2 王様、屈する
「あけびは何処だぁ!」
そんな台詞を叫んでみたりしつつ、王様は薄暗い森の中を歩き回りました。
美しい白灰色の柔らかな巻き毛が、風に乱れるのも厭わず、それはもう必死に。
日課の散歩、というより、傍目には迷子といった様相を呈しつつ、それでも王様はあけびを求めて歩き続けました。
さながら、愛する者を欲するが如く。
さながら、死神より逃れるが如く。
……そんな小芝居が出来るほどには一応余裕のある王様が、誰が見ているわけでもないのに随分と大げさな身振り手振りをしながら随分と適当にあけびを探し倒して、早小一時間が経過しようとしていた。
余裕はあれども、さすがに時折チラチラ視界に割り込んでくる清涼そうな小川に心が折れそうになっていた時であった。
こんな事なら、目印になるような魔法でもかけておくべきだったか、と悔やむ王様の下に、何処からとも無く甘く芳しい香りがふんわり届いた。
ついでに、髪が焦げたような何とも嫌な匂いも混じっていたが、そこは王様、当然気にする事無くあけびの香りだけに意識を集中させる。
あけびの香りを辿って一直線。
結局、誘惑の源であった小川から付かず離れず上流へ遡り、水源と思しき綺麗な湧水を湛える小さな泉の畔へと辿り着いた。
一段と芳醇なあけびの香りが増す中、焦げ臭さも倍増している。
あけびの香りと妙な焦げ臭さ、比率にしておよそ1:1の臭気に、さすがの王様も眉を顰めた。
「このまろやかな香りを阻む不届きな臭いの元は一体何なのだ。けしからん」
言うほどにはたいして気分を害している様子の無い王様である。
何か森に異常が!?というスタンスを取っているだけに過ぎないので、言ったそばからあけびの元へと足が向いていた。
見れば見事なあけびの群生、濃紫のふっくらした実がたわわに実っている。
しかし、そのどれもが手の届きそうにない高い枝につるを巻きつけ、容易にあけびの実をゲットするのは難しそうだった。
どうしてもあけびが食べたい。
魔法で木を吹っ飛ばすか?
一瞬浮かんだ破壊的な考えを、そんなことしたらあけびまで粉微塵に吹っ飛ぶかもしれぬな、と渋々却下して王様はあけびを見上げた。
そもそも微細な調整をしてまで魔法を使うのが物凄く面倒臭い。
木によじ登るなど、王たる自分がそのような醜態を晒して良い訳が無い。
となると、やはりアレしかないか。
簡単に結論を出した王様が、スゥと金の瞳を閉じた。
ひゅっ、と短く息を吐いたかと思うと、王様の姿がみるみるうちにぼやけ、変化していく。
とうとう人の形を成さない程にまでなった時、にゅうっと何かが現れた。
何時の間にか、白灰の髪、褐色の肌、金の眼の王様の姿は消え失せ、代わりにそこには、とぐろを巻いて鎌首をもたげた巨大な白い蛇がいた。
王様は、何を隠そう巨大な白蛇なのだった。
レプティリアという爬虫類を祖に持つ種族によって作られた王国の、一応現国王で、人々からは蛇王と呼ばれ親しまれて(?)いる。
普段から蛇の姿で周囲を威圧し、厄介な仕事を極力任せられないようにしているが、森林散策に巨体は向かず、脱走時だけは人型で行動しているのだ。
よもやこのような場で本来の姿に戻らなければならないとは予想だにせず、王様は屈辱感を味わっていた。
「この私が屈しようとは……あけびめ、不味かったら覚悟しておれ」
その時こそ魔法で木を吹っ飛ばしてくれる、と呟きつつしかしやはりあけびの甘やかな香りには王様も勝てる訳がなく、その口元には涎が光る。
威厳も何処へやら、にょ〜んと首を伸ばしたかと思うと、選定なしにあけびの房にかぶりついた。
一気に5〜6個を頬張り、そのあまりの美味に、先ほどの壮絶な屈辱感は一瞬で宇宙の彼方へぶっ飛ばされてしまった。
続いてほぼ咀嚼なしにあけびを丸呑みしてから王様はピタリと動きを止めた。
もっと食べるべきか、否か。
ここで本体容量で食べ続ければ、人型に戻る時に苦労しそうだ。
蛇のままで宮殿に戻ってもいいが、そうすると、この場から宮殿まで木々などあらゆるものを押し退けへし折り一直線に道が出来てしまう。
逃走経路がモロバレで暫く此方へ出向く事が出来なくなってしまうだろう。
さすがにそれは躊躇われる。
暫し悩んだ結果、王様は泣く泣くあけびを諦めた。
既に数十個のあけびを完食した後の決断であった。




