第四章 奥羽国奪還戦 ③
活動報告でも触れていますが、体調を壊して発熱が続いてしまっていたため予定よりも更新が遅れてしまいました。
大変申し訳ございません。
とりあえず更新を優先して未修正のまま本文を投稿致します。
本格的な修正は今後の体調と相談しつつ行っていく予定です。
なにとぞご理解のほどよろしくお願いいたします。
◆◆◆
奥羽国 平泉付近 大雅軍――劉成文
「なんなんだあいつは! ヒトが楽しんでるところを邪魔しやがって……」
休憩しながら処刑ショーを楽しんでいた劉は、思わずそう声を荒げた。
森に籠った奥羽軍を燻りだすという名目で人質に取った現地人を徹底的に犯し、嬲り、殺し尽くすという最高の見世物を楽しんでいたところ、無粋な乱入者によってそれが中断されてしまったからだ。
「というか、おい見ろよ、鄭のマヌケ野郎、早速敵に捕まっちまってるじゃねぇか。いいざまだぜ」
上官の失態に半ば吹き出しそうになっている男は宋李炎。
劉の古くからの悪友だ。
ちなみに彼が腹を抱えながら嘲笑っている鄭というのは、鄭公正。
大雅軍の奥羽遠征軍司令官のことである。
「ホントだぜ。無能のくせにいつもぐちぐちぐちぐち嫌味ばかり言いやがって、ざまぁいいぜ。そのままとっととくたばっちまえよ」
宋の呼びかけを受けて更に辛辣な声を上げたのが魏浩然。
こちらも劉の古くからの友人で、ずっと三人でツルんでいるいわば腐れ縁のようなものだ。
上下関係に極めて厳しい大雅軍において、どうして劉たち三人がこうも大っぴらに上官である鄭公正への悪口を吐くことができのかというと、今ここにいる大雅軍全軍の中で劉と宋、魏の三人だけが全く指揮系統の異なる部隊に所属しているからだ。
鄭を始め他の皆が陸軍所属であるのに対し、劉たちは大雅王直下の特殊部隊に所属している。
特殊部隊と一言にいっても日本の自衛隊でいうところの特殊作戦群とか、合州国海兵隊のsealsとかそういうのではない。
大雅軍に所属する能力者だけを集めた特殊な部隊だから傍からそう呼ばれているだけである。
もちろん大雅軍には世間一般でイメージされているであろうちゃんとした特殊部隊も存在している。
大華海軍の特殊部隊である「蛟竜」をベースにした『黄龍』である。
なぜその『黄龍』が海軍の特殊部隊をベースにしているのかというと、かつて地球の大華からこの異世界へと逃げ延びてきたのが海軍関係者だけだったからである。
今の大雅軍の主力は陸軍であるので、本来ならば大華陸軍の特殊部隊を参考にしたかったところだが、データもノウハウもなくて諦めざるを得なかったのだ。
ノウハウを失ったのは特殊部隊の育成方法だけではない。
こちらの世界に渡ってきて10年。銃や弾丸の生産や燃料の精製、インフラの構築など、解決していかなければならない様々な課題があったが、表面的な知識や完成品だけはあっても材料や道具、そして技術などが圧倒的に不足していたため、ほとんどゼロの状態から手探りで開発しなければならなかった。
地球にいたころと違い外から部品を購入することも出来ないため、ネジの一本から自分たちで作っていかなければいけない。そのおかげで開発にかける手間と苦労は並大抵のものではなかった。
苦労の甲斐があって何とか紡績機や初期の自動車、二輪車辺りは何とか開発にこぎつけることが出来たものの、部品の精度や強度が悪く故障が相次いでいるのが現状である。
一応戦車らしきものの再現にも成功してはいるものの、正直なところ第一次世界大戦レベルにも届いていない。
外見だけは何とかそれっぽい形にすることは出来ても、肝心のエンジンのパワーが足りなくて歩兵が小走りしたのと変わらない程度の速度しか出てくれない上に、ちょっとした障害物があるとすぐ先に進めなくなってしまう欠陥兵器である。
部品一つ一つに気を配って丁寧に制作された試作品でさえそんな状態であり、それを実際に量産してみると部品の精度の悪さから更に性能が落ちてしまう。
それは大雅兵たちが持っている小銃にもいえることだ。
初期の頃に比べればずいぶんマシになったとはいえ、地球産のものの比にならないほど暴発の可能性が高い。
過酷な環境で使用することを想定して設計された安定性と、総部品数が少ない生産性の高さを誇るAK47をベースにしてそれである。
いつ暴発するか分からない銃で戦わされると考えると、正直ゾッとするところだが、幸いにして劉たち三人は、その危険からは無縁の立場を確保している。
劉と宋と魏の三人は、銃に依存せずとも超常の力を以て高い戦闘力を誇る『能力者』であるからだ。
能力者とは、広義の意味での超能力者のようなものだと思ってもらえばいい。
そんな『能力者』といえば、地球においては魔法帝国神無の代名詞のような存在である。
なぜ帝国に関係ない大雅軍に、更にその前身である大華軍に劉たちのような能力者がいるのかという疑問は、当然あるとおもう。
その疑問に対する答えは簡単。
かつて帝国――魔法帝国神無が日本から独立した際、自国にいる外国籍の能力者に、帝国に帰化して帝国籍の能力者になるか、それとも自分の国に帰国して故郷の国に管理される能力者になるかを各々自由に選択させたのである。
帝国だけが能力者を独占してしまうと、そのことにより世界中から敵視されてしまう可能性があるため、帝国以外の国にも能力者を広く薄く拡散させることによって外部からの批判を避けようという思惑があったと言われている。
能力者を一人だけ保有している国が、能力者をたくさん保有しているからけしからんと帝国に文句を言ったとする。
その場合の帝国からの回答は「お前の国だって保有しているじゃないか。保有数ゼロの国から見ればお前の国もけしからんだろうよ」となる。
核兵器と同じ理論だ。
一発持っていようが千発持っていようが、非保有国から見ればどちらも同じ核保有国である。
ただ、能力者はこの核兵器とは大きな違いがある。
使われ方によっては危険なところは一緒だが、核兵器と違って能力者は放射能を発しない。
端的にいうとクリーンな力なので、保有しても他国から文句を言われる筋合いがないのだ。
帝国の好意(?)によって世界中に拡散されるならばなおさらだ。
自分の国に戻ってきたいという能力者がいるならば、為政者の立場として迎え入れないという選択肢はありえないだろう。
仮に帝国を批判するために能力者を受け入れるのを拒否したとして、他の国――特に自分の国と敵対している隣国など――がそれを受け入れてしまえば、能力者がいないその国はそれ以降隣国との関係で圧倒的に不利な立場に陥りかねないからだ。
事実として、能力者が帰国を希望した全ての国が彼らを超の付く特別待遇で受け入れた。
しかし、以外……といえば以外なのかもしれないが、結構な割合の能力者が母国に帰らず帝国に帰化して残った。
もちろんそれにはきちんとした理由がある。
能力者同士の両親から生まれた子供の方が、そうでない両親から生まれた子供よりも能力者として生まれてくる可能性が高いという事実がその当時既に判明していたからだ。
自分の子供が能力者になる可能性を高めてあげたいと望むのならば、同じ能力者の伴侶を見つけるところから始めなければならない。そうなると、母国に帰って伴侶を探すよりも能力者の絶対人口が多い帝国に残って伴侶を探した方が明らかに有利だ。
だが、それでも自分の故郷に戻ることを選んだ者たちもいる。
劉たち三人もそうだ。
劉たちは能力者としてはせいぜいが中堅どころ。
ギルド動乱勃発当初は同郷の仲間たちとともにギルドを立ち上げ覇権を狙ってもみたが、そこでまざまざと見せつけられたのが、現在帝国の上層部に居座っている化け物たちの桁違いの力だった。
かつて劉たちのギルドは、円卓第12位の『戦姫』軍司雪穂と戦闘になったことがある。
一人で街を散策している桁違いの美女を発見したので、みんなで拉致してマワしてやろうと14人がかりで襲いかかったのだが、その相手がよりによって『戦姫』だったというわけだ。
もちろん劉たちの実力では彼女を拉致するどころか指一本触れることも叶わず、それどころか、何による攻撃かすら分からない未知の手段によって訳も分からないまま一瞬で半数以上がバラバラに切り刻まれてしまったのだ。
直前まで笑顔で語り合っていた仲間たちが、派手に血をまき散らしながら一瞬で輪切りになって地面にばら撒かれた時の恐怖を理解して貰えるだろうか?
あまりの惨劇を見せつけられ、劉たちは目の前の女の力に震え上がった。
恐怖のあまり劉の股間から暖かい液体が滴り落ちてズボンを濡らしていたが、他の仲間たちも量の大小はあれど同じような感じだったと思う。
彼我の実力差を見せつけられた劉たちは一目散にその場から逃亡を図った。だが、結果として無事アジトまで逃げ延びることが出来たのはたったの三人だけだった。
悪夢だった。
それまで自分たちが物語の主人公だと思い込んでイキり散らかしていたところ、実は鎧袖一触でバラバラに切り刻まれるだけのモブに過ぎないと気づかされたのだ。
夢から覚めた。
正にそんな感覚だった。
以降、劉たちは他の強力な能力者たちに見つからないようただただ息を潜めて隠れていることしか出来なかった。
ギルド動乱の生き残りといえば聞こえは良いが、自分たちは所詮その程度の敗北者でしかなかったのだ。
しかし、それでも祖国大華は高額の契約金と最上級の待遇を用意してくれた。
劉たちは飛びつくようにその条件を受け入れた。
そしてその選択は正解だった。
人権だなんだとうるさい国々と違って、大華では命の価値が安い。
特権さえあれば好き放題にふるまえるのだ。
一定以上の強さの能力者には銃も通じない。
つまりそれは、事実上大華国に自分たちをどうこうできる者は同じ能力者部隊の仲間以外には存在しないということでもある。
女はよりどりみどりで贅沢や豪遊もし放題。
なにより自分たちの上から命令できる人物がほとんどいないのが良かった。
なんだかんだあってこちらの世界に渡ってきてからも、不便になった部分は多々あるが、それにも増して能力者という他人よりも圧倒的に有利な立場で、散々好き放題に暴れるという何物にも代えがたい特別な満足感を味わうことが出来た。
こちらの世界で何人の女を犯して何人の現地人を殺したかなんて覚えていない。
まるで狩りでもするかのようにふらっと外出して、気に入った女がいれば犯し、気に食わない者がいれば有無を言わさず殺す。
女子供であろうがお構いなしだ。
現地人の気持ちなど知ったことではない。自分たちが面白く楽しければそれでよいのだ。
今回もそうだ。
卑怯にも敵は森に引きこもって俺たちを誘い込み、各個撃破を狙ってきた。
更には本陣を襲って食糧を焼き払ってくれやがった。
おかげで今朝の食事はいつもよりも格段にお粗末なものだった。
おかげでずっとイライラしていたのだが、楽しいイベントが起こったおかげで少しスカッとしたところだった。
もちろんそのイベントとは、奥羽軍へのみせしめるための処刑ショーのことである。
同じ奥羽人とはいえ、大雅国に味方してくれている藤宮領の民を人質として引っ張ってくるという鄭の野郎のいかれっぷりにはさすがの劉も驚かされたが、いざ処刑ゲームが始まってしまえば、殺されるのがどこの民であろうが劉の知ったことではなかった。
要は自分がそれを楽しむのか楽しまないのか、いずれなのかである。
当然劉は前者だった。
劉は宋や魏たちとともに人質たちに達成不可能なゲームを持ち掛け、案の定人質がそのゲームに失敗すると、森の中で歯ぎしりしながら見守っているであろう奥羽軍にみせつけるよう思いつく限りの責め苦を人質たちに与えた。
両親の前で娘をマワし、犯されて泣き叫んでいるその娘の目の前で両親を切り刻んで殺してやる。
夫の前で妊婦を犯し、更にはその腹を引き裂いて赤子を引きずり出してその亡骸を父親に見せつけてから絶望に暮れている父親の首を切り落とした。
幼い兄弟にナイフを渡して殺し合いをさせ、兄が弟と戦うことを拒否してナイフで自殺すると、戦い合わなかった罰と称して弟の方も散々に嬲りながら兄の後を追わせてやった。
これだけの非道を繰り返しても、地球と違って誰もどの国も文句を言わない。
本当にこの世界は最高だった。
満足いくまで人質たちを嬲り回して、劉たちは乾いてきた喉を潤そうと奥に下がって休憩したのだが、その直後にトラブルが起こった。
突然処刑ショーに乱入者があり、あれよあれよという間に鄭のやつが逆に人質に取られてしまったのだ。
自分たちの直属の上司でもないくせに、いつもいつも偉そうに上から命令してくる嫌味なやつなので、鄭のくそ野郎の命など別にどうなってもいい。
問題は、鄭の奴が人質に取られたことによって奥羽軍に対する見せしめとして処刑していた現地人の生き残りが解放されて、奥羽軍が潜んでいるであろう森の中へと逃げて行ってしまったことだった。
それは即ち楽しい処刑ショーの閉幕を意味している。
せっかく盛り上がってきていたところだったのに、台無しだった。
本当に興醒めである。
こうなると、劉たちの楽しみを邪魔してくれたあの乱入者を腹いせにいたぶるしか選択肢がのこっていない。
お互いに顔を見合わせ、やれやれとため息をつきながら肩をすくめると、劉たちは乱入者の元へとゆっくり歩み出る。
「チッ」
乱入者の男を正面から睨みつけた劉は、思わず舌打ちした。
男が劉ですら思わず目を見張ってしまうほどの美貌の持ち主だったからだ。
「ふん、その整った顔を二度と見られないほど切り刻むのも一興ってやつか。のこのこ一人で飛び出してきたことを後悔させてやるぜ」
暗い情念が湧き上がるまま薄ら笑いを浮かべると、逃亡を許さないとばかりに男を中心に宋と魏と三人がかりで囲いこんだ。
能力者三人がかりによる包囲網である。これで男は逃げることが出来ない。
「その男を人質に取って俺たちを引かせようと思っているのなら残念だったな。その男は確かに我が軍の司令官だが、ほかの奴らと違って俺たちは指揮系統が違う。そいつの命に気を使ってやる必要なんてどこにもねぇんだ」
「…………それがどうかしましたか?」
奥羽国の侍だろう乱入者の男は、劉の予想に反して顔色一つ変えなかった。
それどころか、人質に取っていたはずの鄭を劉たちの前に無造作に投げ捨てて…………
「一度しか言わないからよく聞いておいて下さい。降伏すれば命だけは助けてあげます。降伏の意志がある者は持っている全ての武器を捨て、頭の上に両手を組んでその場にうつ伏せで地面に転がりなさい。それ以外の者は戦闘の意志ありとみなして皆殺しにします」
よりによってその男は、劉たちに囲まれて逃げ道がないのにもかかわらず、逆に信じがたい、劉たちをなめくさっているようなセリフを堂々と言い放ったのだ。
「………………はぁ?」
思わず劉は声を上げる。
後方で様子を見守っている大雅兵たちも「何言ってんだこいつ」とあきれた表情で男を見やっていた。
それが当たり前の反応だろう。
ただ、劉はそんな兵たちを見て、一つだけ気になることがあった。
「ちくしょう! 俺たちなめてんのかこの野郎!」
今にも男に飛び掛からんとする宋。
だが――――
「待て! 宋!」
劉はとっさに彼の前に体を入れて制止していた。
「なにをする! 俺の邪魔をするな、劉!」
「少し落ち着け。あいつを殺るのはいい。俺も同じ気持ちだからな。ただ、あいつは魔法を使うぞ! 気をつけろ!!」
「なんだと?」
「さっきの降伏勧告だ。よく考えててみろ。近くにいた俺たちはともかく、あんな後方にいる兵たちがそれを聞いて失笑しているのはあまりにも不自然だ。つまりそれは、遥か後方にいるあいつらにもあの男の声がしっかりと聞こえていたということに他ならない。決して大声を出していたわけでもないのにだ。おかしいだろう?」
「…………伝達系の魔法か?」
「伝達系か拡声系か種は分からんが、何かしらの魔法が使われたのは間違いないだろう」
「…………ふむ、確かに警戒が必要だな」
劉たちの使う能力とは異なる現地人独自の魔力技術体系である魔法。
能力者の持つ力ほどの使い易さはないようだが、異世界に渡ってきた劉たち大華軍は、新しい世界に基盤を築くための戦いで、現地人の使うこの魔法という未知の技術に手古摺らされてしまった。
幸いにしてこの世界に持ち込んだ銃や軍艦による艦砲射撃、そして艦載機による制空権という大きなアドバンテージがあったため、侵略を成功させて大陸に新国家である大雅国の基盤を築くことが出来た。
しかし、もし持ち込むことが出来たのが銃だけだったなら、その侵略は失敗していたかもしれない。
現地人の魔法とは異なり、大華軍が持ち込むことが出来た弾薬には限りがあったからだ。
今こうして奥羽へ侵攻出来ているのは、戦争をしかけるまでのこの10年で弾薬の製造に成功していたからであり、それがなくば残された弾薬を節約しながら周辺国家からの攻撃に備えるので手一杯だったはずである。
いくら劉たち能力者が強力だといえ、人数が限られている以上出来ることには限界がある。
劉たちの持っている能力はとても使い勝手がいいが、決して万能なものではない。
今までにだって敵から放たれる魔法にヒヤリとさせられることが何度もあった。
実際、劉たちの所属している能力者部隊の中には、敵の放つ魔法の前にその命を無残に散らした者が何人も存在しているのだ。
魔法を使う者は決して侮っていい存在ではない。
劉たちはそれを経験で嫌というほど知っていた。
そう、決して油断していい相手ではない――。
………………そう思いつつも、やはり心のどこかで自分たちが負けるはずがないと油断していたのだ。
それに気づいた時には、なにもかも全てが遅かった。
最初におかしいと思ったのは、三人で同時に男に斬りかかった後だった。
完璧なタイミングで切り捨てたと思ったのに、どうしてか逆に腹部に衝撃を受けて地に伏せているのは自分の方だった。
「…………ぐっ」
「ぐあっ…………くそっ、てめぇ、このやろう……許さねぇぞ!」
見ると、宋と魏も自分と同じく地面に転がっていた。どうやら、反撃を受けて無様に天を仰いでいたのは自分だけではなかったようだった。
「能力者である俺がなにも見えなかっただとっ……そんな馬鹿なことがあるかっ!!」
劉は己の理解を超える状況を作り上げた目の前の男を、呆然とした表情で見上げる。
「ちっ、今度こそ油断はしねぇ! 能力全開でぶっ殺してやる!!」
バッとその場で立ち上がった宋が、そう叫びながら男に向けて右腕を突き出す。
「……………………」
「………………」
「…………」
「…………どうしたんだ?」
叫んだまま何もしない宋に怪訝な目を向けると、まるで死人のように顔色を真っ青に染めた宋が、右腕を突き出したままのポーズで小さく震えていた。
「…………で、でねぇ」
「出ない? 何がだ?」
「能力が、発動しねぇ……。さっきから何度も試してるというのに、どういうわけかぜんぜん発動しやがらねぇ」
「そんな馬鹿――「お、俺もだっ!」――なっ?」
見ると、魏も額からダラダラと汗を流して、呆然とその場に立ち尽くしている。
「ま、まさかっ!」
劉も自身の能力を発動しようといつもと同じような感覚で魔力を集中しようとする。
しかし、使い慣れたはずの自身の能力はどれだけ強く念じても発動しようとはしなかった。
いや、もっと正確に表現するのなら、それは、能力を発動させるために魔力を集めようとするとまるで何かに横から強引に吸い取られていくような……そんなかつて感じたことのない奇妙な感覚だった。
「て、てめぇ、俺たちに何をしやがった?」
「仮に私があなたたちに何かしたとして、それを敵であるあなたたちに親切に説明してやる義理があるとでも?」
刺さんばかりに睨みつけられた宋の視線を、一つ肩をすくめて男はさらりといなした。
「格好つけて右腕を差し出したのにどうしたんですか? さっきから待ってるんですから、早く何かやってみてくださいよ」
嘲笑を浮かべながら、男は言った。
その態度から劉は確信した。
何をどうしたのかはさっぱり分からない。だが、今自分たちを襲っている能力の発動異常は全てこの男が原因なのだ……と。
「自分の能力が発動しないのがそんなに不思議ですか? 劉成文」
「な、なぜ俺の名前をっ」
反射的に男の顔を見やると、彼の口元がニヤリと歪んだ。
「もちろん知っていますよ。そこにいるのが宋李炎と魏浩然であることもね」
「ど、どうしてだ? 俺たち三人が奥羽人と触れるのは今回が初めてだ。お前とは過去一度も会ったことはない。俺たちの名前を知っていることなど絶対にありえない!」
そう言い放ちながらも、劉の心には言いようのない不安がよぎっていた。
会ったことはない。それは間違いないと確信している。なのになぜか目の前の男にわずかな既視感がある。正体不明のその感覚が気持ち悪かった。
「間違ってませんよ。私もあなた方と会うのは初めてです」
「ならどうしてっ!」
「でも私はあなた方三人の名前を知っています。持っている能力もね。まあ、こちらは今となっては知っていようがいまいが関係ない話ですけど……」
「の、能力もだとっ! どういうことだ?」
「もっと言うなら、あなた方以外の大雅軍の能力者の名前と能力全てを私は知っています」
「馬鹿な! ありえない!」
「あなたがありえないと思っていても知っているのは事実ですから変えようがありませんよ。ただまあ、一つだけ例外があるとすれば…………」
そう言って一回言葉を切った男の、自分たちを揶揄するような瞳を見て、瞬間的に劉の脳裏に嫌な予感がよぎる。
「――――神無から大華に渡った後にあなたたちが作った子供が能力者だった場合ですかね?」
「「「…………………!!!!!!!!!」」」
劉と宋と魏、三人揃って絶句した。
こちらの世界で生まれ育った者が地球の国家であるはずの神無や大華のことを知っているはずがない。
つまりそれは、逆説的に目の前の男が自分たちと同じように地球からこちらの世界へやって来た存在であるということを示している。
と同時に、先ほど劉が目の前の男に対して抱いていた既視感。
その正体となる男の名前を、劉はやっとのことで自身の記憶の渦の中から引きずり出すことに成功した。
どうしてもっと早く思い出さなかったのだろうか。
地球における最強国家と聞かれて誰もが最初に思い浮かべる国がある。
魔法帝国神無と名乗るその国は、それまで最強と言われていた合州国を第二次太平洋戦争で手も足も出させないまま蹴散らした世界で最も新しい帝政国家である。
地球上には他に帝政を摂っている国家が存在しないため、一般には略して帝国と呼ばれている。
かつてその帝国において、円卓第5位の皆本清十郎が皇帝に成り代わろうと配下を率いてクーデターを起こしたという事件があった。
結論から言うと、そのクーデターは皇帝派の勢力にあっさりと叩き潰されたわけだが、その中心となって敵の首魁である皆本清十郎と一騎打ちを行い、圧倒的な勝利を収めた人物こそ、今自分たちの目の前にいる青年だったのだ。
皆本清十郎がクーデターを起こした場所にはちょうど生テレビのカメラが入っていた。
そのため、極めて異例のことではあるが、最強の能力者たる円卓同士の対決という世紀の一戦ははっきりと記録として残され、全世界に配信された。
本来秘匿されるべき敵国の上位能力者たちの戦闘映像である。大華国の能力者の義務として当然その映像には目を通してある。
現場を俯瞰して映す映像ですら速くてはっきりと目で捉えることが出来ないほどの円卓の実力。それをまざまざと見せつけられて、こんなのが敵にいるのかと恐怖に慄いたのはおそらく自分だけではないだろう。
あまりにも印象が強すぎて、劉は今でも鮮明にその映像を頭に思い浮かべることが出来る。
だから、間違いない。
今自分たちの目の前にいて敵対している男は、あの帝国でも有数といえる強力な能力者である皆本清十郎を自身の能力さえ使わずに軽く捻り潰した恐るべき男と同一人物なのだと。
「て、帝国の剣聖――――四十無湊…………」
「「な、なにぃ、剣聖だとっ!」」
思わず発した劉の声を聞いて、宋と魏の二人が目を剝いた。
帝国の剣聖――それは、二人の心を強くかき乱すパワーワードだった。
出会ってはならない人物のトップランクに位置する相手だからだ。
そんな劉たちの反応を見て、男――四十無湊はニコリと微笑む。
「そういえば挨拶がまだでしたね。どうも、初めまして。魔法帝国神無・渋谷公爵及び円卓第14位、更にこちらの世界では西方諸国の一つアンリエストの王を務めさせていただいている四十無湊と申します。地球を代表してあなた方大華国の残党を掣肘しにやってまいりました。これから長い付き合いになると思いますが、みなさんよろしくお願いしますね」
劉は湊の挨拶を聞いて震えあがった。
口調こそ丁寧だが、それが紛れもなく自分たちに向けた処刑宣告だと気が付いたからだ。
どうしてもっと早く気が付かなかったのか。
考えてみれば、目の前の湊が着ているのはカーキ色のモッズコートに細身のグレーのカーゴパンツ。
どう考えても奥羽国の民のものではない。
紡績関係の機械の開発に成功したこともあり、大雅国では地球と同じような大量生産された洋服が主流になっていて、自分たちの目がすっかりそれに慣れてしまっていたことから、その違和感を完全に見過ごしてしまっていたのだ。
こちらの世界では奥羽国のサムライしか持っていない刀らしきものを湊が手に持っていたことも、劉たちの勘違いを助長させた一因だった。
更にそこに、人質の奥羽人を助けようとする者など同じ奥羽人しかいないだろうという思い込みが重なり、自分が相対している相手が地球の、それもよりによって魔法帝国神無の円卓だと思い至る要素が自分の中で完全に打ち消されてしまっていた。
この男が自分たちの名前と能力を知っていた理由――。
それも彼の正体に気が付いた今の劉ならば見当がつく。
いかなる手段を用いたのかさっぱり分からないが、劉たちに限らず帝国から他の国へと所属が移った能力者の能力を帝国は全て把握しているということなのだろう。
今思えばなんと迂闊な判断だったのかと思うが、帝国の、それも円卓ほどの大物が自分たちを追ってわざわざこちらの世界に渡ってくるなどとは神ならぬ身で思い至るはずもない。
前提からして既に破綻しているのだ。うまく立ち回るなどどだい最初から無理な話だったのだ。
「先ほど私は一回しか言わないと言いましたが、訂正しましょう。再度あなたたちに降伏を勧告します。降伏すれば命だけは助けてさしあげます。降伏の意志があるのならば速やかに武器を捨てて地面に伏せて下さい」
敵国であるなしに関わらず、神無は地球上である意味突出し、事ある毎に人々の話題に上がる国家だった。
まして大華にとって帝国は不俱戴天の敵とも言える国家である。
だから劉は敵国である帝国を研究する過程で、他国に類を見ない帝国の犯罪者に厳しい司法システムについても耳にする機会があった。
そして、そっくりそれがそのまま適用されるならば、今の自分たちが降伏した場合、どのような扱いを受けることになるのかについても大体想像がついた。
自分たちは間違いなく今すぐ死んだ方が遥かにマシなくらいの過酷な強制労働施設へと送られるだろう。そして、おそらく死ぬまでそこから解放されることはないに違いない。
だが、一番の問題はそこではない。
年を取らない自分たち能力者の寿命がいつやってくるのか、果たしてそれが本当にやってくるのか、という点だ。
不老長寿といえば人類の到達すべき大きな夢の一つである。だがそれは謳歌すべき自由があって初めて意味のあるものである。死よりもつらい強制労働が終わることなくずっと続くのであれば、それは生きたまま地獄に落ちるのにも等しい行為だ。
今まで何人殺したのか自分自身でも分からないくらい罪のない人々の命を殺めてきた。もっというならただ殺すのではなく殺す相手が最も苦しむよう徹底的に嬲り、甚振ってから殺してきた。
罪に対する罰があるのだとすれば、自分に課せられる罰は生き地獄ですら生温いであろう。
そのことは、他ならぬ自分自身が誰よりも一番よく知っている。
自分の置かれている状況で今一番苦しまずに済む方法は、目の前にいる四十無湊を殺すことだ。
しかし、それが限りなく不可能に近いことは、かつて湊と同格の円卓である軍司雪穂を襲って手も足も出ずに返り討ちにあったという厳然たる事実が物語っている。
湊の殺害が不可能なら、その次に考えるべきは自ら自分の命を絶つことだ。
さすがの円卓も冥府の底までは追って来れないだろう。
だが、それは同時に自分の手で自分の人生に終止符を打つということでもある。
一番無難な選択肢は一目散にここから逃亡することだが、問題点は、天地ほどの差がある格上を出し抜いて無事ここから脱出することが出来るのかどうかである。
もしも逃亡に失敗しようものなら、捕らえられた後に自分たちに課せられる責め苦は更に激しいものになるだろう。
三人でバラバラの方向に逃げればもしかしたら一人くらいは逃亡に成功するかもしれない。
問題は、逃亡に成功する三分の一を自分が引き当てることができるのかという点である。
果たしてそのリスクを自分が許容出来るのか出来ないのか…………。
自身に降りかかるかつてない危機を何とか切り抜けようと懸命に思考を巡らせる劉だったが、そんな自分の心の内を完全に見透かしているかのように湊は人差し指を立てると、それをゆっくり天に向けて指し示した。
「…………?」
それが何を意味しているのか分からず示された方に視線を向けると、遥か上空、それこそ劉たちがいかなる手段を講じようと決して攻撃が届かないほどの高度に浮かぶ三つの黒点が目に入った。
「見えますか? あなた方が知っているものとは少し異なるかもしれませんが、あれは帝国製のドローンのようなものだと思ってください。あれら三つのドローンはそれぞれあなた方をロックオンしています。これから先あなた方がどこへ逃げようが、どんな隠れ家に隠れこもうが、地面に抜け穴を掘ってドローンの追跡をかわそうとしようが、必ずあなた方の居場所を指し示してくれます。つまり早いか遅いかの違いがあるだけであなたたちは絶対に私から逃げきれないということです。あと、私が駆けつける前に行った悪事だからといって、今更あの死体の山と自分たちは関係ないですなんていう見え透いた嘘はいらないですよ。あなたたちの行いは先行させていたドローンで既に把握済みです」
「そ、そんな…………」
「今あなたたちが出来る行動はたった二つ。あきらめて投降するか、ダメ元で私に挑みかかるかです。もう一つ自殺するという手段があると考えているかもしれませんが、残念ですけど、そんなことは私が絶対にさせません」
「………………」
一言も反論することが出来なかった。
自分たちの目にも止まらない動きが出来る湊ならば、自分たちの自殺を阻止することくらい朝飯前だろう。
逃げることも死ぬことも許されない。
つまり、劉たちの未来は完全に詰んでいるのだ。
そう理解した劉は、これ以上無駄な抵抗をすることを諦めてがっくりとその場に膝を付いた。
この先自分を待ち受けるであろう過酷な運命を思うと涙が止まらない。
あとは、この先何百年先の話になるのか分からないが、少しでも早く死刑に処して貰うことを祈るばかりだった。
「悪かった。反省したから今回だけは許してくれ! もう絶対に人は殺めない。助けてくれ、この通りだ!」
劉のように諦められなかったのだろう。宋は湊に向かって叫ぶと、土下座して地面に頭をこすりつける。
「償いはする。だから許してくれ。今回だけは見逃してくれ」
間髪入れずに魏も湊に向かって同じように土下座した。
だが、劉は二人とは違い、その場にうなだれたまま黙して湊に慈悲を求めようとはしなかった。
無理なんだ……と二人に教えてやりたかった。
今の自分たちの立場で見苦しく慈悲をもとめることなど許されるはずもないのだから。
お願いだ助けてくれ、妻だけは助けてくれ、娘だけは助けてくれ、子供だけは助けてくれ、家族だけは助けてくれ、恋人だけは助けてくれ、弟だけはたすけてくれ、姉だけは助けてくれ、妹だけは助けてくれ、兄だけは助けてくれ、友達だけは助けてくれ、幼子だけは助けてくれ、赤子だけはたすけてくれ、妊婦だけは助けてくれ……
死にたくない、殺さないでくれ、助けてくれ、見逃してくれ、許してくれ、死ぬのはいやだ、家族を殺されるのはいやだ、恋人を殺されるのはいやだ、大事な人を殺されるのはいやだ、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、殺さないで、殺さないで、殺さないで、殺さないで……
今まで自分たちの欲望のためにどれだけ罪のない命を絶ち切り、どれだけの懇願を笑いながら無視してきたのか。
『許してくれ』
『助けてくれ』
『見逃してくれ』
それらは今の自分たちが一番言ってはならない言葉だ。
なぜならば…………
「助けてくれだって? そういうお前らは今まで自分に助けてくれと懇願してきた相手にどんな仕打ちをしてきたというんだ? ここで形ばかりの土下座して、口先ばかり謝ったところでお前らがなぶり殺しにした人たちの苦しみがなかったことになるわけじゃない。無残に殺されていった人たちの命が戻ってくるわけじゃない。残された遺族たちの悔しさや悲しみがなくなるわけでもない。ただただ不愉快になるだけだ」
いくら被害者たちにあの世で謝りたいと思っても、もはや自分たちは死にたくても簡単には死ぬことすら出来ない立場だ。
年を取ることがない能力者のこの体では、地獄に等しい過酷な労働が何百年続くのかも分からない。
帝国が動き出したのなら大雅国の敗北は必至だ。
後から助けがやってくることも期待できない。
それどころか、後から後から新たな仲間がやってくるのを先輩面して待ち続けることになりそうである。
こんなことになるのなら調子に乗って悪事など働くのではなかった。
周囲に流されて人の命に手をかけるのではなかった。
享楽に耽って人間らしい心を捨てるのではなかった。
いくら後悔しても今更どうすることもできない。
もし過去に戻ることが出来るのならば、特別待遇でなくともいいから絶対に大華国に仕官してはならないときつく言い聞かせてやりたい。
大華国の誘いを受けたのが正解だった?
そんなのんきなことを言っていたつい先刻までの自分を思いっきり殴り飛ばしてやりたい。
――――全てはあの日あの時の選択の誤りからこの結末は既に決まっていたのだから。
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