第一章 西方への援軍要請 ③
アンリエスト城下町――葉山七七
危ういところを二人の派遣者の少女たちに救われた七七たちは、遂に目的地であるアンリエストの土を踏むことが出来た。
今まで通過してきたどの国でも見たことのない巨大な城門をくぐると、所定の金額を支払い、水晶玉に手を乗せて門兵から幾つかの質問に受けただけであっさりと検問を通過することができた。
「おっ、出て来たにゃ。おーい、こっちにゃ!」
検問から出た先には先ほどの二人の少女が立っていた。
七七たちのことをわざわざ待っていてくれたのだ。
それから彼女たちは簡単に街を案内してくれた。
そしてその結果分かったことは、この都市がとてつもない規模で栄えているということである。
西方諸国全てから街道が伸びているという交通の要衝であると同時に、中央世界から西方世界へと通ずる入り口でもあるこの都市は、世界中の富と情報が一点に集まっている場所だと言っても過言ではない。
聞くところによると、ほんの少し前までは定期的に黄金竜が襲い来る地としてその立地による潜在力を十分に発揮出来ない状態だったらしいのだが、その脅威が去った今では、この都市の発展を妨げる要素はなくなったと言ってもいい。
街に溢れる人々の笑顔と、国際色豊かな商人の群れがそれを良く象徴している。
当然、人が増えれば犯罪も増えるというものだが、この国は犯罪行為に対しては他国に比べて格段といってもいいくらい徹底的に取り締まる上に検挙率も高いため、もちろん皆無ではないものの、他の国と比較すると圧倒的に治安が良いらしい。
捜査や裁判に専門の魔術具を使用しているようで、普通ならば言い逃れられるような嘘や不正もあっという間に見破られてしまうらしく、その判断基準が明確で公正なため冤罪も存在していないらしい。
当然、不正に関しては取り締まる側の憲兵や役人たちも同じく定期的に厳しい検査が行われ、事実、過去には闇組織と繋がって悪事を尽くしていた都市憲兵隊の隊長が処刑されているとのこと。
憲兵隊は勤勉で市民の間でちょっとしたいざこざがあってもすぐに飛んでくるし、その憲兵たちはものすごく公平で、紛争の当事者たちの身分差などで扱いを変えたりもしない。
なにしろ、この国の王は隣国の王子ですら容赦なく収監し罰を与えたほどらしいので、他国の貴族もよっぽどの馬鹿でない限りこの国では騒ぎを起こすことはないということだ。
そう聞くと憲兵隊がいかにも冷徹で恐ろしい組織のように思えてしまうが、普段の彼らは極めて親切で理性的。ルールには厳しいが、だからといって杓子定規に融通が利かない訳でもなく、与えられた権限の中で許される範囲においては、良い意味である程度それぞれの事情も汲んでくれる。
だからこそみんなが笑顔でいられるのだ。
目の前に広がるこの素晴らしい街並みも、かつては度重なる黄金竜の襲撃で見るも無残な状態であったらしいのだが、今の王がこの地を支配するようになってからのほんのわずかな間であっという間に修復されて、今では竜災地であった頃の面影などほとんど残されていない。
更には、現在海沿いの地に港と第二都市を建設中で、さらに王都とその第二都市を結ぶ『てつどう』という高速交通機関の『せんろ』というものを設置中であるらしい。
人々は誠実で、街のすみずみにまで憲兵の目が行き届いていて治安も良く、行きかう人々の顔には笑顔が絶えない。
こんな都市がこの世界には存在するのかと思わず姫様と二人で愕然としてしまったほどである。
そして更に驚くべきことに、王が絶え間なく公共事業を発注するため、やる気と体力がある者が職にあぶれるということがなく、街にはいわゆる貧民窟というものが存在しないのだという。
戦争で、あるいは先天的に身体が不自由な者たちでさえ望めばやれる範囲の仕事を見つけることが出来るようで、国からの補助と合わせれば十分に人並の生活をしていくことができるというから驚きだ。
それに普通であればこういった都市には当たり前に溢れているはずの浮浪児たちの姿も見かけない。
見つかり次第市民や見回っている憲兵たちに保護されて孤児院へと預けられていくからだ。
この孤児院の子供たちには生きていくのに過不足ない衣食住が与えられ、その代わり彼らには毎朝街の中の決められたゴミ捨て場に集められたゴミを収集して焼却場へと運ぶという仕事が与えられている。
そしてそれ以外の時間はというと、都市の子供が全員通う『学校』という無料で読み書き計算を習う施設へと通って勉学を教えて貰え、更に卒業が近くなってくると大工や鍛冶師、料理人などそれぞれが興味のある分野の専門家を招聘して就職のための基礎技術まで叩き込んで貰えるらしい。
奥羽ではとても考えられない政策である。
それだけではない。
この国は七七たちの母国である奥羽国のみならず、今までに見てきた中央世界、そしてこの国以外の西方世界のどの国よりも税金が安い。
セリネが言うには、「この国の王は自分たちだけしか作れない優れた品物を作る技術を幾つも持っていますから、それらを周辺国や中央世界へと高く売りつけることによって膨大な儲けを出しているので、他国のように国民から重い税をむしり取る必要がないのですよ」ということらしい。
そして、彼女のその言葉を聞いた瞬間、七七と姫様の脳裏に小さい稲妻が走った。
彼女の言うこの国の独占的な技術の中に、七七たちの求めている高性能な銃器の製造方法が入っているのではないかという期待が一瞬頭の中をよぎったからだ。
実際セリネの口からは、先の戦争で彼女の仲間が1キロ以上離れた超々遠距離から魔術の行使なくピンポイントで飛竜の頭部を、それも一撃で破壊してのけたという話を聞いた。
少なくとも七七たちの知る銃にはそんな長距離から正確に目標を狙撃出来るような性能はない。
そのようなことが本当に可能なのかと逆に疑いたくなってしまうほどだった。
知る限り魔術の行使なく話にあるような飛距離の攻撃を及ぼすとなると大砲でもないと不可能であろうが、七七たちの知る大砲にはそもそも話に聞くような命中精度はないし、セリネの仲間の少女が使った武器は大砲のように特定の場所に備え付けるようなものではなく、一人で持ち運びが出来て一人で撃てる類のものであるという。
話をまとめると、かなりの高確率で銃による狙撃。
それも、七七たちの知るそれとは比べ物にならないほどの高性能な物による…………。
これでは嫌が応にも期待が高まってしまうというものだ。
チラリと姫様の表情を伺うと、すました顔を取り繕ってはいるものの期待のためかやはり少し顔が紅潮しているように見える。
もちろんこの国に自分たちの求める武器があったからといって、それをそのままポンと奥羽国に提供して貰えるといった甘い見通しを当て込むわけではない。
この国に高性能な銃が存在するということは、あくまでもこの国と交渉を始めるための単なるスタートラインに過ぎないのだ。
まして七七たちはこの国の王の人となりを知らない。
仮に王が情けに厚い賢人だったとしても――。
いや、王が治めるこの街を実際に見てみれば分かる。この国の王は間違いなく歴史に名を遺す稀代の名君だ。その事実はもはや疑いようもない。
――しかし、賢人だからこそ、その責任と優しさを分け与えるべき相手をわきまえているという可能性もあるのだ。
というか、むしろその可能性の方が高い。
そして当然ながらその相手に奥羽国という名は存在してはいないだろう。
傍から見れば薄情であったとしても、王がその情と責任を請け負うのはあくまでも自分の国の中のみ。
他国の政に手を出すことこそ本来の筋ではない。
まして奥羽国はアンリエストの隣国でも友好国でもないのだからなおさらだ。
こうして改めて考えてみると、七七たちを取り巻いている現実はあまりにも厳しい。
しかし、それは承知の上で七七たちはこの国へとやってきた。
それに、ほんの僅かではあるが、プラス材料もなくはないのだ。
一つは、この国が明らかに亜人に対しての友好国家であるということである。
それも、奥羽国と違い亜人排斥の総本山であるナトーヤ教の本部が隣国にありながらだ。
その一点から考えてもこの国の王は亜人を保護するということに関して相当な覚悟を決めていることが分かる。
奥羽の現状が王の琴線に少しでも触れることが出来たならばあるいは……と七七たちが淡い期待を抱いてしまうのもやむを得ないのではないだろうか。
そしてもう一点は、王に対する面会予約の問題。
普通ならあらかじめ先触れを出して訪問予定日を連絡しておくのがマナーだ。
それは奥羽でもこの西方世界でも変わらない。
しかし当然ながらギリギリの逃亡生活を繰り広げていた七七たちには先触れを出すような人員も時間もなかった。
いくら王族が直接訪ねて来たとはいえ、本来ならば面会まで日数がかかってしまったとしても文句は言えないところだったのだ。
しかし、その問題もセリネとノワールの二人のおかげでクリアすることが出来た。
たまたまではあるが、彼女たちがアンリエスト王専属の派遣者であったこともあり最短で面会予約を得ることが出来たからだ。
こうした小さな追い風を背に決死の覚悟で臨んだアンリエスト王との会談であったが…………。
「…………なるほど、あなた方奥羽国の言いたいことは理解できました。そして、おそらく我が国の所有する銃器は貴国の要求している性能に十分届いているとは思います」
「で、では…………!」
思わず期待に身を乗り出しそうになってしまう雪乃姫と七七。
「――――しかし、残念ながら我が国としては貴国にそれらの銃器の提供を行うことは出来ません」
アンリエスト王である四十無湊から返ってきたのは、二人にとってあまりにも残酷な宣告であった。
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次話は今週中には更新します。




