第四章 奥羽国奪還戦 ④
筆者の科学知識及び作内に出てくる科学理論はガバガバだったり古かったりします。
あらかじめご了承の上お読みください。
ここ数年の学説ではビッグバンなかったかもなんて言われてるくらいですしね。もう何が何やら。
大雅軍の中から突出してきた劉たち能力者を一蹴した湊は、戦意を失っている三人に向かって手をかざすと電撃の魔法を打ち込んだ。
止めを刺したのではない。
逆に生かして捕らえるための処置である。
逃亡防止の手段としては劉たちの手足の健を断つという方法もある。
能力が封印されている限り回復能力が機能することもないので、彼らが自身の足で走って逃げだすことは不可能だ。
ただ、その方法だと劉たちは物理的に逃げることは出来ずとも、舌を噛んで自殺を図り死の世界に逃げ込むことは可能になってしまう。
かといって目の前に大雅の大軍が待ち構えている以上、自殺防止のために一人一人に猿ぐつわを噛ませるなんてのんきなことをしているわけにもいかない。
だからこその電撃魔法だ。
肉体に死なない程度のダメージを与えつつ、感電による痺れで全身の力を奪う。
特に感電に関しては術者である湊が解除するまで止まることはないので、こういう状況での生け捕りにうってつけの魔法ともいえた。
こうして湊は劉たちを無力化すると、先ほどまで人質たちが囚われていた場所へとちらりと視線を向ける。
そこにあったのは、大雅軍の手によって無造作に積み上げられた罪なき被害者たちの亡骸だった。
大雅軍によって散々に嬲られ辱められたそれらの遺体の中には、まだ幼い子供のものもあった。
死体の山の一番目立つ頂上には、両腕両足を潰された上で、おそらくは首の骨を折られて死んだであろう少年が力なく横たわっていて、その顔には絶望に見開かれた濁った瞳と泣き腫らした瞼。そしてそこから頬を伝い落ちた乾いた涙の跡が生々しく残っていた。
「…………間に合わなくて申し訳ありませんでした。あなた方の無念は必ず晴らします」
湊は大雅軍によって無残に殺された人質たちを悼むようにその場で右手を左胸に当てて、一瞬だけ目を瞑り黙祷を捧げる。
目の前に大雅の大軍が控えているという状況で、ほんの一瞬とはいえそれはあまりにも大胆不敵な行為だった。
もちろんそれは黙祷中に不意打ちされたとしても返り討ちに出来るという確固たる自信があっての行いである。
というか、湊からすればむしろ襲ってくれた方がこちらから殺しに行く手間が省けるので助かるくらいの気持ちだったが、残念ながら自分の上司や仲間の能力者たちを救出するために湊に襲いかかってこようという気概のある者は一人として現れなかった。
仲間意識が薄いのか、はたまた人望がないのか、もしかしたらその両方なのかもしれないが、少し離れた場所でこちらの出方を伺い、ただ銃を構えているだけの大雅軍の兵士たち。
何が起こっているのか分からない後方の兵はともかく、自分たちの指揮官や軍のエースたる能力者たちが無様に敗れたことをつぶさに見ていた最前列の兵たちは、実のところかなり引け腰になっている風にも見受けられる。
だが、そんな彼らの心情など湊の知ったことではない。
今前列にいるということは、先ほどまでの虐殺により加担していた、もしくはそれを率先して楽しんでいた可能性が極めて高い。
仮にそうでない者がいたとしても、侵略者としてここまで進軍してきてしまった以上、巡り合わせが悪かったと諦めてもらうしかない。
とはいえ、今回の戦いにおいて湊は以前にへムガール王国軍と戦った時のように侵略者たちを全滅させてしまうほど徹底的に叩き潰すつもりはなかった。
だからといって、湊はここまでの非道を働いた大雅軍をただで故郷へ帰してやるつもりもさらさらない。
大雅軍によって散々に荒らされ尽くしたこの奥羽の大地を復興させるには大量の人手が必要だ。
壊された建物の再建や荒らされた農地の復活など、労働力はいくらあっても足りないだろう。
そこにうってつけの元気の有り余っている大量の労働力がある。
言うまでもなく、大雅軍の兵士たちのことである。
最低限の食糧と睡眠さえ与えておけばどれだけこき使ってもいい、貴重な貴重な労働資源だ。
捕虜の待遇?
そんなものは知ったことではない。
こちらの世界には捕虜の取り扱いについて定められたジュネーブ条約は存在していない。
そもそも自分たちは散々敵国の国民を虐待しておいて、いざ自分が捕虜になったとたんにジュネーブ条約を持ち出すような者がいたとして、それは身勝手以外の何物でもない。
捕虜の扱いは被害国である奥羽国に任せるつもりだが、彼らがどれだけ過酷な境遇を捕虜に与えたとしても湊はあえてそれに文句を言うつもりはない。
精々奥羽国の立て直しのために身を粉にして働いて欲しいと願うばかりである。
中には罪を逃れようと、後から適当な言い訳をこねくり回して言い逃れしようとする者も現れるかもしれない。
だが、雪乃姫から救援の要請を受けて湊がそれを受諾した直後から、ここの戦況は偵察衛星によって全て記録されている。
都合のいい誤魔化しや言い逃れは不可能だ。
一つだけ残念極まりないのは、物理的距離の問題から救援要請を受けてから実際ここに駆けつけてくるまでには少なからぬ時間差があったということだ。
限界の限界まで準備を急いでもあのタイミングでギリギリだった。
それ以上は物理的にどうすることも出来なかった。
そう、単純に間に合わなかったのだ。
雪乃姫と七七から、義國たち奥羽軍は平泉の住民たちをあらかじめ全員避難させ安全を確保した上で大森林に籠ってゲリラ戦術を行う予定でいるという旨をあらかじめ聞かされていたこともあり、非戦闘員の犠牲者はまず出ないだろうとすっかり安心しきっていた中での今回の大雅軍の凶行である。
読み違えたと言われてしまえばもはや返す言葉もない。
しかし、言い訳するつもりはないが、大雅兵たちから見れば敵国の民とはいえ、よもや大雅軍に味方している藤宮領の民を敵である義國への人質として利用しようなどという意味不明な行為に出てくるなどと誰が予想できるだろうか。
こんなものは奇策と呼べるほど立派なものではない。
斜め上のこの発想はもはや狂人のものであって、とてもではないが湊の考えの及ぶ範疇ではなかった。
ただただ巡り合わせが悪かった。
本当にそうとしか表現しようがなかった。
少々冷たい言い方になるかもしれないが、湊は彼らの死に不要な責任を負うつもりはない。
グジグジとこの先引きずって生きていくつもりもない。
ただ、湊も感情のある人間である以上、『あと少しでも早く駆けつけていれば助けられた命があったかもしれない』という悔しさだけはどうやったって拭うことができなかった。
『罪にはそれに相応しい報いを』
それが、今湊が死者たちへの鎮魂としてして捧げられる唯一のものだ。
この凶行を主導した全ての元凶は、今も無様な姿で地面に転がったままだ。
今にも死にそうな表情で痛い痛いと大げさに痛がっているが、簡単には死なないよう急所や臓器はきっちりと外してある。
それどころか、本人は気が付いていないようだが傷口には軽く治癒魔法がかけてあって、立ち上がれる状態ではないだろうが、既に表面の傷口は塞がり出血も止まっている状態だ。
例えるなら、ちょうど手術を受けた直後と言ったところだろうか。
自由に動き回るには支障があるが、命には別状がない。
そんな絶妙な状態といえる。
元々刀で胴体を完全に貫かれている割には出血は少なかった。
これは湊の付けた傷口の断面があまりにも綺麗過ぎたため、刀を引き抜いた後傷口同士が元通りぴったりくっついてしまったためである。
その上で最低限とはいえ治療魔法をかけてあるのだから、この状態のままここに放置しておいたところで二日三日は死なないだろう。
「うっ………ううっ……い、痛い、痛い……し、死ぬっ、早く、治療を…………」
表面の傷は塞がっているとはいえ、痛いことは痛い。
痛みが取れるように治癒していないのだから当たり前だ。
とはいえ、最低限とはいえ傷が塞がっている今、死を訴える今の彼の態度はかなりの大袈裟だと言わざるを得ない。
苦しんで苦しんで絶望の内に死んでいった被害者たちにこの男が行った仕打ちを考えれば、この程度の傷など怪我の内にも入るまい。
である以上、この戦闘に決着がつくまではこの状態で放置しておいて、いよいよ生命が危ないという状態のギリギリのラインで再度必要最小限の回復魔法をかけてやる。
当面の間はそれを繰り返してやるつもりだ。
もちろん、優しさからではない。
この程度の苦しみで楽に死なせてやらないためだ。
この男の犯した罪を償わせるのには、死という一瞬の苦しみ程度では生温い。
苦しんで、苦しんで、それでも死に逃げることもできない。
殺してくれとどんなに泣き叫んでも苦しめたまま生かし続ける。
死という安らぎが訪れるのは早くても数百年後、彼が自ら犯した罪を全て清算し終えてからである。
もちろん、この男の命令で弱者を散々嬲り尽くした実行犯たちも同様である。
実行犯たちは木を隠すのは森の中とばかりに既に大軍の中に紛れてしまっているが、凶行に及んでいた際の映像と今この時も天空に目を光らせている衛星の画像を元に顔認証システムで既に特定済だ。
残念ながら言い逃れることはできない。
苦しさのあまりどれほど死んで楽になりにたいと願っても簡単には殺してはやらない。
『Precision Medicine』の二つ名を持つ階位騎士第86位の薬学系能力者篠石切子謹製の精神固定薬によって、狂って現実から逃れることも許さない。
彼らにはその行いにふさわしい地獄が待っている。
既に確定されたその未来から逃れる術はない。
それこそがクズ共に相応しい末路と言えるだろう。
――――――と、そこへ『天下布武』内の西陣宮子から通信が入った。
「湊様、たった今制海権と制空権の確保が完了しました。敵艦隊は一部の自殺者を除いて皆降伏、敵戦闘艦は全て鹵獲しました。航空機はシクロネージュさんの駆る『轟炎』三号機によって全て撃墜。都と大雅軍の拠点である藤宮領を結ぶ橋の爆破は計画通りに完了。あと、五十鈴さんとルシルちゃんも予定のポイントに到着したそうです」
「ご苦労様。シクロネージュの初陣は問題なかったか?」
「問題ありませんでした。『轟炎』の電磁障壁もきちんと機能していましたし、それ以前として敵機からの攻撃はAI制御のレーザー迎撃システムによって全て迎撃されていましたから全くの無傷です。大雅軍の戦闘機と『轟炎』では性能が違いすぎますから相手にもなっていない状態でした。問題といえば、敵機を全滅させた後も飛行を楽しむのに夢中でなかなか着艦しようとしてくれないシクロネージュさんを言いくるめるのが大変だったくらいですかね……」
「それは……本当にご苦労様だったな…………」
思わず苦笑してしまう。
シクロネージュの戦闘機好きは筋金入りのようである。
念のための確認はしたが、湊自身もシクロネージュが駆る『轟炎』が撃墜されるとは露ほども考えていなかった。
そもそもあればただの戦闘機ではない。
能力者専用戦闘機だ。
『普通の人間なら耐えることができないような強いGがかかる挙動でも、より強靭な肉体を持つ能力者ならば耐えることが出来るだろう――』
――そのような、常人の手には負えない超スペックすぎる機体の問題点を搭乗者に全部丸投げした、ある意味脳筋方向へのパラメーターを全振りした設計思想(注:湊設計)で作り出されたのが、能力者専用戦闘機たる『灯火』でありその指揮官機『轟炎』である。
当然、『轟炎』に搭載されているリニアエンジンは他国の戦闘機のそれの出力を大幅に上回っている。
それは、帝国から盗難された『灯火』『轟炎』をベースにリバースエンジニアリングした合州国の第7世代型制空戦闘機F-29『グレイ・フェニックス』に搭載されているパクリリニアエンジンであっても同じだ。
ちなみに余談だが、リニアエンジンのリニアとはリニアモーターカーの『linear』ではなく、『より近く』という意味合いを持たせた『re:nere』という湊命名の造語であり、駆動原理もリニアモーターカーのそれとは全く異なる。
このリニアエンジンは、他国のエンジンと比し隔絶するほどの高出力を誇っている。
が、正直なところ、先ほど宮子が言っていた電磁障壁を常時張れるほどの出力までは残念ながらない。
機体に常時電磁障壁を張るには膨大なエネルギーを必要とするため、いくら高出力といえどリニアエンジンだけでは賄いきれないのだ。
ではその足りないエネルギーをどこから調達しているのかというと、『天下布武』または成層圏にある『衛星兵器』に搭載されている重力場機関からリアルタイムで重力波通信を経由して供給されている。
この『天下布武』に搭載されている重力場駆動機関、エンジンの種類としてはいわゆる縮退炉に分類される。
ざっくり説明すると、重力を超高圧縮して小型人工ブラックホールを生成し、質量がブラックホールに取り込まれたあとに発生するホーキング幅射と呼ばれる熱放射(質量が変換された)エネルギーを利用している。
この縮退炉で質量をエネルギーに変換する効率は極めて高く、一般には分かりやすく『帝国全土の電力を一基で担って余りある』という表現で説明しているが、実際はそんなものではなく、エネルギー変換する質量次第の値とはなるが、最大稼働時は恒星である太陽の数百倍のエネルギーを生成することが可能である。
『天下布武』には、この縮退炉とは別に、機関起動時エンジン内部に超小型ブラックホールを生成させるためのエネルギー確保手段としての核融合炉1号機、そしてメインコンピューターである超性能量子コンピューター専用兼緊急時の1号機の予備としての役割を持つ2号機の計2基が組み込まれている。
なお、エンジンに何らかの損傷が発生しブラックホールの維持に支障をきたした場合には、即ブラックホールが消滅するようになっていて、安全性は十分に確保されているのだが、これを縮退炉として世間に公表していないのは、いくら安全だと説明したとしても炉内にブラックホールを生成することに対する世間の反発やら強い風当たりへの対応やらが面倒くさそうだからである。
少し話が横に逸れてしまったが、要するに重力場機関の膨大なエネルギーを受けて発生する電磁障壁を貫通して大雅軍の兵器が『轟炎』にダメージを与えることは困難であるし、仮に万が一それを抜けたとしても、第二の障壁として魔力障壁が待ち構えている。
この魔力障壁とは、通常は能力者が自身の周囲にのみ張っているものを増幅・拡張したもので、『轟炎』という戦闘機自体を一つの魔力発動体及び結界魔術補助体として機能させている。
そのため、あらかじめ機体には複雑な付与魔術が施されてある。
機体にこの魔術付与を行ったのは帝国最高の付与能力者、階位63位の園田千春である。
この魔力障壁とは術者の魔力値が高ければ高いほど強固なものとなる性質があるので、神竜であるシクロネージュが搭乗した『轟炎』は正に鉄壁ともいえる防御力を発揮することになる。
シクロネージュが信じられないようなやらかしでもない限り、『轟炎』三号機がどうにかなるような可能性は元々存在していなかったのだ。
これと同じ魔術機構が宮子が操る『天下布武』にも付与されているが、彼女に関しては、万が一のやらかしの心配すら必要ない。
特別製のAI『てんかちゃん』と機械操作に天恵を有する宮子の『機械の女王《Deus Ex Machina》』の支配下にある『天下布武』は、単艦で合州国艦隊を全滅させることが可能な文字通りの一騎当千の艦である。
かつて地球の歴史上で一斉を風靡した大艦巨砲主義は、航空機の優位によって駆逐されてしまった。だが…………。
『単艦で、どれだけの航空機を相手にしても、どれだけのミサイルの飽和攻撃を喰らっても無事な艦があったら一体どうなるのだろうか?』
そんな素朴な疑問をそっくりそのまま具現化したのが『天下布武』を始めとした七隻存在する帝国の宇宙戦艦シリーズである。
ちなみに、宇宙空間で活躍することを想定した戦闘艦だから単純に宇宙戦艦と銘打っているが、実際のところの艦種は強襲揚陸艦が正解である。
宇宙で活動することを想定される強襲揚陸艦といえば、某宇宙の世紀的な世界で、何やら変態チックな仮面を被った赤い服のド派手な軍人にやたらと追い回される哀れな白い木馬的な艦が正にその代表例である。
もっとも、『天下布武』の射撃・迎撃システムは全て特別製の超性能AIである『てんかちゃん』の完璧な制御下にあるので、殊更にどこやらの弾幕が薄いと艦長が声を張り上げるような悲しい事態に陥ることはないのだが……。
『天下布武』を始めとする帝国の巨大艦の存在がそっくりそのまま大艦巨砲主義の復活だと主張するものではないが、敵からの飽和攻撃に対して既存のイージスシステムを遥かに凌駕するほどの正確な迎撃がAI制御により可能で、かつエネルギーが続く限り弾切れの心配のない高出力レーザー兵器を主兵装として採用したこの艦の存在は、その先進性において現代戦の概念を一変させたと言っても過言ではない。
かつて『天下布武』と同シリーズ艦である『死屍累々』が大華国の艦隊と戦った際には、電磁障壁を使用しないまま完勝してしまった。
そのため、特に他国に対して秘匿しているわけではないけど、こちらからあえて自慢する類のものでもないため黙しているわけなのだが、もしも今知られている限りの帝国の戦力を分析し、勝てると思って攻めてくるような間抜けな国家があったとしたら、本当の帝国の実力を知ってさぞかし仰天することになるであろう。
同じ地球の技術で作られている兵器だからといっても、その質にはピンからキリまである。
地球国家第2位の技術力を持つとはいえ帝国とは比べるのも烏滸がましい技術差がある合州国。そして大華国はそんな合衆国と比べてさえ技術的に大きく劣っている。
そんな大華国の、更に言うなら『死屍累々』との戦闘で主力艦隊を失った後に残された出涸らしの旧式艦と、対するは帝国の最新鋭艦では最初っから戦いにもならない。
大雅艦隊と戦闘した後の宮子からの勝利報告が、事実としてそれを物語っている。
一応武器を突き合わせて戦っているので今湊が行っているのも戦争行為と言えるのかもしれないが、湊たちが『天下布武』を伴って出陣してきた時点で、湊たちの頭の中では事実上の決着は既についていた。
それくらい『天下布武』は圧倒的なのである。
あとはこの戦いをどういう風に終わらせるか、ただそれだけの問題でしかない。
「さて、始めるとするか。宮子、ルシルと五十鈴へ作戦開始の合図を――」
「送りました。――――両名の行動開始を確認」
「了解した。では、俺も行くとしよう」
言うと、湊は手にした愛刀『耀天叢雨』に魔力を込め、その次の瞬間には大雅兵の群れの中に単身斬り込んでいた。
一瞬で20人の首が飛び、首を失った胴体が派手に血の雨を降らせならがら力なく地面へ崩れ落ちる。
一方の肝心の頭部はというと、運良く斬撃を逃れた他の大雅兵の胸元へと飛び込んでいた。
20首全てがだ。
もちろん偶然ではない。
首を斬りつける角度を調整してワザとそうなるように湊が図っていたのだ。
目的は、敵兵により恐怖心を与えるため。
望まずも同僚の生首をプレゼントされた20名の兵士たちは、案の定半狂乱で絶叫を撒き散らしながら逃げ回って、前線を混乱に陥れる。
何が起こったのか分からないまま、一瞬で20人の首が飛んで、気が付いたら辺りは鮮血で真っ赤に染まっている。
おまけにさっきまで仲良く会話していた同僚の、それも最も生々しい部分である生首が血を撒き散らしながらくるくると自分の胸元に飛んでくるのだ。
ホラー以外の何物でもないだろう。
これがまだ一人一人順番に切り捨てられていくのを眺めていただけならまだ結果も違ったかもしれないが、湊の動きが速すぎて彼らには一瞬の間に20名の首が一斉に飛んだように見えたはずだ。
その恐怖たるや、倍率ドン更に倍である。
「ひっ、ひぃいいいいっ!」
ありえない惨状を目の当たりにしてしまった最前列付近の兵たちは、悲鳴を上げながら踵を返してその場から逃げ出そうとする。だが、何が起こっているのか分からない中列以降が動こうとしないため、大雅軍の隊列は大きく歪み、真ん中で軽い渋滞を起こし始める。
湊はその最後尾に追いすがると追加でまた20人の首を刎ねた。
「ぎゃ、ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
湊から逃げようとする兵たちの突き上げる力が強まり、瞬く間に大雅軍は大恐慌を引き起こして軍として収拾のつかない状態に陥っていった。
「こら、貴様ら、逃げるな! 敵はたった一人だぞ。逃げずに撃て、撃てぇっ!!」
隊長らしき男が叫ぶと、勇気を出して踏みとどまった、もしくは上官の命令に逆らえなかった、あるいは単純に逃げ遅れた兵たちが銃を構えて湊に向けて一斉に射撃を開始する。
そんな銃弾程度、湊の技量を以てすれば全て躱すことなど造作もない。
万が一逃げるスペースがなかったとしても、命中弾を全て刀で斬り落としてしまえば問題はない。
いつもの湊であれば、間違いなくそうしていたはずだ。
しかし、この場で湊が選択したのは、回避も刀を使っての防御も一切行わず、ただ自身を守る魔力フィールドを強化して敵の銃弾を全て跳ね返すという強引極まりない方法だった。
このような力技は本来湊の好むところではない。
だが、今回の作戦には最も適している方法だった。
湊だけでなく今頃別の場所で戦っているルシルや五十鈴も実行しているだろう今回の作戦とは、ずばり『恐怖』と『飢え』。
初っ端から派手に首を狩ってきたきた湊だが、別に生首を作り出すのが大好きなサイコパスという訳ではない。
かつてのへムガール帝国との戦いでクレッサール王国に加勢した時のように、敵をほぼ全滅に追い込んでも良いのならば、このような面倒くさい手段に訴えるまでもなく大規模広域魔法で叩き潰せばよいだけなのだが、今回の戦闘では奥羽国復興のための人足として大雅兵を大量に生け捕っておかねばならなかった。
とはいえ、生け捕った後に反逆を起こされては敵わない。
そのため、後で変な反抗心を抱かせないよう、この戦いで徹底して彼らの心を折っておくる必要があった。
敵の銃弾を避けずにあえて受けて見せるのもその一つである。
相手の攻撃は自分たちの首をあっさりと刎ねていくのに、自分たちの攻撃は一切通用しない。
敵からすれば、まるでター〇ネーターを相手にしているような気分であろう。
「どっ、どうして銃弾が効かないんだっ!」
「この化け物めっ!」
「ひっ、ひぃぃぃっ、こ、こっちに来るなっ!!!」
敵兵に恐怖を植え付けた以降は、それを更に煽るため一歩一歩ゆっくりと足音を立てながら近づいていき、上官からの命令に忠実に攻撃を続ける兵士や運悪く逃げ遅れた兵たちの命を容赦なく刈っていく。
湊とルシル、五十鈴に三方から押し込まれて、大雅軍の陣形は徐々に中央に密集したものに変形し、湊たちから少しでも遠くへ逃げようとする兵たちの押し出す力で、最後尾の兵たちは自然と唯一残された逃げ道である藤宮領へと続く街道方向へと追いやられていく。
たまに一人だけ違う方向に逃げようとしたり、あえて森や奥羽国の都のある方向に逃げようとするようなチャレンジャーも現れるが、そういう者たちはある意味絶好の的であり、即座に湊やルシルの魔法で黒焦げにされてしまう。
一定数の見せしめが教訓を刻んでからはそういう人物が現れる頻度は激減した。
しかし、大雅軍の災難はまだ終わらない。
「今こそ反撃の時! ものども、かかれっ!!」
背を向けて逃げていく大雅軍の背後から、大森林に身を潜めていた奥羽軍が千載一遇のチャンスとばかりに襲いかかっていく。
予定通り、七七が義國たちを説得してくれたのだろう。
それが止めになってか、今や大雅軍は全軍総崩れで藤宮領へむけて雪崩を打って逃走している。
完全な敗走だった。
こうなってしまえば、いくら人数差があっても立て直しは不可能である。
生き残った兵たちは命からがら逃げに逃げ、隣の領との境になる大河のほとりまで決死の逃走劇を繰り広げて、そこで急に勢いが弱まった。
ここにきて急にやる気を取り戻したから……というわけではもちろんない。
来た時にはあった大きな橋がなくなっていたからだ。
橋が落ちていたのは、湊の命を受けたロジエ・ロロッサの工作によるものである。
彼女は湊と共に『神無』に乗って奥羽国に入った。
同乗していた湊が空中から先に飛び降りた後もそのまま『神無』に乗って、この橋がある地点まで一人先行していたのだ。
橋の数か所に爆弾を仕込んで、離れたところからドン!である。
ロジエの丁寧な仕事もあって、橋は見事なまでに破壊されていた。
橋がないのなら川の中を歩いて渡ろうと先頭の何名かが挑戦するが、流れが急な上に川岸から数メートル先に進むととたんに底が深くなり足が届かなくなってしまう。川に入った兵たちはやむなく引き返すか、もしくは急な流れに飲まれて溺れるかのいずれかであった。
そもそも、この世界には水泳の授業など存在していない。人生において一度も泳いだことのない者がほとんどなのだ。泳げもしないくせに足も届かない川を渡ろうとするなんて自殺としか言いようがない行為である。
そして、無くなった橋を前に呆然としていた大河軍に更なるピンチが襲う。
どこからともなく複数の大型ヘリコプターが飛んできたかと思うと、大雅軍の両端を囲うように銃を手にした人形兵が続々と降下してきたからだ。
ちなみになぜそれが人形と分かったのかというと、人型をしてはいるものの明らかに人間とはシルエットが違うからである。
「ふん、たかが人形ごとき、我ら大雅軍が恐れるものか!」
「そうだそうだ!」
人形を破壊して逃げ場を作ろうと威勢よく飛び出した者たちも中にはいたが、集団から飛び出した瞬間に人形からの正確無比な射撃であっという間にハチの巣にされてしまう。
逆に大雅軍からの攻撃は、人形の装甲によって火花を散らせながら跳ね返されてしまっていた。
明らかにノーダメージだった。
その惨状を見て、後に続こうと思っていた兵たちの足がピタリと止まってしまう。
『もしかしたら数で押せば人形の包囲を突破出来るかもしれない』
そのような考えは大雅兵たちの皆が持っていたかもしれない。
だが、その逃亡が成功するまでに一体ここにいる兵の何割が死ぬのか、そしておそらく確実に死がまっている最初に飛び出す貧乏くじの役割を一体誰が果たすのか……。
その結論がだせないまま互いの腹を探り合った結果、結局誰一人としてその場から動くことが出来なかった。
そしてそして、更に地球出身の一部の者は、奥羽軍側にヘリコプターを有する援軍が存在する事実と、そのヘリの側面に描かれた見覚えのある国旗の意味、そしてそこから類推されるたった三人で自分たちを敗走させたバケモノと謎の人形兵の所属に気が付いて、絶望と恐怖にすくみ上ってしまっていた。
こうして前方が大河、後方は追いすがる敵、両側面は謎の人形兵に囲まれた大雅軍は、身動き一つ取ることが出来ないまま川べりに張り付けられた。
幸いにして包囲している奥羽軍は大雅兵たちが何もしない間は特に攻撃を仕掛けてくることはなかった。
だが、大雅軍に本当の試練が待っていたのはここからであった。
逃げるのに精一杯で、誰も食糧を持ってきていなかったのだ。
そもそもが、大雅軍の糧食は奥羽軍の焼き討ちに遭ってほとんど底をついていた状態なのに加えて、準備する間も予兆もなく突然起こった敗走劇のため、補給部隊は残り少ない食糧さえその場に置き捨てて逃げるしかなかったのだ。
そんな状況下においても、ほんのわずかでも食料を運ぼうとした頭の回る者も中にはいないこともなかった。
だが、そのような目端が利く者たちこそ真っ先に五十鈴に斬り捨てられた。
じゃあせめて最後の抵抗とばかりに戦うのかというと、逃走時に身を軽くするために銃や弾薬を投げ捨ててしまっている兵がそれなりにいて、役に立つ戦力は予想以上に少なかった。
「奥羽軍に追い立てられて必死こいて逃げてた時、俺の知る奥羽軍の銃の性能以上の弾圧を背に感じて不思議に思ってたんだ。奥羽国の火縄銃では俺たちを追いながらあんなに連射できるわけがないだろうってな。てっきりそれは逃げ惑う恐怖が俺にそう感じさせていたのだとばかり思ってたんだが、現実を知れば何のことはない。自分たちの投げ捨てた銃を奴らが拾って使っていただけなんだな、ハハ…………」
一人の大雅兵が自虐的に笑いながらポツリと漏らした。
「ちくしょう、これまでか…………」
逃げ場も食糧もなく、おまけに武器も弾も少ない大雅軍は完全に詰んでいた。
あとは対トンガール王国戦の時と同じ流れだった。
こちらからは無理に仕掛ける必要はない。
時間が経てば経つほどこちらが有利になるからだ。
あとは大雅軍から奪った食糧を使い、飢えた敵軍の前でこれみよがしに酒のない宴会を楽しみながら包囲を継続しつつ、やけになった敵が襲ってくるのをたまに迎撃しながら空腹に耐えかねた大雅軍が投降してくるのをじっと待つだけの簡単なお仕事が残っているのみである。
◆◆◆
本作第四章戦争編⑩と⑪の間にある『設定資料 魔法帝国神無とは?』ですが、
密かにちょこちょこと更新して設定を公開しています。
私の備忘録も兼ねていますので、載せても問題のない範囲で本編でまだ書かれていない内容も一部載せていたりします。
気が向いたらご一読くださいませ。