第十話 救世主の因子
灼騎士と名乗った男が立ち去ってから、少しして。
「さて」とつぶやきながら、死神少女が僕のほうへと向いた。
それに反応し、竹刀をかまえる優菜と光一。
けど、青い死神はそれに苦笑を浮かべて。
「あの、皆さん。そんなに殺気立たないでください。いまの私には、和樹さんを襲うつもりなんてありませんから」
その言葉に『あ、そうなんだ』なんて安心できる人間が果たしているものだろうか。
彼女の手には、いまだ死神の鎌があるというのに。
けれど死神少女は、まるで戦意がないことを証明するかのように、その手の中から鎌を消し去ってみせた。
「私は確かに、和樹さんの魂を回収しにきた死神です。でもですね、こうなった以上、いまは灼騎士の犯罪を未然に防ぐことのほうを優先しなければならないわけでして。もちろん、和樹さんを監視しながら、にはなりますが」
「僕を、監視しながら……?」
「はい。和樹さんが『黒き魂』を持っているという事実は、変わらないわけですからね。それがわかっているのに放置するだなんて、とてもとても。
でも、いつか犯罪に走るかもしれない和樹さんと、犯罪に走ろうとしている灼騎士、神霊である私がどちらの対処を優先するのかなんていうのは、言うまでもないことでして」
そこでひとつ息をつき、死神は続ける。
「もちろん、私が和樹さんの魂を回収してしまえば、灼騎士の犯罪は未然に防げます。ですから、私は依然として敵のまま、と思われるのも無理はないでしょう。猫を追うより魚をのけよ、ともいいますからね」
そのとおりだった。
灼騎士とやらの受けた命令は、僕こと『瀬川和樹の抹殺』。
もちろん、本当の目的はわからずじまいなんだけど、それでも僕をどうこうしようとしていることだけは間違いない。
つまり、どんな形であれ僕が死ねば、彼はなにもせずにこの街からいなくなってくれるはず。
僕がいるから、あの青年は現れるのだ。
僕が死ねば、彼は命令を果たせなくなるのだ。
だったら、僕を殺せば全部解決。あの騎士のことは、別に放っておいてもかまわない。
まさしく、猫を追うより魚をのけよ、だ。
「ただ、いま和樹さんの魂を回収して、『はい、お仕事完了』とはいかなくなってしまった、というのも事実でして……」
その言葉に、死神と騎士が交わしていた言葉を思いだす。
僕の中には、『黒き魂』とは別の『なにか』がある。
そしてその『なにか』は、この少女が僕を殺すのをためらう理由になる。
二人は確か、そんなことを言っていた。
「死神さん。どういうことなのか、わかりやすく教えてほしい」
そう淡々と口にしたのは、司だった。
おそらくは、僕たちの中で一番落ちついている少年。
僕の『家族』じゃないからこそ、比較的、冷静に状況を分析できる人間。
そんな彼にうなずいて、死神少女が説明を始める。
「あ、はい。わかりました。ええとですね、和樹さんは『黒き魂』の他に『救世主因子』というものも、その身に宿しているんです」
「『救世主因子』。初耳……」
疑問系で返さないあたりがすごいな、司。
いやまあ、初耳と言ってるから、こいつの知らないことではあったようだけど。
「『救世主因子』というのはですね、かつて『支配者』という絶対存在を打ち破った『救世主』が、『世界』に撒いたという『希望』のことです。サラさまは、『創造主の加護』ともいえる、とおっしゃってましたけど」
「そのサラさまというのは、『目覚めたるもの』のひとりだという『サラ・クリスタンヴァル』のことでいい?」
「そうですね。……ところで、どうして『目覚めたるもの』のことを知っているのでしょうか? サラさまのことだけならまだわかるのですが、サラさまが『目覚めたるもの』だということは、一般には絶対漏れないようにしているのですが……」
なるほど、そのあたりはアンダーグラウンドな情報だったのか。
けど、それを難なく手に入れてくるのが、司っていう人間だからなあ。
このあたりの感覚は、僕もちょっと麻痺してきてるのかもしれない……。
「死神さん、そのことはとりあえず置いておこう。それで、話を聞いてると『黒き魂』と『救世主因子』は、その性質がまるで逆って感じがするんだけど、その認識で合ってる?」
「あ、はい。合ってます。で、私には本来、嫌でも感じとれてしまうものなんですよね、『黒き魂』の存在も、『救世主因子』の存在も。もちろん、魂剥きだしな精神生命体である神霊だからこそできること、なんですけど」
「でも、瀬川和樹さんのものは、どちらもわからなかった」
「はい。そうと意識を集中させなければ、感じとれませんでした。これは『黒き魂』と『救世主因子』が、互いの『気配』みたいなものを打ち消しあっているからでしょうね。
『救世主因子』は『黒き魂』を抑え、『黒き魂』は『救世主因子』の『力』を弱めている、そんなところでしょうか」
死神がそう結んだところで、僕も口を開いてみる。
「つまり、僕を殺したら、『黒き魂』と一緒に『救世主因子』ってのもなくなっちゃうわけなのか。だから、お前は僕を殺せなくなった。そういうことでいいのか?」
それだったら、目の前の少女を警戒しなくてもよくなるはず。……だというのに、彼女はそれを否定した。
「いえいえ、『救世主因子』を持っているのは和樹さんひとりではありませんから、絶対に殺しちゃいけないってことにはならないと思いますよ? それと、私が行うのは『殺人』ではなく『魂の回収』です。くどいようですが、そこだけは間違えないでくださいね?」
「死ぬっていう一点に関しては同じだろうに……。けど、まあ、『救世主』が世界に『撒いた』って言ってたもんな。そりゃ、僕の他にもいて当然か……」
「ですね。まあ、そうはいっても、誰にでも保有できるってものでもありませんからね、『救世主因子』は。やっぱり、できることなら失いたくはありません」
「『世界』にとっての損失になるから、か?」
「ええ。いつまた『支配者』みたいな『『生命あるもの』すべての共通の敵』が現れるか知れないですからね。『救世主因子』を持っている人間は、多いに越したことないんです」
「でも、だから殺しはしません、安心してください、とはならないんだよな?」
「もちろんです。そりゃ『救世主因子』はあまり失いたくないですが、だからといって『黒き魂』の保有者をそのままにしておくなんてことも、私たちにはできませんから」
なんてことだ。
僕の持っている『救世主因子』とやらは、確かに彼女を『ためらわせる理由』にはなっている。
けど、それだけだ。『殺してはならない』という『絶対の安全』は、どうやっても得られないらしい。
思わず頭を抱えてしまった僕に、死神少女は人差し指をピンと立ててきた。
「そこで、ひとつ提案です。灼騎士をなんとかするまで、一時休戦としませんか?」
それに優菜が大声をあげる。
「ええっ!?」
「む、なんだかすごく嫌がられてる感じがします」
「え、その、別に嫌がってるわけじゃないよ? 私。でも、その、本当に……?」
「はい。和樹さんが『救世主因子』の保有者であると知っていたのかどうか、知っていたのだとしたら、なぜ私に魂の回収なんて命じたのか、そのあたりをサラさまに訊いてはっきりさせたいので。
あ、もちろん、その『答え』が『絶対に魂を回収するように』というものであっても、灼騎士の件が片づくまでは、和樹さんには手出ししません。
それに元々、『皇帝騎士団』は聖教会と敵対することの多い組織ですからね、ここらでちょっと叩いておきたいというのもあるんですよ。そして私が灼騎士と戦おうというのなら、当然、和樹さんには生きていてもらわないといけないわけでして……あ、こうやって整理してみますと、『休戦』じゃなくて『手を組みたい』といったほうがしっくりきますね」
「……ど、どうしようか? 兄さん、光一、司。この申し出、受ける?」
僕たち三人を一箇所に集め、声をひそめる優菜。
おいおい、死神少女は僕のすぐ近くにいるんだから、声を小さくしたって……あ、彼女、なんか僕たちのところから離れ始めた。
提案がすんなりとおるなんて思ってません。どうぞ皆さんで相談して決めてください。私はちょっと席を外しますから。といったところだろうか。
う~ん、律儀というか、なんというか……。
「ねえ、兄さん? 聞いてる?」
「あ、ああ。えっと……ぶっちゃけ、選ぶ権利なんてあってないようなもんだろ。受ける、の一択だ」
僕の言葉に司がうなずく。
「いまのぼくたちの戦力じゃ、どうあがいても死神さんには勝てない。だから、この申し出は受けるべき」
「だよな。もちろん、受けなくてもいまは見逃してもらえるだろうけど、灼騎士のほうがどう出てくるのかだってわからないし。それにさ、あの男と戦うとき、あの死神がいなかったら、もう、その段階で詰みだろ?」
「おまけに、死神さんには『瀬川和樹さん以外の人間は殺せない』という枷があるようだけど、『皇帝騎士団』の騎士にはそれがない。ぼくたちだけで挑んだら、全員殺されてお仕舞いということもありうる」
それだけは、絶対に避けたい結末だった。
そんなことになるくらいなら、僕ひとりで戦って殺されるほうがずっとマシだ。
と、そこで今度は光一が横から言ってくる。
「でもよ、灼騎士ってのをなんとかできたあと、サラさまってのから『そんな因子を持ってるなんて知りませんでした。殺しちゃってかまいません』なんて『答え』が返ってきたら、どうすんだ? あの死神、また敵になっちまうんじゃないか?」
「うん、私もそこを一番心配してる。それに、休戦とか手を組むとか言ってるけど、『答え』が返ってきたら灼騎士が現れるのを待つことなく敵に戻るかもしれないし」
確かに、『殺していいよ』と返ってきたら、そうするのが一番手っ取り早いはずだ。
僕にとって一番いいのは、『絶対殺すな』という『答え』が返ってくることなんだけど、それは望みすぎというか、先のことをまったく考えてないのと同じだと思うし。
あー、でもなあ。考えたら考えたで、がんじがらめになっていく感じもするんだよなあ……。
なので、
「とりあえずさ、死神の『灼騎士の件が片づくまでは手出ししない』発言は、信用することにしないか? そこを疑ったところで状況は好転しないんだからさ。
いま、ここで戦うことだけは避けられた。死神が、協力めいたことを申し出てくれた。いまは、それだけで充分すぎると思うんだよ、僕は」
「まあ、確かにな……。そこは和樹の言うとおりか」
「じゃあ、兄さん。あの死神をどうするかは、灼騎士のほうが解決してから考えようってことでいいの?」
「うん。望み薄かもだけど、一緒に過ごすうちに『殺したくないな』って思ってくれるかもしれないし。それに、ほら、そうはならなくても、死神と灼騎士が戦ってるところを見れば、二人の『癖』を見抜けるかもしれないだろ?
で、どっちが勝つかはわからないけど、僕たちは、二人の戦いから得た情報を頼りに、残ったほうと戦って、勝つ。あ、残ったほうがすごく消耗してくれてたら、なおいいな。もちろん、相打ちに終わってくれるのが一番望ましいんだけど」
「兄さん、いくら生き残るためとはいっても、それはちょっと……」
「なんか、思考が悪役のそれっぽいよな……」
「うん、さすがは瀬川和樹さん。ぼくもそれがベストだと思う。……悪役っぽいのは否定できないけど」
三人から一斉に『人間として駄目』的なことを言われた。
一応、司は僕に同意を示してもくれたけど。
いや、でもさ、
「僕が生き残れる方法なんて、これくらいしかないって。……大体、場合によっては、灼騎士に加勢する必要だってあるかもしれないんだぞ? 二人には、ギリギリの戦いをやってもらわなきゃいけないんだから」
「兄さん、外道……」
「それは、いくらなんでも酷いだろ……」
「瀬川和樹さん、ナイス悪役的思考」
なんでそこまで言われなきゃならないのさ。
いや、確かに自分でも、酷い作戦立ててるなあ、とは思うけど。
でも、それくらいしなきゃ、僕が生き残れる目なんてないって! マジで!
と、そこで当の死神少女が僕たちのところに再び近づいてきた。
「皆さん、そろそろ話はまとまりましたか?」
「あ、ああ。とりあえずは決まった。一時休戦、手を組むとしよう」
しかし、めちゃくちゃタイミングよかったな、いま。
まさかとは思うけど、いまの会話、彼女に全部筒抜けだったんじゃあ?
……ありうる。だって、相手は人外だし。
「そうですか。では短い間だとは思いますが、これからよろしくお願いします。あ、私のことは、まどか、と呼び捨てにしてくださってかまいませんよ?」
「了解。よろしくな、ええと……まどか」
「はいっ!」
なんだろう、まどかの笑顔が、こう、なんか、ものすご~く胸に痛い。
これは、良心か? 僕の良心が痛みを訴えてるのか?
そんなことを思いながら隣を見れば、優菜と光一が死神少女まどかに、どこか同情するような視線を向けていた。
うう、なんだか、すごく自己嫌悪……。
今回は地の文が少なすぎやしないかと思いながら書きあげたのですが、果たして楽しんでいただけたでしょうか?
内容は、和樹の中にある『もうひとつの力』と、死神との休戦及び協力体制に至るまでのあれこれ。
もちろん、まどかは全面的に味方になったわけではありませんが、ひとまずは命を狙われ続ける状況を脱した……と言えなくもないかと。
いやまあ、灼騎士のこともありますし、まどかにしたって、絶対に裏切らないと決まっているわけではないので、もう安心というわけではありませんが。
あと、和樹の思考は確かにちょっとばかり黒いですが、個人的には当然の判断だと思っていたり。
でも、いずれは敵対関係に戻るであろう相手だとはいえ、『手を組みましょう』と言ってくれた相手を灼騎士に加勢する形で倒そうとする展開は……果たしてどうなのかなあ(頭抱え)。
なんにせよ、これからも物語がどう転がっていくのだろうと気にしていただければ、と思います。
では、また次回。




