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苺とブドウ  作者: 黒雪
23/31

23 鼻歌と蝶々




せっせせっせと寸断された空間や結界を修復し続ける事、十と二日。

あまりにも地味で面倒な作業に、王様の忍耐も限界に近付きつつある。

それでも、『もうや〜めたっ』と責任を投げ出さず、大人しく作業に従事しているのには訳があった。


「…王様、そろそろお昼ご飯。一緒に食べよう?」


座るのに丁度良さげな木の切り株に行儀良く腰掛けて、控えめな声で王様を呼ぶのは無表情のセレネ。

その隣には、これまたテーブルに良さげな、木の切り株。

言うまでもなく、王様が適当にこしらえた簡易テーブルセットだった。




どれだけ駄目だと怒って見せても、『一緒に行く』の一点張りで、結局最後はえぐえぐと泣き出したセレネに王様は全面降伏するしかなく。

こうして毎日、セレネと昼食を食べるのが真の日課となりつつある今日この頃。

必ず、王様が起きる頃には二人分の昼食を用意して待っているセレネに、駄目だ、と言うだけの気力は、最早残っていなかった。


なによりも、お昼時、さぁご飯を食べようという時のセレネの嬉しそうな顔。

本当に、よくよく観察していて解る程度ではあるが、間違いなく大喜び、というその表情に気付いてからは、セレネの同行を禁じる事が出来なくなっていた。

正直なところ、最近では、そんなセレネの喜ぶ顔見たさに、内心密かに同行を大歓迎している王様だった。




「もうすぐこの穴が塞がる。用意をして待っておれ」


セレネには見えないが、王様が手をかざすその先には空間の亀裂があるようだった。

ひらひら〜と飛んで来た蝶々が王様の指に近付いた瞬間、ひょるるっとうねる様に虚空に消えるのを見て、セレネの目が点になる。


「…王様、今、蝶々が」

「気にするでない。それより、メシの支度でもしていてくれぬか」


だらりと下げていた腕をひょいと上げ、一度手を握り、ふわっと広げると、王様の掌の上に先程の蝶々が乗っていた。

何事も無かったかのように、再びひらら〜と飛んでいく蝶々を見ながら、セレネは『何で王様は蝶々みたいに吸い込まれないんだろう?』と思っていた。

そもそも、そんな簡単に空間の亀裂に引き込まれる程度では王様は務まらないと言う事が、未だにセレネには理解出来ていない。


消えたと思った蝶が無事と知って安心すると、セレネは切り株テーブルにいそいそと昼食セットを広げていった。

何時の間にか、無意識に鼻歌を歌っていた。


こんがりとローストしたチキンや、お魚のカルパッチョ。

瑞々しいサラダに、香ばしいパン。

数種のジャムと、カットしたフルーツ。

それらを並べて、セレネはとても上機嫌だった。


王様は、カリカリに焼いたぱんの上に、お野菜と薄くスライスしたローストチキンを乗せて食べるのが、大好き。

どつにかこれを焼く方法は無いか、そんな事を考えつつパンをカットしていた時。


「セレネ、お前?」


不意にかけられた王様の声で我に返り、振り返った。

王様が、じっとセレネを凝視していた。


「…??」


す、と王様が両手を広げてみせる。

それにつられて、セレネが周囲に目を向けた。


「…わぁ」


王様とセレネを囲むように、ひらひら、ひらひら、沢山の蝶々が舞っていた。


「…王様、凄い。綺麗、凄い」


ほぅ、と溜息をつき、優雅に舞い飛ぶ蝶々の群れに、セレネは夢中で見入っている。

やがて、蝶々は様々に飛び交い、暫くすると、あれほど密集していた蝶々の群れは消えてなくなっていた。


少し残念そうにしつつも昼食の準備を再開したセレネを、王様は言葉も無くじっと見つめていた。


今のは私では無いとは言い辛い雰囲気で、セレネの言葉を肯定も否定もしなかったが、蝶々が勝手に群れたとも思えないし、勿論自分は何もしていない。

食べ物の匂いに釣られて……?と一瞬思ったが、蝶々がローストチキンに釣られる訳も無いだろう。

唯一の可能性は、背後から聞こえていた、機嫌の良さそうなセレネの鼻歌だった。


かつて、母親から止めた方がいいと言われて以来、滅多に歌ったり口ずさんだり、といった事はして来なかったと言っていた。

その話を聞いた時は、てっきり、セレネの波長は破壊系にしか作用しない為に母親は禁じたのかと思っていたが……


先程の、上機嫌な鼻歌。

音程がずれたり、声がおかしかったり、などと言う事は決して無かった。

素朴ながらも幸せそうで、聞いている方も少し和むような気がしていた。

どう考えても、蝶々を惹きつけたのはセレネの“歌”だったとしか思えない。

では、セレネの声の波長特性を左右するものは……


「…王様、王様。美味しそう、食べよう?」


腕を組み、ぼんやり考え込む王様に、上機嫌のセレネが声をかけた。

ああ、と我に返った王様は、セレネが用意した“野菜とチキン乗せぱん”を受け取り、切り株椅子に座った。


「今日は、何を見つけてきたのだ?」


王様の作業中はいつもその近くでセレネは薬草の採取に勤しんでいる。

今日も、セレネのご機嫌ぶりから察するに、良い薬草を見つけたのだろう。


セレネが夢中で今日の成果について話すのを、王様は優しい笑みを浮かべて聞いていた。

でしゃばりな宰相がこの場に居ない事を、感謝せずにはいられない。

このように嬉しそうなセレネを知っているのは自分だけだ、という気持ち。

何故そう感じるのか、とは、考えない王様だった。




おなかいっぱい昼食を食べ、デザートのフルーツもたいらげ、さあ昼寝でもしようか……と言いたい所だったが、敢えて我慢する王様。


「よいか、あまり遠くへ行くのでは無いぞ。何か危険だと感じたら、すぐ私の元へ戻って来るのだぞ?」


籠を抱え、再び薬草探しと言う名の冒険に出る準備を始めたセレネに、王様が何度も何度も気遣わしげに声をかけた。

過保護だと王様も薄々感じてはいたが、これを宰相が見たら何と言うだろう。

驚きのあまり、脱皮でもするかもしれない。


「王宮へ戻りたい時は、遠慮なく言うのだぞ??」


見た事も無いモノは良い香りがしていても口に入れてはならぬぞ、とか。

池や沼を見つけても、近付くなよ、とか。

見知らぬ人に付いて行ってはならぬぞ、など。

まるで、かなり低年齢の子供相手に注意しているかのような王様。

セレネもセレネで、はぁい、と無邪気に返事をしている。


「…王様、いっぱい、薬草取ってくるね!」


ぐ、と拳を握って、ガンバルヨ!と言う雰囲気を湛えてみせるセレネ。

うむ!と、同じように拳を握ってガンバレヨ!と応える王様。


無言の意思疎通に満足したのか、セレネは、よし!と大きく頷くと、わさわさ森へと分け入って行った。


なんだか、心配なような、名残惜しいような……

森に消えて行くセレネを見送りつつ、複雑で理解不能な気持ちを抱え、王様もまた、空間の亀裂を塞ぐ作業へと戻って行った。




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