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苺とブドウ  作者: 黒雪
13/31

13 青尽くしの美女




「あらっ。貴女お人形さん?綺麗ねぇ」


良く通るキンキン声に、セレネは思考の中断を余儀なくされた。

人の気配も無い所に突然声をかけられ、びっくりして顔を上げると、中庭の真ん中で腕組みしてモデル立ちした妖艶な美女が佇んでいた。


「あらっ?動いてるじゃないの。オートマータか何かかしら。良く出来てるわねぇ、見事だわあ~、凄いわあ~」


しきりに感心しながらも、モデル立ちを決して崩さない美女。

中庭に設えた小さな池がキラキラと太陽光を反射して、美女の妖しい美しさを更に美しく際立たせている。

どうやら其処が反射光効果を最大限に生かせるポイントらしく、足元の花を踏みにじってでもその場を動きたくないらしい。


「あらやだっ。もしかして貴女、お人形じゃないのかしらっ」


生きてるわね。

生きてるのね。

芸術的だわ、素晴らしいわ。


やたらに褒めちぎる美女を、セレネは無表情に見つめていた。

淡い水色の柔らかそうな髪がまっすぐ顔や肩を覆い、やたら露出度の高い藍色のドレスへと張り付くように流れている。

扇情的に濡れた唇や、ときんときんの爪は、鮮やかな青。

やけに青系が多い。

肌も青白く光っているかのようだ。

池の反射光で、実際光っていると言えなくもないが。


「…失礼ですが、どちらさまで……?」


初めて見る顔だな、などと思いつつ、一体何時から彼女は其処にいたのだろうかと心の中で首を傾げる。

石段に腰掛け頬杖をついて俯いていたが、誰かが側に来たような気配はなかった。

あんな豪快に花を踏み荒らしていれば、いくら俯いていたとしても、音や気配で気付きそうなものなのだが……


「あら貴女。ワタクシをご存知ないの?」


セレネの言葉に態とらしく驚いて見せた美女は、口元を扇子で隠し(何処から出てきたのか、それは一瞬で美女の手元に現れた)、


「ホホホ、何処の田舎者かしら。良い事?覚えておくのよ。ワタクシこそが、ここレプティリアの王国、“北の最果ての森”のしんのし」

「「「「「王妃様だー!!!王妃様がお戻りになられたー!!!!!!」」」」」


のしんのし??

彼女は何か、重要な事を言いかけていた気がするのだけれど……


大声を張り上げ口々に使用人たちが「王妃様がお戻りになられた!」と叫んでいるせいで、美女の声が全く聞こえない。

中庭でモデル立ちしていた美女が、ホホホのまま固まっていた。


使用人が慌しく駆けずり回り大騒ぎしているのを呆然と見ていたセレネだったが。

はたと気付く。


「…え?ええと。王妃、様??」


しばしホホホのポーズで固まっていた美女だったが、やがて笑顔を消し、扇子をパチリと閉じると、鷹揚にセレネを見下ろした。


「いかにも。レプティリア国王の后にしてレプティリアの真の支配者。水の大妖シェイシェリエとは、この!ワタクシのことよ!!」


腰に手を当て豊満な胸をこれでもかと張り、堂々と言い切るその後ろで、バーンと盛大に花火が弾け紙吹雪がキラキラと舞い散る。

意味不明な視覚効果に激しく戸惑うセレネを無視して、


「ホホホ、びっくりしたー?尊敬しちゃっても良くってよー?」


等と言いつつ、きゃっきゃっとはしゃぐ、青尽くしの美女。


これが真の支配者?

では、あの白蛇の王様は、何?


「…あの、王妃って。もしかして、蛇の王様のお后だから、王妃様?」


素直に浮かんだ疑問を口にしてみると、途端に美女の機嫌が悪くなった。


「まあ嫌だ。あんな冷血漢が、ワタクシの夫であるはずがありません!」


爬虫類だけにー!?とか言って、プーっと噴出し一人で喜んでいる。

再び腕を組んだ美女が、手にした扇子をピッとセレネに向けた。


「いいこと?あのクソヘビは、ただのクソヘビなのです。ワタクシの夫は……お……おっ…………おっと……夫は………………っ」


そこまで言うと、絶好調に見えた美女の動きが次第に小さく、終には硬直した。

良く見ると、俯く美女は、わなわな震えているようだった。


どうしたのかしら、大丈夫ですか?と声をかけるべきか、と悩んだ時だった。

おもむろに顔を上げた美女が、大声で叫んだ。


「ワタクシの夫は、浮気者のクソトカゲですわ!!!!!」


王妃帰還の報せに大慌てで駆けつけた宰相、大臣、側近、諸々が、ずざーっと廊下をスライディングして、セレネの背後を滑走しながら通過して行った。

キュキュキュキューっという、精神的に嫌な摩擦音がそこかしこで響く。


「…大丈夫ですか」


当初、美女に向って投げかける筈だった言葉を、背後をスライディングしていった面々に投げかける。

イタタタタ、と声がするも、心配御無用、とあちこちから声が上がった。

見た所、ツルツルな廊下で滑って、摩擦熱で火傷した者が数名いるようだが、皆、たいした怪我はしていないようだった。




「まったくお前達は、落ち着きの無い事よ」


未だ事態がイマイチ呑み込めていないセレネの背後で、声がした。


「久しいな、シェリ」


しゅるる、と舌を出し、白蛇の王様が冷たい声で言った。

いつのまにかセレネの背後に丸まっていた王様は、真っ赤な目を細めて、美女を睨むように見つめていた。


「クソトカゲを何処へ放って来た」


夫とか言っていたはずだけれど。

王妃様のダンナさまならもうちょっと大事な扱いを受けそうなのに、クソトカゲとかなんだか酷い言われようだ、とセレネは思った。


「本当、お久しぶりだこと、ヨルム。相変わらずのクソヘビっぷりね」


ああ、いやだ。

蛇は嫌いなのよ、蛇は。

手をひらひらさせた美女は、大仰にうんざりしてみせた。


「あの浮気者なら、今頃、異界を転々としているのでは無くって?ワタクシの知った事じゃありませんわ」


そこまで言ってはじめて、美女は王様をちゃんと見たらしい。

更に言うならば、その王様の頭上に輝く、超ちっこい王冠を目にしたらしい。


「ちょっとクソヘビ!?ワタクシのティアラに何してくれてますの!?返しなさい!今すぐそれを外しなさい!!!」


ぎょっとした様子で、慌てて駆け寄ってきた。

腰まで入った両サイドのスリットがはだけまくって、恐ろしくヤバイ。

宰相が年若い側近達に「見てはならぬ!ならぬぞ!」と必死に呼びかけている。

セレネとしては、大きく開いたぱちぱぱちぽよんぽよんの胸元がはだけてしまうのではないか、とか、あんなに踵の高い爪先立ちのような不安定な靴で走ったりして転んでしまうのではないか、と気が気でなかった。


王様だけが冷静に、鎌首をもたげて美女の手から逃れた。


「これはな、お前の言うクソトカゲが、私に託した物だ。この王国を治める長の証として、な」


感情の一切が感じられない冷たい声で、王様は言った。

するすると体を起し、高い高い天井に付くかと言うほど頭を上げて、真上から見くだすように美女を見下ろす。


「悪いが今は、この私が国王だ。この王冠は、ヤツが戻らぬ限り、私の物だ」


美女と白蛇に挟まれる位置にポツンと座り、どうしたものかと一人固まるセレネ。


「返せと言うならば、先ずはお前がクソトカゲをここへ連れて来るのだな」


悔しそうに美しい顔を歪ませる美女に対して、王様は何処までも冷たく言い放つ。


息を呑み、緊張しながら見守る一同。

大蛇と妖艶美女に挟まれ、身動きの取れないセレネ。

火花が散るかと思われるくらい、激しい睨み合いをする美女と野獣(蛇)。




「…あの。ここで立ち話も何ですから、中に入ってゆっくりしませんか」


睨み合う二人が動いてくれない事には、セレネもまた動きづらい。

仕方なく、険悪なムードの二人に声をかけた。


何故私が。

普通なら、宰相や大臣達が言うべき事ではないのか。

どうなっているのだ、ここのお偉方は。


少々苛立ったものの、顔を青ざめさせて身を寄せ合いつつ息を潜めてひっそり事の行方を物凄く遠巻きに見守っている彼等を見ると、その怯えきった哀れな姿に、つい、しょうがないなと許してしまった。


ピリピリとした緊張感が漂う中、先に口を開いたのは青尽くしの美女だった。


「こんな美しい子に言われたのでは断れませんわね。皆の者、お茶の用意を!」


チラ、とセレネを見た美女は、とてもとても優しい微笑を浮かべた。

さっきまでの鬼の形相は何処へ行ったのか。

すっかり不機嫌面を引っ込めて、うっとりする様な笑顔でセレネを見つめている。


「珍しくお前と意見が合ったな。いかにも、セレネは美しい」


美女の言葉に同意を示す王様が、うむうむ、と頷いた。

なかなかお前も見る目があるな、などと言ったりしている。


「…こっ恥ずかしい事言ってないで、さっさと行きませんか」


しばし美女と蛇の和やか笑顔に見つめられていたセレネだったが、流石に耐えられなくなってきた。

若干、頬に朱を乗せた顔で、ボソボソと言う。


「そ〜れもそうですわねぇ〜、さー参りましょっ♪」


ケーキ、ケーキ〜♪紅茶、紅茶〜♪

そんな変な歌を口ずさむ美女が、ルンルンと歩き出した。

少し遅れて、王様とセレネも続いた。


「やれば出来るではないか」


王様が囁くようにセレネに言った。

セレネは意味が解らずキョトンとしている。

さきほどの、頬を染めるセレネを思い出し、王様はフフと笑い声を漏らした。


「…??」


妖艶美女と対峙していた時に見せていた冷たい雰囲気が消え、何処か楽しそうにしている王様を見て、セレネは不審の目を王様に向けてじろじろと見つめた。

まさか王様が、自分の照れた顔を見れた事を喜んでいるとは、知る由も無い。


もしかして、喧嘩の仲裁をしたことを褒めているのかな?

思い当たる事がそれしか無かったので、セレネは勝手にそう解釈し、


「…任せといて」


ぐっと拳を握って見せた。

そのままスタスタ美女を追って行ってしまったセレネの背中を見つめながら、


「…………何を任せろと言うのだ?」


どうやら意思の疎通は失敗した、と悟った王様だった。




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