突撃
暗い廊下の先に、煌々(こうこう)と光る部屋がみえる。
どうやら猫実さんは職員室に向かっているようだ。
それなのに足取りには迷いがなく、自信に満ち溢れている。
巧は手を引かれて明かりに吸い込まれていくように、暗い廊下を歩く。
恥ずかしさはない、ただこの人に頼ってもいいのだという安心感に身をまかせる。
二人の足音だけが聞こえる。もうほとんどの生徒は帰ってしまったのだろう。
これから先に何が起こるのか、ぼんやりと考えていると、前を歩いていた猫実さんが足を止めた。
「金子先生に話そうと思います。」
職員室から漏れ出した明かりが彼女の横顔をくっきりと照す。大きく見開かれた目。意志の強さを表すように結ばれたポニーテール。
英雄に導かれる民のような気持ちで猫実さんを見ていた。
「では、行きましょう」
猫実さんか軽やかにドアをノックして、開けた。繋がれた手の解き方がわからないまま、職員室に入っていく。
この時間まで残っている先生もまばらで、ショートカットの先生はすぐ見つかった。
二人でパソコンと睨めっこしている金子先生に、近寄る。
こちらに気付いた金子先生は不思議そうにこちらを見る。
急に手を 繋いだままなのが恥ずかしくなって巧は目をそらす。猫実さんはそんなそぶりを見せる様子はない。真剣に金子先生を見つめている。
「どうした2人とも」
金子先生はいつもの馴れなれしい感じで声をかけてきた。
「あのっ、金子先生」猫実さんが切り出した。手が強く握り締められる。
「お助け部の部費はいくら残ってるでしょうか」
巧はその発言で彼女の思惑を察した。
自腹を切らせないつもりだ。
つまり、巧が映画を観るために買う原作の本を、部費で賄うつもりなのだ。
「部費なぁ」金子先生は床を蹴って、座っている椅子を机から離す。そして引き出しを開けて中身を探し始めた。
「そんなにないと思うんだけど、、、」
ゴクリと唾を飲み込む。
部費があったとしても、本を買ってくれるとはかぎらない。むしろ、個人の趣味として自分で買うのが普通だろう。
「あった、あった」金子先生が豚の形のコインケースを引っ張りだす。
そして中身をみて、固まる。
「250円しかないけど、、、」
金子先生が申し訳なさそうにこちらを見る。
その途端、するりと猫実さんの手が、離された。
暖かさと、柔らかさが消え、手に冷たい風が当たる。
なんとも言えない寂しさに突如として襲われる。
「それだけですか。」猫実さんが確認する。
失望を隠しきれない様子だ。巧も何も言えずにただ突っ立っていた。
「残念ながらそうなの」
そう言って金子先生がうつむく。その眼差しは、問題に子供が介入する余地を与えない。
「文藝部とお助け部には、ちょっとしかお金は出なくて…、部活を作れただけで喜ぶチョロい生徒だと思われてて、これだけなんだ」
確かにその二つの部活は夜桜先輩と猫実さんが金子先生に、作ってもらった部活だ。
巧も最近お助け部に入ったが、他に部員はいない。部費が少ないのも仕方がないのかもしれない。
「それにしても、なにに使うんだ?」
「それは…」
猫実さんが試写会に招待されたことを説明した。
巧の耳のこと、そして映画を理解できるかわからないので原作を買うつもりなのだということだ。
それを聞いて金子先生は腕を組んでうーんと、唸る。
「難しい」
金子先生の椅子がくるりと巧たちの方に向けられる。
「確かに、猫実の言ってることはわかる。でも、一般論として浅野が本を買えばいいだけだ。それによって損はしてないと思うんだが」
金子先生がじっと巧の方を見る。
どう答えるのか、待ち構えているような目だ。
「そうですよね、じゃあそうします。」
これが当然の答え方のような気がした。
「うん、試写会楽しんでね」
金子先生が笑いかける。巧も笑みを浮かべる。
「では、失礼しました」
そう残して、2人で職員室を立ち去った。




