なら、何とかしてくれぬか」
セレネが木の陰に身を潜めている頃、王様と大猫と少女は膠着状態に陥っていた。
ニコリともせず細めた目を更に細めて、冷ややかに王様が言う。
首に巻きつき、ぶらーんとぶら下がる少女は、王様の冷ややか視線にもめげず『お名前は?お仕事は?お住まいは?好きな食べ物は?』と延々質問を垂れ流しているので、王様は仕方なく大猫に射るような視線を浴びせた。
「俺の言う事を聞く妹なら、こんな事になりゃしねぇよ」
「…………偉そうに言うでないわ」
胸を張り堂々と情け無い事をカミングアウトする大猫に、チッと舌打ちする王様。
終始無表情ながら、この状況をかなり鬱陶しいと感じている事は間違いない。
王様と大猫はお互いじっと睨み合ったが、そんな事をしていても何の解決にもならない事は明白だ。
首にぶらさがる少女をいよいよ邪魔に思い始めた王様は、苛々と考えた。
結果、あまり手荒な真似はしたくないが、この不快指数を下げるには、やはり実力行使も止むを得ないと判断した。
「おい、猫。これを投げるから、一緒に飛んで帰れ。解ったな」
「……っは!?」
「戻ろうとせぬよう良く見張っておれよ?では行くぞ」
ふと大猫に視線を戻し、畳み掛けるように言うと、大猫は急な事に思考がついて来ないのか、『は?へっ??』と言うばかり。
しかし、そのような事に構う王様ではない。
ぶら下がる少女の首根っこをガシ!と掴み、ベリベリと音がしそうな勢いで強引に首から引き剥がすと、そのまま優雅にくるりと数回転した後、ハンマー投げ宜しく少女を空へとブン投げた。
「ひょえぇぇぇぇぇ!?」
「まりあー!!!??????」
ぽっちゃり少女の奇声が、あっと言う間に遠ざかっていく。
みるみるその姿が黒い点に変わるのを目の当たりにして、大猫が絶叫した。
急ぎ地を蹴り、吹っ飛んでいった妹の後を追う。
「もう戻ってくるでないぞ〜」
呑気に手を振り、見送る王様であった。
「そういえば、あやつらの名を聞くのを忘れておった。……ま、どうでも良いか」
ぶつぶつ言いつつ、開放感でスッキリした首をワシワシと無意識にこする王様。
ぺっぺ、と手を払う仕種までしている。
王様にとって、ぽっちゃり少女に巻き付かれた事が相当ストレスだったようだ。
とんだ災難だった、とぼやきつつ、ふっと視線を巡らせてゆっくり振り返る。
「よく大人しくしていられたな……」
独り言のように呟き、王様は森の奥へと足を向けた。
「そのような所で何をしておる」
唐突に背後から声がして、セレネは危うく、驚きのあまり手が跳ねて籠を放り出してしまう所だった。
「…おっ、おおうっ、おうさまっっ!今、全身にちょっとした雷が落ちたみたいだったわっ!ピリピリするわっ!?そういうのは止めて欲しいわっ!」
「そうかそうか、それは良かった。驚かそうとしたのだから、そのように驚いてくれて満足だ。うむうむ」
ギクシャクと振り返り、声を裏返らせて律儀に状況説明をしつつ抗議するが、王様は胸を張ってフッフッフと笑っている。
セレネは、びっくりしたと言えばびっくりしたのだが、やはり心中それどころでは無いのだった。
さっきの少女と大猫の事が気にかかって、コソコソと木の向こうを窺う。
だが、王様が居た場所には、もう誰も居ないようだった。
キョロキョロ周囲を見回したり、王様に覗き見した事がバレたのだろうかと気になったり、あの少女と猫の行方が気になったりと、挙動不審に陥る。
「どうしたのだ。浮かない顔をしておるな」
セレネが、もう随分前からこの場に隠れていた事を知っている王様としては、セレネが何を気にしているのか、解っているつもりだった。
「あの猫とカラスならば、もう自分達の巣へ戻って行った。気にしなくて良いぞ」
あんな変な者達の事なぞ、お前は気にしなくても良いのだ、と言いつつ、セレネの頭をポンポンする。
が、王様の予想に反して、セレネの手は飛んで来なかった。
こうして頭をポンポンして払い除けられない時には、絶対に何かある。
一体、何をそんなに考え込むほど気にしているのだろうか。
「セレネ?」
じっと王様を見つめたまま、特にこれといった変化の現れないセレネの能面を見て、王様も流石に何かおかしいな、と気付いた。
王様の呼びかけに、セレネの薄青の瞳が、僅かに揺れたようだった。
どうやら何か迷っているようだ、と感じるも、王様にはセレネが何を迷っているのか、察する事が出来ない。
一体どうしたのだ?と少し首をかしげて見せると、少しの間逡巡し、そして漸くセレネが口を開いた。
「…さっきの女の子」
しかし、それだけ言うと再び口を閉ざし、眉間に皺を寄せて俯いてしまった。
口元に手を当て、ううん、と小さく唸っている。
何と言うべきか必死に考えているらしい。
これぐらい待つのは、もう王様は慣れっこである。
セレネと過ごすようになって随分と忍耐スキルが向上した、と王様はつくづく感じていた。
「…王様の隠し子?」
自分の忍耐力に自画自賛していると、遠慮がちなセレネの声がした。
何か、聞き間違いをしたのだろうか。
今、隠し子とか何とか……
自分の聴覚に疑念を抱く王様の目の前で、セレネが緊張の面持ちで立っている。
やや上目遣いに、ちらちらと王様の様子を窺っているようだが、何故セレネがそんなに気を使っているのか、王様には理解できない。
そもそも、今さっきの発言からして、理解の範疇を超えている。
「……は。今、なんと?」
しばし己の聴覚を疑っていた王様だったが、どうやら耳が変になった訳ではないと気付き、漸く視線をセレネに定めた。
先程の自画自賛の時から顔に張り付いていた自慢げスマイルはそのままに、若干目から和やかさが抜けた気もする。
「…おうさまの、むすめさんでいらっしゃいますか?」
もしかして触れてはいけない話題だっただろうか、と、王様の目から笑みが消えた事に少しびくびくしつつ、それでもセレネはハッキリ解り易く言いなおした。
何故か言葉遣いも、それとなく敬語が混じりだした。
途端に、王様の顔からも笑みが消えた。
何か不味い事を言ったのだろうと、セレネは内心パニックを起こしかけていた。
「…かっ、カワイイお方ですねっ!?」
無意識に籠を抱き締め、何でもいいから言葉にしてみる。
しかし、王様の無表情に変化は無かった。
「…おっ、おじゃまでしたね、えぇと、あの、何でもないです、ごめんなさい」
王様の無反応を、『親子の込み入った事情に首を突っ込まれて怒っている』と、セレネは勝手に解釈していた。
あたふたと立ち上がると、ぺこりと頭を下げる。
瞬間、王様がはっと息を呑んだ。
思いがけないところで王様の反応が返ってきた事に、セレネも驚いて息を呑む。
「…お、おうさま……?」
呆然としている王様に、恐る恐る声をかける。
ややあって、気を取り直したらしい王様がコホンと咳払いした。
「セレネ、言っておくが勘違いをしてはならぬぞ。さきほどのアレは、いましがた出会ったばかりの見知らぬ通行人その1その2だ。決して!!我が血を分けた者ではないぞ!?……だいたい……何一つ似た所など無かったであろうに……何ゆえそのような発想に至るのか……やはりあれか、側におる者達が……それにしては……だが一般教養を……とはいえこれでは……」
はじめのうちこそセレネに言い聞かせるように話していた王様だったが、次第にその声は小さくなり、しまいにはぶつぶつという呟き声に変わり、何やらしきりに使用人が、とか宰相どもが、といった言葉が聞こえてくる。
「…おう、さま?」
再び、恐る恐る声をかけるセレネ。
はっと我に返る王様。
またしてもコホンと咳払いをし、じっとセレネの瞳を覗き込む。
「だからな、セレネ。頼むから、変な勘違いをして、王宮にその話を持ち帰るのだけはよしてくれ。面倒の元だ。あれは『神の峰』のアホどもであって、断じて私の子などでは無い。私はあれらに単に絡まれていただけだ。良いか、おかしな気を起こすで無いぞ?」
しつこいくらいに念をおされて、セレネは取り敢えずうんうんと頷いて見せた。
あまりにも真剣で、ちょっと怖いな、と思いながら。
「だいたいな……アレを可愛いとは……どういう美的センスをしておるのだ。そうそうお前以上に可愛い者なぞ居りはせぬ」
ぶつぶつと未だ文句を言っているが、さり気無くとんでもない発言が混じっている事に、王様は気付いていない。
やはり側に居る者達の影響は絶大過ぎるな、とか、教育係が必要かもしれぬ、と呟く王様の傍らで、セレネは複雑な気分を味わっていた。
嬉しいような、恥ずかしいような。
それよりも、おかしな気とは、一体何だろう、と若干むっとしたり。
けれども、何を嬉しいと感じているのか、自分でも良く理解していなかった。
さっきのあの少女と比べて、可愛いと言って貰えたらしい、という事に関しては、何だか照れ臭い気がするのだが。
遠まわしに可愛いと言って貰えた事が嬉しいのだろうか。
それとも、あの少女は王様と関係ない事が嬉しいのだろうか。
そもそも、何で嬉しいと感じるのだろう。
……と、一生懸命考えているセレネの頭をポンポンして、
「そろそろ3時のおやつだな!」
と王様が言うので、それも思考の彼方へ飛んで行ってしまった。
完全におやつに気を取られて、ウキウキしているセレネをこっそりと観察していた王様は、そぅっと溜息をついた。
まさかセレネの口から『隠し子』などというフレーズが飛び出る日が来ようとは。
以前の『三つ指突いて、お食事云々』の時に、既に気付いていなければならなかったのかもしれない。
使用人達の世間話ほど、危険なモノは無い、と。
セレネが日々、僅かな時間でも使用人などとの会話で、それまで学んで来れなかったような事を無意識に学び取ろうとしている事は感じていたが。
このような偏った知識が、セレネの脳内にどんどこ詰め込まれている事を目の当たりにして、流石に王様も考えてしまった。
コレは少し、まずいのでは無いのか?と。
どうやら、おかしな事ばかりセレネに吹き込んでいるフシもあるだけに、王様も少しばかり大人気なくなってしまう。
「あやつら……ふふ……帰ったらお仕置きだな。覚えておれ」
無意識に、引き攣った笑みを浮かべてしまう王様だった。
「…おうさまー、今日はチョコレートけーきだったよ〜」
切り株テーブルに午後のおやつセットを広げたセレネの、呑気で嬉しそうな声が聞こえてきた。
すっかり先程のおかしな緊張も敬語もどこかへ行ってしまったようで、王様はホッとした。
やはりセレネはこうでなくては。
美味しそうなケーキを前に、ほんのり上気した頬でうっすら嬉しそうなセレネを見て、王様はそう思った。
「…そうだ、王様。みてみて、これ、綺麗でしょ」
あっ、と声を上げその場を離れ、いそいそと籠を持って戻って来たセレネが、午後からの収穫を王様に披露した。
籠の中には、美味しそうな木苺の横に、毒々しい色が目に厳しい、色とりどりのキノコが、ぎっしりこれでもかと詰まっている。
「せ……せれ、ね……?」
半分は素晴らしいが、半分は凄い物が詰まっているぞ!?
自慢気なセレネを見る限り本人はまるっきり解っていない様なので、『これは毒キノコだろうが!』と叱り飛ばしたい所をぐっと我慢する。
は、はは……と引き攣った笑みを浮かべ、曖昧にセレネを褒めつつ、これは早急に教育係を付けなければならない、と内心焦る王様なのであった。




