12 傾向と対策
王宮へ戻ってきてから、解った事がある。
王様が言っていた事は正しい。
何故そう思ったかといえば、実際に色々と試してみたからだ。
こっそり池に近付き大声を出してみたが、池の魚はおろか、池の側(と言うより対岸の遠い場所)で何か作業をしていた使用人まで気絶させてしまった。
また、ミゲレン達側近が控えている部屋へ忍び込み、小声で歌ってみたところ、その場の全員がバタバタと倒れるように眠ってしまった。
ちなみに、その時裏声を出したらテーブルの上のグラスがパンパンと弾ける様に次々割れて、それにはさすがに驚愕した。
何も知らずにそれを見ていたら、『幽霊が暴れている!』と腰を抜かしただろう。
だが、事情を知っていてもその光景は恐怖を覚えた。
自分で自分が怖くなった瞬間だった。
まさか、自分にこんな能力があったなんて、と。
今迄の実験結果から察するに、この能力は対生物に絶大な効果を発揮するようだ。
そして、日常生活に役立ちそうも無いという事だけは、はっきりと断言出来る。
憎たらしい事を言う王様や、小言だらけの宰相や、嫌味だらけの大臣達を相手に若干使えるかな〜、といった程度のお役立ち度だろうか。
「…正直、いらないわ、こんなの」
普段、良く考えてから発言をするセレネだが、頭に血が登ると考えるより先に言葉が出てしまう癖がある。
王様やミゲレンが言っている事が本当ならば、それはかなりマズイ。
とんでもなく辛辣な言葉でもって、相手の心に、そして人格そのものにダイレクトアタックしてしまうわけだから……
「…相手を生ぬるく否定するだけなら、まだいいけど……下手したら、精神崩壊させてしまうわよね……」
このままでは、自分が誰かを傷付ける日が絶対に来てしまう。
喜怒哀楽の中で、“怒”という感情はとても吐露しやすく、また自分を抑えづらくもある事を自覚しているだけに、それは予想ではなく最早確信だった。
「…だから、かあさまは、私を村から離したのかしらね」
考えれば考えるほど、そうとしか思えなくなる。
母は社交的で人当たりが良く、時々薬を買い付けにやってくる村人と、ごく普通に、いつもとても和やかに接していた。
誰かを傷付けるような事はしていなかった。
時には、自分を叱って大きな声を出す事もあったけれど、それで家の中の物が壊れた事は一度だって無かった筈だ。
たまに、二人で海沿いを散歩しながら歌を歌った。
母が歌うと、海鳥が沢山やってきた。
とても不思議で、とても素敵で、とても楽しかった。
私が歌うと、海鳥はみな何処かへ飛んで行った。
母は少し悲しそうに、お家の外で歌を歌わないほうがいいわね、と言った。
きっとそれは、私の“声”で何かを傷付けてはいけないと思ったからなのだろう。
「…でも、隠さず教えて欲しかったな……」
そりゃあ、『お前は人間じゃないんだよ。人魚の血を受け継いでいるんだよ』と言われても、そう簡単には信じる事は出来ないだろうけど。
いずれは受け入れただろうし、自分の力に対しての心構えが違っていたはずだ。
恐らく母はこの能力を制御出来ていたのだから、自分にだって制御出来るようになるかもしれない、とも思った。
しかし、いくらあれこれと考えてみたところで、肝心の、全てを知っているはずの母は亡くなって、もうこの世にはいない。
どうすればよいのか、導いてくれる人はいないのだ。
「…常に心穏やかに、一生喋らずに……なんて、ちょっと無理だわ」
自分に出来そうな対処法は無いものか。
思案してみたものの、良い考えは浮かばなかった。
せいぜい“十二分に気をつけて行動する”ぐらいだろうか。
薬を買い付けに来ていた村人達とは今の所トラブルを起こしていないので、今後は気を抜く事なく一層注意を払う事にしよう。
それにしても、とセレネは溜め息を吐く。
最近頻繁に見合いを勧めに来るお婆さんをどうしたものか。
最初は見合い話を切り出されていると気付かず適当に話を合わせていたせいでお婆さんと仲良しになるわ、お婆さんイチオシの村一番のいい男(お婆さん的村一番)と、この所やたらと話しをする羽目に陥るわ。
薬を買う訳でも無いのに頻繁に訪れる彼等の事を、ただ世間話をしにきているだけだと思っていた頃は当たり障りないように相槌を打っていたが、次第に彼等の目的が自分だと解ってくると、自然と険悪な対応をしがちになっていた。
険悪といっても何かを言うわけでは無く、態度に表れていただけだったが。
「…ギリギリセーフってヤツね」
態度だけでなく、言葉で『鬱陶しい』などと言ってしまわなくて本当に良かった。
悪気の無い人々を、無自覚なまま言葉の刃で滅多切りにする前に、この能力に気付けた事は本当に良かったと思っている。
思っているのだが……
このまま、迂闊に口を開かないようにと神経をピリピリさせて、一生を生きていかなければならないのだろうか。
そう思うと、気分が重くなる。
自分でも口数が少ない事は自覚しているが、さらに減らさないといけないのか。
なんて面倒な能力なんだろう……
何も言わず、この世を去った母を、再び恨めしく思った。
そのように思いたくないのに。
母を好きな自分だっているのに。
セレネはまた、自分が嫌いになりそうだった。




