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第一章 西方への援軍要請 ①

長いので前後編に分割しました。

後編も一・二週間以内には投稿したいと思っています。

 ◆◆◆




 アンリエスト帝都付近 街道にて ――葉山黒鉄





 「見るにゃ、この道の先にうっすらと見えてきたのが姫さんたちが目指してきたアンリエストにゃ!」


 国境付近で起こったとあるトラブル。

 それがきっかけで出会って以降、ここまで親切に案内してくれた二人の冒険者の内の一人で黒猫の獣人の少女が、遥か前方を指し示しながら自分たちの目的地が近いことを教えてくれる。 


 「そうですか……。あの城塞が都市の入り口なんですね。それにしてもなんて立派で大きい城塞なのでしょうか! 凄いです。あれほどまでに巨大な城塞都市は私たちの国、いいえ、今までこの地に至るまで旅してきたどの国でも見たことがありません」


 「そうなのニャ? あたしはアンリエストしか知らにゃいから他の国のことは良くわからにゃいけれども……でも驚くのはまだ早いにゃ、こんなので驚いていたら中に入った途端、驚きのあまり下アゴが外れて上がらなくなってしまうにゃん!」」


 「そうなのですか?」


 「にゃりにゃり」


 「……って、あなたが威張ることでもないけれどね」


 雪乃様にドヤ顔している黒猫の獣人の後頭部をぺしっと叩いて突っ込みを入れたのは、自分たちをここまで案内してくれた親切な冒険者のもう片割れ。


 世にも珍しい銀色の髪を持つその少女は、おそらくは魔女の眷属であるといわれる古人種――。


 東方世界では「絶滅したのでは……」とまで噂されていた伝説の古人種にこんなところで出会うことができるとはさすがの七七も思っていなかったが、そのような希少種にさえお目にかかることが出来たというその事実は、亜人たちの権利の保護を訴えているというアンリエストに対しての期待値を嫌が応にも高めてくれるものであった。 


 「ノワールの言っていることは多少大袈裟ではありますけど、それでも他の国から来た方々は皆アンリエストの都市を見て、設備を見て、食事を食べて、そしてその技術力を目の当たりにして、自分の国のそれとは根本的にレベルが違うと驚かれて帰っていかれますよ」


 「それは楽しみです」


 特に最後の『技術力』という言葉を耳にしてか、雪乃様はここまでの長旅による疲労で限界ギリギリの状態であるだろうに、最後の力を振り絞ったかのように歩を進める足の速度を早めた。 


 「七七なな、私たちはついに商人の言っていたあのあんりえすと国に到着するんですね!」


 目の前にまっすぐ伸びていく街道。

 そしてその先にうっすらと姿を現してきた巨大な城塞を目にして己が主がぽつりと口にした安堵交じりの言葉――。


 「はい。この長い旅路にもようやく終わりが見えてきました」


 黒鉄は自身も感慨深い気持ちに浸りながらそう応じた。


 「ここで私たちの願いが叶えば良いのですが……」


 小さく呟いて、雪乃様は「いえ……」と己を諫めるように小さく首を振る。


 「今も大雅国と決死の覚悟で戦っているであろう兄上たちのためにも、私たちは絶対に目標を達成せねばならないのです」


 『例え我が身を犠牲にしようとも……』


 常人ならば決して耳に届くことがないであろう主の覚悟がこもった最後のその呟きも、忍として鍛えられた聴覚を持つ七七にはしっかりと聞こえていた。


 この儚き美しさと心の強さを併せ持つ自分の主の身をどんなことがあろうとも守り切らねばならない――。


 七七は改めて心に誓った。




 ◆◆◆





 このように、数ヶ月にも渡る長き旅路を終えようとしている七七たちであったが、奥羽国を出てからここに至るまでのその道のりは決して順風満帆と言えるものではなかった。


 奥羽国を旅立った時には十名を数えた姫様の護衛も、目的地に到着しようかという今、自分たった一人のみしか残っていないことを考えれば、この旅がいかに過酷なものであったかが分かってもらえるであろうか。



 故郷である奥羽国を旅立った七七たちは、貿易船に乗って海を渡り、岸が近づいてからは夜の闇に紛れ小舟で敵に見つからないよう密かに大雅国に入国した。


 貿易船と言っても船が使えるのは奥羽と大陸との短かな区間だけ。

 それ以外の海は全て王鯱族の支配する領域のため、下手に漕ぎ出そうものならあっと言う間に沈められてしまう。

 そのため海路を使って大雅より遠い国へ渡るということがどうしても出来なかった。


 心配していた天候にも恵まれ、海賊に襲われることもなく、大雅の地に上陸する。

 ここまでは極めて順調な旅だった。


 しかし、逆に言えば順調と言えたのはここまでだったともいえる。


 海を渡ったその先で自分たちを待ち構えていたのは、待ち合わせていた密偵くさの者ではなく、銃を構える総勢50名を超える大雅国の兵士たちだったからだ。


 「止まれっ!!」


 「………………っ?」


 「貴様等、動くなよっ!!」


 「………………どうしてここに大雅の兵がっ!」


 護衛が思わず口から漏らしたその言葉は、同時に七七の心中をも代弁していた。

 密航中に誰かに発見されたような形跡はなかったからである。


 仮に見つかっていたとしても、ここが街中であるならまだしも誰も住んでいないような人気ひとけのないこの岸辺であり、発見されてから兵を集めたのでは時間的に考えてこれほどの数が集まっているのはあまりにも不自然であった。


 これでは、そう……。まるで雪乃様一行がここに上陸することをあらかじめ知っていたかのような……。


 その謎はすぐに解けた。


 自分たちを囲む兵たちの中に一人だけ良く見知った顔があったからだ。


 「奥羽からの長い船旅ご苦労様だったな。しかし、残念だがおまえたちの旅はここが終着点だ」


 その声の主を見るや否や、姫様の顔が驚きの色に染まる。

 この場にいるはずがない人物だったからだ。


 「あ、あなたは……義竹! どうして叔父上の息子であるあなたが大雅てき方の兵と一緒にいるのです?」


 「どうして俺が彼らとここにいるかって? 簡単な話だ。『大雅の支配下に入れば属国の王として奥羽全土の支配権を授けてやろう』と大雅の王が父に約束してくれたのだよ! このまま父が王位を得るためには西方へ援助を求めるお前たちの存在は邪魔なのだ」


 「なんということだ。貴様! 裏切ったのかっ!!」


 護衛の一人が厳しい口調で問いつめるが、義竹はそれをフンと鼻で笑い飛ばした。


 「裏切った? 違うな。元々奥羽は長子である父のものであり、更にはその長子である俺のものになるはずだったのだ。つまり我々は本来自分の物であるべきものをこの手に取り戻そうとしているに過ぎないのだ」


 「馬鹿言うな。長子である貴様の父義憲が国を継ぐことが出来なかったのは、ひとえにその才覚の無さと素行の悪さ故、自業自得ではないか」


 雪乃様の父義景様に代わり本来であれば国主になっているはずだった義竹の父義憲は、勉学にも剣術にも陰陽術の才にも恵まれず、それどころか代々名君として名を馳せる源家の者とは信じられないほど短慮な性格で、幼い頃から気に入らないことがあるとすぐに暴れ回り、城中城下を問わず問題ばかり起こしていたらしい。


 その問題というのも一般的貴族のおいたのレベルを遥かに超え、少しでも気に入らないことがあると権力にものを言わせて罪のない者を罰し、気に入った女は恋人がいようが人妻だろうが構わず襲い掛かり、挙句の果てに責任も取らずに使い捨てる。そして更には、夜密かに街に繰り出しては人知れず辻斬りに近いことまで行っていたという。

 源家の人間でなければとっくに牢に入れられているか、処刑されているようなどうしようもない人物である。


 城内で何度も『あの愚か者は早く処刑した方が良いのではないか』と議題になっているにも関わらず今ものうのうと罰せられずに偉そうにしていられるのは、姫様や義國様の祖母にあたる義憲の母千歳がその都度馬鹿息子の罪を庇ってきたからだ。


 国王である義國も、その父で前国王であった義幸も、さすがに血を分けた肉親である千歳の懇願には弱かった。

 

 しかし、その甘さが結果として義憲の増長を招いてしまう。


 どんなことをしても自分は罰せられることはないと学習してしまった義憲は、ますます己が持つ権力の力に溺れて行き、その悪癖はそっくりそのまま息子の義竹に受け継がれてしまった。

 傲慢さも素行の悪さも、そして頭の悪さも父親と瓜二つであった。


 自分の行いに責任を取るということを知らぬ親子二代に渡って育ちまくった醜い自尊心……それがが引き起こしたのが此度の謀反であろう。


 義竹は勝ち誇った笑みを浮かべると、更にとばかりに雪乃に下卑た視線を向けてくる。


 「ほほう、以前から器量が良いとは思っていたが、久しく会わぬうちにまた一段と美しくなったな。奥羽一とも称えられるその美貌、誇張と切って捨てることなどもはや何人たりとも出来まいて」


 「お褒めにあずかり恐悦至極に存じます。それが我が身を害さんと欲する謀反者の言でなくばさぞかし喜ばしい言葉だったでしょうに…………残念なことです」


 言葉とは裏腹に、欠片ほども残念そうな様子を見せず、姫様は無表情のまま淡々と義竹に応じた。


 「残念なことはない。心配するな、雪乃、お前だけは生かしておいてやる。奥羽の反抗勢力を黙らせるための私の従順な妻としてなぁ。その美しき躰、隅から隅までたっぷりと可愛がってくれるわ。クハハハハハッ!!」


 義竹はべろりと舌なめずりすると、下卑た笑い声をあげた。

 どうやら既に勝った気になっているようだった。


 「貴方の物になるくらいなら死んだ方がましです」


 「ふん、そのようなことを言っていられるのも最初のうちだけよ。じきに奥羽の支配者たる我が魅力に喘ぎ、溺れ、擦り寄ることになるのだ」


 嫌悪感たっぷりの姫様の拒絶を、義竹は余裕の表情で笑い飛ばした。


 根拠のないその自信は一体どこから来るのだろうか?


 まったくもって、知性が足りないくせになまじ野心だけが大きいからこの手の人間は迷惑なのだ。

 そして、その野心の大きさに能力が追従していかないから――――――



 「…………な、なぜだ? どうしてだ? 一体何が起こったというのだ?」



 ―――こうなるのだ。



 刹那の間に無残に斬り捨てられ、ことごとく地に倒れ伏した大雅兵を呆然と眺めながら、何が起こったのか分からないというように義竹はたったひとりポツンとその場に立ち尽くしていた。

    

 「強力な銃を持った大雅兵が50名だぞ? なのにどうしてみな血を流して地に伏せっているのだ? 貴様等ふざけるな! 立ってとっとと俺を守って戦え!」


 無様に狼狽するその姿には、余裕綽々だった先ほどまでの面影など一かけらも残されていない。


 「たかが最新式の銃を手にしただけの烏合の衆で――――」


 圧倒的兵力で敵を包囲しているつもりが一転、自分がたった一人で十名の敵に囲まれているという事態にどうしてよいのか分からず、ただひたすらあわあわとしている義竹を冷めた目で見やって、姫様が口を開く。


 「――どうして私の護衛ナナをどうにかできると思ったのですか?」


 「ななだと? 何者だ? いや、なな……なな……はて、どこかで……………………」


 ぶつぶつ呟いていた義竹がハッと顔を上げる。


 「そうだ! 確か七七といえば生意気にも女の身で黒鉄の称号を引き継いだとかいう最強の忍の名だったはず! まさか、雪乃に付いてきていたのかっ」


 返事の代わりに七七は血に染まった忍刀を義竹に向けて構える。


 「まっ、待てっ! 俺に刀を向けるとはどういうつもりだ!」 


 「どういうつもりとは、どういうことですか?」 


 極力感情のこもらない声で七七は問い返す。


 「臣下の分際で身の程知らずにも主になり替わろうと謀反をおこそうと兵を出し、そして無様に失敗したのですから、今更自分の身がどうなるのかなどと改めて聞く必要もないことでしょうに」


 「お、俺は王家の一族だぞ! 貴様は王家の者に刃を向けるのか?」


 「それがなにか? 王家の者だろうが何だろうが王と雪乃様に手を出そうとした時点であなたは謀反人で私の敵です」


 冷たく突き放すと、刀を向けたままゆっくりと歩みだす。


 「待て、やめろ! いや、やめてくれ! そ、そうだ。私が父に謀反を思いとどまるよう説得する! だ、だから……」


 「残念ながら、すでに大雅が動き出している以上、叔父上の謀反が止まろうが止まらなかろうがもはや大局は変わりません。私たちは奥羽に帰還することはありませんし、このまま義竹を西方への旅に連れて行く意味もありません。義竹も武門の出なのですから潔く覚悟を決めてください」


 「い……嫌だ。死にたくない。頼む。この通りだ」


 目から鼻から口からだらだらと汚い汁を滴らせながら、義竹はその場に土下座する。

 呆れるほどの生き汚さだった。


 しかし七七は歩みを止めない。

 止める理由が全く存在しなかった。


 どんなに憐れな姿を晒そうが、どれだけ必死になって懇願しようが、七七の心は動かない。

 国を裏切り、王を裏切り、姫様を汚そうとした時点で七七の中では義竹を殺すことは既に確定しているからだ。


 「く、くそっ!! こうなればっ!」


 泣き落としが効かないと悟った義竹は、震える手で腰の物を抜いて七七に斬りかかってくる。


 しかし、そんな苦し紛れの一撃を七七がくらうはずがなかった。


 


 大雅の民から身を隠すように雪乃姫一行がいそいそと西方へと旅路を進めたあとには、ただ50丁の銃を奪われた大雅兵たちの骸と、苦悶の表情を浮かべたまま自分の胴体と永遠の別れを告げた哀れな義竹の首が無造作に転がっていただけだった。 




 ◆◆◆



 義竹の裏切りという不測の事態はあったものの、幸いにして七七たちは被害なく大雅の地の最初の一歩を踏み出すことが出来た。

 しかし、これは、これから先続く長く苦しい旅路のほんの始まりでしかなかった。



 ◆◆◆



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