浅野巧の本題
いくら手を伸ばしても届かなかった。
人間は元々の持っている能力を超えたことは出来ない。当たり前だ。
普通の人より『当たり前』の基準が少しだけ低かった。
自分は耳が悪い。
冷静に考えればたったそれだけのことだ。ああ、本当にそうだ。
聴力は日常生活に差し障りない程度にはあるらしい。確かにお陰様に元気で生きてる。
でも何気ない、特段、変わりない瞬間に思い出すんだ。まるで古傷が痛むように。
「お前とは話が通じねえよ」
投げつけられた毒を持った言葉が、未だに心を蝕み続ける。大抵そういうことだけは聴こえてしまうんだ。
「ちゃんと話聞いてたか?」
集団行動の時は、命令する先生だかの声が聴こえない。ただ音が鼓膜を叩くだけだ。周りを見て動くことが上手くなった。聴こえなくても笑ってごまかすことが上手くなった。それでも、周りから外れて間違えて怒られる。
理不尽だと思った。怒る人は悪く無い。ただ耳の悪いことを知らなかっただけだ。後から障害のことを話しても言い訳じみて嫌だった。言った後の相手の顔を想像できなかった。
だから、なるべく障害のことは初対面の時に言うように気を遣ってきた。
「僕は難聴があります」
クラスが変わるたびにみんなの前でいうのは苦痛だった。避けられない苦痛だった。言わなければもっと辛いから。知っておいてくれればお互い傷つくことはないだろう。
傷つくことがないから、きっと分かりあうことをもないんだろう。友達と言える人はいなかった。
代わりに本を読んだ。ありがちな表現だけど本が友達、みたいなものだ。孤独という先の見えない暗闇を、本に目を落として紛らわしていた。
友達という感覚を忘れて、冷たく凍え切った体と心の温度に慣れていく。周りの人たちはどこか遠くへいってしまった。
いや、自分から遠ざかったのだ。いや、、、初めから遠くにいたんだ。生まれた時からずっと。
どうしょうもなかった。神様が決めたことなのだから。そうやって諦めることもまた上手くなった。




