閑話 魔女王の帰還
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これはかつて魔女であった一人の魔神の話。
――その頃のあたしは全てを奪いつくす暴虐。
意思こそあれど、黒い球体をしたただの魔力の塊にすぎなかった。
肉体を持たないいわゆる精神生命体。
――地球世界では守護神と呼ばれている存在である。
そんな精神生命体の中でもあたしは一際異質な力を持っていた。
あたしの能力はたった一つ。
全ての魔力をただただブラックホールのように無限に吸収する。
ただそれだけのものである。
私からすれば、他の守護神とちょっと違う一風変わった力を持っているというただそれだけのつもりだった。
しかし、精神生命体である他の守護神たちからすれば、あたしは近寄っただけで己の存在自体を丸ごと喰い尽くされ、魔力も自我も全てひっくるめて永遠に消滅させられてしまいかねない「恐怖そのもの」を具現化した存在であったのだ。
そのためあたしは自分以外の全ての守護神たちから忌み恐れられ、誰からも近寄られることもなく、蛇蝎のごとく嫌われた孤独で孤高でそして並ぶ者のいない、唯一つにして至高たる存在であった。
あたしたち守護神は精神生命体。
あたしたちが肉の身体を持ち、その力を思う存分振るうためには肉体を持った知的生命体との契約が必要となる。
しかし、その契約はいつでも誰とでも気軽に行えるものではない。
精神生命体が宿主を得るための契約を行うためには幾つかのハードルが存在する。
まず一つ目は、契約すべき相手が存在しているのが別次元の生命体であるため、それらの世界とこちらの世界を繋げる次元裂の発生を待たなければならないこと。
しかもこの次元裂が自然界で発生するのは極めて稀であり、しかもその発生頻度が年々減少傾向にあるため、更に契約者を見つける確率は減ってしまっていた。
もう一つは、仮に極低確率の次元裂が運よく発生したとして、繋がった先に自分の能力と相性の良い契約者がいるとは限らないこと。
この相性の問題は地味に重要であり、相性の悪い相手と無理矢理契約した場合、己の能力を十全に発揮できないばかりか契約者の寿命すら削ってしまいかねないのみならず、元の世界に戻った守護神自身も大きく力を失って弱体化してしまいかねない大きなリスクを孕んでいる。
そしてこの相性の問題は、守護神の力が強力であればあるほど深刻にのしかかってくる類のものである。
そのため、他の守護神が次々と己の契約者を見つけて別の世界へと旅立っていき、契約を終了して戻ってきてはまた新たな契約者を見つけて旅立っていくというサイクルを繰り返していく中、ただあたしだけが誰からも呼ばれることなくひたすら自分たちの世界に孤独なまま縛られていた。
あたしの特異で強大すぎる力を受け止めきれるだけの契約者が異世界に現れることがなかったからだ。
しかし、そんなあたしだったが、かつて『彼』以外にたった一度だけ召喚され、能力者と契約を結んだことがある。
その少女は人類としては異常なほどの才能に恵まれていたが、それでも本来ならばあたしと契約を結べるだけの力はなかった。
そのはずだった。
あたしの前に突如として開いたその空間裂は、戦闘中の彼女が偶然引き起こしたものだった。
その時彼女は自身よりも強力な能力者との戦闘中で、しかも敗北ギリギリの状況にまで追い込まれていた。
絶体絶命で逆転不可能――。
普通に考えて絶望的な状況であった。
どんな奇跡が起こったのか、今でも分からない。
だが、そんな彼女の力を求める心の叫びが、最も深く遠いところにいるあたしに届いたのだ。
たとえ億に一つ、兆に一つのまぐれであっても、空間を越えてあたしに直接呼びかけてきた彼女の才能は驚嘆に値した。
そんなことが出来た者は、過去にたった一人たりとも存在していなかったから。
しかし、そんな桁外れの才能を有する彼女でも、残念ながらあたしと契約するのにはまだ足りない。
それでも、彼女であればあたしでなくとも幾らでも良い守護神をパートナーに選ぶことが出来たに違いない。
もしかしたら、彼女が呼びかければ最高クラスの元素の守護神すら名乗り出たかもしれない。
だが、その時の彼女が置かれていた状況はあまりにも悪かった。
その時の彼女が戦っていた能力者はあまりにも強力で、実際神を名乗るにふさわしい力を持っていた。
そんな過去にも例がない圧倒的な力を持つ敵を前に、少女が己の才覚に相応しい守護神と契約したとしても万全の状態で互角に持っていくのが精一杯。
敗北寸前のボロボロな状態では到底勝ち目がないことは明白だった。
そんな状況で起死回生の勝利を掴み取るには自分の器の限界を超えた守護神と契約するしかない状況だったのだ。
だから少女は祈った。
命を削り、魂の持つ容量の限界を超える祈りを捧げる。
そしてそれが奇跡的にあたしの元へと届いた。
自分にまで初めて届いた呼びかけに応えたあたしは、その少女の守護神としてこの地に初めて降臨することとなる。
しかしやはりというべきか、あたしの力をその少女では受け止めきることができず、結局あたしはその本来の力を出し切ることが出来ないまま戦い、それでも敵の契約者をギリギリのところで打ち破ることに成功した。
しかし、戦いには勝ったものの、あたしと契約した少女は器の限界を超える力の奔流に耐え切ることができなかった。
戦闘が終わるや否や、彼女は自身の胸を押さえ、吐血しながら地面に倒れこんだ。
そんな彼女は、かろうじて守りきることができた僅かな同族に看取られることすらなく、人知れずひっそりとその激動の生涯を閉じた。
こうして初めて契約者を得ることができたはずのあたしは、すぐさまそれを失い元の世界へと舞い戻ってくることになってしまう。
だが、それでも初めて己と心を通じ合わせた少女が、その小さな命を散らす最後の最後の瞬間に満足げな表情を浮かべたその姿を見て、あたしはどこか満ち足りたものを感じていた。
初めて己と契約を交わしたのがこの少女で良かったと、そう心から思うことができた。
しかし、そこであたしは気づいてしまった。
この少女の命が失われてしまったら、自分はまた一人孤独な場所に戻ってしまうのだと。
そしてもう一つ。
このままだと自分の器以上の守護神をその身に受け入れてしまったこの少女は、その代償として肉体のみならずその魂までもが粉々に砕け散り、輪廻の輪から外れ、未来永劫蘇ることもできずに完全にこの世からその存在が消滅することになってしまう。
それはこの少女と契約する前から分かっていたことで、少女はそれを承知でなお、自分の愛する人々のためにわが身を犠牲にしてあたしと契約を交わしたのだ。
だからこそ、あたしは彼女との別れが迫ったこの時に思ってしまった。
やはり自分を呼び出しただけのことはあるその類稀なる『格』を持った気高く美しい少女の魂が失われてしまうことがどうにも惜しいと。
そしてあたし自身、再び誰と触れ合うこともない孤独な世界でたった一人、いつ現れるとも、場合によっては今後二度と現れないかもしれない己の契約者を待ち続けるのは辛すぎる。
孤独はもう嫌だ……。
――そう思ってしまったのだ。
そしてあたしは、その想いを行動に移した。
少女の魂を逃すまいと、とっさにその魂が砕け散る寸前、守護神としての霊格である己の中に取り込んでしまったのだ。
そしてあたしは――あたしたちは、永遠に孤独から開放された。
結果、両者の魂は混ざり合い、融合し、長い長い時間を経て、やがて一つの新しい存在へと生まれ変わった。
二つの魂と意思を持ち、それらが互いに矛盾することなく一つの神格へと統合することに成功した奇跡の存在――それが今のあたしだ。
そして今度は二人で長い長い時間を待ち続け、そしてついにあたしは自分の本当の契約相手を見つけることに成功した。
だが、『彼』との契約にあたって、一つだけ大きな誤算が発生してしまった。
おそらくは少女との融合のせいだろう。この桁外れな力を完全に使いこなすことができる真の契約者である『彼』と契約を交わしたあたしは、己の身に普通の守護神ではありえないことが起こっていることに気づかされた。
守護神として『彼』と繋がりつつも、それとは別に一人の人間としてこの世に肉体を持って顕現してしまっていたのだ。
そして、この今の私を形作っている銀髪碧眼の少女の姿、これこそかつてあたしが一度だけ例外として契約を交わした少女そのものなのである。
かつてその少女と契約を交わした時のあたしの名前は『暴虐の王』
そして、あたしが契約を結んだその魔女の名前は『ルシル』
言ってしまえば、あたし……ルシル・テンペストはただ一人この世に人間としての肉体を持った守護神であるということだ。
そして、もう一つ確かに言えることは、おそらく今後二度とこの世に現れることがないであろう、自分の力を使いこなせる驚異の天才である湊。
彼のことを『テンペスト』も『ルシル』も心の底から愛しているということである。
そして今、湊について空間裂を通ってやってきたこちらの世界こそ、ヒトであった時の少女ルシルがかつて生まれ育った故郷。
だからこそ『異世界人である自分たちはトンガールとの戦争には加担しない』と決めた湊が、ただ一人彼女だけはここに残していった。
雷を司る『空狐』
炎を司る『古竜種』
そしてそれらと並び称された「魔力」を司る、現在はもう失われてしまったヒト種最後の神人。
――『魔女王』ルシル・アル・ウルカ。
それが、かつて遠い昔に古人種であった時のあたしの名前である。




