第四章 奥羽国奪還戦 ⑧ 衣川城攻防戦・裏‐2
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衣川城松の間――四十無湊
衣川城を攻略して義憲を打倒するにあたって、当初軍議で義國たちが提案してきた作戦は、あらかじめ後方に兵を伏せておき、敗走を装いながら後退しつつ義憲軍を城から伏兵を伏せてある地点へとおびき出して、伏兵と挟撃してこれを包囲殲滅するというものであった。
戦国武将の島津家が得意とした、いわゆる「釣り野伏せ」である。
義國たちの祖先である源義経がこちらの世界に渡ってきたのは島津家が活躍する戦国時代よりも更に前の時代。おそらく歴史上で自害したとされる1189年前後だと予想される。
時系列から考えて義國たちが島津家の戦術を知っている筈がない。
なので、正確に言うと義國たちが提案してきた作戦は「島津の釣り野伏せ」に極めてよく似た作戦ということになる。
こちらの世界では分からないが、地球においては確たる実績のある戦術である。十分な数が揃わないまま城攻めをせねばならない今の義國たちが採れる短期決戦策の中では、おそらく最も成功する確率の高い作戦の一つであるのは間違いない。
ゼロからこの策を思いついたということは、義國たち自身の作戦立案能力が相当に高いということの証明でもある。
決して人の良いだけの国王というわけではないのだ。
長期的に見れば「釣り野伏せ」にこだわらずとも、衣川城を包囲しての兵糧攻めという手などもあるだろうが、義國たち奥羽国側としても、大雅軍の進軍先にあった町や村の民を安全な場所へと一時的に疎開させていることもあり、一刻も早く彼らを元の生活に戻してやらねばならない都合から、残念ながらそのようにのんびりと城攻めを行っている余裕がないというのが本音であった。
単純に早く勝てばいいということであれば、もちろん湊たちがこのまま『天下布武』で攻め込んで、砲撃もしくはミサイル一発で敵城を吹き飛ばしてしまえば今すぐにでもこの戦いは終わる。
そこまでしなくとも、湊、ルシル、五十鈴の三人の内のいずれか一人さえいれば、正面から敵城に乗り込んで義憲の首を獲ってくることなどそう難しい話ではないだろう。
帝国最強の円卓。それだけの実力があればこれくらいのことは朝飯前だ。
問題は、「可能だからとそれを行ったところで、一体何の意味があるのか?」ということなのだ。
この奥羽国が湊の国であるというのならば、それもいいだろう。
しかしルーツこそ同じではあるものの、所詮湊は他国の人間なのだ。
湊の勝利は決して奥羽国の勝利と同一視してよいものではない。
この戦いにおける湊たちの存在は、反撃の狼煙を上げるそのきっかけであってもいい。
ただし、反撃の主体であってはならないのだ。
一度他人から施される楽さを覚えてしまうと、次に自分たちに同様のケースの危機が訪れた時にも「また誰かが国を取り戻してくれるだろう」と他力本願になってしまうかもしれない。
湊たちが相手をするのは、あくまでもこの世界の異物である大雅国。
奥羽国の裏切者である義憲が統べている衣川城は、他ならぬ義國たち奥羽軍の手で奪還されることこそが望ましい。
アンリエストへ攻め込んできたトンガール軍を撃退するにあたって、湊たち地球出身者はその戦闘に一切の手出しを行わなかった。
それまで迫害されてきた亜人たちが自身の手でヒト種の軍に打ち勝つことが、彼ら自身の誇りを取り戻すために必要不可欠なプロセスであったからだ。
同じように義國たち奥羽の民もまた、自分自身の手によって裏切者から衣川城、ひいては大雅国から奥羽国そのものを奪還しないことには本当の意味での彼らの誇りは保たれない。
他人から与えられただけでは、義憲や大雅国の手から勝利を勝ち取ったことにはならないのだ。
そういう意味において、義國たちの提案してきた今回の作戦は実に心地良いものであった。
自分たちに何が出来て何が出来ないのか、それを理解した上で無駄な背伸びをせずきちんと地に足をつけている。
奥羽国の運命がかかっているこの状況でなお、彼らの提案してきた策には湊たちの手を借りることが想定されていない。
敵陣に放り込んでおけばそれだけで勝利が確定する湊たちの本当の実力を知っていてなお『釣り野伏せ』を提案してきたことが、なによりもその意思を示している。
『この国は他ならぬ自分たちの手で取り戻す!!』
この作戦からは、そんな義國たちの強い誇りと気概がひしひしと感じ取れた。
そもそも彼らが欲していたのは外からの援軍ではなく、大雅国と互角に戦える性能の銃である。
武器の性能さえ同等であるのなら、最初っから負ける気などしなかったのであろう。
そして今、そんな彼らの手には先の戦いで鹵獲された大量の銃と弾薬がある。
あくまでも「この奥羽国の国内に限って、これ以上大雅国からの援軍が来ないなら」という前提条件はつくものの、ある意味でもう彼らは湊たちの援軍をこれ以上必要とはしていないのだ。
城攻めには防衛側の最低でも3倍の兵力が必要になるといういわゆる『攻撃3倍の法則』に則って考えるのなら、敵軍の勢力の2倍程度しかない現状の奥羽軍の兵力はやや心もとなく感じる。
しかし、奥羽軍の戦力と士気、そして『釣り野伏せ』という作戦を持ってすれば、まず義憲率いる藤宮軍に敗北するようなことはないだろう。
ただし、敵軍を釣り出すという作戦の性質上、城攻めをする兵力が多すぎると敵が城に籠ったまま出てこない可能性があり、かといって少なすぎると、敗走してみせる際に釣りだした相手を最後尾で受け止めつつ撤退する必要性から、最終的に殿軍を担う味方の受ける被害が大きくなってしまう。
例え敵の釣りだしが成功して包囲殲滅が上手く機能したとしてもだ。
敗走を偽装する際に殿軍の最後尾を湊や五十鈴が務めれば大きく被害を抑えることは出来るが、アンリエスト関係者のこれ以上の直接投入は、湊たちも、そして義國たちも望んではいなかった。
となれば、湊が彼らにしてあげられることがあるとすれば、この味方の犠牲者を少しでも減らすためのアドバイスをしてやることくらいであった。
釣り野伏せという基本戦術をふまえ、湊が義國たちの作戦を聞いた上で提案したのは、彼らの人的被害を少しでも減らすための幾つかの助言と、戦闘には直接は関わらない部分での手助けであった。
戦闘に直接関わらない部分というのは、具体的には兵の輸送と情報戦に関してである。
細かいことは後述するが、湊たちが関わった輸送の一つの簡単な例としては、落とした橋に代わる渡河の手段の奥羽軍への提供である。
大雅軍の逃亡を防いで一網打尽にするためとはいえ、川を渡る唯一の手段である橋を落としてしまった。
必要なことだったと言ってしまえばそれまでだが、そのせいで敵本拠地である藤宮領への進軍にブレーキがかかっているのは紛れもない事実であった。
そして湊の指示で橋の爆破を実行したのは、他ならぬ湊配下のメイド、ロジエ・ロロッサである。
その責任を取って渡河の手伝いを湊が申し出たとしても、この際バチは当たらないであろう。
偵察兵からの報告で橋が落ちたという事実を知った義憲は、奥羽軍が進軍してくるのは相当先のことだろうと考えていたはずだ。
もし奥羽軍が単独でこれを何とかしようとしたなら、義憲の予想した通りもっと時間がかかっていたに違いない。
しかし、残念ながら奥羽軍にはそれを何とでもできる湊たちが味方に付いていた。義憲側には同じ地球出身の大雅軍が付いているのだから、これについてはある意味おあいこである。
予想もしていない勢力の介入による読み違いといえばそれまでなのだが、結果として奥羽軍の進軍のスケジュールが大幅に前倒しされたことによって義憲は完全に不意を突かれた状態になり、なんとか自分の領地に散らばる配下を決戦地である衣川城に招集することまではできたものの、伏兵の配置や罠の設置など戦の準備を行うだけの十分な時間を確保することが出来ず、糧食の確保も迫る奥羽軍への偵察に関しても不完全なままで、全体的に準備不足のまま戦に臨まなければならなくなってしまった。
この辺りも、湊たちの隠れたアシストということになるだろう。
川幅が広く流れが急な川を橋なしで渡りきらなければならないこの状況下で、湊が用意したのは輸送用ホバークラフト。それも軍用の巨大なものだ。
元々は海上にいる強襲揚陸艦から地上への兵器や兵員の高速輸送目的に作られているもので、水上、陸上問わず移動することができるホバークラフトは正にその運用にぴったりな乗り物といえる。
実際のところ、その積載能力はかなり高く、60トン越えの戦車だって載せて運ぶことが出来る。
帝国のホバーは他国の物に比べてパワーと積載量が大きいので一度に200~250名の人員を輸送することが可能だ。
それでも全体としてはかなりの往復が必要となるが、一から橋を造ることを考えればあっという間ともいえる時間短縮が見込めた。
もっと川幅が狭ければ簡易的に戦車すら渡れる橋を架けることが可能な帝国の39式戦車橋を使うことも出来たのだが、さすがに川幅50メートル級の巨大河川では出番がなかった。
こうして奥羽軍の移動に助力した湊であるが、これはあくまでも唯一の渡河手段である橋を落とした詫び的なものに過ぎない。
真の助力といえるのは、より綿密な衣川城攻略戦への助言である。
まず手始めとして忠告したのは、城に籠っている敵を釣り出す役割を持つ城攻め部隊の兵数と兵種の割合である。
具体的に言うと、天狗術を行使可能な武士と陰陽術師が半々。そして、天狗術が使えない通常の武士を一切入れないという普通では考えられない極めて尖った編成にするよう進言したのだ。
特に全軍の半数を陰陽師が占めるなどという編成は、それまでの奥羽軍では考えられないものであっただろう。
敵総戦力15000に対して城攻めにあたるこちらの戦力を12000としたのは、こちらの戦力が大きすぎると多少有利な状況でも亀のように城に籠ってしまう可能性があるため。かつ、釣り餌を垂らした時に敵側がそれに間違いなく食いついてくるであろうギリギリのラインを想定した結果である。
もちろん湊のこの提案は、義國たちから驚愕を以て迎えられた。
12000という数字は今奥羽軍が用意できる総兵力の半数にも満たない数字であることと、湊が指定した攻城軍の兵種の偏りがあまりにも極端だったこと両面からだ。
一部の幹部からは強い反発もあった。
過去に全く前例がない編成なのだから、その反応も無理はない。
しかし、湊から言わせれば、これは奥羽軍が敵を圧倒するために絶対に必要なものであった。
まず、全軍の半数を占める強力かつ圧倒的な陰陽術による遠距離破壊攻撃によって、城に籠る敵に「このままではまずいぞ」と強い圧力をかける。
次に、全魔力を使い果たした陰陽師といういわば死兵的存在を、亀のように城に籠っている敵を誘い出すための絶好な釣り餌にすることである。
事実として、城に籠っていた敵をまんまと戦場に誘い出すことに成功した。
しかし、湊がこの異端極まりない編成を実行したことの意味はそれだけではない。
前例のない規模による陰陽師の遠距離高密度攻撃によって、この時点で敵の遠距離攻撃部隊をことごとく壊滅させておくことにこそ、あえてこの尖りに尖った編成を実行した真意が隠されていたのである。
攻城戦というのは互いに遠距離攻撃を撃ち合い、攻撃側は隙を見て敵城への侵入を図り、防衛側はそれを阻止するというのが基本だ。
この原則は、いつの時代でも変わらない。
ただし、今回は敵城には近寄りすぎない。遠距離攻撃のみに専念するよう徹底させた。
この段階で城を陥とすつもりはないのだから、城壁を登る必要も城門に破城槌を打ち込む必要もない。不要に近付いていらぬ怪我をする必要などないのだ。
近付かずとも、こちらが敵城を攻める姿勢を見せている以上、敵側とすれば全力でそれを阻止しなければならない。
あえて城から撃って出るということでもなければ、当然その迎撃は弓や魔法、そして銃などによる遠距離攻撃によって行なわざるを得ない。
そこを超火力によって城壁ごと狙い撃ちにするのだ。
武士たちを主力とした通常編成ではもちろんそんなことは不可能だ。
その不可能を可能にするための、この極端に陰陽師に偏向している攻撃編成である。
まず全軍の半数である6000人の陰陽師の内、2000人を攻撃に一切関わらない防御結界要員とする。
従軍した陰陽師の実に3分の1もの人数をあえて防御にのみ専任させることで、まずは敵の遠距離攻撃を完全にシャットアウトし、味方の被害を限りなくゼロに近づける。
実際、ここでは味方から一人も被害が出なかった。
無理もない。極端に陰陽師に偏向した編成だから全陰陽師における防御要員の割合は3分の1、全軍においては6分の1だが、対する義憲軍における陰陽師の割合は全体の10~12%。数にして大体1500~1800といったところだ。
一般的に考えて、多くもなければ少なくもない。通常編成通りの数字である。
しかし、こうして数字を突き合わせてみれば良くわかると思うが、義國たち奥羽軍における防御専任の陰陽師の数は、義憲軍にいる陰陽師の最大数1800を上回る2000人。
いや、義憲軍でも200~300名ほどの陰陽師は防御要員として割り振るであろうから、実際に攻撃に参加する陰陽師は最大数でも1600名。
2000対1600。単純に数字だけ見ても、奥羽軍の陰陽師たちの防御力の方が義憲軍の陰陽師の攻撃力を完全に上回っているのが分かる。
敵方の陰陽師の数よりも400名ほど人数が多いのは、陰陽師以外の弓兵や大雅軍の銃による遠距離攻撃に対抗するためである。
こうして味方への鉄壁の防御陣を形成した後で、奥羽軍は陰陽師4000人分というこの規模の戦闘では通常あり得ないほどの超攻撃力を、城の防衛にあたっている敵陰陽師・弓兵・銃兵部隊へと魔力が枯れるまで何度も何度も叩きつけたのである。
しかも、より敵が密集して被害が大きくなりそうな場所から優先的に砲火を集中させてだ。
もちろんサムライたちだってその間ただ手をこまねいていたわけではなく、弓による波状攻撃を仕掛けている。
防衛にあたっていた義憲軍の遠距離攻撃部隊は、これら奥羽軍の猛攻によって文字通り消し飛んだ。
とはいえ、これは雷を司る神人『空狐』の玉藻の持つ圧倒的火力があってのことではある。
さすがは神人の一角とでもいうべきか。
いわば能力のほとんどを魔術に極振りしている雷撃のエキスパート。
恐るべき単体攻撃力である。
別次元の精神生命体である守護神と一体化してしまった魔を司る『魔女王』ルシルはちょっと別格としても、闇を司る『蟲人族の女王』ウルミラや水を司り海を支配する『王鯱族』と並び称されているだけのことはあるということだ。
ともあれ、奥羽軍の遠距離攻撃部隊と玉藻による猛攻によって、義憲軍の弓兵と陰陽師、そして城に詰めていた大雅軍の銃兵の大多数が失われてしまった。
予定通りというか、むしろ予定以上の戦果であったが、この戦果によって、この後城から撃って出てくる義憲軍の遠距離攻撃部隊は事実上ないものとしてカウントすることができるようになった。
やっかいな敵遠距離攻撃を封じることが出来たおかげで、これから先の奥羽軍の被害は戦闘の規模に比してかなり軽微なものに抑えられることになる。
このように、天狗術行使可能なサムライと陰陽師が半々というこの他に類を見ない尖った編成は、籠城を決め込んだ義憲軍に対して大きなアドバンテージを持つことになった。
だが一方で、もし義憲軍が籠城を選ばなかったら一体どうなってしまっていたのか?
結果的に籠城を選んだものの、城に詰めていた敵戦力は奥羽軍12000よりも多い15000ほど。
防衛側の利があるので可能性はそれほど高くはないものの、数の利を頼って義憲軍が戦場に撃って出る可能性は必ずしもゼロというわけではなかったのである。
そうなると兵力比は12000対15000。やや不利なのは否めない。
結論から先に言ってしまうと、その程度の敵の動きなぞ完全に湊の予想の範疇。
実行されたところで大した問題ではなかった。
そもそも兵の命がかかっている軍事作戦というものは事前にあらゆる可能性を盛り込んで作り上げるべきもので、いちかばちかの賭けで実行に移すようなものではあってはならないのだ。
奥羽軍にとっては、敵が籠城しようがしまいがどちらでも良かったのである。
敵が城から出て来てくれるようなことがあれば、それこそこちらの陰陽師部隊の絶好の狙い撃ちの的であるからだ。
城という身を隠すにうってつけの障害があったからこそ、陰陽師たちの全力攻撃にも敵近接部隊は無傷でいられたのだ。
もし城に籠らず無策に撃って出てきていたならば、前線が接敵するまでの間、陰陽師側からすれば敵兵を狙いたい放題、撃ち放題である。
もちろん、その程度のことは義憲軍も承知の上で出撃してくるであろうし、それによる被害はあらかじめ織り込み済みではあろう。
しかし、全軍の半数が陰陽師という敵側の予想を遥かに上回る超火力がそれを許さない。
そんな彼らが魔力の消耗を気にせずガンガン陰陽術を撃ちまくるのだ。
攻城戦の時と同じように6000人の陰陽師の内、4000人を攻撃専任として、残り2000人を攻撃に一切関わらない防御結界要員として確保する。
この攻撃専任の4000人の陰陽師+玉藻から放たれる全力の集中砲火は恐ろしいまでの威力を誇る。
なにしろ、城壁があってなお敵遠距離部隊を有無を言わさず薙ぎ払ったほどだ。
それほどの威力を誇る超攻撃力が、敵先鋒部隊に一気に叩きつけられた。
まず最初に移動速度の速い天狗術行使可能なサムライたち4000名が無防備のまま陰陽術の集中砲火を喰らい、1000名ほどは問答無用で消し飛ばされる。残りだって決して無傷というわけではない。
そんな危機的な状態で彼らは最前線に躍り出てくる奥羽軍のサムライ6000名と交戦を始めることになる。
当然この6000名は天狗術の行使が可能な者たちであるから、戦力の質が同等だったとしてもこの時点で兵力は6000対3000。実力は同じなのにこちらは2人がかりで敵1人を斬り捨てればよいのだから、勝負は目に見えている。
少し時間をおいて移動速度に劣る天狗術が使えないサムライたちが到着するが、こちらも陰陽師からの激しい攻撃を受けて満身創痍の状態な上に、そこに待っているのは、最初に接敵した精鋭たちが半壊した後の、かつ自分たちより実力が完全に上回る敵主力がほぼノーダメージで待ち構えているという完全な死地である。
後続の到着によって義憲軍の数は一時的に持ち直すが、いかんせんその実力には天地ほどの開きがある。
この時点で完全に勝敗は決する。
仮に、本当に仮にだが、初手の精鋭同士のぶつかり合いで苦戦するようなことがあったなら、その時はじりじりと後退して敵を引きつけつつ遅滞戦術に努め、伏兵としてあらかじめ後方に伏せてある部隊を逆にこちらへと呼び寄せてしまえばいい。
もちろん、伏兵としてではなく後詰めの部隊としてだ。
この部隊には敵から鹵獲した銃器が配備されいるので火力が非常に高い。彼らが到着さえすれば勝負は一気に決する。
どんな推移を辿るにせよ、奥羽軍の勝利は動かない。
ただ敵が籠城した時と比べて若干味方の被害は大きくなる。
やはり味方の損耗率は低いに越したことはないので、湊はより確実に義憲軍に籠城を選択させるため、少しだけ後押しをしてやることにした。
それが、義憲あてに入った大雅国からの援軍の報せである。
義憲には知る由もないことであったが、既に大雅国の艦隊は西陣宮子が操る『天下布武』によって敗北してしまっている。
大雅国にはもはや大量の援軍を輸送するだけの手段が残されていなかったのだ。
かつて雪乃姫が大陸に渡る際に使った貿易船が使えなくもないのだが、その程度の船を2、3隻都合したところで運べる人員などもはや誤差の範疇を出ないだろう。
万が一大雅国がありったけの貿易船を動員して攻め込んできたとしても、奥羽国への上陸は湊たちが許さない。
つまり、大雅国から援軍がやってくることなど最初からあり得ないのである。
では、義憲宛てに入った援軍の報せは一体何だったのか、ということになる。
それについてはそんなに難しいことではない。
単純に湊たちの流した欺瞞の情報だったというだけだ。
大華語に限らずあらゆる言語を自由に操れる湊にとって、偽情報を流すことなど造作もないことであった。
大雅国の艦隊を降伏させた際、宮子は敵艦隊に対しては通信妨害を行わなかった。
雅艦同士が連絡を取り合っていたことからもそれは明らかである。
だからといって、宮子が何もしていなかったという訳ではない。
実際のところ彼女はきっちりと通信妨害を行っていたのである。
ただし、『天下布武』が妨害をかけていたのは大雅艦隊に対してではなく、奥羽国の首都平泉へ向けて進軍中の部隊の通信機器と、衣川城に残っている大雅国後詰部隊の通信機器が存在する方向に対してである。
帝国の空中戦艦から降伏を迫られているという知らせを艦隊の通信兵たちは奥羽国にいる味方へ懸命に流していたはずだが、残念ながらそれらの情報は全て宮子たちによって封じられていた。
大雅国の軍勢が湊たちの介入によって壊滅した時も同じである。
決して通信兵たちは自分たちの仕事をさぼっていたわけではない。外的要因によって自分たちの動きを完全に封じられていただけなのだ。
要するに、衣川城に設置された大雅軍通信部隊が連絡を取り合っていたのは本国の司令部などではなかった。
鹵獲された艦隊の通信機を使った湊たちだったのである。
この異世界において電波を用いた通信機器を使用している勢力など自分たちくらいだろうと高をくくっていたのだろう。
大雅軍は自分たちの通信を暗号化することさえ行っていなかった。
もちろん『天下布武』の頭脳である『てんかちゃん』にかかればどんな暗号だったとしてもあってないようなものなのだが、それにしても大雅軍の情報管理はあまりにもおそまつなものであった。
湊の発した嘘情報に乗せられて大雅国から援軍が来るとすっかり思い込んでしまった義憲は、即座に籠城戦を決意する。
籠城戦とは基本的には援軍があることが前提の戦術だ。
逆に言えば、攻撃側と防衛側の数が近くて、さらにそこに援軍のあてがあるのだから、籠城戦を選ばない理由がないのだ。
義憲は選ぶべくして籠城戦を選択した。いや、選択するようにしむけられたのである。
結果はご存じの通り。
魔力が枯渇した陰陽師という絶好の餌に食いついた義憲軍をまんまと城から誘い出すことに成功し、天狗術を使える者と使えない者との速度差を利用した数字のマジックで痛打を与える。
陰陽師を先に逃走させ、その場に残ったサムライたちが彼らを逃げ切れるだけの時間を稼いだ後、後続の部隊が到着するギリギリのタイミングで撤退していく。
計画通りの行動だった。
さらに『サムライたちの進行速度ならばまだ陰陽師たちに追いつける』と思わせることで、伏兵が潜んでいる地点まで誘引する。
『魔力切れの陰陽師たちを今だったら労せずして仕留めることが出来る。今を逃したらその絶好の機会は永遠に失われる』
攻城戦でその恐ろしさを身に染みるほど体感してしまったからこそ、その誘惑に抗うことは難しい。
このまま放っておいたら魔力が回復してまたあの超火力の術の雨を喰らうことになってしまうという危機感も、それを後押ししたはずだ。
こうしてまんまと伏兵が待っている地点までおびき出された藤宮軍は、大雅軍から鹵獲した銃を手にした陰陽師たちと伏兵による側面からの奇襲によって蹂躙され、敗走を余儀なくされた。
戦力とみなしていなかった魔力切れの陰陽師たちが突然凶悪な部隊へと変貌したのだ。
大久保たちの受けたその衝撃は察するに余る。
最初の陰陽師たちと伏兵による攻撃が成功した時点で勝敗は既に決していた。
あまりにも奇襲が上手くはまってしまったため、渦中の大久保たちは混乱の極みに達して部隊を立て直すことができなかったからだ。
指揮官である大久保が一目散に戦場から逃げだしてしまったことも、藤宮軍の混乱を助長した。
その場にとどまっていてはまずいという大久保の判断自体は決して間違ってはいなかった。
だが、撤退の指示が全軍に共有されなかったことで前に進む者と逃げ出そうとする者双方の動きがぶつかり合って、藤宮軍全体の動きが中央で停滞してしまうことになってしまった。
その結果、奥羽軍の集中砲火の絶好の的になってしまったのだ。
この時点で、藤宮軍は崩壊した。
後は、投降せずにそのまま敗走していく敵兵をサムライたちが追いかけて追撃をかけるのみ。
結局ほとんどの兵は死ぬか脱走するか降伏するかして、城を出た時は12000名いた藤宮軍も、最終的に大久保に付き従うのは1000名ほどになっていた。
そして、命からがら逃げ戻ってきた大久保たちが目にしたのが、既に落城して義國たちの手に落ちた衣川城の姿だったというわけだ。
衣川城から藤宮軍を誘い出し、敗走を装いつつ敵を引きつけて、最終的に伏兵で挟撃して殲滅する。
結果を見て分かる通り、この作戦は完璧にハマった。
しかし、伊勢や片岡、そして神人である玉藻たちに任されたこの作戦は、あくまでも湊が提案した策の一部分に過ぎない。
この作戦の真の目標は、敵の本丸衣川城。
伊勢や片岡たちが軍を率いて藤宮軍を誘い出したのは、主力がいなくなってがら空きになった衣川城へ向けて義國が率いる強襲部隊3000名が攻め込むためのものだったのだ。
「がら空き」と一口に言っても、それはあくまでも比喩表現であり、いくら義憲であっても文字通り城を空っぽにするほど馬鹿ではない。当たり前ではあるが、衣川城には最低限の守備部隊は残されている。その数およそ800~1000程度。
両者の戦力差はおよそ3倍。
『攻撃3倍の法則』に則るならば、「激戦の末に何とか城を落とせそうかな?」という数字だ。
これだけを聞いたら、「他の戦場では極力味方の犠牲を減らすように策を練っているのに、ここで激戦を繰り広げたら何の意味もないのではないか?」という疑問が湧いてくるかもしれない。
その疑問は正しい。
ただし、敵城に侵入するにあたって正面切って戦っていれば、だ。
敵の城を落とす攻城戦で、何が最も困難かというと、敵の守りを破って城内に侵入することだ。
ただ、一概に城内に侵入するといっても、城には様々なタイプがある。
海城とか山城とか平城、平山城とか色々あるが、この場合はそういう意味のタイプではなく、城と街との関係性のことだ。
山の頂上に築かれた砦。もしくは、街中にあっても城の周囲だけを水堀や石垣などで囲って独立しているという感じの日本の城でよく見られる街と城が別々のタイプ。
松本城や天守閣はないが上田城、函館にある五稜郭などがこれに分類される。
城下町そのものを城塞(もしくは堀)でぐるっと囲って、街の真ん中に城を構える城塞都市タイプ。こちらは西洋でよくみられるタイプだが、日本の城においても小田原城や石山本願寺(大阪城)、江戸城などはこれに分類される。
今回の攻略対象である衣川城は後者の城塞都市である。
この奥羽国を興した義経の時代には天守閣はまだなかったことと、義経がこちらの世界に渡ってきた時、西から流れて来て既にここの先住民であった亜人たちの街づくりの影響を受けていることもあり、どちらかというとこの国の建築物は西方の様式に寄っている傾向があり、そこに義経たちが持ち込んだ和の要素が混ざり合って地球における西洋とも日本とも微妙に異なる独自の様式に進化を遂げている。
藤宮領の領都である衣川は、周囲を海と川そして城塞で囲まれ、その街の中に城が存在している。
ただし、城があるのは街の中心部ではなく、もっと奥まった場所である海に面した絶壁の上である。
この城から真っすぐ下ったところに大陸と交易する船が停泊する港がある。
城から港が近いのは、大陸から運んできた品を運び込みやすいようにした結果であろう。
港と城との距離が近いため海側からの襲撃に弱いように思えるが、この世界の海には王鯱族がのさばっているため、大型の船や大船団などは発達しなかった。
そのため、衣川を陥落させられるだけの人員を海路で運んでくることが困難であり、そのため海側の防備は薄めでも問題がなかったという経緯がある。
我が物顔で海を航海できる大雅国の艦隊や湊たち帝国の戦闘艦などは、この世界では例外中の例外なのである。
もっとも、王鯱族の族長と拳を交えてきちんと「O・HA・NA・SHI」した湊たちとは異なり、大雅国の艦は王鯱族の妨害で大陸からそれほど遠くまでは出ていけなかったようだ。
覇権主義国家である大雅国の艦隊が、黒船よろしく海の向こうの国家に対してお得意の艦砲外交をしようとせずいつまでも奥羽国の近くをちょろちょろしていたのも、侵略中の奥羽国へ圧力をかけるという目的もあるにはあったが、王鯱族の圧力や燃料補給などの問題もありそれ以上外に出ていけなかったというより現実的な理由もあったらしい。
型遅れとはいえ現代艦なのでそれなりに王鯱族に有効な装備もあっただろうが、それ以上に王鯱族の集団戦術がやばかったということだろう。
王鯱族は水を司る神獣であるからして、一人一人が強力な水魔法の使い手である。
そんなのが集団で襲いかかってきたら、さしもの王鯱族もある程度の犠牲は覚悟しなければならないだろうが、それ以上に大雅国の戦闘艦に被害が出ていたはずである。
大雅国の前身である大華国から異世界に消えた戦闘艦の数と鹵獲した数が合わないことから考えて、既にそれなりの数が撃沈されていると考えられる。
思い返すに、最初に王鯱族に接触した際に受けた激しい憎悪も、同じ地球製の艦を持つ湊たちを大雅国の艦と勘違いしたことによるものだった。
王鯱族も大雅艦からかなりの被害を被っていたらしいので彼らのその対応も無理はないのだが、そのせいもあってこちらの話に耳を傾けてはもらえず、冷静に話し合う前に一度力ずくで押さえつけた上でこちらの言い分を無理矢理聞いて貰わなければならなかったのだ。
本当に迷惑な話であった。
いずれにせよ、大雅国と王鯱族いずれもが痛い目を見たことで互いに互いの領域を犯すのが難しくなり、申し合わせこそないものの、近年では互いに不可侵という不問律が自然と出来上がっていたようだ。
地球にいたころはしつこいくらいに周辺国に対して領海侵犯していた大雅にしては少々大人しいとは思う。
だが、なにしろ地球にいたころと異なり、王鯱族には強力な魔法がある。それによって損耗した部品だって易々と調達することができない。
修理するための大型ドックだって、仮に似たようなものが作れたとしても十分な設備が揃うとは思えない。
そして何より、肝心の弾薬の補給のあてが全くないのだ。
大雅艦隊が王鯱族とのいざこざを避けようとするのはごくごく自然な流れであっただろう。
大陸近海のみが活動範囲になったのは自明の理であった。
一旦話を戻すが、義國たちは旗下3000の兵で1000人が守る衣川城を攻略しなくてはならなかった。
しかし、正面から戦っては、例え勝利することが出来ても味方の被害は大きくなってしまう。
だからといって、味方の被害が大きくなることは、湊の方針上到底容認することはできない。
それでは、どうすれば被害が少なく衣川城の城門を突破することが出来るのというのだろうか。
簡単な話である。
敵自らに進んで義國たちを招き入れて貰えばよいのだ。
強行偵察隊を送り込んで密かに城門を開けさせるというのか?
――否。
そもそも敵側にこちらが送り込んだスパイがいるのか?
――否。
そんなことをせずとも義國たちは堂々と城の中に入るこむことが可能だったのだ。
ただしそれは城門のある正面側からではない。
そちらからの攻撃はないとすっかり油断しきっている海側からである。
ここで思い出してほしいのは、衣川城に詰めている義憲を始めとする藤宮軍、そして奥羽国攻略へ大部隊を送りだした後の留守を守る要員として城に配されている大雅兵たちは、自分たちを遥かに上回る技術・兵器を持つ湊たち帝国がこの戦いに介入している事実に未だに気付いていないという点だ。
彼らは大雅国の艦隊がとっくの昔に降伏していることも知らないし、おそらく敗北しているのだろうということは薄々気付いているものの、どうやって奥羽国の首都平泉をも陥落させた大雅国の大軍が敗れたのかまでは知らないままだ。
そして、湊の流した嘘情報によって騙されて、今この瞬間も大雅国から援軍が来ると信じて疑っていない。
何の情報も上がってこないのだから当たり前の話である。
だからこそ、そこにつけ入る隙がある。
要点だけを端的に説明すると、『捕虜にした大雅兵たちから剥ぎ取った装備を身に着けた義國たちを乗せて、同じく大雅国から鹵獲した艦隊で衣川の港に乗り付けてやった』のだ。
艦から降りてきた義國たちを大雅からの援軍だと信じて疑っていない藤宮兵たちは、もろ手を挙げて彼らを迎え入れた。
入港にあたっての大華語でのやり取りは全て大雅兵に扮した湊が行ったので、疑われる余地は全くなかった。
艦隊の操艦についても、宮子の能力『|機械の女王《Deus Ex Machina》』があるので何の問題もない。
こうして、義國たちは、仲間が全員降艦したのを確認してから、すっかり油断しきっている藤宮兵を横目に、衣川城へと襲いかかったのである。
城にはまだ少数だが銃器を所持している大雅兵が存在していたが、彼らからの抵抗は全くなかった。
大雅本国の指令を装って、湊が事前に城にいる大雅国の指揮官へ秘密の通信を送っていたからだ。
即ち、「この度、大雅本国は義憲との協力関係を解消し、藤宮領を、そしてこの奥羽国を大雅国のものにする決定を下した。艦隊でそちらへ送る兵は義憲への援軍ではなく、藤宮軍が奥羽軍と戦っている隙をついて衣川城を落城させてしまうための奇襲部隊である。この攻撃の際、下手に城内をうろついていると味方の攻撃に巻き込まれてしまいかねないので、援軍が到着したという一報が入ったら、城に残っている部下たちを一か所に集めて中から鍵をかけ、絶対に外に出てこないよう指示を徹底しろ。万が一奇襲部隊と遭遇することがあっても同士討ちになってはいけないから絶対に武器を向けるな」……と。
本国の指示だからとすっかり騙された彼らは、指令通り会議室に籠って事が終わるのを見守った。
ちなみに、その前に行われた奥羽軍からの攻撃に対して彼ら大雅兵たちが城の防衛に動いていたのは、「本国からの奇襲軍が現れる前に城が陥落してはまずいから」である。
そんな彼らは、この後会議室に突入した湊と五十鈴に残らず捕縛される運命にある。
こうして、衣川城内にいる最も厄介な銃器を持つ部隊がその動きを封じられ、逆に大雅軍から鹵獲した銃器を持つ義國たちは、武器の質で勝っている上に藤宮軍の3倍の兵力で奇襲したこともあり、あっという間に衣川城を制圧していった。
面白かったのは、ひっ捕らえた義憲ですら、大雅軍の制服を着た義國たちが目の前に現れて種明かしをするまでは、此度の事態が大雅国の裏切りであると信じて疑っていなかったことだろうか。
そして、頼みの大久保たちも捕らえられた結果が、このざまである。
「義國! 貴様、このような卑怯な手で騙し討ちをして、武士として情けなくはないのかっ!!」
顔を真っ赤にして義憲が吠えている。が、
「叔父上、そういうセリフは、身内を裏切り、国を裏切り、仲間を裏切って外つ国へと売り渡そうとした卑怯者の言ってよい言葉ではないのですよ」
そんな叔父の姿を憐れむような視線を向けて、淡々とした口調で義國は告げる。
「貴様は大雅国の恐ろしさが分からないからそんなことを言えるのだ」
「分かっていますよ。叔父上、口先だけのあなたよりも直に戦った我らの方が遥かに……ね」
「では、儂の行動が正しいものであることも分かるであろうが!」
「分かりませぬな。事実、大雅の威を借りた叔父上はこうして床に這いつくばっているではないですか」
「こんな劣勢、大雅国が本腰を入れてこの衣川を奪還しにくればすぐにでも……」
「叔父上は既にお気づきかもしれませぬが、その大雅国は本来この世界の者らではございませぬ」
「そんなことはとうに気づいておる。だからこそ、き奴らの技術を盗みつくすまでは黙って従ってみせてやらねばならぬのだ」
「ほう、では叔父上はどうして彼らが自分たちの故郷を捨ててまでしてこちらの世界に渡ってきたかご存じか?」
「そんなの、儂に分かるわけがなかろうが!」
「では、わたくしがそれを教えて差し上げましょう」
義國と義憲の間に入って、そう横から切り出したのは雪乃姫だった。
「お前ごときが儂に何を教えるというのだ」
「愚かな叔父上が知らないことをです」
「愚か、貴様、儂が愚かだというのかっ!」
「叔父上こそ、自らの立場をよく弁えた方がよろしいかと思いますよ」
「………………」
あれだけ威勢の良かった義憲が急に黙り込んだのは、すらりと刀を抜いた七七によっていつの間にか自身の首元へと刃を突き付けていたからである。
「叔父上が頼りにしている大雅国ですが、先ほど兄上がおっしゃったように今わたくしたちがいる世界とは違う、もっと技術が進んだ世界からやってきました」
「……それがどうした」
「元の世界はあんなに大きい鉄の戦船を幾つも作り出せるほどに栄えているというのに、どうして彼らはこんな何もない世界で一からやりなおさなければならなかったのですか?」
「そんなこと儂が知るはずもなかろう」
「答えは簡単です。彼らはこちらの世界へ逃げ出してきた逃亡者だからですよ」
「と、逃亡者だとっ」
「そうです。彼らは戦に敗れ、国家事業に失敗し、国際政治の場でも追い詰められ、逃げるようにしてこちらの世界に逃げ込んできた逃亡者なのです」
「馬鹿なっ! あれほどの技術があるというのに、そんなことがあるはずがないっ!」
「叔父上、どこの世界にも上には上がいるのです」
「そ、そんな……」
「そして、逃亡した者がいるということは、それを追いかける者がいたとしても何の不思議もないということです」
視線で雪乃姫に促されると、湊は前に出る。
既に大雅国の軍服からの着替えは済ませている。
いつものラフな服装ではない。
青みがかったグレー地にところどころ入っている白のラインによるアクセントを基調にしている、魔法帝国神無が正式採用している軍服である。
どうしてか帝国のデザイナーが妙に気合入れて頑張ってしまったもので、上着は背広ではなく膝上まであるコートチックなスタイルで、全体的に細身でスタイリッシュでありながらどこの国の軍服とも異なる逸品となっている。旧来の自衛隊の制服に倣った帝国の防衛軍のものとは明らかにデザインが異なっているので一目でその違いがわかる。
左胸には渋谷公爵の紋章とともに各種き章と剣聖の証が、階級を示す襟元には14の数字の入った円卓のき章が、左腕には帝国の国旗「夜桜月の丸」を模したワッペンが縫い付けられている。
「なんだ。貴様、何者だ?」
明らかに奥羽国の服装とは異なるが、大雅軍のものではない軍服。
何かが違うと、義憲にもそれくらいは分かるらしい。
「初めまして。私はここから遠き西の地にあるアンリエストという国を治めている王、四十無湊と申します。ですが、お見知りおきはいただかなくとも結構ですよ」
「はあ? そんな奴がこんなところに一体何の用があるというのだ?」
「……この世界へと脱走した大華軍の残党——今の大雅国が悪さをしていた時、それを始末するために渡ってきた『追跡者』でもあります」
「………………!!」
「湊様の所属している国家は異世界で最も強大な力を持つ国家だそうです。大雅国の前身であった国家もそこに手酷く敗北したことでこちらの世界に逃げ出してきたそうですよ」
「そ、そんな……まさか……。あの大雅だぞ、あの国を超える国が存在するなどと」
雪乃の補足に身を震わせて慄く義憲。
「信じてもらう必要はありませんよ。言いましたよね、『お見知りおきいただかなくとも結構です』と」
「信じんぞ、儂は信じんぞ! いや、仮にそれが真実であったとしても構わん。例え儂がここで朽ち果てようともきっと義竹が敵を討ってくれる。何年、何十年先になるか分からぬが、きっとやってくれるはず。いつ何時寝首を搔かれるか分からぬ恐怖を知るがいい。貴様らに安息の時は永遠に無いと思え!」
だから、信じなくていいと言っているのだが。
「信じるも信じないも、わたくしたちが何に乗って港に乗り付けてきたと思われているのですか? 湊様たちが大雅国から鹵獲した艦隊ですよ。叔父上には大変残念なことかと思いますが、大雅国にはすでにこの国に兵を送る手段が残されておりません。もしそれが可能だったとしても、義竹殿が叔父上の敵を討つのは不可能な話ですけれども……」
「不可能だと? 貴様、義竹を馬鹿にしておるのか? あやつならきっとやってくれる。笑うなら今のうちに好きなだけ笑っておけばよい。あとで吠え面をかいて後悔すればよいのだ」
「馬鹿にするもなにも、義竹殿は既にこの世におりませんので、叔父上が死者を生き返らせる手段を持たない限り、不可能かと存じます」
「義竹がこの世にいない? 貴様、自分が何を言っているのか分かっておるのか?」
「首が胴体から離れた状態を死と呼ばないのであればそうなんでしょう。ですが、義竹殿はそうなのですか?」
「そんなはずなかろう! そんな者がいたらその者はもはやアンデッドだ」
「叔父上の仰る通りです。ですから、七七に首を斬り落とされた義竹殿が生きていることはあり得ないと申し上げております」
「七七に首を斬り落とされた? 何を馬鹿なことを。義竹は今……」
「残念ですが………大雅国にはおりませぬ」
「なぜそれをっ! なぜお前が義竹が大雅国にいることを知っている!」
「わたくしが西方へ向かう際に大雅兵を引き連れて出迎えてくれましたよ? その上でわたくしが無事西方に至って今ここにいることの意味、お分かりになりますよね?」
「義竹が、出迎えた? どうして……なにゆえにあやつが直接動く必要がある?」
「さあ? もしあの世というものがあるのであれば、お亡くなりになられてから本人に直接尋ねてみられてはいかがでしょうか?」
『あの世』か。
雪乃姫は『地獄』と直接的には言わなかったみたいだが、ここにいる全員が後者を頭に思い浮かべていることだろう。言われた当の本人を除いてだが。
「大雅国からは義竹の安否に関わる連絡は入っていないぞ!」
「大雅国が知っていて黙っているということではないですか? わたくしが西へ向かって以降、本人からの連絡はあったのですか?」
「……………………」
急に義憲は黙り込んでしまった。
雪乃姫から指摘された内容にどうやら心当たりがあったようだ。
「そ、それでは本当に?」
「はい。義竹殿はすでにお亡くなりになっております」
「そ、そんな…………」
息子の死がよほどショックだったのだろう。
地に伏したまま、意気消沈したように義憲は涙を流した。
人目をはばからず男泣きに泣いた。
だが、急に嗚咽が止まったかと思うと……。
「許さぬ……」
悲しみは、瞬く間に怒りへと変わる。
「許さぬ、貴様らは絶対に許さぬ。殺したくばさっさと殺せ! たとえ死して地獄に落ちようが、必ず貴様らを呪い殺してくれる!」
血の涙を流さん勢いで義國、雪乃たち、さらにそのついでに湊を睨みつけてくる。
よほど自分の息子が可愛かったのだろう。たとえどんな愚か者であったとしても。
肉親の絆というものはかくも濃く深いものなのだ。
だが、そんなことは湊には関係がない。
黙ったまま湊はツカツカと義憲の元へと歩み寄る。
「な、なんだ貴様っ」
右手に魔力を込めると、有無を言わさず睨みつけてくる義憲の顔をガッと鷲掴みにする。いわゆるアイアンクローである。
右腕から黒く禍々しいオーラが立ち上がると、漆黒の魔法陣が浮き上がる。
「な、何を?」
質問には応じず、そのまま義憲の額へと魔力を注入していく。
「さっさと殺せ? 死して地獄に落ちようが? あなたはいったい何を言っているんですか?」
頭を掴む腕に力を込める。
「ぐっ、ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁあぁああぁっ! やめろっ、頭が、頭が割れるっ!」
悲鳴が上がるが、そんなのは構わない。
「森に籠った義國殿たちを誘い出すため、あなたが領地から大雅兵たちに差し出した人質たち。彼らがいったいどんな目に遭ったか、どんな苦しみを味わったか、ご存じですか?」
「くあぁぁぁ、くそっ、そ、そんな下賤なもの、の……ことなど、儂が……知ったことでは、ないわ……」
ああ、知っていた。
この男がそういう人間であることも、質問に対して返される言葉についても。
最初っから何も期待はしていない。
この質問は、これから自分に起こる出来事が、自分が何をしたことによって引き起こされたものなのかを教え、その行いを長く長く後悔させるためのものだ。
湊は、静かに嗤った。
「はは、可笑しいですね。なんで簡単に死ねると思っているんですか? なんで簡単に死なせて貰えると思っているのですか? 自分がしでかした行いの償いさえも果たさないまま安易に死に逃げられると? 許さない? 呪い殺す? その言葉はあなたの愚かな行いによって無残に死んでいった無辜なる民こそが言うべき言葉です。残念ながら死んでいった彼らにはもう泣くことも怒ることも恨むことも呪うこともできない。だが、無残に殺されていった彼らの骸に無念は必ず晴らすと、そう私は約束しました。それがあなたに対する彼らからの呪いです」
「ぐぐっ、なんでだ。儂の支配する領の、民がどうなろう……が貴様には関係の、ない話であろうが」
「関係? 確かにありませんね。ただ単にあなたの行いは人として胸糞が悪かった。そしてそれが私の気に障った。それだけのことです」
「そ、それだけのことで……」
「そうです。それだけのことであなたの平穏な人生は終わりを告げます。永遠にね。では、この場において改めて私からの自己紹介をさせていただきましょう。私はアンリエストの王にして魔法帝国神無・渋谷公爵及び円卓第14位、四十無湊。あなたの生殺与奪の全てを握る者です。これから長い付き合いになりますからね。特に親しい間柄ではありませんからよろしくとはいいません。私からかける言葉があるとすれば、あなたには死すら生温い。死よりも辛い苦しみがあることを実感し、どんなに死にたくても死ぬことができない地獄を味わいながら、力も権力も魔力も他人からの支えもない脆弱で孤独な姿で、せいぜい長く生きて、長く苦しんで、愚かな自分の行いを後悔し続けてください。強制契約 《隷属化》」
湊に捕まれた顔から順に首、胴体、手足へと漆黒のオーラが覆い尽くしていく。
全身が黒く染まり切ったかと思うと、今度は一転して左胸へと向けて急速に収縮しだした。
最後は心臓の上あたりでナイフくらいの大きさの杭に変化したかと思うと、ズブズブと胸の中へと沈んでいく。
「ぐあぁぁぁぁっ……」
義憲は一度ビクンと震えたかと思うと、そのまま意識を失った。
術の前と後で外見上で判別出来る差異は、義憲の首元と両手の甲に刻まれた入れ墨のような模様の印章だ。
しかし、見えていないないだけで同様の物が両足の甲と心臓の上にも刻まれている。
もはや陰陽術も天狗術も、魔力を行使するような一切の行動がその使用を禁じられてしまう。
生殺与奪の権利の一切が奪われ、湊の命令を拒否することができない。
それこそが体と魂に埋め込まれた虜囚の証である。
これは、無条件で対象を隷属させるこれはもの凄く危険な技術だ。
能力の覚醒が前提の技術であるので、能力者なら誰でも可能なものではない。
だからといって覚醒していれば可能という類のものでもない。
帝国最強の円卓であっても、使えない者の方が多いのだ。
帝国で現在確認されている眷属契約行使可能な術者は、円卓3位 椎名麻耶、7位 黛雛子、9位 夜凪虎徹子、13位 高瀬近衛、そして14位の湊だけだ。
1位の霧咲円や、2位の帝国皇帝御影数馬ですら使えないのである。
眷属契約が発現するする能力には幾つか傾向がある。
椎名麻耶のような精神に作用する力を持つ者、黛雛子と湊のように生命力や魔力を奪取する力を持つ者、夜凪虎徹子の自身が享楽に生きるための邪魔者を排除する手段としての悪女の力として、そして高瀬近衛のような悪しき者の行動を律し矯正するための勇者の力として、である。
故人であれば、かつてPKギルドのギルドマスターとして恐怖を撒き散らした『獣王』矢神清師の軍団を作り上げる能力などというものもあった。
麻耶に関しては未成年ということもあり、この力の有事以外の無許可使用を禁止させているから現状でこの能力を能動的に使えるのは4人。
いずれも凶悪な犯罪者たちへの断罪の手段として使用されている。
湊は自分が正義を執行しているなどと驕るつもりはない。
この世の全ての犯罪から被害者を救えるわけでもない。
この能力を使うのはあくまでも自分のためだ。
平気で他人から命や財産を奪ったり弄んだりする者が気に入らないから、能力を行使している。
外道な行いをして反省も償いも行おうとしない者が、咎めを受けることも裁かれることもなくのうのうと生活しているのが気に入らないからその者の行動に応じた後悔を与えているだけであり、結果としてそれが公共の福祉に適っているいるだけなのだ。
裁判官を内包する権力を持つ帝国の公爵でありアンリエストの王である湊だからそれが許されているという面はある。
人によってはそれを尊大であるとか傲慢であるとか言うのだろう。
まあ、知ったことではないのだが。
いずれにせよ、義憲には以後の人生において一切の自由はない。人権も労働基準法もだ。血反吐を吐くような過酷な労働の中で死を望むほどの苦しみにあって、その苦しみから死に逃げる権利すらない。
湊の命が続く限り、この無限牢獄は続く。
ともあれ、これで源義憲の裏切りと大雅国の大軍の進軍に端を発する一連の奥羽国の動乱には一応の片が付いた。
あとの問題は被害の賠償と戦後の復興だが、依然として大雅本国は健在であるい以上、賠償の方は後回しにせざるを得ない。
だが、復興に関しては『かかる費用は最低限の衣食住のみ、過酷な肉体労働にうってつけでしかも最低限の休憩と睡眠だけでバリバリ働いてくれる給料ゼロの労働力』が大量にいるためさしたる問題はないだろう。
大雅兵の中でも非道な行いに手を染めていない者には順次帰国してもらうことになっているが、あれだけの恐怖を刷り込んでおけば、二度とこの国に手を出すような馬鹿な招集に応じることはないであろう。
「さて、それでは次なる目標である大雅国征伐にとりかかるため、私も天下布武に戻るとするk…………」
「あいや、ちょっと待たれよ」
踵を返そうとする湊の肩にポンと手が置かれる。
「湊殿、我が妹とおまけに七七の将来について少々お話しておきたいことがあるのだが……。もしかしたら将来義兄と呼ぶかもしれない仲なのであるからしてじっくりとお話を伺いたいのだが、時間を取っていただいてもよろしいですかな?」
「……あっ、はい」
少々なのかじっくりなのか。義國の論調は完全に背反してしまっている。
舌の根の乾かぬ内に堂々と前言を翻すそのしゃべり口は、まるで「3分だけ時間をください」と言いつつ、なぜか次のカットではちゃっかりと車で移動しなければ行けないほど距離のある別の場所に移動してからしれっと話を続ける、犯人逮捕には全く興味のない某刑事のようだった。
というか、義國が醸し出す雰囲気も重要参考人を取り調べる刑事の雰囲気そのものである。
見ると、家老のじいもそそくさと移動して出口を塞いでしまっている。
二人ともニコニコと微笑んでいるが、共に目が笑っていない。
湊からすれば雪乃たちに眷属契約を請われたので配下にしたつもりだったのだが、義國たちの様子を見ているとなんだか自分が思っているのとは微妙な温度差があるような気がするのはどうしてであろうか。
◆◆◆




