15 30年前の真実
「先に言っておくがな。今の王は私だと言う事、忘れるでないぞ」
牽制のつもりだろうか、王様が高飛車に言い放つと、美女が鼻をフンと鳴らして馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「貴方、偉そうに言っちゃってますけど、どうせ30年間、これといった事はしてらっしゃらなかったのでしょう?」
まったく美女の言う通りなのだが、王様は、それが何か?といいたげな様子だ。
「お前がこの国を棄てれば、嫌でもこの国は危うい状況に置かれる。だから私が、守っていた。王となる事でな」
そっとセレネの皿に盛られたチョコに手を出して、美女に手を叩かれる王様。
それでも平静を装い、話を続ける。
「結界を見れば解るだろうがな、強度の低い部分には私の呪も練り込ませて貰った。お前が出て行った時に比べれば、より強固な結界となっているはずだ」
仕方なく、美女の前に置かれたチョコに手を出したら、もっと手を叩かれた。
「ひとつくらい、良いではないか」
「そのひとつを許すと際限がなくなって、やがて収拾が付かなくなりますのよ」
どんだけ食べると思っているのだ。
喉元まで出かかった言葉を呑み込む。
確かに、甘い物となると際限がなくなるような気がする。
若干自覚している王様は、揚げ足取りを警戒して下手に反論する事をやめた。
「で、なんですの。まさかとは思いますけど、貴方、結界のメンテだけが王様のお仕事だとでも仰りたいの?」
馬鹿げてますわ、と哂う美女に、しかし王様は、
「その通りだ」
と、自信満々答えた。
唖然とする一同、キッと王様を睨む美女、未だショックから立ち直れないセレネ。
王様だけが、何か文句があるか、と言いたげに胸を張っている。
「どうせ、あのクソトカゲがそう言ったのでしょう。ああ忌々しい」
手にしたスプーンで、皿の上のケーキをガスガスと突付く。
クソトカゲ、クソトカゲ、と呪文のように繰り返しながら。
無残に崩れていくケーキが哀れでならない。
「まあ、お前の結界の管理という重責、果たせる者など今は私以外には居らぬだろうしな。当然ヤツにも果たせるが、肝心のヤツはお前を追う事で頭が一杯になっておったからな、仕方あるまい」
あまり深く考えずに、異界行きを決断したのだろうよ。
王様は、下らない、と言いたげに視線を逸らした。
ふとセレネを見ると、ずっと俯いて何か必死に考えているようだった。
母の過去を知って、思うところがあるのだろう。
セレネの心情を推して、王様は敢えてセレネに声をかけずにいた。
「で、では……。百歩譲って、王位は今は貴方の元にある事を認めますわ。ですが、そのティアラは返して頂きますわよ」
ケーキの残骸を纏ったスプーンを握り締め、じとーっと王様を睨む美女。
なんとしてでもティアラだけは取り返したいようだ。
だが、王様は、ふっと口元を緩め、静かに首を横に振った。
「悪いがな。この王冠は、ヤツから預かった。故に、ヤツに返すのが道理。お前に返せる代物ではないと知れ」
口元は笑っていたが、目は全然笑っていなかった。
王様の内に潜む苛立ちを表し、何処までも冷たい。
「さっきも言ったがな。どうしてもと言うのなら、ヤツを異界から連れ戻せ」
簡単な事だろうに。
吐き捨てる様な言葉だった。
「絶対、絶対!絶対に!!イヤですわ!!!!」
あんな浮気者!!!!!
王様の言葉に、美女が切れた。
金切り声を上げ、ひとしきり夫を罵倒していたが、やがて疲れたのか椅子に深くもたれて、何処か憂鬱な眼差しを宙に彷徨わせた。
「まったく……あまり訊きたくは無いのだがな……。お前達、一体何があったのだ。浮気浮気と言うが、お前、本当にそう思っているのか」
美女のテンションが落ち着くのを待っていた王様は、前々からずーっと気になっていた事を訊いてみる事にした。
30年前、いきなりシェイシェリエが失踪したと騒ぎになった。
原因が解らないまま、唯一事情を知っている前国王は、ちっこい王冠と王位を親友に託して、詳しい事を何も説明せず急いで異界へと渡ってしまった。
彼女が姿を消す前、彼女が夫と何やら口論しているのは目撃されていた。
浮気がどうとか喚いていたそうだが、王宮の者達は、皆一様に首を傾げていた。
シェイシェリエ一筋、彼女しか見えない、そんな男が浮気など。
「あのクソトカゲは、そういう男だったのですわ」
プイと顔を逸らし、頬を膨らませる様は、まるで餓鬼のようだ。
一体何歳になるのか、下手したら数千年生きている王様より長く生きているかもしれないのに、彼女は子供じみた振る舞いをする。
そこが親友的にはツボだったそうだが。
理解できん……
王様は、親友は悪趣味だと信じて疑わない。
「だからな、一体何があったのか、話してみろ」
夫は浮気者、という思考で固まってしまっている彼女の考えを、少しでも柔らかくしない事には話しにならない……
早くも投げ出したくなる自分を諌めて、美女の返事を待つ。
「あのトカゲは、あの人は……!!は、は……っ、はははっははははーれむを設けるつもりでしたのよっ!?」
ああ忌々しい、口にするのも汚らわしいですわ!!!
と、羞恥に顔を真っ赤にした美女が声を裏返らせながら叫んだ。
セレネと宰相を除く、その場にいた全員がドン引きした。
あの不器用な男に限ってそんな事は……っていうか、マジでそれ信じてるのか王妃さまー!?というのが、全員一致の感想である。
セレネは、美女が笑っているのか、はたまた、何かを言ったのか、まるで判断が付かず、目で王様に解説を要求した。
当然王様は「お前はまだ知らなくて良い」と、静かに首を振って説明を拒否した。
何故、教えてもらえないのか、セレネの謎が深まる横で、美女だけが鼻息荒く「これだから男は……!」と憤慨している。
ハーレムと言葉にするだけで照れまくる水妖に、正直、王様はドン引きしていた。
お前いくつだよ、と言いたいところを我慢し、美女の言葉の真偽を考える。
馬鹿がつくほど真っ直ぐに、シェイシェリエただひとりを望んでいた親友が、ハーレムなどありえない話だ。
親友が原因でないとしたら、では誰が。
勿論、それなりに権力を有する者だろう。
何故ハーレムなのか謎ではあるが、後宮を、というのであれば大体の察しがつく。
なるほどな。
王様は、ピンと来た。
「では訊くがな。それは誰が言っておったのだ」
テーブルに片肘をつき、頬杖をしながら、徐々にその目が細められていく。
王様の言葉に、ビックーンと反応した者が一人。
チラ、と目線だけをそちらへ移す。
視線の先には、俯き、ダラダラ冷や汗をかく宰相の姿が。
「ワタクシ……ワタクシは、その……噂を耳にして……」
頬を染めながら、美女がポツポツと話す。
今も鮮明に覚えている、あの日の事を。
あの時、使用人が話しているのを、聞いてしまったのだ。
「ワタクシたち、世継ぎも無くて。それを嘆いた彼が、はーれむを作るのだと」
その時の衝撃は、今でも忘れられない。
夢にまで見るくらいだ。
悔しさに、ぎゅっと目を瞑る。
「ですから、ワタクシ、問い詰めたのです。はーれむを設けるおつもりですの!?って。そうしたら……っ、そうしたら……!平然と、そんな話も出ているって!!認めたのですわ!あの男は!!!」
怒りと羞恥に顔を真っ赤にしながら喚く美女を尻目に、王様は、酷く無感動にフーンと呟いた。
「何ですの、その態度!ムカつきますわ!許せませんわ!!」
「まあ落ち着け。それでお前は、ちゃんと最後まで話を聞いてやったのか」
「…………え」
「え、では無いぞ。お前は、ヤツが話し終わるまで、ちゃんと聞いていたのか。“そんな話もある”というのと、“そんな話をしている”というのでは、大きく意味が違ってくるのだぞ。まさか、話の途中でキレて騒ぎを起こして、聞く耳持たずに逃走したのでは無いだろうな」
頬杖をついたままの王様が半目で美女を睨む。
「あ……ええ?……あら。どうだったかしら……」
あまりにも頭に血が登っていたせいで、途中からどうだったか記憶が曖昧だ。
あれほど憤慨し、語気を荒くしていた美女だったが、次第に勢いが薄れ、しどろもどろになってきた。
「私が思うにな。多分お前は、盛大な勘違いをしておるのだろうな」
まさか。
30年前、唐突に親友から小さい王冠と王位を託された原因が、こんなお粗末なものであったとは。
そんなものに30年も、レプティリアの全国民が振り回されていたのか。
なんと陳腐で迷惑な事か。
「ヤツが私にこの王冠を託した時にな、もしお前が先に戻ったら、王冠との交換条件は、俺を異界から連れ戻す事だと伝えてくれ、と頼まれた。あとな、一度でいいから、お前に追われてみたい、とも言っておったな」
まったく、馬鹿馬鹿しい。
いつまで恋愛ごっこをするつもりでいるのだ、こやつらは。
しかも、他人まで盛大に巻き込んで。
何と言う迷惑夫婦か。
「とにかく、お前は一度、ヤツと話をつけるべきだ」
解ったらさっさと異界を捜し歩け。
王様が、激しく投げやりに美女の背中を押した。
出来れば早く解決させて、こんな王位など放り出してしまいたいのだ。
「あー、そうだな。どうしても納得行かないと言うのならな、そこで汗ダラダラの宰相に、詳しく話を聞くのも良いと思うぞ」
王様の言葉に、とうとう宰相が頭を抱えてヒィィィィィと腰を抜かした。
申し訳ありません、申し訳ありません。
床にひれ伏して謝り倒す宰相に、一同が目を丸くした。
「そう言う事だ」
面白くなさそうな王様の言葉に、唖然と宰相をみやっていた美女の顔が、徐々に笑顔へと変わって行く。
それはそれは、鮮烈で、妖艶で、恐怖すら覚える笑顔だった。
「うふふふふ。そういえばミゲレンも、お久しぶりだったわね。うふふふふふふ。色々聞きたい事があるのよ、ちょっといいかしら、うふふふふふふふふ」
何故、笑いが込み上げるのか解らない。
解らないのだが、笑う事を止められない。
30年間の怒りは無駄だった!?
そう思うともう、何でか知らないが、笑いが止まらなかった。
うふふふふふふふふふふ、と壮絶な笑みを浮かべる美女に、顔面蒼白の宰相が引きずられて行く様は、中々にシュールだった。
「お前は、知らなくて良いのだ」
どういうこと!?
と、相変わらず目線のみで解説を要求してくるセレネに、言いようの無い疲れを感じながら王様は言った。




