第四章 戦争編 ⑥
元々失伝していた上にそれほど適性が高いわけではないゴブリン族の魔法。おまけに突貫作業で教え込まれたため当然ながら彼らはあまり強力な魔法は使えない。
しかし、今のアンリエスト軍に必要なのはオーバーキルな中上級魔法ではなく、初級魔法による断続的な数の圧力。
大勢を巻き込むような強力な範囲魔法は他の種族が担当すれば良い話だ。
総数がトンガール軍の三分の一以下しかいないアンリエスト軍にとって最も必要なのは相手に触れることなく一方的に攻撃できる遠距離攻撃。
その遠距離攻撃による数の圧力を彼らゴブリン族がもたらしてくれた。
そして、このゴブリン族を含めたアンリエスト軍の精霊魔法使いの攻撃には、実はもう一つトンガール側に知られていない大きな秘密がある。
彼らは皆『魔法』と『弓』同時に攻撃を行っているのである。
エルフなどは魔法だけでなく弓が得意なことで知られているが、彼らに限らず全ての精霊魔法使いがその手に弓を持っている。
魔法と弓の二重攻撃。それによってアンリエスト軍の魔法部隊の手数が倍になっているのだ。
二重攻撃と言葉にして言えば簡単だが、実際に魔法と弓での攻撃を共存させることは容易なことではない。
どちらも攻撃を命中させるには精神の集中が要求されるだからだ。
では、その理屈と現実をどう擦り合わせていくのか?
一つは、悪魔苔を使った敵の動きの封殺と敵前線の混雑による密集で、単純に適当に弓を射ても当たりやすい状況を作ったということ。
そしてもう一つは、弓と魔法、その両方の精神集中の工程を一本化したことである。
エルフや妖精族を始めとする一部の魔法の達人には詠唱をせずとも魔法を放てる者も存在する。だが、アンリエスト軍に所属する魔法部隊の大多数は魔法の詠唱を行いながら魔術を行使する。
その魔法の詠唱を弓の狙いを付ける作業に組み込んだのだ。
具体的に言うと、初級精霊魔法の魔法詠唱は共通して三行文によって行われる。
この三行文を弓を射る三つの工程にそれぞれ割り振ることで一つの精神集中で二つの行動を同時に行う。
この魔法詠唱の三行文を、分かり易いよう仮に松尾芭蕉の『古池や蛙飛び込む水の音』という俳句に置き換えて説明しよう。
この歌、いわゆる俳句は、575の三行で区切ることが出来る。こうして区切られた文を弓を射る大まかに三つの所作にそれぞれ落し込んでいく。即ち、『古池や』で弓を構え、『蛙飛び込む』で狙いを付け、『水の音』で弓を放つという作業だ。
声を上げながら一定のリズムを刻むことで精神集中や姿勢のバランスを整えることは、武道やスポーツの世界ではままあることだ。
クラシック・バレェで言うところの1・2・3、ゴルフで言うところのチャ○・シュー・メ○などがそれにあたる。
ここで大事なのは、声を上げてリズムを取る言葉は、そのリズムを刻むのに極端に長すぎるとかゴロが悪すぎるとかでない限り、弓の専門用語でなくとも別に構わないということだ。
要は精神集中を高めるために安定したリズムを刻むことが出来ればそれでよいのであり、別にチャ○・シュー・メ○が坦々麺であろうが味噌ラーメンであろうが決められたリズムに区切り易ければそれで構わないのである。
そしてこの戦法の一番のポイントは、この情報がヒト種に漏れたとしても彼らの使う新語魔術ではこの手法を真似することが出来ないという点である。
この世界において魔法と呼ばれる技術は大きく三つに分けれられる。
一つがヒト種ほか多くの種族の魔術師が主として使う新語魔術。
二つ目がエルフや妖精族などが多く使う精霊魔法。
そして最後が、今やほぼ絶滅状態の古人種のみが使える古代語魔法である。
まず精霊魔法であるが、これは何を差し置いてもまず精霊と契約できるということが前提になる。その上で魔術詠唱という手段を以て精霊にお願いをすることで魔術を行使する。つまりどんなに魔法の才能があっても精霊に愛されないと使うことが出来ないのがこの精霊魔法なのである。
次に古代語魔法。これは、古人種だけが秘匿している特殊な儀式により網膜に焼き付けた魔方陣に魔力を流し込むことで発現する魔法である。
そのため全ての魔法の中で最も早い起動と強力な威力を持つが、この魔法術式の行使は一度にとてつもない量の情報を処理することを頭に要求するため、仮に古人種でない他の種族の瞳に魔方陣を焼き付けても脳がその負担にとても耐えきることは出来ない。いわば古人種専用魔法である。
そして最後に、この世で最も普及し、ヒト種を中心とした多くの種族が使う新語魔法。
元々これは古人種の使う古代語魔法をどうにか他の種族でも使うことは出来ないかという目的の試行錯誤の上に完成した技術と言われている。
どうにかその試みは成功を修めたものの、本家に比べて魔法効率は悪く、その威力は大きく劣り、そして発動するまでの呪文の詠唱が長くさらに必要な手間が多いという数多くの欠点がある。
ただし、魔法の才能さえあれば誰でも使えるという数多い欠点を補ってあまりある利点も存在している。
ではどうして新語魔法使いがアンリエスト軍の二重攻撃戦法を真似することが出来ないのかというと、それは新語魔法の発動方式に関わっている。
新語魔法は精霊魔法や古代語魔法と異なり無手では発動することが出来ない。
なぜかというと、新語魔法は儀式によって事前に刻み込んだ刻印に指先を触れ、それを決められた手順でゆっくりなぞりながら魔力を流し込まないと発動することが出来ない魔法だからだ。
刻印はその魔法を使う当事者が、自身の血を混ぜた特殊な染料で魔力を込めながら時間をかけて刻まねばならず、同じ刻印が刻んであっても他人の手によるものでは発動することが出来ない。そのため、新語魔法を使う者たちはみな刻印が刻まれた紙をまとめて綴じ合せた魔術書を自作している。そして必要に応じてその魔法のページを開いて魔法の起動を行う。
しかし、当たり前の話だが、突然の襲撃を受けた場合など緊急の場面で悠長に魔術書のページを捲っている余裕などあるはずもないので、魔術師の多くは良く使う攻撃魔法や防御魔法などの刻印は魔術書とは別に常に身の周りに持つ杖などに刻むことでそれに対処している。
新語魔術の魔術師が常に同じローブに身を包んでいるのも、そこにびっしりと魔術刻印が書き込まれているからだ。
もちろんこの刻印自体は弓にも刻み込むことは出来るだろう。だが、魔力を込めながら手順に則って刻印をなぞるのにはそれだけで神経を使うし、その状態で弓の狙いを付けるのは困難を極める。それに加えて新語魔術の詠唱はやたらと長い。
これではアンリエスト軍の魔法部隊のように弓と魔法を同時に行うのは不可能である。いや、もしかしたら訓練次第で出来るようになるような天才が現れるかもしれない。だが、数万人が争う戦争で一人二人そんな者がいたところで全体の戦況には砂粒ほどの影響も現れない。
アンリエストとトンガール、それぞれの国の魔法部隊が主力とする魔術方式の差が明確に表れた結果である。
こうして、アンリエスト軍の魔法部隊は弓と魔法で同時攻撃を行って手数を倍に増やした訳であるが、これには面白い福次効果があった。
同時に発射しても弓と魔法とでは速度も軌道も異なるため、防衛をする相手の立場からするとそれが非常に対処しづらいのだ。
直線的な軌道を描く魔法とは異なり、弓は弓なり――いわゆる大きく放物線を描きながら飛んでいく。
そしてその傾向は互いの距離が遠ければ遠いほど顕著になる。
一般的に遠距離からの弓の攻撃を盾で防ぐ場合、敵の弓が斜め上方向から襲ってくるため防衛側は盾を少し上に掲げるような形で受けることになる。
上方向への防御に専念する以上、他の部分への対処が疎かになるのはやむを得ない。
しかし今度はそこへ全く軌道の異なる直線的な魔法攻撃が襲ってくるのである。
防衛側からするとこんなにやり辛いことはない。
寄せ集めの塊であるトンガール軍の前線部隊にそれほど良い盾が支給されていないこともまたその被害に大きく拍車をかける。
容赦のないアンリエスト軍からの遠距離攻撃によって、トンガール軍前線部隊はもはや壊滅的な状況であった。
引っ越し荷物の整理でどれくらい時間が取れるか分かりませんが、出来たら1週間以内にもう一話アップできれば……と思っています。




