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第四章 奥羽国奪還戦 ②

 ◆◆◆ 同刻、奥羽国首都平泉より北東50キロ地点上空、『天下布武』内操縦室――西陣宮子



 

 「ふふっ、敵さんは目の前に突然現れたこの『天下布武』に大慌てのようね」


 『天下布武』の最奥部。

 艦内で最も堅固で安全な場所に設けられた半球体のドームタイプのメインコントロールルーム

 ゲーミングチェアを更に高級にしたような没入感のあるリクライニングシートに深くもたれながらスポーツ用サングラスに酷似したゴーグルを装着した西陣宮子は、まるで実際に肉眼で外を見ているかのようにリアルに投影されたスクリーンを見て楽しそうに笑った。


 つい少し前まで整然と陣形を組んで進んでいたはずの大雅軍の艦隊が、急に陣形を乱してあたふた右往左往しはじめたからだ。


 『慌てるのも無理はありません、これだけ巨大な艦に肉眼で視認できる距離に接近されるまで全く気付くことが出来なかったのですから』


 「気づくことが出来たのもこちらが光学迷彩を解除してあげたからだしね。今頃は『天下布武』がレーダーに映らないことに驚いている頃じゃないかしら」


 『自画自賛するのもなんですが、本艦のステルス性能は完璧ですからね。同じステルスと呼ばれていても他国のステルスもどきと本艦のそれでは技術も性能も大きく異なります。世間一般で『ステルス』と十把一絡げに一括りにされてしまうことが私としては極めて残念です』


 宮子の問いかけに、横に控えている長い髪をアップヘアに纏めている20代前半ほどの女性が苦笑まじりに抗議した。


 その女性は宮子とお揃いの帝国宇宙軍女性士官用制服であるタイトスーツをキリっと着こなしていて、いかにも切れ者の美人秘書といった雰囲気を醸し出している。

 常に冷静さを保つその怜悧な見た目に反して、彼女はクルーの女性たちからは『てんかちゃん』といういかにも可愛らしいあだ名で呼ばれている。


 そんな彼女の本当の名前は、この艦全てのシステムを司る将官級自立思考型AI『天下布武』

 自我どころか感情すら持つ超性能AIであり、現実に立っているかのように見える彼女の姿は実は立体ホログラフィーによるものである。


 自我も感情もあるという謳い文句の通り、人工知能であるはずの彼女の受け答えはあまりにも自然で、通常の人間となんら遜色がない。

 もし全盲の人と一緒の時間を過ごしていたならば、彼女がAI――いわゆる電子人格であるとは最後まで気がつかれることはないだろう。


 この『てんかちゃん』に代表される超性能自立思考型AIを作り上げた人物こそ雨久水綴(みずなぎつづり)

 帝国において四十無湊と並ぶ天才と称されている男である。


 湊と血を分けた双子の兄でもあるこの雨久水綴(みずなぎつづり)は、とある集団失踪事件に巻き込まれて現在行方不明中であり、帝国ではその安否が心配視されているのだが、弟である湊はというと、「何となくだが無事で元気にやってそう」なのが感覚で分かるらしく、あまり深刻には捉えていないようである。


 他人から見ると一見薄情にも思えるが、身内に対しては極めて情に厚い今までの湊の行動から鑑みてもそんなはずはなく、何か本人にしか分からない確信のようなものがあるのだろうと宮子は思っている。


 「さて、相手もようやくこちらを認識してくれたことだし、そろそろ発光信号で降伏するよう通達するとしましょうか」


 『文面はどうしますか?』


 「そうね……『大雅軍に告ぐ ただちに降伏せよ 命だけは保証する 逃亡すれば撃沈す 命が惜しくば ただちに投降せよ』くらいでどうかしら?」


 『それで十分ではないでしょうか………………送りました』


 「ご苦労様。で、彼らはどうするかしらね?」


 『どうするとは、逃げるか戦うか降伏するかですか?』


 「そうそう、てんちゃんはどう思う?」


 『文章に込められた宮子さんの意思が正確に伝わっていれば、攻撃してくると思いますけど……』


 「やっぱ、てんちゃんには説明しなくても分かっちゃうか……」


 『助けるのは命()()ですからね』


 てんかは小さく肩をすくめて見せる。


 「まあね。悪いことやった自覚があれば帝国相手に降伏はできないでしょ『()()兵』には」 


 『そうですね。宮子さんがおっしゃるように相手も我々が帝国であることをきっちりと認識していることでしょうから、捕らえられた場合、当然裁きは帝国の価値観で行われることにも気付いていることでしょう。その意味を知っていればとても降伏など出来はしないでしょうからね。なにしろ、やったことにはきっちり最後まで責任をとらせますからね、帝国は…………』


 「そうそう、責任をきっちり果たし終えるまで外に出てこれないからね」


 『法律変えちゃいましたしね、湊様が……』


 「おかげで帝国内の犯罪が激減したからね、特に組織犯罪が……」




 帝国が建国され、民主主義国家から帝政へと移行した際、新たに制定された憲法や法律のベースとなったのは日本国の憲法と法律だった。

 しかし、帝政国家と民主主義国家、政体の異なるその両者を完全に同一のフォーマット上で運営することは極めて困難であった。


 当然ながら、ベースとなった民主主義用のそれをつつがなく運用できるよう、帝制用のそれに落とし込まなければならなかった。

 つまり、既存の法律や憲法を大きく改正する必要があったのだ。


 そして、そのついでと言っては何だが、湊たち法改正グループは、日本の法律の中で存在していても意味のないもの、現実との齟齬があり運用が上手くいっていないもの、法律改正などを繰り返した結果ごちゃごちゃとなって抜け穴だらけになっているものなどを一気に整理した。


 その最たるものが税制と司法である。


 最後の聖域であるマスメディア対策については地球に帰ってから手を付ける予定らしいのだが、それに関してはこちらの世界に渡ってくる前にちょっとした仕込みは済ませてあるようなので、帰ったときにそれがどうなっているか個人的に楽しみなところではある。

 とはいえ、今は話を戻してまずは税制についてである。


 湊が最初に行ったのはそれまで非課税であった宗教法人への課税だった。

 より正確に言うのなら、収入が一定以上を超えている宗教法人への課税だ。

 清貧にあえぎながら真面目に活動をしている寺社もある一方で、一般人には手の届かない高級スポーツカーを乗り回して豪遊している坊主などが存在しているのもまた事実。

 儲けたお金を寺社の維持運営に使っているならばともかく、己の贅沢に使うようなところを非課税にしてやる必要はない。

 それについては収支報告と事業計画をきっちり出させて行政にきちんと管理させるようにしている。


 次に行ったのが税制の整理である。

 ベースとなったのは日本の税制であるが、これがもう本当にごちゃごちゃしていて分かりにくく、税の抜け穴だらけというか、もはや税に詳しい者勝ち的な状況に陥っていた。


 極端な例では、年に何兆円も稼いでいる巨大企業が法人税を年に数百万円しか国に納めていないなどというふざけたケースすらあった。

 

 これについては『損失計上』『外国子会社配当益金不算入制度』という二つの制度を上手く利用して税金逃れを行っていたわけであるが、帝国の税法はごちゃごちゃしているとことは極力すっきりさせ、例に挙げたものだけでなくあらゆる法の抜け穴に対してもきっちりと対策がほどこされ、租税回避が行えないようになっている。


 二つ目の司法に対しては、湊は更に強烈な改革を行った。


 湊はまず最初に、日本でも散々議論の的になっていた少年法に手を付けた。

 凶悪犯罪に対しての少年法の適用を廃止したのだ。


 いくら青少年を更生させるのがその目的だとて、加害者を行き過ぎて保護することは被害者や遺族の立場から考えて許容できる範囲にないことと、少年法の適用を受ける加害者にとっても、少年法の存在が安易に凶悪犯罪に手を染める免罪符になってはならないという理由からである。


 既存の少年法では仮に少年が高層ビルを爆破して数千人を殺害したとしてもただの少年院送りである。


 過去に例がないというのは反対する理由にはならない。

 実際に事件が起こってから議論を始めたのでは遅いのである。


 そもそも人のものを盗ってはならない、人を殺してはならないなどという常識は小学校に上がる前に誰しも理解できることであり、偶然起こってしまった事故などではなく、あくまでも自分の意志で故意にそれを行うというならば、それはもう自分の引き起こした被害に見合った罰を受けるのは当たり前のことである。


 これは何も少年法に限らず成人の犯罪においても同様のことだが、厳罰が嫌なら凶悪犯罪など行わなければ良いのだ。

 犯罪の抑止としての厳罰。

 それこそが本来の罰のあるべき姿でもある。

 

 かつてヤのつく業界人たちの間で「鉄砲玉」という組の命令を受けて敵対組織に突撃して要人を殺す役目があった。

 そして無事目的を果たし生還すると、今度は刑務所でお勤めを果たすことになるわけだが、無事退所した暁にはその功績を以て組織内で出世するわけである。

 つまりそれは「鉄砲玉」にとって、殺人罪で刑務所に服役する年数が退所した後の待遇にある程度見合っているから起こりえるシステムであるともいえる。

 (もちろん中には受けた恩義や男気、しがらみなどによる損得勘定によらない案件もあったことだろうが……)


 事実、凶悪犯罪に対応するため懲役期間の上限が引き上げられた結果、そのシステムは大きく揺らいだ。

 もちろん新たに施行された暴対法やその他の社会情勢の影響もあるから「鉄砲玉」が減った理由が一概に懲役期間の上限引き上げだけによるものとは言えない。

 だが、老齢になってようやく娑婆に出てきて組織の中でそれなりの地位についたとしても、それが果たして失ってしまった時間や若さに対して見合っているものなのかどうか……各々の価値観によって異なるだろうが、少なくとも宮子個人としては見合っていないと思うし、世間の大多数も同意見ではないだろうか。


 このことから考えても、犯罪に比して罰を厳しめに設定するということは、ある程度犯罪の抑止に効果はあるといえなくもない。


 しかし、既存の法律では罪に対しての罰が見合っていない。

 もちろん人間は感情の生き物だから、幾ら罰が厳しかろうが損得抜きで犯罪を犯すことはある。

 カッと頭に血が上って突発的に犯罪を犯すというようなケースもゼロには出来ない。

 しかし、罪に対して割に合わない厳罰を課し、更に極めて高い逮捕率を数字で示してやれば、少なくとも計画的な犯罪については減少するはずである。


 計画的犯罪の代表的なものが詐欺犯罪である。

 

 例えば詐欺行為で三億円だまし取った男が捕まったとする。

 詐欺罪の罰則は刑法で10年以内の懲役となっている。10年という年月は決して短い時間ではない。それは間違いない。

 しかし逆に言えば、どんなに長くても10年で刑務所から出てこれるということでもある。

 

 そして肝心なのは、だまし取った三億円の行方である。


 警察がその行方を掴めれば回収することも出来るだろうが、現金のまま、或いは宝石や絵画などの美術品に換え、本人にしか分からないどこかに隠したりして警察が探し出すことができなかった場合、出所後そっくりそのまま三億円が手に入る。

 服役して10年自由を失ったとして、その間の年収に換算すると三千万円にもなるのだ。

 三億円もあればよほどの豪遊をしない限り一生食うには困らない金額である。


 10年我慢すれば三億円手に入ると考えれば「決して分が悪い勝負ではない」と考えるものは必ず出てくる。

 これでは犯罪した者勝ちである。


 もっと言うなら、従来の法律では犯罪を犯した犯人を裁くのは刑法で、被害者が犯人に被害の弁済や回復を求めるためには別途民事訴訟を起こして勝利しなければならない。

 このこと自体が被害者にとっては大変な負担である。


 更には、苦労して民事訴訟で勝訴したとしても、必ずしも犯人から賠償が行われるとは限らない。

 賠償の未払いについては通常強制執行が行われるのだが、賠償者に財産収入がないケースや賠償者の資産がどこに存在するのか分からないケースなど強制執行自体が行えない場合などがある。

 つまり、裁判で勝ったとしても被害者が泣き寝入りしなくてはならないケースが発生してしまうのである。


 その問題を解決するために、湊はまず刑事裁判で犯人が裁かれる段階で被害者に対して行う賠償に関する判決も同時に出してしまうことにした。

 具体的にいうと、判決が出る段階で「懲役〇年(執行猶予〇年)国への罰金〇円、被害者への賠償金〇円」というように裁判長が一括して判決を下すのだ。

 これによってまず被害者側の民事訴訟の労力や出費が省ける。


 これだけでは結局払わない者は払わないのではないかという疑問が出てくるだろうが、そこはきちんと上手く考えられている。


 被害者が賠償金をとりっぱぐれないよう裁判所が決定した賠償額は、まず帝国が肩代わりして被害者に支払う。

 国が肩代わりしているのだから、被害者に支払われた賠償金は当然加害者が国に返済していかなくてはならない。


 しかし、それだけだと単に被害者への金銭補償が厚くなる代わりに、賠償金を代理弁済した国が加害者から肩代わりした資金をとりっぱぐれるリスクが高まるだけである。


 当然帝国としてはそのリスクを回避するシステムを構築しなければならないわけであり、事実、帝国は現在その条件を満たしたシステムを運用しているわけであるが、その資金を回収するための方法は、あまりにも非人道的ではないのかと世界中の人権主義者たちの間で物議を醸した方法でもあった。


 端的に言うと、加害者が過酷な強制労働によって稼いだお金で弁済させているのだ。

 自分で与えた被害は自分で返せ。実に単純かつ明快な話だ。


 帝国の賠償金の算出方法は基本的に「自分が被害者に与えた被害+慰謝料」となっているが、組織犯罪の場合はこの式に変化がある。

 組織犯罪になると単体もしくは複数の実行犯の他に組織の幹部や黒幕などが存在するからだ。

 

 組織犯罪においては、えてして逮捕されるのは組織の下っ端である実行犯だけで、彼らが尻尾切りされることによって黒幕たちまで捜査の手が届かず、そこで幕引きが図られるというケースが多く見られる。


 しかし、帝国はそんな幹部や黒幕たちの勝ち逃げを決して許さない。

 黒幕や幹部たちがどんなに口裏を合わせて白を切ったとしても、相手の嘘を見抜く能力者や魔道具の追及を躱すことはできないし、いかに巧妙華麗な逃亡を図ろうとも詐欺師程度が追跡専門の能力者の追撃から逃れることは不可能だ。


 それが仮にフィッシングなどのネットを利用した詐欺であったとしても同様だ。

 帝国の誇る第77位の階位騎士にして天才プログラマーでもある天花寺千曲(てんげいじちくま)を出し抜くことは絶対に出来ない。絶対にだ。

 なにしろ彼女はネットワーク戦に特化した電脳系能力者を能力を使わない素の状態で、しかも同時に他の作業をしながら片手間にフルボッコできるのだから。


 正真正銘の天才である彼女からもしも無事逃げおおせることが出来るハッカーが存在するのなら、むしろ宮子は見てみたいくらいである。


 帝国の組織犯罪に対する罰金・賠償金の規定は、下っ端である実行犯の賠償額については従来通りの「自分が被害者に与えた被害+慰謝料」となっているが、その上に立つ犯罪組織の幹部や黒幕に対しての罰金額の適用範囲は「自らがその組織で関わった不正入手金全て」である。


 仮に実行犯A,Bの上に幹部Eが、C.Dの上に幹部Fが、そしてそれら全ての上に黒幕Gがいた場合で、実行犯A,B,C,Dがそれぞれ被害者から3千万円ずつ騙し取っていたとすると、その賠償金額は実行犯A,B,C,Dがそれぞれ3千万円(+慰謝料)ずつ、幹部E,Fがそれぞれ6千万円、黒幕Gは1億2千万円となる。


 この場合、実行犯の3千万円+慰謝料×4が被害者へ支払われる金額となり、幹部の各6千万円と黒幕の1億2千万円は全て国庫に入り公共サービスに利用されることになる。

 犯罪組織の規模が大きければ大きいほど、被害額がデカければデカいほど、黒幕に近ければ近いほど罰金額が増大するため、帝国の刑法においては犯罪――特に組織犯罪がとにかく割に合わないようになっているのだ。

 

 上記の例を見れば分かる通り、黒幕と幹部たちが国庫に支払う金額を考えれば、帝国としては凄い収入になる。

 とはいえ、これは額面で見えるほど簡単な話ではない。

 犯人たちが一括で罰金を支払えればそれで済む話だが、犯人に支払い能力がない場合、今度は帝国が犯人を強制労働にかけることでそれを回収しなくてはならないのだ。


 強制労働の日当は食事代を天引きして一律8千円。

 被害額が1万円程度の窃盗犯ならば丸2日も働けば国への罰金を含めてもお釣りが出てくるが、賠償額が高額になるとそうのんきなことは言ってはいられない。

 被害額が数千万、数億、数十億の詐欺事案、あるいは、被害者一人当たり2億から3億と定められている殺人の賠償、そして同じく1回1億から2億の間となる強姦罪の賠償、殺したり犯したりした人数や回数によっては一生どころか人生何週しても返しきれない金額になってしまう。

 

 これでは国が被害者のために肩代わりした金額は凶悪事件であればあるほど未回収になって損をするばかり。    

 …………本来ならば、そうなるだろう。


 しかし、湊が構築した帝国の資金回収システムの悪辣なところは、不運な事故などで死なない限りすべての賠償金を払い終えるまで絶対に寿命などで逃れられないところなのだ。

 とはいえ、日当が一日8千円。一年だと約292万円、1億円を返すには34年と少しかかる計算になる。2億なら約68年、3億なら約102年だ。

 普通ならばすべての弁済を終える前に犯人の寿命がやってくる。そうなれば肩代わりした金の回収は事実上不可能だ。


 しかし帝国はその難問すらあっさりとクリアした。

 その難問をクリアするための鍵は一部のトップクラスの能力者のみが行使できる眷属契約である。

 具体的には、帝国の司法長官を務める円卓第5位『四聖』榊真九郎(さかきしんくろう)のそれである。


 通常『眷属契約』と一括りにされているが、厳密にはこの眷属契約と呼ばれるものは二種類存在している。

 少々縛りがきついがある意味師弟関係にも近い通常の意味での眷属契約と、支配する側とされる側が明確に分かれていて被契約者の側からは絶対に解除できず支配する側に絶対服従を強制される『隷属契約(スレイブコントラクト)』である。


 言うまでもなく榊真九郎が犯罪者と結ぶのは後者の方である。


 この犯罪者と結ぶ『隷属契約(スレイブコントラクト)』は、被契約者が順守しなければならない条項を事細かに設定することができる。

 具体的には下記の通りである。

 

 隷属者は主に反抗することができない、主にとって不利な行動を取ることも出来ない。課せられる強制労働に手を抜くことも許されない。命令に逆らうこともできないし逃げ出すことも出来ない。狂って夢の中に逃げ込むことも許されない。能力者として能力の行使ができず、能力者が得られるはずの高い身体能力もない。

 

 そしてここが最も肝心なところだが、仮にも能力者であるので契約中は年を取ることが全くなく、持病があったとしても進行することもない。寿命で死を迎える心配もなくなる。そして主の許可なく自傷も自殺も他者に頼んで殺してもらうことも出来ない。


 どんなに辛かろうが苦しかろうが、賠償を終えるまでは何十年でも何百年でも過酷な強制労働に勤しむしか道はないのだ。

 その絶望的ともいえるその苦役は、他人を不幸に陥れれば陥れるほど強く我が身にそれが跳ね返ってくる。

 自業自得とはいえ、完全な生き地獄である。


 そして更に言うならば、この強制労働はあくまでも払えない賠償金を稼がせる手段に過ぎないので、賠償額を払い終えようやく隷属契約を解除されたかと思ったら、今度は改めて刑務所に入所して本来の服役期間を全うしなければならない。

 死刑囚ですら賠償が済まないと刑を執行してもらえないのだ。


 ここまで厳しいおかげか、帝国内における出所した犯罪者の再犯率は極めて少ない。

 結果が出ていることがデータとしてきっちり現れているのだ。


 このように帝国は犯罪に、特に凶悪犯罪に対しては極めて厳しい対応を取っている。

 そのことに対して外国や国内の人権主義者たちからは、法律が施行されて30年経つ今もなお犯罪者の人権がどうたらこうたらと文句を言われ続けている。


 しかし、宮子は言いたい。

 帝国ほど親身に被害者へと寄り添えている国が地球上のいったいどこにあるというのだろうか?


 やたらと加害者の人権を訴えるのはいいが、ないがしろにされている被害者の人権はいったいどうなっているのだろうか? 

 とかく人権を振りかざす者ほど他者の行いを騒ぎ立てるが、事実として人権論者は犯罪者の人権を優先するあまり、被害者やその遺族の想いをないがしろにしている。

 加害者には人権があって、被害者やその家族、殺された人やその遺族には人権はないのだろうか?


 もちろん人権論者たちにもそれなりの言い分はあるだろう。だが、帝国は被害者の人権を優先する。

 要は優先順位の問題なのだ。


 北欧のとある国では、77人も殺した男に下された判決はたった21年の禁固刑だけだった。

 しかもその男が収監されている部屋はなんと寝室含め3室もあり、その部屋の中にはテレビや日本製ゲーム機、冷蔵庫やランニングマシンなどが完備されていて、何一つ不自由なくぬくぬくと生活しているどころか、それでなお待遇が悪い、自分の人権が侵害されていると文句を訴えているのである。

 ついには刑務所内のゲーム機を上位機種にアップグレードしろと訴える始末。

 

 聞いているだけであきれ果ててしまう話だが、加害者への人権が行き過ぎるとそんな質の悪い冗談のような話が実際に起こってしまうのである。

 つまりその国では凶悪な犯罪者の人権はこれ以上なく高い一方、善良な一般市民の命の価値はゴミくずのように小さいということである。


 まさに帝国とは犯罪に対して真逆の対応を取っている国だ。


 もちろん犯罪者に対する対応は国ごとに異なるのだから、その国の政策に対して思うところはあっても帝国として直接どうこう言うことはない。

 そこの国に住んでいる人たちが幸せならそれでいいのだ。


 だからこそ、人権主義者たちにも帝国の対応に口を出すなと宮子は声を大にして言いたい。


 事実として帝国内で凶悪犯罪のニュースはほとんど聞かれなくなった。


 当然法律が施行された当時は暴力を売り物にしたバイオレンス的業界からそれに対して強い反発が沸き起こった。

 しかし、彼らにはどうすることも出来なかった。

 反抗しようものならそれ以上の暴力であっという間に叩き潰されてしまうからだ。


 帝国の秩序を保つ側の能力者たちは、暴力を生業にしている彼らの得意分野でより圧倒的に強者だった。

 地下に隠れて活動を続けようとするも、斥候系能力者の持つ理不尽な探査力によってあっという間にその企みは暴かれてしまう。

 結果として、彼らは生きるために闇の世界から自ら表の世界に上がってくるしかなくなった。


 結果として、今では国内勢力も外国勢力もその手の筋の者を見かけることは全くなくなってしまい、その名残は不良系やバイオレンス系の映画に残っているだけとなっている。




 …………と、少々長い前置きになってしまったが、このような帝国の凶悪犯罪に対する厳しさは広く外国にも知れ渡っている。

 当然ながら大雅国の前進である大華国も同様である。


 さて、そんな重犯罪者に厳しい帝国の国旗が描かれている空中戦艦から『命だけは保証する』と言われて大雅兵が素直に降伏したとする。

 その後の自分たちにどのような待遇が待っているのか、その扱いがどれほどの生き地獄なのか、今まで自分たちが好き放題にやってきた非道を鑑みれば、よほど想像力の薄い馬鹿でもない限りは嫌でも分かろうというもの。


 そんな彼らが出すであろう結論は、その場に立ち会っていなくとも宮子には分かる。即ち――――



 『――――延々と続く生き地獄を味わうくらいならばここで潔く戦って死んだほうがマシ。潔く軍人としてとかそういうのではなく、とにかくただ帝国に捕まりたくないからここで戦って死んだ方がマシ。それに万が一でも億が一でも奇跡的に運が味方してあの空中要塞に勝てるようなことがあるかもしれない』



 要するに、最初っから大雅海軍には降伏という選択肢はなかったのである。



 「うん? ワタワタしていた艦隊の動きが変わった? どうやらあちらさんも覚悟は決まったようね」


 『覚悟が決まったというか、そうする以外の選択肢が元々なかったんですけどね』

 

 「そんなに帝国のこと嫌わなくてもいいのにね。被害者にはきちんと補償がされて、私たちは高額の罰金と安価な労働力が手に入って、大雅兵君たちは何百年後になるのかは分からないけれど、もし出てくることができるのならば、罪を償って更生してその上で大手を振って娑婆に戻ってくれば良いのよ。そうなれば残っている関係者の間で誰も損をしないWIN-WIN-WINの関係を築くことが出来るはずなんだから」 


 『無事お勤めを果たしたあと、そのまま死刑直行便に乗らなければの話ですけれどね』



 「だからちゃんと「出てくることができるのならば」って言ってあるじゃない」


 『そうでしたね』


 「とはいっても、厳しすぎると名高く、敵さんにこうして恐れられている帝国の法律だけど、私は優しい方だと思うんだけどね。特に弱者には……」


 『罪を罪だからと杓子定規に判決を下すのではなく、そこに至るまでの事情をきちんと裁判官が汲んでくれますからね。正当防衛の範囲も割と広く取ってくれますし』


 「そうそう、あのいじめられてた子が逆にいじめっ子を殺しちゃった事件とか特に有名よね」


 『あの事件は単なるいじめ事件ではなく、とにかくその背景が醜く汚かったですからね』


 「確かいじめていたのがその町一帯に絶大な権力を持つ大会社の社長の息子で、社長の息子は親の権力をかさにきてやりたい放題。学校に警察に、そして地元の政治家や教育委員会に訴えても見て見ぬふりをされて、いじめられっこは絶え間ない暴力や陰湿ないたずらに晒されて常にボロボロ。更にはいじめられっこの親の務め先の会社に圧力をかけて父親を解雇させ職を奪い、しまいにはいじめられっこの家に乗り込んで妹を犯そうとしたところで我慢の限界を迎えたいじめられっ子に包丁で刺されて死んだんだっけ?」 


 『はい。息子を殺された父親は激しく怒り狂っていたようでしたが…………結果はご存じの通りいじめられていた少年は無罪放免でお咎めなしでした』


 つまりそれは、帝国の裁判官たちがその事件の背景にある執拗な暴力や陰湿ないじめ、権力を使っての嫌がらせや犯罪の隠蔽、許されざる犯罪である性的暴行(未遂)などなど、加害者が被害者を殺さなくてはならないほど個人的・集団的・社会的に追い詰めた被害者やその周囲の権力者たちの方が悪いという判断を下したということである。


 「それどころか逆に息子を殺された被害者である社長もいじめを見て見ぬふりをした学校関係者や警察関係者、政治家、教育委員会、そして積極的にいじめに加わっていた生徒たちもみんな捕まったのよね」


 『はい。特に死んだいじめっ子当人やその父親の社長は他にも余罪がたっぷりで、何とか強制労働を回避しようとして、今まで自分が貶めていた相手――いじめられっこ家族を始めとする被害者たち――に賠償を行っていたら、それまであくどい手段で貯めこんでいた財産をすっかり使い果たしてしまって、結局それでも足りなくなって不足分を補うために現在も懸命に強制労働にいそしんでいる最中のはずです』


 「ドラ息子もドラ息子なら馬鹿親も馬鹿親ね。全財産を使い果たしてそれでも足りないって、どんだけ悪事にいそしんで他人に迷惑をかけてきたのよ」


 『子は親の背を見て育つというやつですね……………………っと、大雅艦隊の砲塔がこちらに狙いを定め始めました』


 「いよいよ始まるかしらね。てんかちゃん迎撃用パルスレーザーの準備を……『既に始めています』」


 宮子が指示出しをしているところに、てんかちゃんが割り込むように答えた。


 「……おっ、おう。ありがとうね」


 てんかちゃんが言った通り、宮子の視界に映るサブモニターの画面には、天下布武の外部装甲がスライドして中からレーザー砲塔がせり上がってくる様が映し出されている。


 画面に映っているのは一つだけだが、実際には天下布武の各所で同様の現象が起こっていた。


 『システムオールグリーン。いつでも迎撃可能です』


 「了解! ……じゃあ敵さんのお手並み拝見といきましょうか」


 『大雅艦隊、全艦艇発砲を確認! 同じくミサイルも発射! さらに空母から艦載機が発進しました』


 てんかの報告とほぼ同時に大雅艦隊の70口径130mm単装砲が火を噴き、VLS装置から一斉に煙が上がって、空母からは艦載機が次々と空に飛び立っていく姿がモニターに大写しになる。

 それを見て宮子は思わず感心したように「へぇ……」と呟く。


 「こちらに来てから満足に補充することもできなくて弾薬の残りが少ないでしょうに……それでもあえて全艦一斉の飽和攻撃で全力で仕留めにくるなんて、敵の指揮官は意外と有能な人物なようね」


 『そうですね。いくら残りが少ないからとここで弾薬をケチっても撃沈されたらそれでお終いなんですから、そのことを理解した上で自分たちの生き残りをかけて全力で本艦を墜としに来るその判断力は評価に値すると思います』


 敵が発射したミサイルや砲弾が今この瞬間も自分たちに向けて迫っているというのに、のんびりと相手の指揮官に批評をしている二人。

 というのも、敵の指揮官が出来る人物であれば、全艦による一斉飽和攻撃に打って出てくるであろうことは既に予想の範疇であったからだ。


 迫り来る敵砲弾やミサイル兵器は、全て天下布武のミサイル迎撃システムによって撃ち落す手筈になっている。

 迎撃するのが実弾ではなくパルスレーザーなのは、実弾兵器を温存するためだ。

 もちろん天下布武には十分な弾薬備蓄があるし、小規模ながらも艦内にはミサイルを始めとする弾薬製造施設も存在しているが、それでも無計画に撃ちまくっていたらあっという間に在庫が底をついてしまう。

 使わなくて済むものなら、今ここで無理してまで使用に踏み切る意味がない。


 そもそも弾薬の補給が困難な異世界においても通常と変わらぬ継戦能力が維持できるよう、天下布武の武装は全体の7割が光学兵器で構成されている。


 一基で神無(ていこく)全土の電力を賄っておつりが出るほどの高出力を持つ重力場機関は、単基でもこの『天下布武』を運用するのに十分なエネルギー量を確保できるほどの出力があるが、この『天下布武』は大きく余裕を持って3基体制をとっており、その内一基は艦内電力及び推進機関として、もう一基はレーザー兵器やシールドなどのエネルギー兵器及び大電力が必要な超性能量子コンピューター用として、最後の一基は通常は前記の二基を補助しつつ、万が一どちらかが使用不可能になった場合に備えた代替用として機能している。


 つまり、この『天下布武』において、光学兵器に限って言えば事実上弾切れという概念は存在しないということになる。

 

 『迎撃します』


 次の瞬間、目視ではとても数えきれないほどの大雅軍の砲弾やミサイルが、一斉に伸びていく青い閃光に貫かれて次々と空中で爆ぜていく。

 当たり前であるが、天下布武にはかすり傷一つついていない。


 『第二波、来ます!』


 てんかの声と同時に、第一波とほぼ同数の飽和攻撃が『天下布武』めがけて突き進んでくる。


 しかし、結果は変わらない。


 天下布武の迎撃システムは、数千数万のミサイルから同時に攻撃を受けたとしても無傷でしのぎ切る性能がある。

 単艦で敵艦隊を迎え撃つことを前提に造られている天下布武にとって、この程度の攻撃は本来飽和攻撃と呼べるものですらなかった。


 『敵戦闘機、本艦へ向けミサイルを発射!』


 「ミサイルだけ迎撃すればいいわよ。格納庫で手ぐすね引いて待っている(神竜)がいるみたいだからね」


 『了解しました』 


 『こちらは準備万端、いつでもOKよ!』


 まるでこちらの会話が聞こえていたかのような絶妙なタイミングで、格納庫で発進準備を進めていたシクロネージュから通信が届いた。


 「了解、うるさい蠅は全部叩き落してきて頂戴!」


 『まかせて!』


 「じゃあ初陣がんばってね。てんかちゃん、轟炎三号機、射出!」


 『射出しました』


 『いやっほ――――ぅ!!!!!』


 楽しそうな声を上げながらクルリと一回、無駄にアクロバティックにローリングをかましながら、轟炎三号機が敵機へ向かって飛んでいく姿がサブモニターに映し出される。

 この戦闘もシクロネージュにとっては娯楽の延長なのかもしれなかった。


 「…………まあ、シクロネージュさんの楽しみを奪ってしまっては悪いし、敵戦闘機については全て彼女に任せましょう。私の轟炎(一号機)も出さなくていいわ」


 『了解しました。彼女の操縦技術と轟炎の性能なら一機でもあの程度の数に後れを取ることはないでしょう。それに、万が一撃墜されるようなことがあっても彼女なら大丈夫だと思いますし……』


 「それはそうよね。神竜(彼女)本体の方が轟炎・改よりもはるかに強いのだから」


 実際、ギルド動乱時の東京に迷い込んできた同じ神竜族である黄金流(アリアレイン)は、自衛隊のF35から発射されたミサイルの直撃を受けても傷一つついていなかった。

 神界に片足突っ込んでいるような相手(超越種)をただの人である自分が心配するなど、時間の無駄以外の何物でもないであろう。


 「さて、なんの面白みもなく第二波までしのいじゃったけど、果たしてあちらに第三波の飽和攻撃を継続できるだけの弾薬は残っているのかしら?」 


 『彼らが今までこちらの世界でどれだけ弾薬を消費してきたのかにもよりますが…………第二波の後ぱったりと攻撃が止んだことから考えると、もしかしてもう残っていないのかもしれませんね。もちろんそうみせかけたブラフの可能性もありますが……』


 「もう少し頑張ってもらいたいところだけど、もし本当に弾切れなら残念な話ね」 


 『敵艦への攻撃はどうしますか?』


 「どうしようか? 弾切れならこと艦隊戦においては無力になった訳だから今更沈めても沈めなくても変わらないのだけど……いっそのこと降伏宣告して退艦するよう促してみる?」


 『捕虜になるくらいなら戦死してしまいたい――――そう相手が考えていることを理解している状況でのあえての降伏勧告…………鬼ですね』


 「とか言いつつ楽しそうに降伏勧告しているあなたの方が鬼だと思うのだけれど……」


 『あえて火中の栗を拾っていくのが私のスタンスですので』


 「火中の栗を拾うというか、どちらかというとその熱しきった熱々の栗を相手の顔に向けて投げつけてるというのが正解なんじゃないの?」


 『泣きっ面に蜂をけしかけるのも私のスタンスですので』


 「ひっ、ひどいっ! 鬼だ! 大雅兵のみなさん早く逃げてぇ――――!! 鬼がここにいますよ―――――っ!!!!」


 そんな他愛のない掛け合い漫才をしていると、敵旗艦と思しき艦からチカチカと発光信号が送られてくる。


 『敵艦から信号あり、解読します。……えー『我ガ艦ニ反撃能力ナシ。降伏ハセズ。撃沈サレタシ。繰リ返ス、我ガ艦ニ反撃能力ナシ。降伏ハセズ。撃沈サレタシ』……だそうですけど、どうします?』


 「もう一度降伏しろと送って」


 『本物の鬼ですか?』 


 「えー、だって私知ってるよ。「殺せよ、殺せよ」って必死に訴えてるってことは本当は「殺さないでくれ」って意味なんでしょ? 紗希ちゃんがそう言ってた」


 『どこのお笑い芸人ですか!』


 「というか、おっさん集団のくっころ見させられてもねぇ…………」


 『おそらく向こうの状況はそんなことを言ってられないほど悲壮感に溢れていると思いますけれど』


 「…………まあ、冗談はこれくらいにするとして。真面目な話、沈めるだけなら簡単なんだけど、それによって起こる海への汚染を考えるとそうも言ってられなくてね……」


 『敵艦を沈没させるのはともかく、問題は燃料の流出ということですか?』


 「そういうこと」


 『それは同盟者である王鯱族たちへの気遣いからですか?』


 「まあそうかな。もちろんこの世界の環境に配慮してっていうのもあるけどね。王鯱族たちも大雅海軍にはずいぶん迷惑していたみたいだから結果としてこの海域から大雅艦隊を排除出来るのなら駄目だとは言わないと思うんだけれど、やっぱり嫌なものは嫌だと思うから極力撃沈しない方がいいと思うのよねぇ。それに大雅軍がこちらの世界に渡ってきて10年ほど経つ今も大雅艦隊が機能しているということは燃料はある程度現地調達できているということだと思うから、無傷で鹵獲したら運用できると思うのよ。私たちにとっては時代遅れの旧式(ロートル)だけれどもこちらの世界の人々にとっては革新的な艦であることは確かだし、無傷で残しておけばこの先何か使い道はあるかもしれないしね」


 『それはそうですね。でも、そうなると……』 


 「ええ、残念ながら乗員の方々には滞りなく退艦していただかないといけなくなるわね」


 『そうなると艦を降りた乗員たちをどう扱うか決めておかないといけませんね』


 「まあ捕虜(キャッチ)にするにしても解放(リリース)するにしても銃の回収は必須よね。どこかの国に流出して技術拡散されても困るし」


 『要するに、強制労働行きか裸一貫無一文でほっぽり出すかですね?』


 「そういうことになるわね」


 大雅兵たちにとっては前者はもちろん、後者だったとしてもかなり過酷な運命となるだろう。

 武器なし金なし、おまけに今まで地元民を搾取しつづけてきた結果恨みだって買っている。


 「とはいえ、いくら武器がないとはいえそれなりの訓練を受けた軍人たちなのだから、人数にものを言わせて近くの村を襲って占拠しないとも限らないし、やっぱり解放(リリース)はなしの方向で検討するべきかしらね」


 『ですがその場合、捕虜を一人一人武装解除させなければならないので圧倒的にこちらの人手が足りません。どうしましょうか?』


 「そうね。この場合対応出来る人にやってもらうのが一番だと思うのよね。この場合紗希ちゃんの人形兵が一番適任だと思うのよ」


 『紗希さんの人形兵の大部分は現在湊様と一緒に平泉へ出撃していますけど…………』


 「だから大雅海軍の皆さんにはこのままあちらが片付いて人形兵の手が空くまでのんびり待っていてもらいましょ。とりあえずこちらからはその場で待機してこちらの指示あるまで動くなと伝えておいて。これで下手な動きをするようならやむを得ないから沈めてしまっても構わないわ」


 『…………それにしても生殺与奪を握られた状態でそのまま放置とか、これはまたずいぶんとえぐい生殺しですね』


 「私も可哀想かなとは思うけれど他にいい方法もないし、それも今まで自分たちの犯した罪に対する罰だと思ってじっと我慢して貰うしかないわよね」


 『こちらの世界には敵がいないと気が大きくなっていたのでしょうけれども、好き勝手にやってきたツケが大きすぎましたね』


 結局大雅兵たちが無事(?)下船することが出来たのは三日後のことだった。

 大部分の兵たちは無事武装解除され捕虜の身となったが、上層部を中心とした一部の者たちは艦内の艦橋や自室などで自害した末に冷たい躯となって発見された。

 生きて捕虜となった兵らはこれから自分に待ち受けるであろう過酷な運命を思ってか皆一様に憔悴しており、生気のない瞳で体の自由を奪われたまま仮の捕虜収容所へとドナドナされていった。



 ◆◆◆



ちなみにギルド動乱開始は2009年12月開始、終結して帝国が日本から独立をしたのが2010年10月頃の設定です。当時はそれまで与党だった民自党が大敗して主民党政権でした。


作中で指摘した『損失計上』と『外国子会社配当益金不算入制度』という二つの制度を上手く利用した某巨大企業の税金逃れの問題は、確か現在は国によって既に対応されていたはずだと記憶しています。多分ですが。

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