第四章 戦争編 ⑩ 同刻 クレッサール・ヘムガール国境地帯
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セリネやノワール、カタリナがナトーヤ神の使徒であるジョセフたちを撃退したのとほぼ同刻。
アンリエスト軍とトンガール軍との間で繰り広げられている戦争が圧倒的アンリエスト優位に展開されているのとは裏腹に、自軍を遥かに圧倒する数の力で津波のように攻め寄せてくるヘムガール軍の巨大な圧力を前に、クレッサール王国第二王子ガレス率いる王国騎士団は決死の防衛戦を繰り広げていた。
この戦場にクレッサール王国が動員できた兵力は8万弱、一方でヘムガール王国は実に20万近い数を注ぎ込んできている。
通常であればどうすることも出来ない兵力差。
しかし、幸いというべきか、どうにかこの戦場で軍勢を崩壊させず維持することが出来ているのは、クレッサール王国とヘムガール王国が接している国境線に横たわる地理的なアドバンテージのおかげである。
現在両軍がぶつかりあっているこの場所は、いわゆる山間の中に開けた小さな空間。他の場所に比べれば広いとはいえ、とても大軍同士がぶつかり合うのに十分な広さを確保しきれているとは言い難い。
実際戦闘を繰り広げているのは両軍ともにせいぜいが5万ずつというところだった。
そもそもクレッサール、ヘムガール両国は、その国境線のほとんどが険しい山脈に隔たれている状態にあり、比較的なだらかなクレッサール側はともかく、ヘムガール側にはほとんどけもの道と言っても良いほどの細々しい道しか通っておらず、そこには悪名高い魔の森ほどではないものの襲われたら危険な魔物が平気で跋扈している。
ごくまれに命知らずで野心的な行商人が挑戦することを除けば通常の往来さえほとんどない状態で、もはや積荷目当ての盗賊ですら寄り付かないような極めて辺鄙な場所である。
要するに、大軍が進行出来るような地形ではないのである。
それをあえて断行しようなどと、通常であれば正気を疑われても仕方がない行いである。
敵軍の半数以下の兵しか率いていないガレスですらそれを行おうとは思わない。
しかし、ヘムガールの司令官はそれをやってのけた。
通常の往来ですら困難な山道を、これほどの大軍を引き連れて。
道などあってないような山越えだ。ましてそこは凶悪な魔物が闊歩する魔境である。道中でどれほどの犠牲が出たことか想像するだけでも恐ろしい。
それでも敵はあの山脈を越え、その上で魔境の中に陣を構えながらクレッサール王国と戦っているのである。
注ぎ込んだ物量や兵力の力に頼った力技と言ってしまえばそれまでだが、そもそもあの大軍を極限環境の中で瓦解させることなく維持することだけでも困難であるというのに、それに加えてあの膨大な人数を支える補給線を完璧に維持させたうえでそれを行っているのだ。
しかも、トンガール王国によるカタリナ誘拐事件の際、クレッサール軍を引き付ける陽動として国境に部隊を集結させて以降、今に至るまでずっとである。
一体どうしてそのような神業の如き補給が可能であったのか?
密かに部下に探らせたところ、その秘密の一端が明らかになった。
かつて西方全てを支配していたアンリエスト帝国。
そして、精強なるその帝国軍の主力を担っていたワイバーン部隊。
残念ながら現在のクレッサール王国には存在していないその部隊だが、どうやらヘムガール帝国はあの黄金竜に隠れてそれを実戦投入可能なほど隠し持っていたらしい。
だが、そこまではガレスも予想していた。
噂ではあのトンガール王国でさえワイバーン部隊を密かに保有しているということであるから、順当に考えてヘムガール帝国にもそれがないはずがないからである。
しかし、予想外であったのはそのワイバーン部隊の運用方法だった。
なんということだろうか。
ヘムガール軍はそのワイバーンを四騎一組にし、四隅に繋がっているロープを強靭な爪で吊り上げることで大量の荷を輸送していた。
ガレスがヘムガール帝国との戦争で最も警戒していたワイバーン部隊。
本来ならば戦の花形となるべきその部隊を、あの指揮官は戦場に投入するのではなく、補給物資を空輸するための輸送手段として利用していたのだ。
戦で最も重要で、しかし運搬するのに兵の負担となる補給物資。
それをヘムガール軍は強力な魔物が跋扈するこの国境地帯において最も安全な空から飛竜部隊で何度も何度もピストン輸送させることで確実に荷を送り届けていた。
そしてそれは険しい山越えをする兵たちの負担を減らすことにも繋がり、身が軽くなった兵たちにひたすら山越えと襲撃してくる魔物への備えに専念させることでこの地に大部隊を送り届けることに成功させた。
なんという奇抜で、しかし理に叶った発想であろうか。
戦の前に名乗りで聞いた敵将の名は今までに聞いたことのない名前だった。
しかし、これほどまでに優れた発想力を持ち、大軍を率いて山脈を越えるという離れ業を成し遂げた敵の司令官が凡将などということはありえない。
今は無名であろうと、このまま順調にキャリアを重ねていけば間違いなく名だたる名将として後世に名を残すに違いなかった。
敵ながら素直にそう賞賛したいくらいに並外れた手腕である。
一方で、そんな相手を敵に回し、しかも敵の半数以下の兵力で戦況を拮抗させているガレスもまた優れた将といえる。
とはいえ、客観的に判断するならば、現状でクレッサール軍がどうにか戦線を保てているのは先に触れたように地形の有利さ、そして無理な山越えをした敵軍の疲労状態に支えられている側面が大きい。
もちろん防衛にあたってこの地を選択したのも、敵軍の数的優位を生かさせないためあえて行ったものである。
そして、その思惑は見事にハマった。
敵軍の数の利を奪う戦場を選び、更にこちら側が優位となるよう柵などであらかじめ防衛陣を組み上げておく。
一度にぶつかりあう数が同じで、地形などの条件はこちらが優位。おまけに敵軍は無理な行軍が祟って疲労が抜けぬ状態で、おまけにこちらの兵はほとんどが国境を守るため鍛え上げられた精鋭揃いに対し、敵方はとにかく数を揃えるためか、そこら中からかき集めたとおぼしき明らかに農民出身といういでだちの兵が結構な割合で混り込んでいる。
それらの条件が合致して、戦闘開始以降ずっとこちらは優位な状態を保つことが出来ていた。
――――つい先刻までは、である。
ヘムガール軍との戦闘が始まって暫くは敵方兵士たちの疲労や質の差もありこちら側が明確に押していた。
敵軍の死傷者が既に3万を大きく超えているのに対し、総兵力に大幅に劣るクレッサール軍の方が未だ1万に満たっていないことを考えれば、大健闘といってもいい。
しかし、戦闘が始まってから既に3時間、ここにきて徐々にだが確実にクレッサール軍の勢いが落ちはじめてきている。
皮肉なことに、その原因もまた疲労であった。
戦場の器の問題もあり、一度に戦える人数は確かに両軍ともに同じだ。
しかし、いくらこちらが体調や質に優ろうが、敵には圧倒的な兵力が存在している。
倒しても倒してもその都度兵が湧いてくる敵の厚い陣容は、一人倒れるごとにクレッサール軍兵士のスタミナを確実に奪い去っていた。
むろんガレスとて遊兵である3万を上手く使い回しながら効率的に兵士たちに休憩は与えているのだが、同じことは当然敵も行っている。
結果、兵数に劣るこちら側の方が敵軍よりも遥かに多く疲労をその身に貯めることになるのはやむを得ないことであった。
寡兵で戦いに臨むクレッサール軍は総動員体制。
そしてそれは軍の総司令官であるガレス王子自身ですら例外ではなかった。
「くそっ、倒しても倒しても……敵が湧いてくる……これでは、際限が……ない」
次から次へと襲い掛かってくる敵兵をその見事な槍捌きで屠りながらも、ガレスは思わず弱音ともとれる悪態をついてしまう。
「なにせ敵軍はこちらの倍以上の兵力を持っておりますからな。消耗戦を仕掛けられてしまえば数に劣る我らが不利になることはやむを得ないわけでして……。ただ、数を揃えるは兵法の常道とはいえ、こうも味方の損害を割り切れるとは、向こうの将はキレ者のようですな。良くも悪くも……ですが」
「ああ、そうだな。例え逆の立場だったとしても俺にはあのように兵士たちを数として割り切る戦い方は真似できない」
「ええ、しかし、それだけじゃありません。敵のあの戦いぶりは……」
「ああ、正直なところこちらが一番やられたくない戦術だったな……」
危機感の籠った副官の敵戦術への評価に、不本意ながらガレスも同意せざるをえない。
『クレッサール軍8万を全滅させて勝利することが出来るのならば、その結果として味方に16万の犠牲が出ても別に構わない』
まるでそう言っているかのような敵将の用兵は、その冷徹な計算高さによってこちらの疲労度とともに心まで確実にへし折りにきている。
しかし、それが分かっていてもこちらには打つ手がない。
こちらに倍する敵を迎え撃つために選んだこの場所は、敵軍の大兵力の運用を防ぐ代わりに、伏兵や罠などこちらに有利な小細工を弄する余地まで同時に奪ってしまっている。
圧倒的な大軍勢を前に刻々と溜まっていく疲労。
つまり、この圧倒的不利な状況で、ガレスたちが勝利を掴むためにはこの状態でなお真正面からこの強大な敵を粉砕するしか道が残されていないのだ。
それがいかに無理難題なことであるか、それは当のガレスたちが一番よく知っている。
しかし、これがどんなに無茶な戦いであろうが、どんなに絶望的な戦いであろうが、仮に自分が最後の一兵になったとしてもこの場から逃げだすことは許されない。
なぜならば、今回の決戦にあたりクレッサール軍は動員できるほとんどの兵をこの地にかき集めてしまった。
つまり、この戦いに負けることがあれば、それは即ち王都までヘムガール軍を阻むものは誰も存在していないということ。
もし自分たちがこの場で破れることがあるならば、それはクレッサール王国の滅亡が確定してしまうのと同じことなのである。
そして敵将もそれが分かっているからこそ、味方の犠牲を省みずこちらを休ませないよう間断なく力押しの部隊運用を行ってくる。
恐ろしく狡猾な相手であった。
こうして戦闘が続くこと更に1時間。
互いに戦力を1万ずつを消耗し、今なおヘムガール軍からはまるで地獄から亡者があふれ出て来たかのごとく次々と兵が押し寄せてくるのに対し、連戦に次ぐ連戦によってガレスたちクレッサール軍はもはや満身創痍の状態であった。
剣を振るうどころか満足に腕さえも上がらない……。
このような絶望的な状況にあって、どうにか彼らが己を奮い立たせることが出来たのは、己の故郷を、己の愛する家族たちを絶対に守り抜かなければならないという強固な使命感と、隣国アンリエストからの援軍があるかもしれないというほんの僅かな希望があったからだ。
父王からは妹カタリナが嫁いだアンリエストから援軍が来るという連絡は事前に聞いていた。
とはいえども、かの国もまた自身の数倍の規模を誇るトンガール軍の攻撃を受け、自国を守りきらなければならない状態であるとも報告を受けている。
そのような状態でこちらに満足な援軍を送ってくるとは思えないし、事実今に至るまでその援軍とやらはこの戦場に現れていない。
「みんなキツイだろうが頑張れ! ここさえ凌げば必ず、必ず援軍はやって来るはずだ!」
ガレスは味方に向かって全力で声を張り上げた。
「「「「おおーっ」」」」
それに応え、味方からも希望の籠った声音が上がる。
――おそらく援軍は来ない。
それが分かっていて、あえてそれを口にしたガレス。
しかし、味方を騙している訳ではない。
彼らだって援軍がないことなど百も承知なのだ。
しかし、ほんの1パーセントでもいい。心のどこかに僅かでも希望がないと津波のように押し寄せる敵の勢いにあっという間に飲まれてしまう。
事実としてガレスの鼓舞の効果か心なしか味方の勢いが増し、押されつつある前線が僅かばかりではあるが盛り返した。
とはいえ、クレッサール軍の奮闘もここまでが限界だった。
指揮官の鼓舞によって一時的に勢いが増したものの、もはやそれは燃え尽きる前のロウソクの炎のようなもの。
最期に振り絞った力さえも使い果たしてしまえば、あとは津波のような敵の勢いにただ飲まれるばかりである。
「くそっ、これ以上は無理かっ!」
それまで何とか持ちこたえていた前線が崩れ始め、最早これまでかとガレスが覚悟を決めたその瞬間――。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――――
「…………はっ?」
………………空から、炎を纏った流星が落ちてきた。
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ヘムガール帝国の山脈越えについては、第二次ポエニ戦争におけるハンニバルのアルプス山脈越えを参考にしています。とはいえ、ハンニバルが率いていた兵数は5~6万とヘムガールの20万に比べて大幅に少ないですが、こちらの世界には魔法があるのでそこは少し盛らせて下さい。
とはいえ、魔法と同時に魔物も存在するので盛りすぎとの批判は甘受せざるを得ませんが……。
また、ハンニバルのアルプス越えが奇襲となったのに対し、本作ではクレッサール王国はその動きは把握していましたのでガレス王子が兵を率いそれに対応しています。
次回 久しぶりに主人公たちが登場します。
2019.6.5
読者様から、いくら魔法の存在があっても、20万の兵を山脈越えさせるのは補給の面から考えて不可能ではないかとのご指摘を頂きました。
その理由を伺い、私は補給に対する自分の考えが甘かったことを痛感いたしました。
そうしますと、どのようにしてそこに20万人分の糧食を運ばせることにしようかということになるのですが、ご指摘を頂いてから毎日ずっと頭を悩ませた結果、今回は出番のないはずだったヘムガール軍のワイバーン部隊で補給物資を空輸していたということに内容を変更することで解決させることにいたしました。完全に後付けです。私の粗末なおつむではこの案をひねり出すので精一杯でした。申し訳ありません。




