第四章 奥羽国奪還戦 ⑦ 衣川城攻防戦・裏‐1
本来は今回の投稿で予定していた分を一括して載せるつもりだったのですが、長くなりすぎてしまったため、分割して投稿することにいたしました。
というか、元々今話は前話の戦闘で明かされていない部分の種明かし編のつもりでした。しかし、今回は分割するのにちょうど良い話の切れ目の関係上、料理でいう前菜……いわゆる話の枕に当たる部分だけになってしまい、種明かしは次話に持ち越しになってしまいました。
大変申し訳ございません。
話自体はおおよそ完成していてあとは直しを入れるだけですので、残りも近日中には投稿したいと思っております。
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衣川城・松の間――源義國
「くそっ、下郎が、離せっ!儂が誰だか分かっておるのかっ!! 源氏の、王家の血を引くものぞ!」
「何を偉そうに、この裏切者がっ」
手足を縛られたままの状態で義國配下の兵によって地面に転がされ、雑に踏みつけられているこの男こそ、この衣川城の主にして奥羽国へ反旗を翻して謀反を起こした源義憲その人である。
「離せぇ、離せぇっ!」
あっさりと衣川城を攻略され、更には虜囚の身であるというのに、この往生際の悪さ。
仮にも謀反の首班であるのだから、夢破れた時の身の処し方くらいはわきまえていてもよさそうなものだが、現実はこの体たらくである。見苦しいことこの上ない。
所詮は野心だけの男ということか。
正直、この男の口からだけは源氏の名を語って欲しくなかった。
いや、謀反人であるのだから「騙って欲しくない」と言った方がこの場合は正しいのだろうか。
「貴様ら、偉そうにしていられるのも今のうちだ! もうすぐ貴様らの主力を下した我が配下が城に戻ってくる。そうなれば貴様らなぞ瞬く間に虜囚の身だ。そうなったら生まれたことを後悔するほど散々に嬲り尽くしてやる。覚悟するがよいわ!」
なるほど、これがこの男を捕縛されている現状でなお強気にさせている理由か。
『城から出て行った義憲配下の兵は12000。
義國軍の半数は魔力切れで燃えカス状態の陰陽師で、実際に戦える戦力はおよそ6000。
数値上で単純に見積もっても12000対6000。
仮に敵が予想以上に奮戦して全軍の3分の1を失ったとしても残り8000。
この城を落とした義國たちの強襲隊がおよそ3000名。
主力が戻ってくればまだまだ逆転の目はある』
…………おそらく今頃頭の中でこのような算段を立てていることだろう。
「ふん、出来損ないの弟のさらに愚息の分際で儂に逆らおうとは、後でせいぜい後悔するがよいわ」
出来損ないはどちらなのか鏡をしっかり見てみろと言ってやりたいところだったが、勝利が確定したこの状況で今更口論したところで得るものは何もない。
というか、仮に義憲の配下が勝利して帰ってきて義國たちが敗北するような事態になったとして、どうしてこのまま自分に「後」があると思っているのだろうか?
最早あり得ない話だが、仮に義國たちが敗北して討ち死にするようなことがあったとしても、その前に意地でも義憲は道連れにしていくつもりだった。
どんなに追い詰められようが、目の前に転がってる馬鹿一人に刀を突き刺す余裕くらいはあるはずだ。
こんな人間のクズを生かしておいても世の中の役に立たないばかりか、むしろ害悪しかないのは明らかである。むしろ殺さない理由が見当たらない。
この期に及んで自分だけは生き残れると考えているあたり、どうにもこの不肖の叔父は自分に都合が良い妄想しか抱けない性質であるようだ。
でもなければ、そもそも王位を狙って謀反を起こそうなどとは考えないだろう。
仮に大雅国の力を借りて王となったとして、いつでも奥羽を潰せるだけの力を持っている大雅国がいつまでも傀儡の王を置く程度の状態で我慢してくれるとは思えない。
明日は我が身だということがこの男には全く理解できていないのだ。
「雪乃、貴様もだ。出来損ないの娘ではあるが、幸い見た目だけは良いからな。散々楽しませてもらった後で大雅国王に献上してくれるわ!」
おいおい、そこは普通女には手を付けずに上役に献上するところではないのか?
自分が楽しんだ後にとは、欲望が全く隠せていないではないか。
いや、そもそもこの男には己の劣情を隠すほどの恥というものがないのか。
「せっかくのお言葉ですが、私にも選ぶ権利というものがございます。私はこの身を捧げる方を既に心に決めておりますので、叔父上のご希望につきましては申し訳ございませんが丁重にお断りさせていただきます」
「…………ふん、お前の意志など関係ないわっ!」
「そういうお前の意志も関係ないがな。お前程度の薄汚い小物が王妹である雪乃に手を出して良いはずがなかろう。身の程をわきまえろ、下郎が! …………というか……………………え???? 身を捧げる者を心に決めている、だと? 雪乃、俺はそんな話聞いていないぞ!」
「今初めて話しましたので」
しれっと答える妹にさしもの義國も唖然とするしかなかった。
「い、いや、そんな大事なことを相談なしに勝手に決められてもな」
「申し訳ございません。ですが、既に決めたことですので」
取り付く島もない。
「雪乃……」
とがめる視線を妹に向けたが、ニッコリと無言のまま微笑み返されるだけ。
反対を押し切ってあんりえすとへ向け旅立った時もそうだったが、こうなってしまうと雪乃は誰が何と言おうが自分の意志を曲げることはない。
このままうやむやにされてしまてはならぬとばかりに七七に視線をむけるが、バツが悪そうにスッと視線をそらされてしまう。
お前もか……。
思わずガックリと項垂れる。
とはいえ、此度の戦の勝利は言ってみれば全てが雪乃のお膳立てによるもの。
大雅国すら圧倒できる強国の助力を得ることができたのも、あんりえすと王湊殿の助言を得てこうして衣川城を攻略することができたのも、全ては遥か遠き西方へと命がけで旅立って行った雪乃たちの成果だ。
そんな大恩ある妹を、いまさら政略結婚の道具として使おうなどとは思わない。
好きな相手が出来たなら自由にその者へと嫁いで行けば良いのだ。
それは紛れもない義國の本心である。
だが、それはそれとして、宿敵との直接対決の真っ最中で、しかも敵の大将を目の前にした今こんなタイミングで突然そんな打ち明け話を持ってくるのは少々反則じみてはいなかろうか。
頭の切れる雪乃のことだから、あえてこの落ち着いて話をしていられない絶妙なタイミングに合わせてファーストインパクトをブチ込んできたのかもしれないが……。
というか、事の是非を告げるそれ以前に、相手は一体誰なんだよという話だ。
いや正確には、この衣川城を奪還する過程においての雪乃たちの活躍における今までと異なる明確な差異というかなんというか、ぶっちゃけうっすら心当たりがないでもないのだが。
とりあえず正解を知るのが怖いので、義國はひとまず問題を棚上げしておくことにした。
せまる現実がのんびりと思考しているのを許してくれなかったというリアルな事情もある。
義憲軍侍大将・大久保定信が兵を率いて衣川城に戻ってきたという知らせが入ったからだ。
帰城、帰還などと言ってしまえば耳障りは良いが、残念ながら大久保たちのそれはそんな勇ましいものではなかった。
出ていくときは12000ほどいた兵たちも、今は1000騎ほどが従うばかり。
当初の勢いは今や見る影もない。
「どうやら伊勢や片岡たち、そして玉藻様は上手くやったようだな」
敵軍の初動の動きから始まり、敵が逃げ帰ってくる時間まで含めて、全てが示された計画案の通り。
逆にピッタリはまりすぎて怖いくらいだ。
「あんりえすと王・四十無湊様ですか……。まったくもって恐ろしい御仁ですな」
作戦には同道はしているものの、実行は全て義國たちに任せて部屋の片隅で事の次第を淡々と見守っている青年王にちらりと視線を向け、じいが一つ嘆息した。
「恐るべきは彼の者の神算鬼謀。もし湊殿が敵に回っていたら我らはひとたまりもなかったな」
「左様、湊様が片手間に講じた策だけでも我らはあっさりと手詰まりになっていたでしょう。味方でよかったと身に染みる思いでございます」
「じいの言う通りだ。湊殿が味方に付いたのが義憲側でなくて本当に良かった。我らの側についてくれた僥倖に感謝するしかあるまい」
「運ではございません。全ては姫様の成し遂げたご功績でございます」
「そうだな。此度の勝利に対する雪乃の功績は計り知れぬ」
「はい。勝利を引き込んだのはまぎれもなく姫様の献身によるものでございます。そして、勝利を確定付けたのは…………」
「湊殿の策か…………」
「然り。げに恐るべきは湊様の智謀でございますな」
「ああ。底の見えない技術力であるとか、強力無比な鬼術であるとか、神すら切り裂けるであろう剣技の持ち主であるとかはこの際関係ない。一番恐れるべきは湊殿の神のごとき知略にこそあると俺も思う」
「おまけに人格者でもあらせられます。おそらくは姫様も湊様のそのようなところが…………」
「あー、あー、あー、あー、あー、聞ーこーえーなーいー」
聞きたくない、知りたくない、認めたくない。
「子供ですか! 姫様と、そして七七がこの戦いで使った鬼術……。幸い湊様やその配下の方々と同じように死の呪いは解呪されているとのことですが。しかし、殿も鬼術使いに術を分け与えられるということが何を意味するのか、それはご存じのはずでございましょう」
「ああ、力と引き換えに生殺与奪の全てを握られる……か……」
「左様でございます。人となりから考えて湊様からそのような条件を提案するとは考えられませぬ。となると……」
「ああ、おそらくは雪乃の方から強く頼み込んだのであろうな」
この場合の「強く」とは何度も何度もしつこいくらいにという意味だ。
雪乃と湊殿との交渉でどのようなやり取りがあったのかは分からない。
だが、西方へ渡るにあたって、おそらく雪乃は二度とこの奥羽の地を踏まない不退転の覚悟で任に臨んだはずだ。
こちらから差し出せるものが少ない中で、あんりえすとの助力を得られるのならば、雪乃ならばきっと差し出せるものならばどんなものでも……それこそ己自身の身柄であったとしても喜んで差し出そうとしてしまうに違いない。
自分の妹が、たとえ自身を犠牲にしてでも己に課された責任を果たそうとする類の人間であることを誰よりも分かっているからこそ、義國は雪乃が自ら西方へ向かうと言い出した時、強く反対したのだ。
奥羽中の武家から求婚を受けた、奥羽一美しいと謳われる自身のその美貌……。
それの持っている価値、そしてその使いどころを誰よりも知っているのは他ならぬ彼女自身だ。
国の命運が懸かっている交渉が万が一にも決裂するようなことがあった場合、もしくはそんな気配があった場合、雪乃は躊躇することなく自分自身の身柄を交渉の材料に上乗せしようとするだろう。というか、実際にしたのだろう。
そして、責任感の強すぎる雪乃の性格からして、一度言い出したからには、例えどのような形で交渉がまとまろうが、自分が提示したその条件は必ず履行しようとするはず。
たとえ、交渉相手の湊殿がそれを望んでいなかったとしてもだ。
詳しいいきさつは後できちんと時間を取って確認しないとならないとは思う。
だが、おそらくはまあ、そういうことなのだろう。
「姫様の意志ということであれば、我らには止める術はありませぬぞ」
「分かってはいる。分かってはいるのだ」
「幸いといいますか、姫様自身嫌々というわけでもないというか、むしろ見たところまんざらでもない様子。相手も悪くないどころかこれ以上は望めない相手。よくよく考えれば大変結構な話なのではないでしょうか」
「まんざらでもない様子とか言われても、それはそれで兄として色々複雑な思いはあるのだがな」
「兄として妹を心配されるのは大変結構な話でございますが、じいとしましては、奥羽国の未来のため義國様にこそ一刻も早く自らのお相手を見つけて欲しいものなのですが……」
「あー、あー、あー、あー、あー、聞ーこーえーなーいー」
急に旗色が悪くなった義國は、耳に手を当てて聞こえない振りをしつつ、じいから視線を外してそっぽを向いた。
「よいですか? 姫様の身の振り方が決まり国を出ていってしまう可能性が濃厚になった今、この国に開祖義経様の血を引く源氏の正統は義國様一人だけになってしまうのです。この国を安定させるためには後継ぎが必要なのです。ここでの後片付けが済んで平泉に戻った際には、すぐにでもお見合いの席を設けますからな。何人でも構いませぬからちゃっちゃと相手を決めてくだされ。良いですなっ!!」
「……………………あっ、はい。お手柔らかに」
恥も外聞もない。義國はぐいぐい来るじいの迫力にただただ頷くことしか出来なかった。
そんな二人のやり取りが面白かったのか、同じ場に居合わせる配下の武将たちからもクスクスと笑みがこぼれる。
「と、とりあえず今は大久保らへの対処が先だな。ここでケリをつけるぞ」
「「「「はっ!」」」」
…………と、妙に生暖かくなった場の空気をごまかすために気合入れてはみたものの、這う這うの体で戦場から逃げ出してきた大久保たちはもはや満身創痍。
城から出陣したやる気満々の義國軍とまともにぶつかり合うことすらままならず、あっという間に降伏を申し出てきた。
こうして義憲率いる藤宮軍との戦いは、一時は敗北寸前まで追い詰められたとは思えないほどの、なんとも締まらない、予想を裏切る形での決着となった。
「突然の大雅軍の侵攻とその圧倒的な技術と兵力の前に一時は都まで奪われるはめになってしまったが、何とか勝利で終らせることが出来たか。最後はあまりにもあっけなさ過ぎてどことなく釈然としない思いはあるが…………」
「はい。苦難の日々でありましたな」
「もっとも、この勝利も湊殿の手助けがなくば到底手が届くものではなかった」
「然り。それも全ては姫様の……」
「ああ、雪乃の献身、そして湊殿の助力のおかげだ。我らだけではとてもここまで来ることは出来なかった。悔しいがそれは紛れもない事実だ。じいは湊殿たちの、あの天船を見たことが?」
「はい。あれはまっこと神話の世界の神器の如き代物ですな。聞くところによるとあの方たちの世界でもたった七隻しか存在していない、本来ならば個人で所有することすら許されない貴重なものなのだとか」
「そうだ。湊殿たちにとっては我らも、そしてあの恐るべき大国である大雅すらも、等しく赤子のように弱き存在に過ぎないのだろう。あの天船の力を使えば彼らはいつでも簡単に藤宮軍を、そして大雅国も地図上から消し去ることができたはず。そうでなくともあの強大な魔力に裏付けされた鬼術と神のごとき剣技をもってすれば大雅の軍勢など歯牙にもかけぬに違いない。実際、単独で大雅の大軍を押し返していたしな。個であるにもかかわらず国すら滅ぼすことが可能な、まさに人知を超えた存在——それがあの方なのだ。にもかかわらずあの方は我らの矜持を理解した上で最も被害の出ない作戦を提案してくれた。湊殿には本当に感謝しかない」
「で、ありますなぁ」
そうこう言っている間に、敵将である大久保が七七に引っ立てられて連れてこられた。
「お、大久保っ、なぜお前が捕まっている。貴様は我が軍勢を率いて戻ってきたのではなかったのか? まさか、我が軍が負けたとでもいうのか? 貴様、どう責任を取るつもりだ?」
状況を呑み込めていない義憲が悲鳴交じりにわめき立てている。負けて捕まっているのはお前も一緒だろうがと誰もが心の中で思ったが、対応してやるのが億劫なのか、誰にも相手をされないでそのまま放置されている。
「お館様……。私の力が、及ばず……も、申し訳、ございません……」
力の無い言葉でそう詫びると、大久保はそのままガクリと俯いた。
そんな彼の表情にはかつて見られた彼の傲慢さなぞ欠片も残されてはおらず、激しい心労のせいか鋭かった視線は完全に虚ろで、疲労と心労によってか目元は濃いクマによって覆われ、髪はざんばらに乱れていて、足取りはおぼつかない。
そして、まるで時を飛び越えてしまったかのように急激に老け込んでしまっていて、消沈しているせいか、その姿は義國の記憶にある彼の姿よりも一回りも二回りも小さく感じられた。
今の彼は、誰がどう見ても見間違えようのない、まるで絵に描いたような戦に敗れた落ち武者そのもの。
偉丈夫としてのかつての面影はどこにもなかった。
大久保は義國の前まで引っ立てられてくると、そのまま崩れ落ちるように地面に膝をついた。
既に武器は取り上げられ、両腕はしっかりと縛り上げられていて完全に抵抗は不可能な状態であったが、そうでなかったとしても抵抗の力は残されていないように思えた。
城から誘い出され思わぬ痛手をくらい、敵軍の弱点を発見したと追撃したつもりが逆に罠にはめられて致命的な敗北を喫し、命からがら落ち延びてきた先では既に城が落ちていた。
その全てが敵の掌の上で踊らされていただけ。
大久保からすれば、悪夢以外の何物でもなかったであろう。
敵として同情は禁じ得ない。
だが、だからといって容赦はしない。
裏切りとはそれほどに重い罪なのだから。
義國と雪乃、そして奥羽軍の幹部たち。
捕縛された義憲と大久保。
そしてオブザーバーとしての四十無湊とその配下。
全ての役者が揃い、ようやくこの戦の終わりを始める時がやってきた。
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