アイデア帳
マズイマズイマズイマズイ。
猫実さんが飛び出してしまった。巧は一人残されたお助け部の部室で呆然とする。体は動こうとしないのに頭の中だけがじぶんを責める理由を探し出す。
『辛いことなら僕にもありました』
『巧さんにはわからないかもしれないですけど!』
先程のやり取りを思い返す。猫実さんは俺と夜桜先輩のやり取りが気になってたんだろう。今思い返せば、生徒会室での作業も猫実さんはあまり集中できてなかったと思う。自分の方が早く終わったにしても、あれほどの差ができるだろうか。
猫実さんにとって小説が書けないというのは、触られたくない心の傷なのかもしれない。
巧は居ても立っても居られず、ぐるぐると先ほどまで二人で座っていた机の周りを歩きだした。窓からの光は力を失いかけている。ふと足元の本棚が目にとまった。背の低いカラーボックスを横にして本棚として使っているようだ。
本の隣に幾つかのノートが立てられている。ほとんど考えずにしゃがみ込んで、それを引き抜く。とにかく、この二人で会話してたらいきなり女子に逃げられた、という修羅場を抜け出せるものを必死で探していた。
「アイデア帳その1?」巧は思わず表紙に書かれた文字を読み上げる。
そしてパラパラとめくる。中にはびっしりと文字が書かれていた。それを見た途端、このノートに懸けられた愛情や情熱がずっしりと巧の手に感じられた。
めくる手を止めて、ページを読む。
〈アイデア4、『アメイジア』(仮)
30億年後の地球を舞台。再び大陸が一つにまとまった世界を生きる人々を描く。、、、〉
その下には、想像図らしきイラストも描かれている。うまいとは言えないけど何本も伸ばされた傍線が言葉で拙い絵を細く説明していた。
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〈アイデア5、『ハーフアンドハーフ』(仮)昼寝をする事によって1日を半分に分けた主人公のどうでもいいようでストイックな生活。一時間昼寝をすれば夜寝なくてもいいという設定?
主人公には友だちがいないが素敵な先輩がいる。実は先輩も主人公と同じ体質をしてて、二人で夜の時間を過ごす。
改善点?ファンタジー要素いれる?ラブコメにする?、、、〉
巧の心は、何か強いもので打ちつけられた。猫実さんの健気な努力の跡をこうして目の当たりにした。どれも面白そうで読みたくなるアイデアだ。これを何冊も彼女は書いていたのか。
「まだ諦めていないんだ。」
つぶやきが漏れた。彼女は闘っているんだ。自分の才能と。
それでもまだ書けないのだろうか。
切なくなるほど真っ直ぐに注げられた努力が目の前にある。
『辛いことなら僕にもありました』
捻くれた自分がバカみたいだ。今すぐにでも、謝りたい。
答は初めから決まっていたのかもしれない。考えるまでもなかった。決まっていたというのは語弊があるかもしれない。決めるまでもなく、そうしなくてはならなかったのだ。
才能とか、運命とかそういった理不尽なモノたちと闘う辛さというのは巧も知っているはずだった。




