第九話 赤き騎士
――瀬川和樹さん、死神以上に厄介なのが来た。
司に小声でそう言われ、僕は額に嫌な汗を浮かべてしまった。
「なあ、司。その言い方は、悪い予感しかしないんだが……」
「それで正しい。現状、敵対することはあっても、味方にだけは絶対になってくれない相手だと思うから」
「つまり、敵が二人に増えたってことか……」
どうするよ……。
死神ひとりでも、僕の手にはあまるっていうのに……。
その青い死神少女が、灼騎士とやらに向かって口を開く。
「裏世界のエージェントさんが、私に一体なんの用ですか?」
「いや、なに。私のところに『瀬川和樹抹殺指令』なんてものが回ってきてね。きみも、似たような命令を受けてやってきたんだろう?」
「そんな物騒な命令、私は受けてませんよ。私に命じられたのは、和樹さんの魂を回収することです」
「同じことさ」
「同じではありません」
いや、同じことだろ。
少なくとも、僕の命を狙ってるという点に関しては、同じなはずだ。
「仮に同じではないとしても、私と同じく茶番ではあるはずだ」
「茶番、ですか……?」
「ああ、茶番さ。『抹殺指令』などといいながら、実際には殺してはいけないのだから。きみの受けている回収命令のほうも、そうなんじゃないか?」
男の問いかけに、けれど死神少女は首を横に振る。
「そんなわけがないでしょう。私は、必要があるようなら魂を回収するように、と命じられています」
「必要があるようなら、か。つまり、まどかくんが『必要ない』と判断するなら、きみには瀬川和樹を殺す理由なんてなくなるわけだ」
「意味のない仮定ですね」
「果たして、本当にそうかな? 私たちの目的は、本質的にはまったく同じ。私ときみは協力しあえる。私には、そう思えるのだが」
「では、逆に訊きます。あなたは、和樹さんがどのような状態になれば魂の回収命令が撤回されるとお思いですか?」
その言葉に、青年はしばし黙り込んで。
「……確か、自覚もなく強い『力』を持っている人間は危険、だったかな?」
「そうです。赤ん坊に包丁を持たせれば、危険でしょう? それと同じことです。
そしてもし、その包丁が赤ん坊の心臓に直結していた場合は、どうします? 取りあげるには所有者を殺すしかない、そうなった場合は、どうします? 放置して、他の人に害を及ぼすのをよしとしますか?」
「やれやれ、もの分かりの悪いお嬢さんだ」
「もの分かりが悪いのはそちらでしょう? あなたの雇い主が、和樹さんの持つ『黒き魂』をどんなことに利用したがっているのかは知りませんが、今回は大人しく退いてくださいませんかね?」
「わかった、わかった。今回だけは大人しく退かせてもらうとしよう。……と、個人的には言いたいところなのだがね。その前に、ひとつだけ試してみたいことがある」
彼がそう言い終えるのと、どちらが早かっただろうか。
灼騎士と名乗った青年は、なんの気負いも邪気も感じさせることなく、僕のすぐ近くまでやってきて。
手にしている長剣を、僕に向かって振り上げた。
朝日を反射して、煌めく刀身。
それを見ながら、僕は思った。
あ、駄目だ、と。
もう、これは避けられない、と。
彼の動き自体は、決して速くなんてなかった。
優菜に比べれば、むしろ遅いとすらいえるだろう。
でも、この青年の歩行は、恐ろしいほどに自然で。
流れるように。
攻撃の意思なんてないかのように。
彼は、僕のすぐ前まで歩いてきて。
そして、やっぱり自然に剣を振り上げ、斬りかかってきたのだ。
「――させません!」
ガキン、と金属同士がぶつかる音。
気づけば、僕の眼前に死神少女の鎌があった。
死神の鎌が、振り下ろされた剣を止めていた。
『死の具現』が、僕を『死』から救っていた。
思考が追いつかない。
優菜たち三人が一拍遅れて息を呑んだ音と、鎌を刀身から離した死神少女の声。
それらを、まともに動いてくれない頭で、それでもなんとか認識する。
「殺してはいけない。あなたはさっき、自分でそう言ってませんでしたか?」
「ああ、殺す気はなかったとも。だが、五体満足でなければいけない、というわけでもないからね」
「万が一、いまので和樹さんが命を落としていたら、どうするつもりだったんです?」
「なに、表向きは『抹殺指令』なんだ。どうとでも言い逃れはできるさ」
すぐ近くで、足音がした。
そして視界に映る、青い死神の背中。
「……やっぱり、裏世界のエージェントですね。危険極まりないったらないです」
「きみがそれを言うのもどうかと思うが……しかし、やはり庇ったな」
「不必要な殺人の罪をあなたに負わせるわけにはいかない。それだけの理由ですよ。他意はありません」
「不必要な殺人?」
「ええ。和樹さんの魂は私が回収するんです。つまり和樹さんは、あなたが手を下さずとも死を迎えることになる。なのに『殺してしまってもいい』程度の気持ちで罪を犯されてはたまりません」
それに、動きの鈍っている頭をなんとかして回転させる僕。
ええと、それはつまり、いまの行動は僕の身を案じてのものじゃなくて、灼騎士のほうを案じてのもの、ということなんだろうか?
神さまの判断基準ってのは、いまひとつよくわからないな……。
「つまり、仮に私が瀬川和樹を殺そうというのなら、まずはきみを倒してからにしろ、ということかな? まどかくん」
「そういうことなりますね。まあ、あなたに成し得ることとは思えませんが。それに、神殺し――魂を消滅させることは、殺人を遥かに上回る大罪となります。それをあなたに犯させないためにも、私は負けるわけにはいきません」
「確かに、人間の身で神霊を打倒できるかと問われれば、さすがの私でも、難しいと答えざるをえないがね」
「不可能、とは言わないあたり、ちょっと恐ろしいものを感じますね……」
「だって、どう間違っても、きみは私を殺せないだろう? それなら私にだって、いくらかの勝機はあるさ」
「……確かに、それはそうですね。回収認定を受けていない者の魂を回収することは、死神であっても大罪ですから。だから、私にあなたは殺せない。『魂の回収』と『殺人』は、根本的に違う行為ですからね」
「それでも、やるのかな?」
「……あなたが、お望みとあらば」
重い沈黙が落ちる。
にらみ合う、青い死神と赤い騎士。
先にそれを破ったのは、青年の嘆息だった。
「やれやれ、ここまで揺さぶりが効かないとはな。まどかくんが味方になってくれれば、この先、私もだいぶ楽ができそうだと思ったのだが……。
そう警戒しないでくれ。とりあえず、私にはきみとことをかまえるつもりはないよ。今回は、ね」
「なんとも引っかかる物言いですね……」
つぶやく少女に、騎士は腰から提げている鞘に長剣を収めながら。
「ただ、ひとつ考えてみてほしい。どうしてきみは、この少年の持つ『黒き魂』の波動を感じとることができなかったのか、とね」
「……? この世に生まれるくる前は高位の神霊だったから、とかなのでは?」
「それもあるのかもしれない。しかし、皇帝――私に今回の任務を命じた者は、それ以外の可能性も推測していたよ。皇帝や私といった『人間』には容易に確かめられないことだが、神霊であれば一発でわかることだ、とも言っていた」
「私であれば、一発でわかること……?」
「そう。彼がもし、『黒き魂』の他に『それ』も持っているとすれば、『黒き魂』の波動が弱まるのも当然、とね」
「『黒き魂』の波動を弱める、私になら一発でわかる『なにか』……。……あっ、まさか……!」
ぶん、と僕のほうに死神少女が勢いよく顔を向けてきた。
「わかったかい? もちろん、『それ』自体は私と共闘する動機になんてならないだろうがね。それでも、彼を殺すのをためらう理由としては、充分だろう?」
「そ、それは……」
「果たして、ここで彼の魂を回収してしまってもいいのだろうか。それはこの『世界』にとっての損失になるのではないだろうか。きみの中には、そんな迷いが生まれたはずだ。
そして、彼が『それ』を持っていることを聖教会が知っていたというのなら。知っていて、きみに瀬川和樹の魂を回収するよう命じたというのなら。
それは、彼の魂を回収する以上の働きを、聖教会がまどかくんに期待しているということに他ならない。私の受けた『抹殺指令』が、実際は『抹殺指令』などではなかったというのと、同じようにね」
二人がなにを話しているのかが理解できない。
話の中心には、間違いなく僕がいるようなのに。
とりあえず、『黒き魂』以外の『なにか』が僕の中にはある、ということだけはわかったけれど。
「まあ、そういうことだ。告げておきたいことは全部言ったし、私はそろそろ退散させてもらうとしよう。さっき、まどかくんに頼まれたとおりに、ね。――と、そうそう、次にきみと会うときは、協力関係を結べることを期待しているよ?」
「……それは、創造主にでも祈っておいてください」
そんな死神少女の言葉を背に。
青年は、なにごともなかったかのように歩き去っていった。
それを僕は、死神少女の後ろからただ見送る。
自分の命がまだあるという事実以外のことは、ほとんどなにひとつ理解できないままに――。
前回に引き続き、今回もやや短めではありますが、いかがでしたでしょうか?
今回メインとなったのは、まどかと灼騎士の問答。
和樹の持つ『それ』に関しては次回で明かす予定でいますが、それでも謎は増えるばかり、という感じになっております。
実際は、確定した情報や回収した伏線も、ちゃんとそこそこあるんですけどね(苦笑)。
そうそう、まどかの行動は、彼女の最優先行動動機――『人間に罪を犯させるのを防ぐ』をちゃんと把握していないと、一貫性がないようにも見えるかもしれません。
最下級であっても神霊ですからね、人間とは根本的に行動動機が違うのですよ。
そしてまったく活躍できてない主人公、和樹くん。
やっぱり、『決意』だけではまだまだ、といったところです(苦笑)。
では、また次回。




