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苺とブドウ  作者: 黒雪
16/31

16 名前を呼ぶ為の条件




顔面蒼白で腰が抜けたまま美女に連行されて行った宰相であったが、何故か一切お咎め無しで釈放され、猛ダッシュで戻って来た。


美女の前で宰相のした事と言えば、当時の国王に後宮を持つように進言した事を素直に白状し、只管謝り倒しただけである。

どうしたわけか、美女はそれを大人しく聞き遂げた後、何処かションボリした様子で宰相の謝罪を受け入れた。


「国を思うお前の気持ち、解らないでもない。夫がそのような選択肢を持つ存在である事も、重々承知しております。悪いのは、お前達では無いのですね……」


ガックリ肩を落として、シッシッと宰相を追い払う真似をしたので、ここぞとばかりに王妃の元から逃げ出した、という事だそうだ。


「…何故?」


セレネが王様を見上げて小首を傾げた。

何故、妖艶美女はションボリしているのか?

そう聞いているつもりだったのだが。


「あれは喜怒哀楽が激しいからな。お前に会って喜んで、私と話して怒って、ミゲレンと話して哀しくなったのではないか」


無表情に小首を傾げて自分を見上げる澄んだ瞳を見つめながら、王様が答えた。

とても的外れなようで、確かに状況変化の解説としては真っ当な答えだった。

ただやはり、自分を見る瞳が、少し、険悪になった気がする。


まさか、

“なかなか世継ぎが出来ないから、宰相がいらん気を使ったのがそもそもの始まりで、後宮=ハーレムという、おかしな噂にまで発展した所でそれをシェリが小耳に挟んだせいで、夫婦喧嘩勃発(シェリの一方的言いがかりとも言う)、30年の逃避行に繋がり、結局真相を聞いてみたら、原因の一端は子宝に恵まれない自分にもあった事を知って、酷く落ち込んでいる”

などとは……

恐らく回答としては、直球も直球、ど真ん中過ぎてシャレにならないので、シェリの名誉の為にも黙っておかねばなるまい。

ついでに、“後宮=ハーレム”というところをセレネに深く解説要求をされたら非常に困るので、なるべく曖昧に答える他は無かった。


セレネはというと、全くスッキリしない返答ばかりで、少々イライラしていた。


「…じゃあ、あの人に聞いてくるからいいわ」


そうよ、直接本人に訊けばいいじゃない。

という事で、さっさと王様の解説を見限った。

慌ててセレネを捕まえる王様。


「まてまてまて。今はそっとしておいてやれ。30年越しの誤解が解けるかどうかといった、微妙な時期なのだ」


だから、何で、何を、誤解していたんだと。

セレネはそれを知りたかったが、王様が頑として教えまいとしている事を悟って、取り合えず諦める事にした。


「それよりお前、母君の事が解って良かったではないか」


話題を変えようと咄嗟に出てきた言葉だったが、セレネはピタリと動きを止めて、じっと俯いた。

意外な反応に、王様は「おっ?」とセレネの顔を覗き込んだ。

特に泣きそうでは無いが、楽しそうでも無い。

母の事を知って喜んでいるかと思いきや、そればかりではない事を王様は悟った。


「…どうしてかあさまは、本当の事を教えてくれなかったのかしら」


私なんか、どうでも良かったのかな。

そんな事を呟いている。


「もっとシェリから母君の事をいろいろと聞いて見たらどうだ。恐らく、答えが見えてくると思うがな」


少ない情報で、物事を判断するのは良くないぞ。

そういいながら、王様はセレネの頭をぽんぽんした。

すぐさま、ぶぁしっと手を払い除けられる王様。


仮にも私は王様だぞ、酷いではないか……


がっくり項垂れる王様を残し、セレネは美女の部屋を訪ねる事にした。


「まてまてまてまてまて。だからっ、もうちょっとっ、放っておいてやれと言っておるのだ、解らぬやつめ!」


再び大慌てでセレネを引き留める。


「…あの人に聞けと言ってみたり、行くなと言ってみたり、どっちなのよ、解らない人ね。もう少し一貫性を持って欲しいわ」


顔だけ王様に向けて、チッと舌打ちをする。


「こら、行儀の悪い。舌打ちなぞ、してはならん」


辛うじてセレネの行動を嗜めたものの、相変わらず絶好調な言葉の刃に、いかな無神経無感動な王様といえど、ほんのちょびっと心にチクチクっと来た。


これが一般人であったなら……チクチクでは済まされない。

もう少し、何とかならないものか。

王様も、セレネの能力については若干危惧していた。

人間社会で果たしてこれから先、やっていけるのだろうか、と。

セレネの母と近しい間柄だったいうシェリならば、制御方法なり、対策案なり、何か良い情報を持っているかもしれない。

一刻も早い、シェリの復活を待ち望む王様であった。




美女が自室に篭って、小一時間。

する事が無くなった二人は、午後のひと時セットの撤去が勿体無くて、テーブルに戻ってお菓子等を頂いていた。


なんとかセレネを思い止まらせる事が出来た王様は内心ホッとしていた。

美女との謁見を止められたセレネの次なる興味の対象は、王様の「名前」について、だった。

時々美女が口にしていた「ヨルム」という名前らしき単語に興味津々である。

宮殿で目覚めてこのかた、目の前の蛇の化身が「私は王様だ」以外の自己紹介をしたためしが無かったので。

宰相は「王」と呼び、見るからにご老体な大臣の何名かは「殿」と呼んだりしているし、それ以外は大体「王様」と呼んでいる。

何より自分で自分を呼称する場合、「私は王様であるぞ」などと言っており、自分を王様って言うのはどうなのかしら、と思っていた。

多分それは、本人が一番王様としての自覚に欠け、誰よりも王様らしくない事を痛感していたからなのだろうな、とも思った。

殊更王様を誇張し、それらしく振舞い、自分で王様を演出していたのだろう。


「なんだ。私の顔に何かついているか。ケーキのクリームか?」


ふるふると首を振るセレネ。


「では、ちょこれーとか?」


またしても、首を振って否定する。


「解ったぞ、私が男前なのでみと」

「…ヨルムって、貴方の名前よね」


「う、うむ」


別に見惚れていないという意思表示も込めて、わざと王様の言葉を遮ってやった。

王様は、暫し口をぱくぱくさせていたが、言葉は続かなかった。


ややあって、少々がっくりした様子で、王様がちょびちょびと頷いた。


「…ヨルム王、とか、呼ばせたりしないの?」

「そうだな……私は本当の王ではないからな。ヨルムは、ヨルムだ」


解るような、解らないような。


「私は“王”という存在であれば、それで良いのだ。名などあろうが無かろうが、そんなもの、どうでも良い、という事だよ」


セレネが、んん?というリアクションをしていたので、王様は律儀に解り易く答えてやった……つもりだった。

まだ何となく、ふぅん?という雰囲気だが、多少は理解したのか何なのか、セレネはそれ以上しつこく突っ込んで来なかった。


「…ヨルム、って呼んでは駄目なの?ヨルムさん、とか。ヨルム君、とか」


探るような、窺うような。

少し心許無い様子で、そっと上目遣いに問われて王様は答えに詰まった。


“貴方”とか、“王様”という呼び方は、慣れないのだ。

名前があるなら、名前で呼びたい。

そんなセレネの、心の声が聞こえるようだった。


だが、“ヨルムさん”はともかく、“ヨルム君”はどうなのだ。

仮にも一国の主に、“君”は無いだろう、“君”は。

なにより、真名を許すという事はそれなりの親密度を表すと言う事で……


「お前な、私の嫁にでもならねば、そんな呼び方は出来ぬぞ」


シェリが私を真名で呼ぶのは、一応あれでも、親友の部類には入るのでな。

それ以外では、親兄弟ぐらいか。


「…………ふぅん」


王様の説明は非常に解り易かった。


「…つまり、名前で呼んじゃ駄目って事なのね」


じゃあこれからも「王様」でいいや。

ヨルム、っていう(何故か呼捨て)のも、ちょっと呼びにくいし。

そんな事を思っていると、


「いや、セレネならば許す」


王様がケロリとした様子で言った。

このように始終くっついて、何かと二人で会話し、行動しているのだ。

王様としては、セレネに対して、不思議な友情めいた感覚さえ抱いている。

親しい間柄、と言えなくも無いな、などと思ったのだ。

だが、セレネはどうやら違ったようで。


「………それは、嫁になれって事?」


物凄く考え込んでいたかと思ったら、突然何を言い出すのか。

開いた口が塞がらない王様であった。


ちょっとそれはイキナリ過ぎて無理だわ、と真剣に検討した結果を真面目に語るセレネの前で、石の様に固まる王様。


じゃあなにか、時間をかければいずれ嫁になる事を承諾するとでも言うのか。

お前は私の嫁になる気か!


……いやまて、問題はそこじゃない。


「どうしたらそうなるのだ……。親友という線が、何故生き残らない。一足飛びに親族、という考えは何処から」


数秒後、何とか石化から脱した王様が、慌ててセレネの誤解を解こうとした。


「…だって、さっき貴方がそういったから」


はいそうでした。

仰るとおりです。

自分の掘った墓穴は、案外深かった。


「解った、私の説明が間違っていた。兎に角、親しい関係にあれば、名を許す事もある、と言いたかったのだ」

「…それを、夫婦というのではないの?」

「………」


そういえば、そうだった。

セレネは、友達というものが何なのか、良く解っていなかった。

しかし、それは困る。

親しくなる=夫婦という飛躍した考えを、何としても改めさせなければ。


王様の脳裏には、宮殿内が『親しくなったから夫』とのたまう自称セレネの夫で溢れかえるという、異常な事態が浮かんでいた。

その危機を回避する為にも、このような縁を持った以上はセレネを放っておく事は出来ない、と、やおら親心を働かせる王様。

もともと、親しい=夫婦という間違った構図をセレネにうっかり印象付けたのは王様だったわけだが、其処は無かった事にする。


「良いかセレネ。仲良く会話をする間柄、これをトモダチという。トモダチには色々あるが、まずはそう解釈しろ。解ったか?」


首を傾げながらも、セレネはふぅん、と頷く。


「次に。何でも包み隠さず打ち明けられる間柄、これがシンユウだ。これも色々あるが、そう解釈しておけ。ユウジョウは、以上だ」


こんな説明でいいのだろうか。

一抹の不安を胸に、王様の講義が続く。


「人の心情には、ユウジョウ以外に、アイジョウがある。相手を好ましく想い、常に相手を感じ、相手の全てを受け入れ、また、相手に全てを明け渡せる。そう思える感情が、アイジョウだ」


セレネは母と父の事を思い出していた。


いっつもベタベタくっついて、二人が離れている所をあまり見た事がなかったな。

ゴハンの時なんか、お互いに「アーン」とかしてたような……

そうか、あれがアイジョウなのか。

アイジョウって……暑苦しい……


ふむふむ、と頷くセレネを見て若干不安を覚えたものの、王様は、自分の言いたい事が伝わったのだろうと勝手に思い込んだ。

正直、自分が講釈を垂れられるほど、人の心情を理解しているとも思えない。


「とにかくだ、そこそこ仲良しならば、お前も私の名を呼んで良いという事になる。どうだ、解ってくれたか」


眉間に皺を寄せ、目一杯首を傾げつつも、ウン、と頷くセレネを見て、自分が説明に失敗した事を王様は痛感した。


解ってない、お前絶対解ってない。

王様の呟きが、低く流れた。




それから暫く、王様の解説を頭の中で反芻して少しは理解を深めたのだろうか。


「…じゃあ、王様と私、仲良しになれる?名前、呼べるようになる?」


未だ険しい表情のまま、セレネが問いかけてきた。

なんとも奇妙で可愛らしい事だ。


「その眉間の皺をどうにかしたら、一層仲良しになれるだろうな」


くっくっと笑うと、セレネの頬が、ふぁっとピンクに染まった。

どうやら「お友達」や「仲良し」というフレーズが気に入ったらしく、「一層仲良し」という言葉を喜んでいるようだった。

それを見ていると、自然と王様の頬も緩む。


別に、セレネならば、名を呼んでも良いといったはずなのだがな。

王様の解説に沿って、「仲良し」の「友達」になったら名前で呼ぼう、と考えるセレネが、面白かった。


暫し、そんなセレネを見て和んでいたのだが、


「…じゃあじゃあ、仲良しになったら私、王様にこれをプレゼントするわ。お友達はプレゼント交換するものだって、どこかで聞いたような気がするの」


嬉々としてセレネの懐から出された物を見た王様が思わず唸った。


セレネの手には、いつぞやの、半透明のキラキラした板。

ちゃんと磨いたりしつつ、大事にしていたセレネの宝物。

王様の背中からもぎ取った、おっきなウロコが輝いていた。




お前、それは…………

元々私の一部だったものだろうに……


とは、言いたくても言えない王様だった。




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