【カレル もうひとりの覚醒者】
私の名は、本田典子という。
私立硝箱学園に通う、十七歳の高校二年生。
漆黒色の髪を背中まで伸ばしている、非の打ち所のない美少女だ。
むろん学園では、頭脳明晰、才色兼備、文武両道な上に品行方正という完璧超人として認識されており――。
いや、まあ、最後のはさすがに嘘だ。
容姿端麗なのは事実だが、成績のほうはかなり危ないし、運動神経も並よりは上という程度だし、素行だって決してよくはないし……。
そう、あれだ。俗にいう『問題児』というやつだ。
ぶっちゃけ、色々と四文字熟語を並べてみたのも、そのほうが格好いいのでは、と思ったからにすぎないし。
しかし、そんな私――『本田典子』は、『私』の仮の姿でしかない。
私の真の名――『真名』は、『華麗流』。
私の中にある『漆黒の魂』が、確かにそう告げてくるのだ。
……いやまあ、誰にも信じてもらえてはいないし、私自身、そんなものはただの妄想でしかないと、薄々感づき始めてはいるのだけれど。
けど、つまらないじゃないか。自分が『ただの一般人』でしかないだなんて。
認めたくなんてないじゃないか。自分の中には『特別な力』なんてなにひとつ眠っておらず、異世界に行くことも叶わないだなんて。
そう、異世界だ。
私は幼い頃から異世界に行きたかった。
周囲からは妄想ばかりしているイタい女と思われようと、私は『こことは異なる世界』の存在をずっとずっと信じて生きてきた。
そして、つい先日。
より正確に言うのならば、今日から数えて八日ほど前に。
私の男友達のひとりが、異世界に召喚された。
他の奴らは、口を揃えて『行方不明になっただけだ』と言う。
いずれ警察が見つけてくれると、そんな馬鹿げたことをのたまっている。
だが、そんなわけがない。
だって、もうあいつ――国崎が行方不明になってから八日も経っているんだぞ?
日本の警察は優秀だ。
特にこういう、地道な捜査に関しては超がつくほど一流だ。
だというのに、まだなんの手がかりも見つかっていないんだ。
これはもう、国崎は地球にはいないのだと結論づけるしかないじゃないか!
もっとも、私がそう言うたびに、友人には『茶化すな』と怒られてしまうわけなのだが……。
「現実と空想を混同するな、だったか……。だが、国崎は家出するような奴でもなかったじゃないか」
帰宅途中だった私は足を止め、思わずそう漏らしてしまっていた。
振り返れば、そこにはまだ学園の校舎が見える。
チャイムの音だって聞こえてくる。
それは果たして、なんの『終わり』を告げるものなのか。
「ちょっとした小物類や通学カバン、それに携帯電話。そういったものは、全部……」
そう、全部、地面に落ちていたのだ。
それが意味するのは、国崎が誘拐でもされたか、あるいは『突然消えた』か。
前者の可能性はとても低い。
国崎家に身代金を要求する類の電話はかかってきてないというし、それ以前に、誘拐というのはもっとも成功率の低い犯罪とされているらしいのだ。
それを警察が八日も捜査して『犯人を割り出せない』というのは、常識的に考えればありえない。
ならやはり、『突然消えた』と、異世界に召喚されたとするのが、一番妥当じゃないか。たとえ、非現実的な仮説ではあっても。
だから、私はこう思ってしまう。
ずるい、と。
私のほうが、ずっとずっと異世界に行きたかったのに、と。
遠くから聞こえてきていたチャイムの音が鳴りやむ。
『終わり』を告げる鐘の音が、余韻だけの存在となって消えてゆく。
だからきっと、そのタイミングで『彼女』に声をかけられたのは、偶然などではなく、必然だったのだろう。
だって『彼女』は、『本田典子』という『人格』を、結果的にとはいえ『終わらせる』ために現れたのだから――。
「一昨日に『救世主因子』の保有者と出会ったかと思えば、今日は『世界破壊者因子』の保有者と、か。
まったく、わしはただ『瀬川和樹』の『暴走』を聞きつけてやってきただけじゃというのに、なんでこうも次々と……」
前方に顔を戻すと、そこには銀色の髪を長く伸ばしている少女の姿があった。
年の頃は、十三くらいだろうか。
幼くも端正な顔に、血のように赤い瞳。
その身体にはドレスのような紫色の服をまとっている。
端的に言い表すならば、『異世界の王女』といったところか。
事実、彼女には威厳があった。
王女じゃなくて女王としたほうがよかったかもしれない、なんて思ってしまうくらいには。
あるいはそれは、外見とは不釣り合いな年寄りくさい口調のせいだろうか。
だが、そんなものに臆する私でも、また、なかった。
「……私になんの用だ?」
「用というほどのものはない。ただ――」
と、そこで一体なにに気づいたというのだろう。
銀髪の少女が赤い瞳を見開いた。
「こ、これは……これは、なんという因果か……! 転生してもなお諦められぬというのか、『カレル』よ……!」
なんのことかと訊き返そうとし――。
そこで、心臓が――否、『魂』が脈打った。
カレル。
それは『私』の『真名』だ。
『華麗流』ではなく、『カレル』。
妄想ではない。
現実と空想との区別がついていないわけでもない。
その証拠に、『典子』も『私』の本当の名前であると、理解はしている。
だが、違う。
『私』という『魂』の名。
この肉体ではなく、私の『魂』がもっとも望んでいる名。
それは、『典子』ではない。
『華麗流』でもない。
『カレル』だ。
それが、『私』が『力』を十全に発揮することのできる名。――『真名』。
『前世』と呼ぶには、あまりにも遠い過去。
その頃の記憶が蘇ってくる。
『私』の『魂』に記憶されていた事柄が、断片的ながらも浮かびあがってくる。
『世界破壊者因子』こと『黒き魂』の、扱い方と共に。
目の前に立つ少女は、『光の天使』フィアリスフォール・アルスティーゼ・ド・ヴァリアステイル。
『純正の神』、あるいは『維持神』とも呼ばれる、創造主に最初から『神』として創られた存在。
「……もう一度訊こう、フィアリスフォール。私に、なんの用があってきた?」
「魂の輝きが変わった、じゃと……? まさかお主、まだ『目覚めて』おらんかったのか……!?」
その言葉に、ククッと笑う。
そのとおりだ。
ついさっきまでの『私』には、漠然とした予感しかなかった。
自分の中には『力』が眠っているはず、と。
『漆黒の魂』が存在しているはず、と。
そんな、願望じみた予感しか。
だが、この少女――フィアリスフォールに『真名』を呼ばれたことで、思い出せた。
『カレル』であった頃の『遠き日の自分』を、取り戻せた。
私は『私』として、『黒き魂を持つ者』として、『覚醒』することができた。
まったく、本当にこの女神は、『昔』から肝心なところが抜けている。
「さて、こうなった以上、私を放置するつもりはないのだろう? フィアリスフォール」
「……そうじゃな。――まったく、わしとしたことが、まったく……。これではイリスに合わせる顔がないわ……」
――イリス。
その名を聞いて、『ああ』と思う。
それは、フィアリスフォールと同じ『光の天使』にして、我が好敵手と共に旅をしていた少女の名だった。
イリシエル・フィッツマイヤー。
あるいは、イリスフィール・トリスト・アイセル。
戦闘能力に乏しい、されど誰よりも女神然としていた『純正の神』。
いや、そのようなことはどうでもいい。
『私』にとって、いま重要なのは――
「こうして私がここにおり、そこに貴様が現れ、イリシエルの名を口にした。ならば『奴』も――ルアルドもこの世界に転生してきているとしておかしくない。そうだな? フィアリスフォールよ」
そう、重要なのは、それのみだ。
我が好敵手である『ルアルド・デベロップ』、その転生体と、この世界でも死合うことができるのではないか、という期待の感情。
「素直に答えてやると思うておるのか? 『ワールドブレイカー』よ」
「答える気がないのならば、その気にさせるまでだ。フィアリスフォール」
「……なるほど、の。――じゃが、ひとつだけ言うておこう。いまのわしは、もはや姓のなき、ただの『フィアリス』でしかない。『この新世界を創造した巫女の片割れであるフィアリス』、それ以上でも以下でもないのじゃ。
もっとも、『目覚めたるもの』と呼ばれることくらいならあるがの」
「なんだ、それは。命乞いかなにかのつもりか?」
「ふん、笑わせてくれる。誰が命乞いなどするものか。単に誤解を解いておこうと思っただけのことじゃよ。――では、そろそろ始めるとするかの?」
「望むところだ! 存分に死合うとしようではないか、フィアリスフォールよ!」
そう気を吐き、私は『黒き魂』の『力』の解放を念じた。
その手順は、私の『魂』が憶えている。
記憶の中にある『それ』に従い、私は『力』を発動させるときに必須となる言葉――『解放言語』を口にして。
「――殺戮遊戯」
そして、私たちの『死合い』が始まった――。
今回のサブタイトルを見て『誰?』となったあなた、『黒魂』のみの読者としては正常な反応です。
中身を読み進めていくうちに『ああ、こいつか』となったあなた、『スペリオル外伝~酒場にて 彼女の始まりの物語』や『スペリオル外伝~絆はここに~』、『異世界に召喚された俺は、レベル1の最強勇者』も読んでいただき、本当にありがとうございます。
そしてサブタイトルのみを見て『こいつがきたか』となったあなた、『スペリオルシリーズ』と『ワールドブレイカーシリーズ』を常日頃から読んでいただき、もう本当に感謝の言葉もありません。
そんなわけで、今回は上に挙げた三つの作品と物語を繋げてみました。
『黒魂』しか読んでいないという方でも、ちゃんと楽しめる出来になっていれば幸いです。
視点はめまぐるしく移り変わっており、次回もまた別のキャラが語り部となる予定なのですが、それでも物語は『ルアルド・デベロップ』を軸に前へ前へと進んでおります。
しかし、ようやくキーワードに流行ジャンルのひとつである『転生』が入ったというのに、全然『需要に応える使い方』になっていませんね(笑)。
では、また次回。




