第十一話 和樹の仮面
僕の命を狙ってやってきた死神、神原まどかは美少女だ。
『美人』というより『可愛い』と称したほうが合っている顔立ちに、小柄で華奢な身体。
物腰は丁寧で柔らかく、性格は穏やか。ちょっと間が抜けているようにも思えるけど、それは愛嬌ってやつだろう。
そんな彼女だから、『死神の鎌』さえ手にしていなければ、恐怖の感情なんて僕の中には微塵も湧いてこなかった。
そして、そのまどかはいま、僕の隣を歩いている。
なぜだろう……。それが、どうにも気恥ずかしくて仕方なかった。
もちろん、二人きりってわけじゃない。
優菜と光一、それと司も一緒にいる。
いまは登校の時間で、僕たちは硝箱学園に向かっていて、おまけに、ついさっきまで敵対していた少女が僕の隣にいるのだから、それは当然のことだ。
でも、なあ。
敵対。敵対、かあ……。
ちらり、と傍らの死神少女を盗み見る。
「どうかしましたか? 和樹さん」
思えない。
まどかとまた敵対することになるだなんて、とてもじゃないけど思えない。
だってこいつ、なんかすごく機嫌よさそうに笑ってるんだもん!
絶対、僕を『仲間』として見てるって!
ああ、こんなことで大丈夫なのかなあ。
灼騎士が襲ってきたとき、そして、あいつを圧倒するくらいの実力がまどかにあったとき、僕は果たして、迷うことなくあの男に加勢することができるんだろうか。
隣で屈託なく笑っているこいつを、竹刀で不意打ちとかできるんだろうか。
「あ、もしかして灼騎士の襲撃を警戒なさってるんですか? 大丈夫ですよ、いまは私がいるんですから! 和樹さんには指一本触れさせませんって!」
――む、無理だあああああっ!!
なんでこいつはこんなに友好的なんだよ!
敵なんだろ!? 僕の命を狙ってやってきたんだろ!?
ああ、でも、まどかから敵意を向けられたことって、思えば一度もないんだよなあ……!
本当、やりにくいったらありゃしない!
と、心の中で悶絶しているうちに、校門が見えてきた。
そこで、僕の頭にひとつの疑問が浮かぶ。
「なあ、まどか。僕たちはこれから学校なんだけど、その間、お前はどうしてるんだ?」
「もちろん、和樹さんと一緒にいるに決まってるじゃないですか」
もう、おかしなことを言う方ですねえ、みたいな口調と表情。
いや、でもそれは無理だと思うんだけどなあ……。
僕は登校中の女子生徒をひとり、目で示して、
「あのな、学校っていうのは、関係者以外は立ち入り禁止なんだ」
「いくらなんでも、それくらいは知ってますよ。私だって、元々は人間だったんですから」
「そうなのか? えっと、まあ、それは置いておくとして、ちょっと周囲を見てみろ。制服を着てない奴なんて、このあたりにはひとりもいないだろ? お前、浮いてるだろ?」
「あ、確かに、この服のまま入ったら目立っちゃいますね」
いや、服がどうこう以前にさ……。
そう言いかけて、僕は思わず息を呑んだ。
僕だけじゃない。優菜も光一も、司でさえ驚いたような表情を浮かべている。
――光の粒が、舞っていた。
まどかの着ているワンピースが白一色に染まり、輝きだす。
光の粒に包み込まれ、まばゆい光を放っている少女。
それはどこか、幻想的でもあり――。
「はい。こんな感じでいかがでしょうか?」
その輝きが収まると同時、まどかは僕にそう問いかけてきた。
そんな彼女は、白いワイシャツに黒のミニスカートという、この学園の制服に身を包んでいて。
えっと、いまのは、一体……?
「あれ? なにか驚かれてます? なにもないところから物を出すのなんて、鎌のときにもうやってることじゃないですか」
え? あれと同じ、なのか……?
僕と似た心境だったのだろう、光一がまどかに疑問を投げかけた。
「いまのって、魔法みたいなもんなのか? 一瞬裸になったりとか、全然しなかったが――げふっ!?」
あ、光一のわき腹に優菜の肘がめり込んだ。まったく、余計なことまで言うから。
『魔法みたいなもんなのか?』までで止めておけばよかったのに。
問われたまどかは、ちょっと微妙な表情を浮かべてから、
「まあ、魔法というか、魔術の一種ではありますね。といっても、私がやってみせたのは、光子を集めてから制服の形をイメージして、そのイメージどおりに光子を配置して固定、そこに魔力を込めて粒子に変換し、『服』として物質化させた、というだけですけど」
「……えっと、兄さん、意味わかった?」
「いや、全然……。司は?」
「なんとなくならわかった。でも呪文の詠唱もなしにやるのは、人間には不可能だと思う」
ふうん、呪文の詠唱ねえ。
魔力云々とも言っていたし、やっぱり魔法ではあるのか。
そこに、死神少女がなんでもない口調で補足してくる。
「言っておきますけど、別に『無から有を生み出す』とか、そんな高等な術を使ったわけじゃありませんからね?
そんなことができるのは、『道』を開いて『本質の柱』に至った『真理体得者』くらいのものです。神霊だからってできるものではありません」
その言葉を聞いた瞬間。
まるで、時間が止まったかのような錯覚にとらわれた。
――『道』を開いて『本質の柱』に至った『真理体得者』くらいのものです。
似たようなことを、僕は、昔に聞いたことがあった。
――ボクは、『剣の一族』の探し求めている『答え』を見つけなくちゃいけないんだ。
親友に、そう、聞かされたことがあった。
――大きくなったら、遥かな高みに至るための『道』を見つけなくちゃいけないんだ。
寂しそうな笑顔を浮かべたあいつに……飛馬に、そう聞かされたことがあった。
似て、ないか……?
『道』を開いて『本質の柱』に至る、と。
遥かな高みに至るための『道』を見つける、は。
とても、似通ってると、いえないか……?
じゃあ……じゃあ、『剣の一族』の――飛馬の探し求めている『答え』っていうのは、遥かな高みっていうのは、『本質の柱』ってやつのことなんじゃ……。
……でも、『本質の柱』っていうのはなんなんだ?
いや、それよりも。
どうして僕は、こんなに『本質の柱』のことが気になっているんだ?
そんなもの、僕は見たことも聞いたこともないはずなのに。
なのに、どうして……こんなに、頭から離れないんだ……?
――いつか、それを視た。
とても、間近で。
僕の大切な人と、一緒に……。
なんで、そんな既視感が――
「あ、あの? 和樹さん? なんだか、すごく青ざめていらっしゃいますよ? 一体、どうなさったんですか……?」
その声に引きずられ、僕の意識は現実に帰還した。
そう、帰還だ。
まるで、こことはまったく別の場所に、世界に、僕の意識は向かっていた……ような気がして、ならなかったから。
「い、いや。なんでもない……」
震える声で、そう返す。
そうだ。いまは飛馬のことを、『本質の柱』なんてもののことを考えている場合じゃない。
もっと、必死になって考えなきゃいけないことが、たくさんある。
だから……忘れろ、僕。
いまは、目を、意識を、『本質の柱』なんてものから逸らすんだ。
辿りつくべきじゃない。
思いだすべきじゃない。
そう、僕の『魂』が、叫んでいるのだから……。
◆ ◆ ◆
「お願いします! そこをなんとか!」
あれからしばらくして。
僕は教室に寄ることなく、すぐさま職員室に足を運んでいた。
まどかは、
『ここは硝箱学園なんですから、私が一言『神霊です』と自己紹介すれば入れてもらえますよ』
なんて言ってたけど、そんな常識外れな意見はもちろん無視。
頼むからここで待っててくれと、校門前にいてもらうことにした。
そして現在、僕が頭を下げているのは、我がクラスの担任である男性教諭、河合先生。
頼み込んでいるのは、言うまでもなく、あの死神少女のことだ。
「しかしだな、瀬川……」
渋い表情で頭を掻く、二十八歳の独身教師。
まあ、当然の反応だとは思う。
生徒じゃない人間を、僕と同じクラスにいさせてやってほしい。
そんな頼みを快諾してくれる教師なんて、普通はいないだろうから。
「いつも真面目で、クラスのためにあれこれと頑張ってくれているお前の頼みだ。俺個人としては、聞いてやりたい気持ちもある。
だがな、俺はただの教師だ。そういう許可を出せる立場の人間じゃない。それに学園で部外者を見かけて、見て見ぬふりをするってことも俺にはできない」
頭を下げたまま固まる僕。
でもそれは、あまりのショックに、というものじゃあなかった。
いや、驚きはしたわけだから、ショックといえなくもないんだろうけど、でもそれは……なんというか、嬉しい驚き、とでもいうか。
まさか、こんな僕が先生に評価されてたなんて、夢にも思ってなかったから。
頼まれたことは、できるだけ断らない。
他人の気分を害さないよう、可能な限り、いつも笑顔でいる。
話しかけやすい雰囲気を作り、とにかく嫌われないように接する。
それは、僕の『仮面』だ。
クラスメイトや先生たちから悪感情を向けられないように用意した、僕の『仮面』だ。
そう、瀬川家にやってきたばかりの優菜にしていたのと、まったく同じ接し方。
心を開くことなく、けれど、心を開いているように見えるよう、僕はクラスの皆と接していた。
傷つけるのが、怖かったから。
傷つけられるのが、怖かったから。
だから、その『仮面』が教師から評価される要因になるなんて、思ってもみなかった。
けど、『仮面』を評価してもらえるというのは、いいことばかりでもない。
だってそれは、『いつも真面目で、クラスのためにあれこれと頑張っている瀬川和樹』という、『作った僕』じゃないと、評価してもらえない、好いてなんてもらえないということだから。
割と遠慮なくものを言う『いつもの僕』は、きっと、厄介に思われ、嫌われてしまうということだから。
他人を困らせるようなことはしない。
問題を起こして、教師の頭を悩ませるようなこともしない。
そんな、人畜無害で、聞き分けのいい男子生徒。
『瀬川和樹』という人間は、この学園において、そう認識されているはずだ。
その『仮面』を外したくないのなら、僕はこれ以上言葉を重ねることなく、頭を上げてここを立ち去るべき。
そう。そうするべきだ。
僕には、学園の権力者の弱みを握ってるらしい、司という協力者がいる。
あいつに頼めば、まどかのことはどうとでもなるだろう。
だから、これ以上、僕がなにかをする必要なんてない。
なにもしなければ、僕は『仮面』を外さなくて済む。
そしてきっと、あとは司が全部上手くやってくれるはずだ。
大体、学園内に――僕の近くにいたいっていうのは、まどかだけが言ってることじゃないか。
僕は、どちらかといえば、反対する気持ちのほうが強い。
僕から『護衛してくれ』って頼んだわけじゃ、ない。
だから、あいつが学園内にいられるように、僕がこれ以上なにかをする必要なんて……。
――大丈夫ですよ、いまは私がいるんですから! 和樹さんには指一本触れさせませんって!
必要、なんて……。
――もちろん、和樹さんと一緒にいるに決まってるじゃないですか。
必要なんて、ない……けど。
けど、まどかが僕を灼騎士から護ろうとしてくれてるのは、事実だから。
僕のためではなかったとしても、彼女のその行動だけは、本当だから。
そして、僕はそれに、間違いなく、安心感を覚え始めているから。
だから……。
「先生! だったら、校長先生とか、教頭先生とか、とにかく許可をいただける先生に、この話を通してください!」
「お、おい。瀬川……」
だから僕は、頭をもっと深く下げて、聞き分けのない生徒になることにした。
そうしたほうが上手くいくと思ったから、じゃなく。
僕が、そうしたいと、思ったから。
だから……そうした。
先生が、困るとわかっていて。
それでも、『他人の気分を害さない自分』という『仮面』を外した。
心のどこかでは、僕のほうがあいつに情を移してなにになるんだ、なんて思いながら。
しばらくして、先生のため息が聞こえてきた。
失望、させてしまったのだろうか。
当然、だよな……。
けれど、続く先生の口調は、柔らかいもので。
「……まったく。お前は手のかからない、いい生徒だと思ってたんだがな。だが、少し安心もしたよ。お前には、俺や他の生徒に迷惑をかけまいと、少しばかり無理をしてるところがあるからな。
そう、どこか壁を作られてるような気さえしてた。もちろんそれは、一概に悪いこととも、いえないんだろうが……」
バレて、たんだ……。
いや、バレてたというよりは、なんとなくそんな気がした、くらいのものなんだろうけど。
でも、それでも……僕には充分、衝撃だった。
「なんにせよ、お前は日頃からちょっと気を張りすぎだ。まだ高一なんだから、少し手がかかるくらいでちょうどいい。
それに、なんだ……。全然頼ってもらえないってのも、先生としては、それはそれで寂しいもんなんだぞ? そんなに俺は頼りない教師なのかってな」
そう言って立ちあがり、河合先生は僕を促してくる。
「ほれ、校長室行くぞ、校長室。早くしないと一時間目の授業が始まっちまうだろ?」
「あっ……。は、はいっ! あ、ありがとうございますっ……!!」
そう返事して、僕は先生に続いて職員室を出た。
こんなふうに受け入れてもらえることも、あるんだ……。
そう、ちょっとだけ、涙ぐみながら。
――で、辿りついた校長室には、なぜか司と、あと校門前で待たせていたはずのまどかの姿があって、すでに司が『授業の邪魔をしないのなら、学園の中にいてもいい』というお許しをいただいていたのだけど……。
これはもう、なんというか、蛇足ってことにさせてもらえはしないだろうか。
や、もちろん、蛇足どころか、こっちこそが本題だっていうのはわかってるんだけど。
でも、こう、僕の物語的に、さ……。
今回はやや長めでしたが、いかがでしたでしょうか?
和樹たちがまどかに気を許す流れが自然なものとして描けていればいいのですが、どうにもそこが不安でなりません。
あと、脇役である河合先生が妙にイケメンになってしまった今回。
これは僕にも予想外でした。ええ、本当に。
それと、司に頼ることなく自分で、という和樹の行動も、実はプロットにはありませんでした。
その場の流れと思いつきで書いていったら、なぜか、こんな形に。
本当、予想外の成長を遂げてくれた感じです。
本来なら司に頼りきりになるはずだったので、これは嬉しい誤算ってやつなのでしょうかね?
瀬川和樹というキャラクターが、自分の意思で動いてくれたって感じがして、なかなかに嬉しくもあったり。
では、また次回。




