第二十話 死神と騎士の激突
灼騎士の長剣が振るわれる。
だが、彼の騎士と死神の間には、その刀身では詰めきれない距離が横たわっており。
結果、その軌跡が死神を捉えることはなかった。
しかし、その切っ先が空しく虚空を斬り裂くだけに終わるはずはなく。
彼の振るったその剣からは、一塊の炎が生みだされていた。
だが、それはなんら不可思議なことではない。
魔道武器、ヒートセイバー。
灼騎士が手にしているものは、そういう現象を引き起こすことを可能とする魔剣であるのだから。
『使う』という意志を込めて一振りする。
それだけで、炎は物質界へと顕現する。
そしてそれは、塊という形で現出させることも、波動という形で撃ちだすことも可能だった。
それによって消耗するのは、使い手の精神力。
つまり、精神力――意志の弱い人間に、この魔道武器は扱えない。
一塊の炎が、まどかの眼前に迫る。
しかし、彼女の持つ大鎌とて、ただの鎌というわけではない。
言うなれば、この武器は彼女そのもの。
彼女の一部が『大鎌』という形をとったもの。
すなわち、神霊の精神が鎌に変化し、いまこの場に具現化した武器なのだ。
そんな、物質界の法則に逆らってすらいるような『死神の鎌』が――
「――ふっ!」
たとえ魔剣から生まれ出でたものであろうとも、ただの炎を斬り裂けぬはずがない――!
――激突!
まどかが炎を斬って捨てるや否や、赤き騎士は即座にまどかとの距離を詰めてきた。
おそらく、炎による攻撃はただの目くらましにすぎなかったのだろう。
本命は魔道武器による一撃だったに違いない。
一撃でもまともに食らえば、それは間違いなく致命傷となる。
それを瞬時に理解したまどかは、攻撃よりも防御を優先する。
そして死神少女は、一度の激突のみで把握した。自分の速度は、眼前の騎士のそれを上回っている、と。
刃と刃の奏でる金属音。
それが響く回数は徐々に減っていき、互いが間合いをとる回数が増えていく。
攻撃を仕掛けるのは、まどかから。
されど、距離を詰めるのはいつも灼騎士のほうから。
それは当然の流れであるといえた。
まどかの鎌は、彼女の身の丈ほどもある巨大なもの。
そのリーチはとても長く、ゆえに青髪の死神は、魔剣の範囲外からでも攻撃を仕掛けられるのだから。
詰める。離れる。詰める。離れる。
青い死神と赤き騎士が行っているのは、究極のところ、その繰り返しにすぎなかった。
そうして戦う二人の姿は、端で見ているだけの和樹たちからしてみれば、まるで示し合わせたようにダンスでも踊っているかのよう。
だがそれは、一瞬でも気を抜けば、命を落とすことにも繋がりかねない死の舞踏。
ふと、呆けたような和樹の気配を背中に感じた。
そこでまどかは、遅まきながら気づく。
いまのいままで、自分のすぐ背後に和樹がいたことに。
それが彼女の枷となり、赤き騎士の剣閃をかわす選択肢が封じられていたということに。
――これではいけない。
そう判断すると同時、まどかは瀬川邸から離れるべく、ことさら大きく鎌を振るった。
「――鎌月双閃っ!」
鎌の刃先が一度、二度と宙に弧を描く。
彼女の狙い通りに足を止め、体勢を立て直そうとする灼騎士。
その隙をつき、死神少女は瀬川邸の前から離脱。どう回避しようとも和樹には攻撃が当たらない立ち位置を確保した。
だが、だからといって劇的に有利になったわけでもない。
疾くも軽い死神の鎌と、重くも遅い騎士の魔剣。
致命傷を与えうるその刃が幾度となくぶつかり合い、火花を散らす!
「はああああっ……!」
騎士の持つ剣の刀身が輝いた。
赤き魔剣が、より赤く。自ら灼光を放ち始める。
そして光は燃え盛る炎へと転じ、その刀身を包み込んだ――!
「――灼熱斬っ!」
振るわれる横薙ぎの一閃。
だが、まどかはそれを紙一重ながらもかわしてみせた。
灼騎士はなおも追いすがる気配をみせたが、おそらくは疲労がピークに達したのだろう、ただでさえ彼女に劣っていた速度がさらに落ち、彼の一撃は空を斬る。
それを見ても、まどかの顔に油断の色は浮かばない。
否。いまの彼女には存在しえないのだ、油断できるほどの余裕など。
真剣な表情はそのままに、長剣の届く範囲外から鎌を振りかぶる青い死神。
――それこそが彼の狙いだったのだとは、露ほども思わずに。
灼騎士は、懐に手を忍ばせていた。
そうして引き抜かれた左手に握られていたのは、赤い刀身を持つ一本の短刀。
淀みなど微塵もなく、それを彼はまどかへと向けて投擲した。
内心で舌打ちしながら、辛うじてかわすまどか。
それに赤き騎士の顔が青ざめる。
いまのは、誰が見ても必殺の一撃だった。
しかし、それと同時に、いまのは最後の一撃でもあったのだ。
人間の身で神霊に勝利するための、おそらくは唯一の策。
灼騎士が死神を出し抜くために練った策は、こういったものだった。
まず、敢えて長剣を用い、彼女に『リーチ差においては自分が優位なのだ』という先入観を植えつける。
そしてその優位性を何度となく見せつけ、その果てに大技を繰りだす。
『灼熱斬』は決まろうと決まるまいと、どちらでもかまわない。
それで倒せれば手間がひとつ減る、というだけのことだ。
重要なのは、決まらなかったあと。
鎌による大振りを誘うべく、わざと彼女に隙を見せる。
そして、その隙を見逃すことなく反撃に転じてくるであろう彼女を、隠し持っていた必殺の短刀で仕留める――。
そうする以外、彼に勝利の道筋は存在しなかった。
『その策もあった』のではない。
眼前の神霊には、『その策しか通用しそうになかった』のだ。
そして、それを彼は、実に巧くやってのけた。
しかし、まどかは避けた。
灼騎士の目論見に気づいていなかったにも関わらず、まどかは持ち前の運動能力のみで避けてみせた。
勝敗は、これで決した――。
まどかの鎌が赤き騎士に迫る。
しかし、そんな勝利へと至る道程を、和樹はまったく見ていなかった。
二人の攻防を目の当たりにし、立ちすくんでしまった秋葉。
そんな彼女を案じて、和樹はその場に残っていたのだ。
気づけば、戦いの場は瀬川邸からだいぶ離れてしまっている。
いや、瀬川邸を始めとした周囲になるべく被害が及ばないよう灼騎士を誘導していたまどかからすれば、『離れてしまっている』ではなく『離れることができている』と表現したほうが正しい。
剣戟の音を聞きつけて、周辺の住民が何事かと駆けつけてくる危険もない。
戦闘を開始する前に、まどかは人払いの結界を張っていた。目の前の青年とて、むろん、同じことをしているだろう。
――一般人は巻き込まないよう配慮する。
それは裏の世界に身を置き、法という保護の外で人知れず戦う者からすれば、しごく当然のことだ。
その配慮を怠る者など、外道畜生にも劣るだろう。
そんな非常識な世界における唯一の常識を、まどかたちを追ってきている優菜と光一は、きっと身を持って知ったに違いない。
ゆえに、問題はそんなところにはなく。
まどかが身をよじってかわした短刀。
あれは一体、どこへ向かって飛んでいった――?
嫌な予感に、青い死神の背筋が凍る。
それに伴い、鎌を振り下ろそうとした体勢のまま、身体の動きも停止していた。
だが、それは灼騎士も同じこと。
いや、あるいは短刀を投げた側である彼のほうが、より強くその予感を覚えているのかもしれない。
赤き騎士の放った必殺の短刀。
それは一体、どこへ消えていったのか――。
必殺の短刀である。
必殺とは、放てば『必ず殺す』がゆえに『必殺』なのである。
その一投で殺せないのであれば、必殺の意味はない。
しかし、まどかは死んでいない。
無論、優菜も光一も死んではいない。
では、その『必殺』の短刀は、一体、誰を殺したというのか――。




