第八話 死神の再来
――その声は。
朝食を作って、三人で食べ。
死神のことがあるから一緒に登校しよう、と司が家まで来てくれて。
四人固まって瀬川家をあとにしようとしたところで、僕の耳へと飛び込んできた。
「やっと見つけましたよ! 『ワールドブレイカー』候補!」
「わ、ワールドブレイカー候補……?」
青い髪を振り乱して現れた死神少女に、思わずそう訊き返してしまう僕。
いや、その単語自体は、どこかで聞いたことがあるような気もするのだけど……。
僕の記憶力の良さは、優菜や光一が軽く引くレベルだ。
その僕が『なんとなく』しか憶えてないなんて……あ、そうか。昨日、パソ研の部室で司から聞いたのか。それもおそらく、マシンガントークのごくごく一部に入ってたとか、そんな感じで。
それはさておき、白と水色を基調としたワンピースに身を包んでいる死神、神原まどかは律儀にも答えてくれる。
「そのまんまの意味ですよ! 『世界を滅ぼす者』の候補です! 死神が最優先で魂を回収するか、スペリオル聖教会の監視下におくかしなきゃいけない存在のことです!
それを一昨日の私は、どうして『油断大敵って、本当なんですねえ』なんてのほほんと逃がしてしまったのか……! 本当、あのあと自分で自分を殴ってやりたい衝動に駆られまくりましたよ!!」
「そ、そうか……」
ものすごい勢いでまくしたてられ、僕は呆然とそう返すことしかできなかった。
そう、呆然。その感情のみに囚われて、他の行動がなにひとつ取れない。
家を出る前は『死神が現れたら、問答無用で飛びかかるから』とか言っていた優菜だって、いまは足を止めて困惑の表情を浮かべているし。
「一昨日は、あれからすぐ和樹さんを追おうとしたんですよ!? 『黒き魂』の波動を辿ればすぐ見つかるだろうからって、余裕で! なのに全然見つからなくて、意地になって街中を捜し回って……!」
「お、おう……」
「いいですか! 一昨日の夜から昨日の夜までですよ!? それでも見つからないものですから、『とんだ失態を犯してしまいました、これからどうしたものでしょうか』と悩んで悩んで! 本当に気持ち悪くなるくらいに悩んで悩んで! 実際に気持ち悪くもなっちゃって!
そして、これはもうつまらない意地を張ってる場合じゃないと、聖教会にいるサラさまに連絡して、和樹さんの家の住所を教えてもらって! ああもう、本当に情けないやら悔しいやら!!」
ぜーはー、ぜーはー、と肩を上下させる死神少女。
そして彼女は、少し落ちついたところでビシッと僕を指差してきて。
「どうしてあなたの『黒き魂』の波動はそんなに弱々しいんですか! それともあれですか!? 『黒き魂』の波動をそこまで隠せてしまうほど、あなたの『神性』は高いとでもいうんですか!? この世に生まれてくる前のあなたは、『黒き魂』の波動を私から隠せてしまうほど高位の神霊だったとでもいうんですか!!」
「知らないよ!」
八つ当たりもいいところだった!
というか、『生まれる前の自分』のことで責められるとか、一体誰に予想できるだろうか。
ああもう、これだから人外は……。
まあ、なんでこの死神は、いまのいままで僕の前に現れなかったのか、という謎は解けたけどさ。
でも、それにしたって、なんて間抜けな……。
「ああもう、私のバカ! バカバカバカ!! 本当、どうして一昨日、『油断大敵って、本当なんですねえ』なんてのほほんと逃がして――」
「や、ちょっと落ちつけ! なんか話が無限ループに陥りそうな予感がするから落ちつけ!
それに、なんだ……。そんなに自分を責めてやるなよ。……な?」
「ことの元凶である、あなたにだけは言われたくありません!!」
うわ、そうくるか……。
いや、しかし、
「元凶とまで言われるのは、心外なんだけど……」
実際、僕からしてみれば、元凶なのは死神のほうなのだし。
主に、僕の平穏な日常をぶち壊した、という意味で。
けれど、彼女には聞く耳なんてものはないらしく。
「事実じゃないですか。『黒き魂』の保有者なんですから」
「……言おう言おうと思ってたんだけどさ、それ、不可抗力ってやつだと思わないか?」
司から得た情報によれば、『黒き魂』とは『ごく稀に、人間が生まれつき持ってしまう呪い』なのだというし。
だったら、どう考えても僕には原因ないわけじゃん。
なのに『大人しく殺されろ』っていうのは、やっぱり納得いかない。
「不可抗力であろうとなんであろうと、保有者であるという事実は消えませんよ。ですから、こればっかりは、ご愁傷さまでしたとしか……」
「そうかよ……」
どうやら話し合いで解決、とはいかないらしい。
それを悟ってか、優菜と光一が戦闘態勢に入った。
もちろん、僕も袋から竹刀を取り出す。
――死神である彼女は、僕以外の人間を殺せない。
それは僕の推測でしかないけれど、ほぼ確定した事実としてしまっていいはずだ。
だから死神の襲撃があったときは、僕以外の人間は『盾』として死神を足止めし、僕はその間に人目のつくところまで逃げる。
そんな提案を、僕は昨晩、優菜と光一から受けていた。
そして僕も、その場では大人しくうなずいた。
でも実は、その提案に従う気なんて、僕にはさらさらなかったりする。
だって、僕は昨日の朝、優菜の『欠陥』を『よくないものだ』と否定した。
彼女のそれを、簡単に受け入れちゃいけないって、そう思った。
だったら、大人しく二人の提案に従うなんて、できるはずができない。
命を狙われてる奴が、その命を張るのは当たり前。
話し合いでなんとかできれば、とも思っていたけど、それは不可能だとよくわかった。
なら、あとは僕も一緒に戦うだけだ。
正直に言ってしまえば、無謀だと思う。
勝ち目なんてものは、微塵もないのだから。
死神少女に殺される以外の未来なんて、僕にはこれっぽっちもイメージできないのだから。
でも、皆を『盾』にして逃げるなんて、そんなことを繰り返してもいられない。
だってそれは、常に皆の命を危険に晒し続けるということで。
同時に、優菜の『欠陥』を否定する権利も、失い続けるということだから。
だから、一緒に戦う。
僕も、僕であるために、戦う。
優菜たちは僕がそう考えてるって知らないから、上手く連携がとれなくなるかもしれないけど。
でも、前もって言ったところで、二人は『いいから逃げろ』と返してくるに決まってるから、こればっかりは仕方がないことだった。
死神少女が、その手に鎌を出現させる。
人間の命を刈り取るための武器。
僕にとっての『死の具現』。
でも、不思議とそこまで怖くは感じなかった。
もちろん、恐怖を覚えないといったら嘘になる。
でも、死神はいつ襲ってくるのだろう、と学園でビクビクしていたときに比べれば……怖くない。
頼りになる奴らが、僕が『親しい』と言い切れる奴らが、ここには三人もいるから。……だから、怖くない。
身体は少し震えてる。
でも、動けないほどじゃない。
……大丈夫。僕はやれる。戦える。
負けるイメージしか湧かなくても。
殺されると、わかりきっていても。
僕は、ちゃんと。
最期まで、戦える……!
――そこで、視線を感じた。
僕を除く四人には、わからなかったのだろうか。
優菜たち三人は、死神がどう来ようとも対応できるよう、腰を落とし。
そして青い髪の少女は、これが最後とばかりに口を開く。
「ここで会ったが二日目。――その魂、回収させていただきます!」
間抜けな言葉では、あったけれど。
それでも、彼女は力強く宣言し、僕に向かって勢いよく突進――しようとし、つんのめるようにして急停止した。
そして、僕が視線を感じた先、すぐそこにある曲がり角の向こう側へと顔を向ける。
そっちのほうから聞こえてきたのは、耳馴染みのない男の声。
「正しくは、ここで会ったが百年目、だぞ? まどかくん」
現れたのは、短い黒髪の青年だった。
見た感じ、年齢は二十歳になったかならないかといったところ。
髪と目の色、そして整った顔立ちだけを見れば、典型的な日本人の一言で済ませることもできるんだろうけど……。
「あれは……剣と鎧、か?」
つぶやいたのは、光一。
そう、青年は赤い刀身の長剣を手にしていた。
しかも、それだけじゃない。その身体に赤い鎧を身につけてもいた。
部分鎧、とでもいうのだろうか。
中世ヨーロッパ風の世界を舞台にした小説、あるいはゲーム。
そういった二次元の世界から、三次元の『こちら側』にやってきたかのような出で立ちをしていた。
コスプレかなにか、なんだろうか……?
そんな不審な男の登場に、死神少女の瞳が鋭くなった。
この男、死神の仲間ってわけじゃないのか……?
「――どちらさま、でしょうか……?」
硬い声。
込められている感情は……警戒、だろうか?
そんな死神の少女に、男は大げさに肩をすくめて。
「どうやら、まだまだ私は無名らしい。『皇帝騎士団』の灼騎士、と名乗れば、あるいはわかってもらえるかな?」
それに司が真っ先に反応する。
「……瀬川和樹さん、死神以上に厄介なのが来た」
おい、それ、まさかとは思うけど。
早くも、あいつ以外の刺客が現れたってことなのか?
死神だけでもいっぱいいっぱいだっていうのに、いくらなんでもそりゃないだろ……。
少々短めではありますが、いかがでしたでしょうか?
まどかが再登場し、ようやく物語が動き始めました。
もちろん、序章はまだまだ終わらない……どころか、状況はより複雑化していますが。
そしてその中で、少しずつではありますが、和樹が成長しつつあります。
もちろん、いまはまだ『決意』だけで、実力なんて全然伴っていませんが、それでも、本当に、少しずつ。
少しずつすぎて、きっと『序章』では活躍なんてできないのでしょうけど、それでも彼の物語に引き続きつき合っていただければ幸いです。
では、また次回。




