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第四章 奥羽国奪還戦 ①

もし軍事的にここはおかしいよというところがございましたらご一報頂ければありがたいです。

 ◆◆◆ 




 「こうしてのんびりと茶を飲みながら、我らに抗う力もない無力な敵に艦砲射撃を命じるだけで手柄が増えて昇進できる。まったくここは夢のような世界だよ」


 大雅軍東方艦隊司令官黄宇人(ホワン・ウーレン)は、己のために用意された豪華な自室で、日課であるクラシック音楽を聴きながら部下に淹れさせたお茶を優雅に一口啜ると、上機嫌で独りごちる。


 「国際社会からの追及を逃れるためとはいえ、次元裂を越えて未知の世界へと旅立つのは大きな賭けだったが、あの時下した私の判断はどうやら正解だったようだ」


 大雅国にとって虎の子である現代艦を保有する黄の艦隊は、他の空軍や陸軍に比べて頭一つ抜けた状態である。

 かつて今の大雅国の前身的存在である地球の大華国を主導していた首脳部は、強力な能力者たちを大勢抱える魔法帝国神無に対抗するため、自分たちの国も強力な能力者を得ることが必要だと考え、十分な技術も知識もないまま合州国の親華議員経由で盗み出した歯抜けの情報だけで強引に能力者の力の源である精神生命体を召喚しようとしてしまった。


 結果からいうとその試みは失敗した。

 それどころか一億人の命を犠牲にして地球とこちらの世界を繋ぐ巨大な空間裂を発生させるという大災害まで引き起こしてしまったのだ。

 当然それらの行為は国際的な非難を浴びることになるのだが、災害から生き延びた大華国上層部は、国際社会からの責任追及を逃れるために艦隊を率いて両世界を繋ぐ空間裂のたまたま互いに海が繋がっていた地点を経由してこちらの世界へ逃亡を図った。


 とはいえ、艦隊とは言ってもそれは名ばかりのもので、こちらの世界へ逃げ出してくるときにかき集められたそれは単なる旧式艦の寄せ集めに過ぎなかった。

 なぜかというと、大華軍の誇る最新鋭艦で構成された大艦隊は、建国したばかりで体勢が整っていないであろう神無へ向けて侵略戦争を仕掛けた際に、神無軍が送り出したたった一隻の最新鋭潜水艦によって全て返り討ちに遭うという信じられない大敗北を喫し、そのほとんどが海の藻屑と化してしまっていたためである。


 しかし、地球ではやや時代遅れ気味であるその艦隊も、科学技術の遅れているこちらの世界においてはどの国の所有する最新鋭兵器よりも強力であり、黄たちはそのアドバンテージを十分に生かして新天地であるこちらの世界に新たに大雅という国家を建国した。


 こう聞くとかなり順調な滑り出しのように思えるが、実は大雅国はある深刻な問題を抱えていた。 


 追手から逃れるため取るものも取りあえず逃れるように慌ただしくこちらの世界に渡ってきてしまったため、兵器開発のノウハウを持つ貴重な技術者たちを一緒に連れて来ることが出来なかったのである。


 当たり前の話だが、完成品を知っているからといって必ずしもそれをそっくりそのまま製造できるというわけではない。

 技術や知識というものは基本的にこつこつと研究して積み上げていかなければならないものであるからだ。


 しかし今の大雅国はそれが完全に途絶えてしまっている。

 そもそもにおいて大華国の持っていた技術というものはその大部分が他国の製品をパク…………模倣したいわゆるコピー製品が元になっていたが、そっくり見た目が同じ製品を作ることは出来ても、実際の性能に大きな違いが見られたり、コピーした製品そのものの出来は良くとも、なぜその部品がそのような形状をしなければならないのか、なぜその場所にその部品が必要なのかという肝心の知識が抜けているため、いざ自分たち独自の製品を作ろうとなると途端にうまくいかなくなってしまう。


 どこやらの国では、国同士で結んだ協定を無視して合州国から購入した戦闘機のブラックボックスを強引にこじ開けたら、そのブラックボックスに仕掛けられていた装置によってその事実が合州国にばれていたなどというこの上ない醜態を演じたという笑えない話もあったくらいだ。


 実際のところ大華軍の兵器も独自開発と言いつつもロクシア製の兵器をリバースエンジニアリングしたものが多いのでその国のことはあまりとやかく言うことは出来ないのだが、今の大雅国ではそのリバースエンジニアリングすら満足に行うことが出来ないのが現状なのだ。


 現在の大雅軍における戦力の劣化は、戦闘艦については地球から持ち込むことが出来たためかろうじて型遅れの現代品程度で済んでいるが、それが敵わず製造技術も途絶えた陸軍用の戦車や空軍用の航空機に関しては、もはや第一次~第二次世界大戦時のレベルにまで落ち込んでしまっている。


 しかし、それでもこの世界に渡って来てからこっち、地道に技術開発を進めてきた結果なのだ。

 地球からこちらの世界へ渡って来てからおよそ10年経つが、ゼロから積み上げてやっと5年目に銃と弾丸の量産体制が整い、8年目にかろうじて及第点を出せるエンジンが完成し、そして今年の初めにようやく初期型の戦車と墜落しないレシプロ戦闘機が完成した。

 だがそれもそれぞれの完成した姿を知識として知っていたからこそ、ここまで早くこのレベルにまで到達することができたのだ。

 

 地球から持ち込んだ兵器に関しては弾薬に使用期限などの問題もあるため一刻も早い代替品の開発が望まれている。

 その中でも特に戦闘艦に使われるものに関しては深刻であり、130ミリ速射砲の弾丸に関してはかなりの劣化品ではあるがそれなりに開発が進んできてはいるものの、ミサイル類に関しては未だ形にもなっていないのが現状だ。


 もちろんこの世界に渡って来る際に十分な量の弾薬は持ち込んではあるが、それでも大雅建国に関わる戦争や、領土拡大のための周辺国家への侵略、天竺国との戦争、そして始まったばかりの奥羽国との戦争などなど、相次ぐ戦線拡大によってそれらの弾薬は消費される一方だった。

 特に最初の建国に関わる戦争に関しては、艦砲射撃でかなりの弾薬を消費してしまった。


 今になって考えてみればすごくもったいない話だ。

 だが、仕方がなかったのだ。


 何とかかき集めた8隻の戦闘艦に乗せられるだけの人員と弾薬と食料を積んでこちらの世界に逃げてきたわけだが、その8隻の戦闘艦に乗せられる人数にだって限界があった。

 それに艦に乗船してきた人員の中には戦闘員だけではなくその家族もかなりの割合含まれていたので、純粋に人数イコール戦力という訳でもなかった。

 

 最低限一人一丁分の銃は確保出来ていたから非戦闘員を加味すればそれなりの戦力にはなったが、だからといって全員で銃を手に突撃などという無茶な手段が取れるはずもない。


 それ以外にも易々と陸戦に打って出られない深刻な事情があった。


 軍用艦に乗ってこちらの世界に逃げてきたことから乗員は海軍関係者が中心だったため、陸上戦のノウハウを持っていなかった上に自動小銃以外の陸上兵器をあまりこちらに持ち込むことが出来なかったこと、食料の消費が予想されていた以上に激しかったため一刻も早い領土獲得が望まれていたこと、そして、敵に魔法という未知の遠距離攻撃手段があったことである。


 味方に無駄な犠牲を出させないためには、こちらが陸戦に打って出る前に艦砲射撃で敵に圧倒的な実力差を見せつけ、事前に敵の抵抗心を完全に叩き折っておく必要があったのだ。

 いわゆる艦砲外交ならぬ艦砲侵略である。


 この世界には人工衛星がないため艦対地ミサイルのGPS補正誘導ができず、詳細な地形データがないため地形補正誘導も精度を欠いてしまう。

 加えて、大華製兵器自体の信頼性と整備能力の低さの相乗効果で、狙っていたのと全く違う目標に命中させてしまったなどという失敗はざらであった。


 結果としてかなりの量の弾薬を無駄に消費したりしてしまったが、それに関しては敵国側の何かに命中していればとりあえず何かしらの脅し効果は得られただろうという気休めと、兵たちに経験を積ませるための必要経費だとある程度は割り切るしかなかった。


 とりあえず今は残された少ない弾薬をやりくりして、必要最小限の運用で最大限の効果を得られるよう涙ぐましい工夫を重ねながら節約に励んでいるところなのだ。


 一番やばいのは、こんなポンコツ状態の東方艦隊でも、現状の大雅軍においては他の陸軍や海軍に比して突出した軍事力を保有している立ち位置にいるということであろうか。

 

 なにしろ大雅軍の空軍には地球人からみれば骨董品のようなレシプロエンジン機しか配備されていないのに、黄の率いる東方艦隊には空母の艦載機として旧式ではあるが滅11というれっきとしたターボファンエンジンを搭載したジェット機や、ミサイル駆逐艦の搭載機としてヘリコプターが数機現存しているのだ。

 これらも実は部品不足による共食い整備などで年々数を減らしていっているのだが、少なくとも黄が司令官の地位にいる間くらいは持ってくれるだろう。


 それは即ち、黄が他の陸軍や空軍の司令官たちよりも出世競争において圧倒的優位な立場にいると言うことでもあった。

 今回の任務を無事終えることさえ出来れば、もしかしたら大雅軍総司令官の座も夢ではないかもしれない。


 「大雅国軍総司令官黄宇人(ホワン・ウーレン)か…………。ふむ、悪くない響きだな…………」


 未来にあり得るだろうその光景を脳裏に思い浮かべながら趣味の茶を嗜む。

 それだけで彼の幸福感は否が応にも高まらざるを得なかった。


 しかし、そんな彼の至福の時間もそれほど長くは続かなかった。


 突然、指令室のドアが荒々しく開かれる。


 「しっ、しっ、指令っ!!」


 日課であるこの穏やかな時間を無粋な乱入者に邪魔されて黄は思わず顔を歪めた。

 まるで敵陣に突撃するかのような勢いで艦長室に飛び込んで黄の至福の時間に水を差したのは、部下の李白竜(リー・パイロン)中尉だった。


 「艦長室に入る時はノックをして静かに入室しろといつも言っているだろうが!」


 「申し訳ございません。ですが、緊急の案件なのです。どうかご理解ください」


 言葉上は謝罪しているが、これはちっとも反省していない者の態度だった。


 「ぐだぐだ言い訳するな! 教育してやるからそこへ直れ!」


 彼のあまりに不躾な態度に思わずカチンときた黄は、威嚇するように大声で怒鳴りつける。 

 

 「そんなことより指令っ、至急艦橋へ入ってください」


 「そ、そんなことだと……? 貴様、この私からの指示をそんなこと扱いして無視するとは、いったいなんなんだその態度は!」


 部下によって己の面子を潰されたと思ったホワンは、こみ上げる怒りによって顔を真っ赤に染め上げながらゆっくりと部下に詰め寄る。


 「すいませんが、そういうのはちょっと今は結構ですから……。とにかく今は緊急事態ですので、お叱りは後でゆっくりお聞きしますから今は一刻も早く艦橋へ入ってくださいませんか?」 


 李は黄の怒声を慇懃無礼に聞き流すと、自分の胸倉をつかもうと伸ばされた黄の手を面倒くさそうに払いのける。


 「きっ、貴様ぁ――っ、この私に対してそのような態度が許されるとでも思って「ですから……」…………」


 「私は何度も緊急事態だと申し上げましたよね? くだらないことで揉めている時間はないので急いで私に付いてきてください」


 「なにをっ、このっ……」


 頭に血が昇った状態の黄は、再度李中尉の胸倉をつかもうと手を伸ばした。しかし、


 「………………はあ」


 黄の腕は、何かを諦めたように一つ大きなため息をついた李中尉によって、逆に掴み上げられてしまう。


 「よっ、よせっ、腕を引っ張るな。その手を離せ。私にこんなことをして許されると思っているのか?」


 掴まれた腕を振り払わんと黄は強く抵抗したが、まるで万力のような力で握りこまれた李の腕はびくともしない。

 忌々しさに思わず舌打ちする。


 「先ほどから私は緊急事態なのでこのような無駄なやりとりをしている時間はないと申し上げている筈です。にもかかわらず指令は私の言葉の意味を確認しようともせず、ただ私をこの場で叱責することに固執しておられる。艦隊司令であるあなたの判断に我ら東方艦隊に所属する将兵全ての命がかかっているというのに、その事実を本当に理解しておられるのですか?」


 「ぬかせ!」


 もちろん黄とて大雅軍が誇る艦隊の司令官だ。本当の緊急事態であれば例え食事中であろうが就寝中であろうが何を置いてでもすぐさま艦橋へ駆けつける。

 それくらいの気概は持ち合わせているつもりだ。

 いかし、今はその時ではない。


 そもそも中尉は緊急事態だなんだと言っているが、この海域で自分たちの艦隊を脅やかせる者など存在するはずがないのだ。


 「やむを得ません」


 もはや埒が明かないと判断したのか、李は抵抗する黄を無視して強引に腕を引っぱった。


 「いたっ、痛い、痛い、貴様、早くその手を離せ!」

 

 そのまま有無を言わさず艦長室から連れ出されてしまう。


 「手を離せ、命令だ! そしてさっさと持ち場へ戻れ! いいか、覚えておけよ! 上官に暴力を振るった罪で後で必ず貴様を降格させてやる」


 黄の命令を受けた李中尉はしぶしぶ掴んだ腕を離した。

 最後の抵抗か、冷めた目で黄を見つめて来る。


 「ではもう結構です。ご理解頂けなかったのは残念ですが、軍人として上官の命令には従わざるをえませんからね。あとはご自分の責任と裁量で行動してくださいませ。では!」


 びしっと整った敬礼を一つすると、そのまま彼は一度も後ろを振り返ることなくまっすぐ艦橋の方へ駆け戻っていってしまった。


 「なんだあいつは…………一体何の用だったんだ?」



 ――――そう黄が呟いたのとほぼ同時に、艦内に警戒を告げるサイレンが鳴り響いた。



 「な、なんだ? 何が起きているんだ?」


 ここに至ってようやく本当に何かまずいことが起こっているのだという事実を認識した黄は、先を行く李を追うようにして慌てて艦橋に転がり込んだ。


 「な、何があったんだ? 報告しろ」


 「し、指令……あれ、あれをご覧ください」


 部下に言われるがままに窓の外に視線を向ける。


 ――次の瞬間、黄はギョッと目を大きく見開き、そしてその状態のまま暫し硬直した。


 「なっ…………アレナンデ? ナゼ宙に浮いて? あれほど巨大なモノがまさかこんな白昼堂々と? ……アレは一体何なん……何……ナンナンアルヨ?」


 視線の先にあるものが黄の理解力を遥かに越えていたためか、激しい動揺によって一時的に言語中枢が掻き乱され、思っていることが上手く言語化出来ないまま思わず日本におけるテンプレエセ大華人のようなおかしな語尾を口走ってしまっていた。


 しかし、そんな醜態を晒した上司の姿を目にしても、艦橋にいた者は、表面上はもちろん心の中ででさえ彼のことを馬鹿にする者はいなかった。

 自分も既に他人の前で今の黄に勝るとも劣らない無様さを晒していた後だからである。


 東方艦隊といえば大雅軍きってのエリート部隊。

 大雅軍の強大な(科学)を誇示し、抵抗する術を持たない哀れで無力な未開の蛮人たちに向かって安全な場所からミサイルのスイッチを押すだけの簡単なお仕事。


 ―――――その筈だった。


 しかし今、そんな彼らが未曽有の混乱に陥っていた。

 彼らの艦隊が進む先に、自分たちの理解の及ばない、自分たちの持ち得る科学力の遥か先を行くと思しきモノが存在していたからだ。


 謎の巨大な物体が宙に浮いていた。

 冗談でも比喩でもなく、今まで目にしたことのないような巨大な物体が本当に空に浮いているのだ。


 「目標、目測でおよそ10キロ先、高度300メートルで停止状態です」 


 「何? 停止だと? あれは動いているんじゃないのか?」


 「いいえ、目標は発見時から同じ位置から動いていません。信じれらませんが、間違いなく停止しています」


 「空中で停止しているだとっ? 百歩譲って航空機と同じく飛んでいるというのならばまだしも、何の揚力も得ずに宙に浮いているとは……一体どういう理屈でそうなっているんだ? それに……気のせいか10キロ先にしてはやけに目標が大きく見えるようだが…………」


 伊達に長年船乗りを続けてはいない。

 10キロ先にいる仲間の船がどれくらいの大きさに見えるかはだいだいの経験で分かっている。


 「はい、距離と目視できている物体の大きさから計算すると、目標の大きさおよそ全長1000メートルほどと推定されます」


 「ほう、1000メートルか……………………なっ、なにぃ? い、1キロだとぉっ!それほどの大きさだとすると、ほとんど島が浮いているに等しいじゃないか!」


 「はい。ですが、あれは間違いなく人工物。それも艦船あるいは移動要塞に類するものだと思われます」


 「それくらいは私にだってわかるわ!」


 馬鹿にされたように感じて黄は思わず部下を怒鳴りつけた。


 「し、失礼しました」


 「ふん……」


 しきりに恐縮している部下には目もくれず、黄は鼻息が荒いまままっすぐ目標を見据えた。

 目が離せなかっただけというのが本当のところだったかもしれない。


 その大きな艦もしくは要塞と思われるその物体は、表面を金属で覆われ、鏃をそのまま巨大にしたような形状をしており、薄い水色をベースにして中央に白いラインが入ったカラーリングが施されている。

 もしこれを見てこの物体が自然物だなどと主張する人間がいたならば、目か頭のいずれかがおかしいと思われても仕方がなかった。


 そこで黄ははたと我に返ると、一つおかしなことに気付く。


 「どうしてだ? どうしてあれだけ大きな物体があんな距離に近づくまで誰もその存在に気付かなかったのだ? 貴様ら、よもやレーダーの反応を見落とすほど気を抜いていた訳ではあるまいな?」


 気付かぬ間に10キロという距離にまで接近されていたということは、事実上自分たちの喉元にナイフを突きつけられている状態にも等しい。

 それもあれほどの大きさの艦に気づかずにここまで接近されていたとなると、艦隊を指揮する者にとっては恥にも等しい状況であった。

 

 「それが…………」


 部下が恐る恐るこちらを振り向きながら報告する。


 「信じられないことに、あの物体はレーダーで全くその姿を捉えることができないんです!」


 「レーダーで捉えられない? 故障ではないのか?」


 「いいえ、他の艦にも確認を取ってみましたが、艦隊全ての艦のレーダーに反応ありませんでした」


 「馬鹿な! レーダーに反応しないとなるとあれが、あんな大きくはっきり見えるものが幻影だとでもいうのか?」


 「司令官の仰るようにあれが幻影という可能性は確かにあります。しかし、もしそうでなかったのならば、あれは我々の想像もつかないほど高度なステルス機能を持っている艦もしくは要塞――これからはあの外見から『艦』と統一して呼称させていただきます――ということになります」


 「あの大きさでレーダーに全く映らないステルス性能だと! 戦闘機ではないのだぞ、そのようなことが本当に可能なのか?」


 「分かりません。少なくとも我々が把握している限り地球の科学技術では再現不可能ではないかと思います」


 「では、貴様は()()がこの世界由来の物だというのか?」


 「……………………分かりません」


 「むぅ…………」


 部下から望んでいたような明確な回答が得られず、黄は思わず言葉を詰まらせた。

 ただ今の時点で一つだけ分かっていることがある。


 「李中尉…………」


 「何でしょうか?」


 「すまない、貴官が正しかった。私の先ほどの発言は取り消させてもらう。どうか許してほしい」


 はっきりと言葉にはしなかったが、李中尉を降格させるうんぬんの話である。


 「はっ、感謝いたします」


 李少尉がその場で先ほど見せた見事な敬礼を再現させると、黄もそれに応えるようにゆっくりと敬礼を返す。

 互いの視線が重なると、二人同時にニヤリと笑う。



 「しっ、指令! 黄指令っ」


 

 黄が上官としての度量を見せたことで李中尉と良好な信頼関係が芽生えたちょっといい感じの空気を醸し出していた二人であったが、その良い雰囲気を断ち切るかのように一人の士官が悲鳴にも似た声音で黄の名を呼んだ。


 「どうした?」


 声を上げた男――――(ヤン)少尉は、黄の呼びかけにも気づかない様子で、何かにおびえるように小刻みに体を震わせながら、一点を見つめている。

 先ほどの李中尉の件での教訓があったからか、さすがの黄も楊が自分の呼びかけに応じなかったことをとがめはしなかった。


 「どうした? しっかりしろ。ゆっくりでもいいから何があったのか報告しろ」


 「こ…………こっ…………」


 「こ?」


 「こ…………こっき………こっきを……」


 「こっき? …………国旗のことか? それがどうした?」


 楊少尉は窓に向かって腕を持ち上げると、震える指先で浮遊している国籍不明艦を指し示した。 


 「よ、よく見ると、あの船の側面に…………こっ、国旗が…………」


 黄は楊少尉からおずおずと差し出された双眼鏡を受け取る。

 しかし彼はそれをすぐにのぞき込むようなことはせず、一度注意深く肉眼で目標の全体像を観察してみた。

 双眼鏡は遠くを見るのに便利な道具ではあるが、全体の中のほんの一部分を切り取って拡大するため、あらかじめ不明艦のどこらへんを見たらよいのか事前に当たりをつけておかないと逆に目標を見つけづらいからである。


 「側面に国旗だと? ……むっ、確かにそれらしきものがあるな」


 目を凝らして観察してみただけなので模様までははっきりとは見えないものの、肉眼でもうっすらとだがそれがあるらしき位置は予想できた。

 いよいよとばかりに黄は楊から受け取った双眼鏡をのぞき込んでその模様があるだろう場所にピントを合わせてみる。

 

 黄の瞳に映りこんだのは、紺地の中央に白い丸が描かれ、その上に細かいピンク色の花吹雪が舞っている――――いわゆる夜桜月の丸と呼ばれる柄だった。

 母体である日本国の日の丸を明らかに意識している月の丸。しかし決して自分たちが太陽たる日本国の陰たる存在ではないと主張しているかのように、その月の丸の上に美しく散りばめられた大小色鮮やかな桜吹雪。


 「そんな馬鹿な!!!! どうしてここにあの国の旗が?」


 思わず叫んでいた。

 と同時に、楊少尉がこれほどまでに取り乱していた理由も瞬時に理解できた。


 その特徴的な国旗には見覚えがある。

 と同時に、二度と目にすることはないと、あってはならないと思っていたものでもあった。

 大華軍出身の者なら知らぬ者などいるはずがない。

 

 かつてその国が建国した直後の隙を狙って大華国は侵略戦争を仕掛けた。しかし送り出した大戦力は逆に再起不能なまでの返り討ちに遭ってしまい、その結果として合州国に次ぐ世界第二位の国であった大華国が、その国にうかつに手を出してしまったがばっかりに後に大きく凋落する原因となった国の国旗だったからだ。


 「だ…………駄目だ。全盛時の最新鋭艦揃いの大艦隊でさえ敵わなかったんだぞ。旧式艦ばかりのこんな艦隊であんな化け物の相手が出来るわけがない。駄目だ。もうお終いだ!」

 

 黄の横で楊が震えながらブツブツとうわごとの様に呟いている。


 無理もない。

 ただでさえ過去に手も足も出せず大敗北を喫したトラウマがあるというのに、あんな巨大艦が宙に浮いているという一目見て馬鹿でも分かるほどに隔絶した技術力の差を見せつけられているのだ。そんな絶望的な現実を突きつけられてなお冷静さを保っていられる者のほうがある意味どうかしている。

 他ならぬ黄自身、艦隊司令という皆の命を預かる矜持と職責、そして部下たちの前だからという見栄と体面でかろうじて虚勢を保っていられているだけなのだから。



 「魔法帝国『神無』………………」



 それは、地球上で唯一の能力者によって建国された国家であり、あんなでかい戦闘艦を易々と宙に浮かせる桁外れの技術力を持つ超科学国家であり、黄たちにとって決して手を出してはならない悪夢の象徴ともいえる国の名でもあった。


 黄が呟いた国名を聞いた部下たちが、案の定取り乱しはじめる。


 「かっ、神無だとっ!」


 「どうしてかの国の戦闘艦がここにいるのだ?」 

 

 「まさか! 我々を追ってこちらの世界までやってきたとでも言うのか?」


 「この世界は我々の楽園ではなかったのか?」


 口々に声が上がる。

 しかし、ここにいる皆を最も焦らせたのは次の一言だった。


 「まずい! 非常にまずいぞ! やつらが我々が今までこの世界で行ってきた行為を許すはずがない」


 誰かがそう叫んで、皆が一様にハッとしたような表情で顔を上げる。


 そう、大雅軍はこちらの世界に自分たちの持っている技術に対抗できる勢力がないことを知るや、暴力、脅迫、略取、誘拐、強盗、強姦、放火、殺人、略奪、侵略、支配――更には倫理観を疑われかねない人身売買や人体実験など、ありとあらゆる欲望を満たすため、力にものを言わせて現地人に対して好き放題にやってきた。


 曲がりなりにも地球の価値観で育った身、ありとあらゆる非道を行ってきたという自覚は一応ある。

 ただ利益を享受する立場が自分たちで被害を受ける立場が自分たちでなかったことと、優れた支配者たる自分らが劣等種である現地人相手にどれほどの悪事を働いたところで罰を受ける立場になるはずがないという心の驕りがそうさせたのだ。


 「に、逃げるしかない! 今ならばまだやつらとの戦端は開いていない。もしかしたら見逃してくれるかもしれないぞ!」


 「そうだ逃げよう! 生き残るにはそれしか道はない」


 「我々が本国から課された任務は奥羽国と戦うことであって神無と戦うことではありません。無理に戦う必要はないはずです」


 それら部下たちの意見はもっともだと黄も思った。


 黄だって勝ち目のない戦いなどしたくはない。

 とはいえ、いくら相手が神無だったとしても、敵前逃亡して逃げ帰ったならば大雅の上層部は敗軍の将である黄を決して許さないだろう。最良でも降格処罰はまぬがれまい。

 そうなれば、目前だった総司令官への道も間違いなく途絶えてしまう。


 だが、それはまあいい。しょせん命あっての物種である。

 いくら二階級特進(しゅっせ)しようが死んだ後では意味がないのだ。

 それに自分が処分されることと引き換えに大勢の配下たちの命が助かり、更に貴重な現代艦を失わずに済むのならば、それは国にとって決して悪い選択ではない。


 「正直なところ、今の状況にあって逃げるという選択肢は決して悪いものではないと私は思う」


 皆に向けて黄は言った。

 黄が徹底交戦を主張するとでも思っていたのか、兵たちの顔に安堵の表情が広がり始める。


 「大雅上層部はいかなる理由があろうと退却を指示した指令を許さないと思いますが、よろしいのですか?」


 「ああ……」


 心配の視線を向けて来る李中尉に、黄ははっきりと頷いてみせる。


 「私の処罰一つで皆の命が助かるのならば安いものだ。ただ…………」


 黄は続ける。

 退却するというその選択肢にはたった一つだけだが大きな欠点があった。


 「ただ、一番の問題は、巨大艦(あいて)の方に我々を見逃してくれる気があるのかという点だな」


 「た、確かに……」


 「それは……」


 自分たちが相手の存在を把握しているくらいだから、間違いなく向こうもこちらの存在には気が付いている。

 その上で相手方がこちらに対してどういう出方をしてくるのか、それが問題だった。


 「あ、あれは!」


 李中尉が何かに気が付いて巨大船を指し示す。

 見ると、艦の先端の近くがチカチカと小刻みに光を放っている。

 

 「あれは、おそらく我が艦に向けての発光信号ですね」


 李中尉がその内容を読み上げる。


 「ええと、内容は……『ダイガグンニツグ タダチニトウコウセヨ イノチダケハホショウスル トウボウスレバゲキチンス イノチガオシクバ タダチニトウコウセヨ』…………」


 信号の内容を聞いて、艦橋にいた全員が肩を落とした。


 「…………敵は我々を見逃す気はないようだな」


 「残念ですが、そのようですね」 


 応じた李中尉の顔色が死人のように青く染まっている。  

 

 「やれやれ、困った事態に陥ってしまったな」


 黄は左右にゆっくりと頭を振ると、大きなため息を一つ漏らした。

 覚悟を決める時だった。


 「さて、みんな、聞いてほしい。現在我々には三つの選択肢がある。一つは敵に投降すること、もう一つは敵と戦うこと、そして最後は警告を無視して逃亡することだ。ただし、最後の選択肢の成功確率はほぼゼロに等しく、仮に撃沈された後で運よく海から救助されたとしても敵からの印象は最悪だ。場合によっては二つ目の戦闘を選んで捕虜になった場合よりも扱いが悪くなる可能性すら考えられる」


 「どうしてそう思うのですか?」


 「先ほどの信号で敵は『投降しろ』『逃亡するな』とは言いましたが常套句である『抵抗するな』とは言いませんでしたからね。まあ、これは私の考えすぎかもしれませんが……」


 総舵手からの質問に、黄に代わって李中尉が説明してくれた。


 「私も李中尉と同意見だ。あと、最初の選択肢の『投降』についてだが、個人的にはこちらもあまりお勧めはしない」


 「それは我々に名誉のために死を選べということですか?」


 「いや違う」


 「では詳しい理由をお伺いしても?」


 通信士からの鋭い質問に、黄は自嘲交じりの苦笑をみせる。


 「私はいまさら貴官らに名誉のために戦って死んでくれなどとは言わぬよ。覚えているか? 敵は信号で我々に『命()()は保証する』と言ったんだ。わざわざ『命だけ』という表現を選んで強調したのだとすれば、逆に言えばそれ以外の安全は一切担保されていないとも受け取れる」


 「投降した後にも苛烈な拷問や過酷な強制労働、人体実験、奴隷として売り払われる可能性などがあるとお考えですか?」


 「そうだ。それらは全て我々が侵略や統治の名目の元に行ってきたことだからな。死んだほうがマシという事例は世の中に幾つもある。早く殺してくれと泣きながら懇願された経験なんて諸君だっていくらでもある筈だ。それが今度はそっくりそのまま自分の身に降りかかってくると思えば、潔く戦って散った方がまだマシだという考え方も出来る」 


 「そんな馬鹿な! そのような捕虜の取り扱いが許されるはずが……」


 「気持ちは分かる。しかし残念だが帝国は捕虜の待遇に関する条約、即ち『ジュネーブ条約』を批准してはいないのだよ。仮に批准していたとしてもここは地球ではないから履行の義務が発生するかどうかの是非は微妙だ。そして何より、我々がその条約を遵守していない」


 「………………そんな」

 

 通信士はガックリと膝からその場に崩れ落ちた。


 「ちょっと待ってください! 指令は帝国が我々が今まで行ってきた非人道的行為に気が付いている前提で話されておられますが、もしかしたらそれを知らない可能性もあるのではないですか?」


 「そうか、それならば降伏した後の待遇も変わるかもしれない」


 「それは確かに」


 わずかな希望にすがるべく次々に賛同の声が上がり出すが、黄の隣で彼らを見る李中尉の表情は苦虫を嚙み潰したようだった。

 そして、黄自身もおそらくは同じ表情をしていたことだろう。


 「残念ですが、おそらく帝国は我々が行ってきたことを大まかには把握していると思います。少なくとも我々のことを何も知らずにたまたま偶然にここで遭遇したなどという都合の良い出来事は100%ありえません。わずかな希望にすがりたい気持ちは痛いほど分かりますが、甘い希望は捨てた方が良いと思います」


 「100%だと? 貴官はなぜそう言い切れるのだ?」


 「それは、先ほどの発光信号で大雅軍に対して降伏勧告を行ってきたからだ」


 李少尉に代わって黄がその幹部の質問に答える。


 「……………………?」


 「……どういうことですか?」


 「つまりだな、地球からやってきたばかりで今の我々のことを何も知らない連中が降伏勧告をするのなら、その相手は大華軍に対してでなければならない筈だ。なぜならば、我々が大雅国と称して新しい国を建国したのはこちらに渡ってきた後のことだからだ。しかしあの勧告では帝国は我々のことを大華ではなく大雅と言ってきた。それが示すことは、帝国は最低でも我々がこの大陸東部で新たな国を建国した事実を把握しているということだ。そして我々のことをそこまで知っているのだから、我々が今までに行ってきた行為についても知らないはずがない……といったところだろう」


 「指令の仰る通りです」


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 誰も、何も言い返すことができなかった。


 「そこでだ」


 黄が皆に提案する。


 「帝国に対して降伏するのか、戦うのか、それとも逃亡するのか、この場にいる者全員の多数決で決めたいと思う。当然、私も貴官らと同じ一票を投じ、例え多数決による決定が私の望んでいたものでなかったとしても粛々とそれに従うと誓おう。多数決は今から十分後に行う。それまでに各自己の意思決定を明確にしておくように。反対意見はあるか? …………ないようだな。では解散!」





 黄のその宣言からきっちり十分後、艦橋にいる全員によって多数決が行われた。

 結果、彼らはほんのわずかな勝利の可能性を信じ、帝国の巨大艦との決戦に挑むことを全会一致で決定した。





 ◆◆◆

 申し訳ございませんが、四十無湊の生き別れの兄の名前を六下限綴むいかぎりつづりから雨久水綴みずなぎつづりへと変更させていただきます。


 元の苗字である六下限は、東京―大阪間を六日で走ったという江戸時代の六日飛脚の別名である六日限むいかぎりという言葉の真ん中の『日』を同じ『か』と読む『下』変えて作った名前でして、綴の能力として元々のアイディアにあった『運び屋』にちなんだちょっとしたシャレとして設定していたのですが、その設定を一から見直したためそのシャレが完全に意味がなくなってしまったことと、湊と綴の苗字どちらも三文字で頭に数字が入っているなどちょっと類似点が多くくどいかなと思ったため変更することに致しました。


 新しい苗字である雨久水(みずなぎ)に関してですが、この『雨久水』という漢字は本来『みずあおい』と読みまして、『みずなぎ』はこの『みずあおい』の花の別名になります。

 専門家でないのでおそらくとしか言いようがないですが、一般的に雨久水と書いて『みずなぎ』と読むことはないと思います。


 綴の苗字をなぜ雨久水にしたかというと、雨久水みずあおい=水葵の花の花言葉に『雲隠れ』という意味があり、それを作中で行方不明になっている綴の境遇に反映させたかけ言葉です。


 いずれにせよ大した意味はありませんし、名前が変わったことでの物語への影響は一切ありませんw


 ちなみに、折角の機会ですので、本作の主役である湊の苗字である四十無よつなしについてもついでに解説させていただきます。


 元々十という漢字には『つなし』という読み方があります。

 この十を『つなし』と読ませるのにはちょっとした言葉遊びがありまして、類似例として有名なところですと、漢字の一が数字の二の前にあることから一と書いて『二の前』=『にのまえ』と読んだり、冬の間に防寒用として服に詰めていた綿を旧暦の四月一日頃に抜いたことから四月一日のことを『綿を抜く』=『わたぬき』と読んだり、旧暦の八月一日頃に稲を刈っていたことから八月一日のことを『穂を摘む』=『ほづみ』などと言ったりしますが、それらと同じようにつなしには数字を一から十まで、一つ、二つ、三つ……と数えていくと、一~九までは数字の後ろに『つ』がつくのに、十だけは『つ』がつかないことから『つが無い』=『つなし』と読ませます。


 最初は湊の苗字をこのつなしにしようかと思っていたのですが、それだと漢字表記すると『十湊』と苗字名前併せて二文字だけになってしまい、このままでは『十湊』が姓なのか、名前なのか、姓+名前なのか、読者様を混乱させてしまうかなと思い、次にこのつなしの前に自分の好きな数字である四を頭に付けて四十で『よつなし』と読ませるのはどうかなと考えたのですが、結局のところ『十』一文字で『つなし』と呼ぶ読み方が一般的でないためやはり不親切じゃないかなと考え、ならばと後ろに『なし』と読む『無』という漢字をくっつけて完成させたのですが、今になって冷静に考えてみると、四十無と書いて『よつなし』と読ませたこれもかなり読みづらい苗字となってしまいました。

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