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苺とブドウ  作者: 黒雪
14/31

14 過去




何故か青尽くしな妖艶美女の横に座る事になったセレネは、やたらと自分に対してあれこれ世話を焼きたがる美女に困惑していた。

さきほどの、火花散る王様vs美女の睨み合いに挟まれていた時と今とでは、心理的にはたいして変わらない状況である。


王の間にセッティングされたテーブルの上には、午後のひと時を楽しむアイテムがこれでもかと溢れ返っている。

紅茶にジュース、ケーキにクッキー、チョコレートに砂糖菓子。

けれど、側には給仕をする者が一人もいない。

セレネ達から最も遠いドア近辺の壁の前に、宰相を筆頭に、大臣や側近、側仕えや使用人などがずらーっと整列している。


何故そんな遠い所に……


セレネは謎の光景を前に頭を悩ませていた。

王様に対してあれほど気楽に接していた宰相が、美女の前では蛇に睨まれたカエルのように畏まっている。


ちなみに宰相は、元を辿ると先祖はトカゲなのだそうだ。

蛇に睨まれたトカゲ。

でも睨んでいるのは美女。

と言っても、本当に睨んでいるワケじゃない。

美女の夫はトカゲ。

トカゲが蛇に睨まれる。

蛇が睨んだのはカエル。


あー……ややこしい……


美女がせっせと自分の為にケーキを取り分けたり、かいがいしくお茶を淹れてくれる様をぼんやり眺めるセレネの頭の中では、延々トカゲだの蛇だのカエルだのが堂々巡りして、ワケの解らない事になっている。


宰相の怯え方から判断するに、どうやらこの人の良さそうな美女が恐怖の対象らしいのだけれど……


全然そうは見えなくて、余計混乱するばかりだ。

更に言うと、自分までもがこの場にいる必要があるのか、それが非常に謎だった。

取り敢えず、王様と美女が仲良く話し合いをしてくれればそれでいいので、出来れば自分は早々に退出させて貰いたいなぁ……と、ひたすら考えていた。


王様はというと、優雅に紅茶を頂くには大蛇のままでは少々無理があるため、今は人の姿になっていた。

長い足をゆったり組んで椅子にふんぞり返り、時折チョコを摘んでいる。

先程から給仕係に任せておけと王様は言い続けているが、美女が全く相手にしないため、諦めて美女とセレネのやり取りを眺めていた。

美女が最初に「お前達はそちらで控えておれば良い」と全員遠ざけてしまったので、給仕係も宰相らと同様に壁際で控えたままだ。

恐らく、呼び寄せようとしても美女に怯えて側には来ないだろう。


「で、ヨルム?いつになったら紹介して下さるの、ほんとにグズね。早く私に紹介して頂戴な。この可愛らしい方は、一体だぁれ?」


セレネの前にクッキーやチョコを盛りに盛った皿を置きながら、美女が顎をクイクイさせて王様にセレネを紹介するよう催促した。

今まで散々王様を無視してウキウキとセレネの世話を焼いていたのは美女だ。


「馬鹿かお前は。だったら少しは手を休めて大人しくしろ」


いらっとした王様は、まったく容赦の無い痛烈な言葉を美女に浴びせてやった。

これぐらいで凹む相手ではないし、実際、目の前の美女はケロリとした顔で、


「だから大人しくして訊いてるんじゃないの。貴方こそ馬鹿なの」


とか言っている。


そうだ、コイツは昔からこうだった。

自分を中心に世界は回っていると豪語するような、お目出度いヤツだった。


勿論忘れていたワケでは無かったが、それでもやはり、久々に巻き込まれた美女のペースは理解不能で厄介だ。

さっさと話を済ませてしまおう。

でないと、意味不明な疲労に悩む事になる。


「名前は、先程言ったな」

「あら、そうだったかしら」


人の話を聞かないのも、相変わらずだ。

それなのに、人一倍、人に説明を求める。

厄介だ。


「セレネと言っただろう。今覚えろ、永遠に忘れるな。解ったか」


また「聞いてないわよ」と言われては堪らないので、しつこい位に念を押す。

むっとしながらも、美女が「もう覚えました!」とムキになって言った。


「彼女は、お前の結界を難無く(実際は丸焦げになっていたが)越えて此処へ来た。言っておくが、お前が失踪して何年になるか忘れたが、結界は私が管理していたから、何処にも解れは無かったぞ」


王様の言葉に、それまできゃらきゃらしていた美女の様子が一変する。


「あらやだ。ワタクシだって、数十年不在にしても構わない様に、入念に呪を練り込んだつもりですわよ。メンテ要員がいた上で、結界が破られたと言いたいのでしょう?凄いですわね、何者なんですの、この子」


身を乗り出し、ジロジロとセレネを観察する美女。


近い、凄く近い。

美女の吐息がかかるほど間近でジロジロ見つめられて、いかな無表情のセレネといえども、若干焦りのような表情が浮かんでしまうのは仕方の無い事だろう。


セレネを全身くまなく眺めまわし、最後に顔立ちをチェックしていた美女は、特に、その澄んだ薄い蒼の瞳を念入りに観察していた。


「ふんふん、ふぅん。そうでしたのね」


顎に手をやり、一人納得したように何度も頷いている。

美女はセレネに、何を見たのか。


「貴女、お母様のお名前、メイエレンとおっしゃるのではなくて?」


唐突な美女の言葉に、セレネの息が詰まった。


「………っな、なん」


何で知っているの。

そんな言葉も、ビックリし過ぎて上手く息が出来なくて喋る事が出来なかった。


母に知り合いがいるなんて、村人以外では話題に上がった事が無かったのに。

何でこの人が、母の名前を。

え?実はこの派手な妖艶美女も、村人その1だったりとかするのかしら?

いやでも、さすがにそれは……こんな恐ろしく目立つ人が、一度たりとも話題に上らないなんて、おかしい。

ではやはり、母の古い知り合いとかなのだろうか?


セレネの驚愕に気付いて、美女がふぅわりと微笑んだ。


「そりゃぁ知っていますとも。だって、ワタクシとメイエレンは、それはそれは良いお友達でしたのよ?」


驚きに顔を引き攣らせるセレネの頬を、美女が嬉しそうにそっと撫ぜた。


「エレンがね、ある日突然、人間に混じって生きていくと言い出して。ワタクシどれだけ反対したか。けれど、人間の男を愛してしまったから、と言って聞かなくって。本当に融通の利かない娘でしたわ」


まさか、エレンの娘に会える日が来るなんて、と。

セレネの中にメイエレンを見るかのように、それは懐かしそうに美女は微笑んだ。


「で、エレンは元気?マカサの岬に、まだ住んでいるの?」


もう何十年と会っていないわ。

沢山お話を聞かせて頂戴な。


ワクワクと訊ねられて、セレネは思わず俯いてしまった。

母がもう、この世に居ない事を、この人は知らないんだ。

そう思うと、無邪気な笑顔に心が締め付けられるような痛みを覚えた。


「シェリ。セレネの母君は、4年前に亡くなったそうだ。少し空気を読め、このヘドロ妖怪め」


何と答えたものかと困っていると、それを察した王様が助け舟を出してくれた。


「んま!誰がヘドロ……………って。え、今なんて」


唖然とする美女に、王様は丁寧に同じ事を繰り返し言って聞かせた。


「あらやだ、そんな事って…………いくら地上に出たからって……ちょっと早過ぎじゃありません?それ、本当ですの?冗談ではなくって?」


青ざめた顔で、美女は独り言のように言った。


「冗談でこんな事を言うか。それより、何が早過ぎなのか、教えてくれ」


珍しく美女が途方も無いような大きな衝撃を受けているようだったので、何故そこまで驚くのかと王様は不思議だった。


「エレンは海の住人でしたから。地上で仮初の姿での生活を送るとなれば、それなりに魔力を消費し続け、結果、寿命も短くなりますわ」


解りますでしょう?


王様は、美女に同意を求められ、正直、寿命云々に実感は湧かないものの、魔力消費で疲労感を覚える事はあったので、適当に相槌を打つ事にした。


「まあ……そうなのだろうな」

「エレンが地上で生きると宣言して、38年。エレンほどの海妖が、たった38年で?……いいえ、そんなのありえませんわ」


言葉を切り、ふとセレネを見る。


「貴女のお母様は、ご病気を患っていらっしゃった?」


慣れない地上での生活で何処か体に不調をきたした、というのであれば、多少納得もいくのですけれど。

そう言いながら、セレネの答えを待つ。


セレネは静かに首を横に振り、母はいつも元気でした、と小さく言う。

母は、亡くなる1年ほど前から急に体が弱り始めて、あっという間に衰弱して行き、最後は眠るように息を引き取った。

当時を思い出し、涙で視界がぼやけるのを感じながら、そう説明した。


聞き終わった美女は、震える溜息をゆっくりと吐き出して、辛かったでしょうね、とセレネの肩を抱き寄せた。


「やはり……魔力の枯渇による老衰……なのでしょうね……」


エレンと会えないと解っていて、異界を旅行するのでは無かったわね。

呆然と美女が呟くと、王様が何かを思い出したように、そうだ、と口を開いた。


「母君はトカの根を採取しに、幾度か結界を越えていたようだぞ。恐らく、あの結界を越えたのだから、相当の魔力を消費しただろうな」

「そう、でしたの……。それで、老化が早まったのですね……」


やはり、異界へ行くべきでなかった。

エレンが求めていると知っていたなら、どのような手を使ってでも、トカなどいくらでもエレンの元に届けただろうに。


美女が夫の浮気を疑って大喧嘩した挙句に異界へ家出をしたのが30年ほど前。

その頃のエレンは人間の男を愛してしまったからと地上へ出た割りに、実はまだその男と心を通わせるまでには至っていなかった。

実に人間的に、8年近くの歳月をかけて「こんにちは」から始めて、漸く食事に誘われたり誘ったりする間柄に進展した所だった。


人の心を、その歌声一つで如何様にも出来てしまう癖に。

それでは意味が無いのだと言って。


地道に顔を覚えて貰い、名前を覚えて貰い、そうして他愛ないおしゃべりをするようになり、やがて親密に会話を交わすようになり。

相手はエレンの正体を知った上で、それでも彼女を否定せず、人間と隔てなく接していたようだった。

それがまた堪らなく嬉しいのだと、時折会っては、そんな事を話していた。

初めて食事に誘われた時のエレンの舞い上がりっぷりといったら無かった。

わざわざ彼女の方から連絡があり、何事かと慌てて会いに行ってみれば、終始緩みきった笑顔で一部始終を語って聞かせてくれた。

これはデートなんだと言い張って、とても幸せそうに笑っていた。


丁度その頃、夫との大喧嘩で勢い余って異界へ飛び出して。

その後彼女達がどうなったのか、何ひとつ解る事はない。


「ねぇ、セレネ。貴女のお父様は、ジェイクとおっしゃるのではなくて?」


まさかと思いつつ、訊いてみる。

セレネが潤んだ瞳のままコクコクと頷いている。


「まあ、凄いわね。初志貫徹、本当に、彼の心を射抜いてしまったのね」


あの日、エレンが教えてくれた人間の男の名前だった。

絶対に無理だ、と。

どうせ「やっぱり駄目だった」と、いずれ泣き付いてくるんだろうなと、ずっとそう思っていたけれど。


「そう、そうでしたのね。愛する殿方と心通わし、こんな素敵な娘さんまで授かって……エレンはきっと、とてもとても幸せでしたわね」


遠い過去を思い出しながらうふふと笑い、けれどもその瞳は涙で潤んでいる。


「お母様がお亡くなりになった時に側に居て上げられなくて、ごめんなさいね」


しっかりと抱き寄せたセレネにも目を向け、大事そうに頭を撫でる。

セレネは、母にこんな知り合いが居た事すら知らなかったので、慌ててぶんぶんと首を振った。

こうして母を想い、涙を浮かべてくれる人がいる。

その事が、セレネはなんだか嬉しかった。




「あー。……ちょっといいだろうか」


ひとり蚊帳の外で紅茶を啜る事に飽きた王様が、何とか会話に混ぜて貰おうと、チョイチョイと手を振ってアピールしている。


「セレネの母君の事もなんとなく解った事だ。次の話題に移らないか」

「あら、それもそうですわね」


王様のそれは思いっきり無粋な発言だったが、美女はくるりと表情を変え、セレネからあっさりと手を離した。


「あとで沢山お話しましょ♪」


セレネにウィンクを送り、すぐ真顔に戻って王様を見据える。

あまりの態度の急変ぶりに、セレネの感動気分は何処かへ飛んで行ってしまった。


ひ……ひどい……


早速、水妖の気紛れの被害にあってしまったセレネであった。




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