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苺とブドウ  作者: 黒雪
19/31

19 耐える王様




王の寝所の外で使用人達とその他一名が、こそこそがやがやしている時の事。




『いかんいかん。今、一瞬見知らぬ花畑が見えた。何事だ、一体』


セレネのタックルを受け、王様の思考は一時的に停止していたらしい。

はっと我に返った王様だったが、その動きは大層鈍く、首を動かすだけでもギギギギと音がしそうな程ぎこちない。

なんとかかんとか自分の腹に貼り付いているセレネを見下ろし確認し、鈍りきった思考を必死に回転させて今までの経緯をざっと振り返ってみる。


『何故こうなった』


しかしどれだけ考えても、セレネが自分にピッタリ貼り付いてメソメソ泣いている理由が解らない。


取りあえず、さきほど『ごめんなさい』とか言っていた気がするが、果たしてそれは何に対する謝罪だったのだろうか……


夜中にいきなり叩き起こしてごめんなさい?

鱗を剥がしてごめんなさい?

逆切れしてごめんなさい?

もしや、その全部か!?


そうだとして、何故泣いている。


大声に驚いた?

里心がついた?

叱られて拗ねている?

もしや、その全部か!?


そんな一人問答が延々繰り返され。

勿論、答えは見つからない。


『それよりも……何故、私は動けないのだ』


たかが小娘ひとり貼りついていた所で何をどうとも思わぬ筈が、どうした訳か金縛りに遭ったかのように全身が強張り冷や汗をかいている。

実はセレネがとんでもない魔力を持っていて、自分を抑え込んでいるとしたら。

そんな可能性まで考えた王様は、いやいや、とそれを否定しようとした。

だがしかし、全くのゼロとも言い切れない……


「「「「「うはーっっっ!?」」」」」


……という事は、やはり無かった。


先程からずっと感じていた気配に対して、無差別に“気を”ぶつけてみて理解した。

部屋のすぐ外で奇妙な声が上がり、バタバタっという音と共に複数の気配が一瞬で消えるのを感じて、王様は自分が金縛りに遭っている訳では無いと知った。


自由に魔力を揮えるのだから、セレネが自分を抑えている訳では無いようだ。


『では一体、何が起きているのだ』


めそめそと泣くセレネに抱き付かれて、なす術を無くし、どうして良いか解らず固まっている、という自覚だけが、まるで欠けている王様であった。




「あー……。セレネ。頼むから少し落ち着いてくれ。それからな、いい加減離れてくれぬか。これではまともに話も出来ぬ」


適当な事を言ってセレネを引き剥がす作戦だ。

どうやら自分が挙動不審に陥っている原因はセレネにあるらしいと長い時間をかけて漸く気付いての、それは苦肉の策だった。

が、セレネは依然ぐずぐずと泣き、離れる様子が無い。


「セレネ、泣いていては解らぬぞ?」


そうだ、穏やか作戦を忘れていた。

そんな事を思い出し、ぎこちなさマックスながらも精一杯優しく語り掛けてみた。

ついでに強張った腕を何とか動かし、その小さな頭をぽすぽすと撫でる。


はたしてセレネは、おずおずと顔を上げてそぅっと王様の顔色を窺った。


「………………まだ、怒ってる?」


眉間に深い皺を寄せ、ぐぐっとへの字口のセレネの方が、よほど怒ったような顔をしていると思うのだが。

そう言いたい所を我慢して、王様は引き攣った笑みを浮かべた。


「ぁー……多分、怒って、ない」


王様の言葉に、更にぐぐぐっと唇を噛み締めつつ、ごしごし目をこする。

何故、また泣くのだ!


「あー、全然だ、一切怒ってないぞ、本当だぞ!」


慌てて言い直すと、セレネが真っ赤な目で睨んできた。

……ように、王様には思えた。

実際、必死に王様を見据えるセレネの目は、鬼気迫るものがあった。


少しの間、そうやってお互い睨み合う様にして見詰め合っていたが、


「…………あの…………一緒に、寝ても、いい?」


意を決したのか、物凄く緊張した声で、セレネが言った。

何時の間にかその腕には、持参した枕を抱えている。


「…………は」


今までの会話から、どうしたらこんな言葉に繋がるのか。

理解の範疇を超えたセレネの発言に、王様の思考がついていけない。


「一緒に、とは……」


どういう意味だ、どういう意味が含まれているのだ!?

あーゆーことか、そーゆーことか!!??


ついていけてない割りに、脳内暴走だけはそれなりである。


落ち着け自分。

セレネに限って、そーゆーのは無いだろう、どう考えても。

普段のセレネを見る限り、その精神年齢の幼さは見た目に匹敵するのだから。


脳内で理性的王様と本能的王様があれこれと議論をする間中、セレネは枕に半分顔を埋めて、かなり気まずそうな顔をしていた。


「……えと……添い寝……して欲しい、な……とか」


眉間の皺を増やしながらも、ほんのり頬を赤く染めて、非常に言い辛そうではあったが、セレネがボソリと呟いた。

言わせないでよ、察してよ、といった所か。

流石に自分でも、この年で添い寝はちょっと……と自覚しているらしい。


「ぁー……。やはりそちらか」

「………そちら??」

「いや、何でも無い。こちらの話だ」


はは……と、乾いた笑みを浮かべた王様が、そりゃまぁそうだろうな……アホなのか私は……、と顔を背けてブツブツ言っている。

てっきり『添い寝など馬鹿げた事を!』と怒られるかと思っていたセレネとしては、その薄い反応にはホッとしたが、何故かなんとなし残念そうにする王様の妙なリアクションには若干の違和感を覚えていた。


ちょっとガッカリしているように見えるのは、気のせいかしら……

ていうか、何故ガッカリ?

そちらって、何だろう?


“見た目に匹敵する精神年齢の幼さ”が、この時密かに王様を苦悩させていた事を、セレネはまだ知らない。






「ううむ。成り行きとはいえ、これはどうなのだ……」


やたら広いベッドの上、王様にぴったり貼り付いたままのセレネは幸せそうにスヤスヤ眠っている。

ぴったり貼り付かれた王様は寝返りひとつ打つ事も出来ず、相変わらず死んだ魚のような目で天井を睨んでいた。

蛇に戻れば寝ている間に気付かずセレネを潰してしまいかねないと思い、已む無く人型のまま寝る事にしたが、それがかえって仇となった。

セレネが巻きつくにはちょうど良い感じだったのだろう。

王様は、抱き枕同然にセレネに貼り付かれたまま、現在様々な事情で寝るに寝れない状態に陥っている。


「警戒心が無いにも程があるだろう……」


はぁぁ、と溜息をつき、傍らですぴーっと寝息をたてるセレネを見つめた。

眠っている彼女が、起きている時よりも若干大人びた顔に見えるのは気のせいだろうか。

それでも若干は若干、随分と幼い事には変わりは無い。


白金の髪、白磁の肌、仄かな甘い香りは、恐らくセレネ自身のものだろう。

こうして眠っていれば、まるで人形のように美しいのだが……ひとたび目を覚ませば、毒舌精神攻撃を無意識に放つ危険人物になってしまうのが非常に惜しい。


「本当に、惜しい……もう少し、こう……な。うむ、実に、惜しいな」


うむ。

何と言うか、こう、あれだな。


色々な事情と葛藤する王様は、無意識にぶつぶつと呟いていた。

その後、王様の呟きは延々と夜明けまで続いたのであった。




翌朝、すっきりお目覚めのセレネは上機嫌で王様を叩き起こした。


「…王様、王様。起きて、王様」


ぺちぺちと肩を叩かれ、のそりと体を起す王様。

目の下には、クッキリとした隈が。


「な、何事だ。私はいましがた寝たばかりなのだ、頼む、放っといてくれ」


爽やかなセレネとは対照的に、王様は激しくどんよりしていた。

一晩中、色々な事情と葛藤した結果である。

ぐったりしつつ、隣でごそごそしているセレネを見れば、ポケットに手を入れて何かを探しているようだった。


「悪いが、もう少し私は寝るぞ」

「…待って」


言って、横になろうとする王様をセレネが慌てて引き留めた。


「…昨夜は、良く眠れたの。王様の、おかげ」


嬉しそうな声、ふんわりと笑みを浮かべて、セレネが言った。


「…王様、ありがとう」


ポケットから探し出したそれを王様の手に、お礼、と言いながら押し付ける。

セレネが放つ、無意識ほんのり微笑み攻撃は、もしかしたら毒舌精神攻撃よりも遥かに破壊力があるんじゃないのか。

そんな事をぼんやり思う。

王様は、セレネの見せた貴重な微笑みに魂をがっつり鷲掴みにされてしまった事に、まだ気付いていない。






やがて正気に戻った王様は、手に押し付けられたそれを見て再びどんよりした。


「…………だからお前……これは元々、私の一部だった物だろうに……」


お礼って……

なんか間違って無いか?


ルンルンしながら部屋を出て行くセレネの背中を、キラキラ光る巨大ウロコ片手に、なんとも複雑そうな表情を浮かべる王様が見送るのだった。




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